ハンプティのブログ

ハンプティ・ダンプティのように、いつもずっこけぶりを発揮しています。

ダンオプテイ親父の陽物比べ

ギリシアやローマの男裸像には、男根を露わにしたものが多いが、これは、男性こそが、生命を創造する源として認識されていたからで、日本でも男根像が彼方此方の神社に、置かれている理由も同じである。

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惟、違うのは、西洋の男根は、身体に比べて男根は小さく、小さい程男らしいとされていたのに対して、日本の場合は、浮世絵がそうであるように、ことさら男根が大きく強調さていることが異なる。

男根そのものだけを切り出したような男根像も、愛知県の田県神社のように、神として崇められ、お祭りにも担ぎ挙げられている。

鎌倉時代古事談によれば、清少納言が尼になって住んでいた館が賊に襲われた時、自分は、女であることを知らしめるため、衣をかき上げてホトをさし示したと言うから、余程、平安の時代のほうが現在よりも、羞恥心たるものがかけていたと、言える。

昔は、男と女の間では、いろいろと規制が異なっていたから、女調べとか、男調べというのがあったようである。

男の場合には、股間を見せれば、良かったが、女の場合には、乳房調べであったらしい、たとえば、人形浄瑠璃の扇屋熊谷では、敦盛は、京都の扇屋で、女装して扇の折り手になって働いていた。

そこへ、平家落人の役人の調べが入り、乳房調べといって、着物の中に手を突っ込んでの取り調べがあったとか 

参考:性のタブーのない日本 橋本治

女性が乳房を露わに、するのを恥ずかしがるようになったのは、昭和の中頃までで、それまでは、平気で恥部さを晒して女性は、仕事に励でいたし、昭和の中頃でも、電車やバスの車中でも平気で、片肌脱いで、稚児に乳を飲ませていたことを記憶している。

昭和はになって 女性と靴下は強くなったといわれるが、あにいわんや、明治になって、与謝野晶子は、大胆に文芸の中で恥部を晒け出すようになった。

まさに、万葉の乙女や和泉式部等の平安の乙女が、赤裸々に性を語った時代の女の復活である。

晶子の歌を紹介すると、

春みじかし なんの不滅の命ぞと 力ある乳手に触らせる 

「春も短い季節、人の命も限りがあろう、この凛と、張りつめた私の乳を 愛する男に手で触らせよう」とも訳してみたが、それにしても、この男と、思われる与謝野鉄幹は、男冥利に尽きる幸せな男で、羨ましい限り。

きっと、夜の営みもこんな激しい晶子であれば、激しかったに違いない。

チイ;いやいや、ダンプテイは、文学通らしくしてるけど、何にもしらないのね、鉄幹は女学校教師、彼方此方で、女を犯して、何度も退学させらた、エッチ先生、晶子とも不倫で、できちゃった結婚だったみたい

才能ある晶子と結婚して、「妻をめとらば才長けてー」と歌の方では鉄幹も活躍したが、あちらの方の激しさは鉄幹も、晶子もどちしもどっち、あれが好きだったことには、変わりはないし、八人も子供を産んじゃっている。

だから、こんな俳句を作られた方がいる。

鉄幹の 絶倫ぶりに 笑う春 ナラのよしかぜ

鉄幹は 蟷螂の雄 雌晶子 ナラのよしかぜ

鉄幹に比べてはるかに才能が豊かな晶子と鉄幹の勝負は、晶子に軍配が上がり、鉄幹の鉾は、晶子に通じても、歌は、蟷螂の斧であったと、いえましょう。

更に、晶子は、鉄幹の益荒男ぶりに比べても、比較にならない大胆な歌詠みである。

乳ぶさ押さへ 神秘のとばり そとけりぬ ここなる花の 紅ぞ濃き

「乳房に手を当てながら、隠された神秘な場所を開けてみると、私のあそこは、花びらように女陰が興奮して紅潮しています」

表現のためには、恥も外聞もない、芸術至上主義の晶子である。

さて、時は、平安の時代、伊勢物語に登場する話では、

筒井つの 井筒にかけしまろが丈 過ぎにけらしな 妹が見ぬ間に

幼友達が井戸の周りで遊んでいたわね、私の麻呂(男根)の長さも妹を見ない間に、大きくなってしまいました。

と、ダンプテイなりに、エロっぽく訳してみました。

すると、その妹は、返歌に

比べこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ

君ならずして 誰か上ぐべし

「丈比べしていた私の物も 随分立派になってよ、あなた以外の誰にも これを捧げませんから、貴方だけのものよ」

とうとう、この二人は、結ばれました。

暫くして、この男に新しい女が出来て、その女の処に出かけるときにも、妻は、何も言わないので「、これは、妻も浮気してるに違いない」と、疑って、出かけるふりをして、隠れていると、妻は、旦那がでかけたのを悲しんで

風吹けば 沖つ白波 立田山

夜半にや 君が一人 越ゆらん

と、歌を詠んだので、自分の非を藩亜英するとともに、妻を愛しくなり、それ以来、浮気をしなくなった」と、いう話し

これは、あの助平な在原業平と妻との出会いの話、謡曲「井筒」にも、この歌が登場します。

昔は、井戸は、身近な存在でしたから、子供が井戸の周りで遊ぶのが普通で、よく知られた歌があります。

ずいずいずころぼし ごまいしょずい 茶壷に追われて とっぴんしゃん

抜けたらどんどこしょ 俵の鼠が米食ってちゅ

おっとさんがよんでも おっかさんがよんでも いきいっこなーしよ

井戸の周りで お茶碗割いたの ダーレ

この新訳は、どんどん 危険(あぶない)ことして、いじりっこしましょ!

あんたに、追いかけられて、僕のチンコがあんたのあれに入っちゃった。

抜けたら、また大変、鼠(女)が粟を食ってチュンチュンしてる。

湧き水のところの膜、破っちゃったの誰れなの

現代風に訳せば、「誰だ、私のワギナを侵した奴は」であるが、昔は、性の交じあいも情緒が残されていた。

やってしまった後のじゃれ歌は、閑吟集の「こちゃ知らぬ」である。
ハァ、新茶の茶壷よのー
一夜馴れ馴れ この子が出来た
入れての後は、こちゃ知らぬ、こちゃ知らぬ

「新茶」は、若い女、特に生娘をいう。

いわゆる「バレ唄」の1つで、「こちゃ」は「古茶」の洒落に、なっている。

新茶が一夜を過ごして、古茶となった、子供ができちゃったけど、こちら様は、知らぬ存ぜぬこと、とは、何と無責任なヤリマン親父である。

現代俳句の巨匠 金子兜太さんの俳句

も面白い、ご高齢になられて、

男根は 落ち鮎のごと 垂れにけり

この俳句の感想を聞かれて、兜太爺さんの一言が、面白い。

男のものは、4種類に呼び分けられる。

幼年期は、珍子(チンコ)

少年期は、少し大きく成長して珍坊

青年期は、魔羅

老年期は、ぎゅうない

だそうで、「ぎゅうない」とは、ぎゅっと握ってみてもあるべきものがない状態だとか!

注:荒凡夫 一茶 金子兜太

それで、歳年老いた金子兜太さん、自分の物を握ってみると、「落鮎のような存在感は、未だあるぞ」という心持の俳句だそうである。

それにしても、助平な兜太さん、世の女を淘汰するとう名前であろうか、お元気な老獪俳諧師

女の頬にキスをしながら、膨張しつつある股間に手をあてて、辛い、辛い、我慢の限界、もうこのまま飛び込んじゃおうよ

〇子は、兜太のジッパーを下げるのを手伝ってあげると、押し入れに閉じ込められてた息子が飛び出した。

すごい、こんなドラ息子みたことないわ!

兜太さんも道鏡さんのようなものかしら

兜太さんの俳句を見ると、こんな助平親父を想像させてしまうから不思議なお方

さて、話の本題の陽物比較とは、根競べ ローマでは、教皇を選挙で選びをコンクラーベと、言い、選ばれるための根比べをしたとか、しなかったとか、こんなことは、どこの歴史書にも書いたてはない。

なにしろ、ギリシヤの文化では、どの男性彫刻の一物も小さく、小さい程、男は美しいと、されていたから、その文化を引きついたローマ、小さいほうが勝ちであったということもあり得る。

それでは、長さくらんべの詩をご披露致しましょう。

長さどれだけ 教えてよ

しゃくとり虫さん 教えてよ

キックシャク キックシャク尺とって

長さ長いは 20センチ

かった、かった僕かった

5センチも かっちゃった

ぼくのチンコロ かっちゃった

「下半身の物を露わにしたまま、剛腕夢想のヘラクレスもかくや」と、思わせる腕を腰にしての仁王立ち、股間は、風を呼び雲を呼び、女を呼び、一物は、天を指し、隆々と敬礼している。

これは、西洋の農業の神様、神農として豊穣を願う像であるが、ギリシアの裸像に比べて、何と、一物も成長したものである。

これぞ、ローマは一日にならず、成長著しい。

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ところで、下半身に、話が集中しては、ダンプテイの頭も疑われるので、下半身から今度はお頭の話

ローマの神父さんのお頭は、テンツルの丸禿げ

頭のことをテンと、いうから、禿げ頭は、テンツル

テンツク テンツク テンテンツルルン

お前の親父は、禿げ頭とは、神父の息子が友達から、こう言って虐められたに違いない。

「それにしても、貴殿、渋皮剥けたたように垢抜けていらっしゃる」とは、活きな男への誉め言葉

男根の皮冠りも、そこに、垢が溜まれば、不衛生、ユダヤでは、かかる一皮を切り取る割礼の習わしがあったそうで、ユダヤ人かどうかの役人の確かめは、割礼をしてるかしてないかで、判断していたそうである。

股蔵に手を入れて、うん、」この男、割礼をしてる、お前は、ユダヤ人だ、処罰する。

それにしてもダンプテイ、先ほどから、ご婦人どもが聞いたら、顔を赤らめるような卑猥な話となって、もうしわけないがが、これも芸術至上主義を人生感とする者ゆえにお許しを頂いて、話を続けます。

さて、続きましては、江戸小話

いきなり大勢が もっこに、黄金を積んで 家に運び込んでいる。女房ビックリして、これは、何事と、問えば、「お宅の旦那様が陽物比べで、一等賞、褒美が出たわけですよ!」これを聞いて女房、「今度、女のお道具比べがあったら是非、声をかけてください。」なんと、孝謙女帝と道鏡坊主のような夫婦の小話である。

こんな小話をダンプテイが、家族に話せば、「このエロ親父」と、非難の矢を浴びることとなるが、「ダンプテイの欠陥を探り当てて、咎めるようなことなかれ」と、言おうものなら、「著しく過なき者の 股蔵に探り毛を吹き、傷をば求むべからず」という喩もあるけど、ダンプテイの発言は、もう著しく度を過ぎておりますわ」と非難轟轟

それにしても、こんな親父には、奥方から「マーなんとダンプテイの沽券(股間)に関ることのお戯れを」と、言われるに違いない。

嫌、嫌、もう少し女らしく申せば、「マー、あられもないこと、破廉恥なチンのお話ばかりでございます」。

さて、陽物比較ですから、珍の大きいものと小さいもののお話を忘れておりました。

これは、ダンプテイがオペラハウスが望めるシドニのボタニガーデンで、散歩していたら、こんなビッグな木の股を見てビックリ、その写真を奥方に見せたら、

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「この木なんの木、気になる木」って、感じ!

何て、逞しいこと、こんなの見たことない!

と、男性遍歴が豊富なような口ぶり

のんのんと 馬の魔羅ふる 霧の中 加藤青頓

これぞ、「我が肉茎、ここにあ」りと、青筋立ててビクビクと己の珍棒を天に突き上げる馬魔羅

テンテンツクツクツク天を突く

奥方様に、こんな卑猥な写真を見せたりしたら「これって、セクハラじゃなくて、マタハラじゃないの]と、申される!

馬鹿言っては、いけません、マタハラとは、マタニテイハラスメントのこと!

それに自分の奥方には、もっと立派な魔羅をダンプテイ様が毎晩お見せしているが、セクハラとは、言いますまい。

ところで、マタハラとは、妊婦に辛くあたり、会社を辞めさせようとする嫌がらせです、奥方様は、もう、とっくに子育ても終了されておりますれば、もうマタハラ等は、到底ありえなお話しと、教示差し上げた。

ところで、シドニーの公園の中の木には、びっくり、こんな木陰で、男女がキスしあってるのも、こんな木に刺激されてのことかと、勘繰るほどで、股の周りには、毛のように木の葉がユラユラ揺れている。

驚き 物の怪 山椒の木 

これこそ天然の悪戯というか、神の仕業 神様も助平であられる。

新しき 褌欲しや 枯れ股木 である。

こんな刺激のある樹木を拝見したら、詩心が沸いてこない筈はない。

題:逞しき樹

二股に魔羅が立ち昇る 龍のごとくに

巨大なる陰嚢の先が 激しく震え立ち

眩しく輝いて、人を誘っている

サー、ここにおいで、この歓喜の叫びを

サーこの肉塊を抱きしめて、舐めに来い

この大樹の泉を 受け止めに来い

こんな逞しい大樹をみたら、ダンプテイの陰謀も震えます。

去年今年 天を突きぬく 男かな

と、俳句を口走る。

すると、娘のチイ、この俳句は、かの有名な、虚子の名句

去年今年 貫く棒の ごときもの

のパクリでは、ございませんか、この名句こそ、この大樹のよう堂々とした男の生き方を表現していますわ!と、生意気な口をきく。

「ダンプテイのような俳句のパクリ親父では、俳句仲間も逃げていきますわ」と、手厳しい。

確かに、確かに、ごもっと、弁理士たるダンプテイも 資格停止と金バッチうをはく奪されるところでした。

そういえば、虚子の娘の星野立子さん、

去年今年 友無き我れに 客もなし 星野立子

立子さんも父親である虚子先生の俳句をパクっておられるようで、それで、友もない、お客様もいなくなったと、チイが説教するような状態で、チイのお叱りを胸に刻むことといたしましょう。

それでは、ダンプテイも反省致して、自作の詩を披露いたします。

題:逞しき樹

貧弱な木は、一匹の鳥しか 養わない

貧弱な木には、二匹の鳥は住みにくい

この大樹は違う、逞しい、千匹の鳥を

この大樹よ 天にまで突き抜けよ

そして、我もまた、天まで 突き抜けよ

ところで、今年は、北朝鮮問題でテレビニュースは、明け暮れました。

これも元をただせば、北朝鮮の世継ぎ問題

息子の成日が世継ぎになるかどうか注目されていた頃に、

おお、我が息子 天に向かって、立ち上がれ!

と、言ったのは、金日正!

The son also rises  と、新聞で騒がれました。

現在は、金正恩の息子が、立ち上がっているが、砲弾で、これを見よと、ばかりに、砲弾自慢したり、引っ込めたりの巧みな砲弾戦術により世界が踊らされている。

まさに、金将軍様の宝弾の出し入れの如きである。

ところで、The sun also risesは,ヘミングウエーの「日はまた上がる」の洒落でもあったわけですが、さて、北朝鮮に、本当の日が上がるのか、上がらないのか、世界は注目しています。

北朝鮮将軍様の砲弾も威勢が宜しいが、威勢がいいのは、掛け声ばかり

実際は、こんな「へなちょこ将軍」の暴挙は、許されぬ」と、トランプのツイッタ発言も出てきそうな状況である。

そんなときには、こんなヘナチョコの股木を添付するよう、トランプ様に御進言申し上げましょう。

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ほれ、将軍様は、ヘナチョコだという姿を示すには、最適な道具立て

こんな将軍様では、北朝鮮の国民も着いてきませんから、北朝鮮制裁には、もってこいの制裁グッズ!

直き木に 曲がれる枝も あるものの

嘆かわしくは その小ささよ

俳句だったら

秋風や わが朝マラの 頼りなさ 尾崎士郎

今はただ への字のヘノコ 冬ざさる

話は、変わって、昔 単身赴任で過ごした錦糸町の思い出話

スナックのママが申されるには、「どうして男の人って、大きさに拘るのかしら、前菜抜きでいきなり特大のソーセージが一本でてくるみたいで、こんなのゲーしちゃう」

そんなこと言いながら、こんなママ程、

「どう私の立派でしょ」と、言わんばかりに、「女の恋の物語」を伴奏にしてダンスに無理やり誘っておっぱいを押し付けてくる

満員電車の中で、でかい胸を押し付けられたみたいで、息苦しいったらありゃしない!

[ビール瓶は、長さ29.5で太さ7センチ]と,いうけど、男の者でデカイのは、これを上回るというらしいが、やっぱり、こんな巨根で、ごしごしやられたら、さぞ苦しいだろうと、一物がちっこいダンプテイは、世の女に同情しちゃいます。

こんなに、アレが太くて長かったら、僕のパンツなんか破れちゃいますね!

「ダンプテイのエロ話しが、そんなに長くては、チイの心も萎えてしまいますわ!」と、エロ親父に散々泣かされて育った娘も愚痴がでる。

やはり、男たるものスピードと、時間にも配慮すべきと心得ました。

しかし、これも代々親から引き継いだDNAの悪戯ですから、我慢して頂きたい、

と、言い訳がましい親父である。

それでは、柔らかい話の古典でまいります。

日本の古典とされる万葉集にも男根を賛歌すると、思われる文化がかいま見えます。

奥山の 岩影に生える 菅の根の ねもころ我も あいおもわずあれや 藤原朝臣久須麿

「ねもころ」とは、ねんごろで、「男根の交い」を示唆する、」それと」寝る頃でもあろうか.

藤原朝臣久須麿という偉い大臣が、大伴家持の娘を政略結婚でもらい受けるときの久須麿の歌とされるが、それにしても菅の根を自分の男根と、想像させるエロチィクな歌である。

さらに

あしびきの 山に生いたる 菅の根の

ねもころ みまく ほしき君かも

大伴の家持には、男色気があったと、思われ、「貴殿の陰嚢を見たいものよ」とも読める歌、なんとも、ストレートな言いようで、好感が持てる。

吾が背こは 玉にもがもな(玉のようにあってほしい)ほととぎす 声にあわせて 手に巻きてゆかん 大伴家持

「私の男友達も玉三郎におように美しくあってほしいわ、それこそ、誘いあって、ホトトギスのように、声を出し合って、一緒に歩きたい」と、これも、男同士のホモ友達の歌である。

更に、大伴家持藤原訓儒麻呂に対しての想いを綴った歌

春風の 音にし出なば ありさりて 今ならずとも君がまにまに 
「春風の音のような貴方が私にその気になって芽吹いてこられたら 貴殿の思うままに、どうぞお構いなく、自由にあなたの御気にめすままお遊びなさってください。

私は貴殿のおもうがままにいたします。

すると、娘のチイ

「お構いなくーー、めすまま」なんて、お釜言葉では、ございませんか!

と、チャチャが入る。

男同志の交わいをお釜というのは、禁欲している僧の間に女陰の代わりに釜の座が用いられたと、されていたからですよ!

また、一説によると、カーマは、梵語で愛を意味し、これに御をつけて「おかま」が男色を意味するように、なったとか」これは、ダンプテイの新設ですけど!

ところで、男談義は、これまでにして

「おい、チイよ、飯を食いに行こうじゃないか!」、立派な朝マラがピンと立つような」と、自分ながら、発言を取り消したいような失言、」政治家で有れば、とっくに、辞職もんだいに「発展するレベルである。

ビックリするようなダンプテイの申し出にチイ、豪華なレストランでのダンプティの「エロイ話」は、もう金輪際なしよ!

ダンプテイが、「エロイなんて」言うなよ、セクシーとか、色気とか、言って欲しいけど!

高度の文学論龍で申せば、村上春樹の「セクシーな語りは、それが人間の心のある種の領域を立ち上げていくからであって、物語を有効に軌道させていくものだ」と、いっているけどダンプテイの話も読者へのプレゼント程度のことですよ!

と、チイにもうせば、こんな高度な話にはついてこれる訳が無い。

チイは、それにも関わらず、「それにしてもギリシア神話とか、ダンスの歴史だとか、チイには、もっと、高級な話題での食事会にしてほしいわ!」なんて、時分の知能レベルで物を申して欲しいものである。

チイには、「ダンプテイ、かしこまって候: それては、学のある日本の古典の話題をと、お話を

平安の都の出来事、孝謙天皇、英国ダイアナ妃の名前のように女陰が大きくて、相手に出来る男がいなくて寂しい夜を過ごしていたところ、道鏡という巨根の坊主の出会いにより、孝謙天皇は初めて女の喜びを知ったとか?

道鏡は 座ると膝が 三つでき

道鏡に 根まで入れろと 詔(みことのり)

なんて、狂句まで登場されておりますから、道鏡は、相当なビックなお方だったわけ!

道鏡は 己がチンボで カクレンボ 高新太郎

と、いうような江戸川柳もあるし!

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注:ギャグ辞典 高新太郎

天皇家と直接関係のない仏僧としての道鏡が女帝に対して陰嚢の一突きが明らかになるやいなや、天皇も、ただの女にとなり、皇室や仏教界の権威や政治的な関係が怪しくなったわけですよ!

チイも道鏡の話には感心があって、悪女論という田中貴子さんの著書を読んだけど、

道鏡孝謙天皇のような話は、後世になっての女性天皇の権威と、仏教精神との関係から孝謙天皇道鏡が悪者にするのが都合が良かったということらしいわ!

となまかじりのことを申す。

そこで、ダンプテイが学のあるお話おばと、

「ある孝謙天皇の女陰が大きくなったのは、経文に「所有三千界、男子諸煩悩、合集為一人、女人之業障」と、書かれていて、経典を焼き払ってしまったことから因果応答の罰とか、女人禁止の道鏡との交わりをしたという仏教界の戒めを破った天罰として陰嚢が大きくなってしまって後世に寓話化されたとか、仏教の説教や、皇族の女性世継ぎを禁止するのに利されたと、言われている。

チイ:天皇を貶める道鏡のような者は、政権を追留めるものとして道鏡が三大悪人の一人に祭り上げらけた訳ですね!

そうです、ダンプテも、その説には、賛成しますね道鏡以外にも平将門や足利尊も新政権の尊厳を守るために、歯向かった者、旧体制を貶めるために、悪人扱いされ、陰嚢が大きいとか、欠陥があるとか誹謗された。・

現政権や天皇制に刃向った陰棒者を不届き者として性的な不愚者扱いする訳ですね!

たとえば、

将門は ちんがふとくと 減らず口

と、いう川柳があるくらいですから

すると、「マー現政権への陰謀者だから陰棒だなんて,なんて、ダンプテイは乱暴なことを申される、チイも赤面ですわ!」

それも太い陰棒だなんて、神田明神の神様からの罰があたりましたわ!

と、駄目教師の過ちを細かく指摘する厭らしい生徒のようなチイの態度には木に触るが、マー此処は大人のダンプイェイ、我慢して話を続けることとした。

この狂句の将門のチン(朕)とは、天皇が自らをさす言葉で、もう一つのチンは、男の陰能のこと、自らの行いが天下を取ろうとするのは不徳であったと、陰嚢が太いと、陰嚢が太い不徳の僧侶の道鏡に擬えている面白い駄洒落句ですね!

そういえば、昔から、陰能が太い男は、不徳な男と、されていますね!

これも道鏡和尚の太チンの逸話の影響だと、思われます。

ダンプテイが子供の頃の喧嘩では、「ヤーイヤーイお前の父ちゃんオチンコデカイ」なんて、はやしていましたね!

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ハンプテイは、「お前の父ちゃん出臍」って,覚えているけど!

出臍かチンコかのくだらない問答は、どうでもいいけど、古代の占いは、巫女が中心だったが、中世になると、占い師の多くが男に変わっていくのは、どうしてなのかしら?

ダンプテイには、:難しい質問ですねこれは、回答するのに困りますね

マー、よく分からないけど、中世以降になると、仏教の影響が強くなり、世界中の男性の煩悩を全て集めても、女の一人分の業障に過ぎない)」とか、「女人地獄使、能断仏種子、外面似菩薩、内面如夜叉(女性は地獄の使いで、人の持つ仏性の種を断ってしまうtと、女は悪人とされた。

女は、外面は菩薩のようでも、内面は、夜叉のように恐ろしい)」と、いったことが言われるようになり、女性差別的な傾向が強くなったとされますね

女性は男性とは違い修行ではなく苦難を経なければ、悟りを得ることはできないと、され、山岳宗教等、寺院の多くは女人立ち入り禁止とされました。

中世になると女性天皇が排除されていくのも、女性蔑視、の思想と、関係があると思われますね!

特に、孝謙上皇が不徳の道教と共に、悪者にされたのも、女性は、政治には向かないという考えを広めるための政治的な陰謀だったとも言われている。

ハンプテイ:マー陰棒だなんて、陰謀のことではないの、それとも淫棒かしら?

失礼、失礼、ダンプテイは間違いが多くて、陰謀でした、訂正いたします。

これら陰謀により道教の祟りによって道鏡は、失脚して下野の国に流されるが、その巨根であったために、道行きが難しく途中でその男根を切り落としたとか、それが、金精様として栃木県の幸乃湯温泉に奉る男根の道祖神だそうですね。

孝謙天皇の祟りも、道鏡と同じ用伝えられています。孝謙天皇の女陰が大きくて、道鏡の物でも満足できなかったから、山芋を使ってみたら、その山芋が女陰から抜けなくって、それで死んだという逸話がある。

ハンプテイ:まあ、こんなことすれば、天罰があたっても当然と、誰もが思うわよね!

ダンプテイ:このような女性天皇を悪者にする逸話が独り歩きして、男系天皇伝統が必要だとする現在の天皇規範の世継ぎ問題に関係している訳ですね!

女を天皇にするとはとんでもないことになるという儒教の教えの事例として祭り上げられてしまった、悲劇ともいえますね!

チイ: この孝謙女帝と中国バージョンなのが、唐の時代から周の時代に替わったときの則天武功という女帝の話にもありますが!!

ダンプテイ:この中国の女帝の則天武功no逸話と貢献天皇との逸話には、共通点が多いため、我が国の孝謙女帝の話は、どうも、則天武功の日本版として、でっちあげられたものとも言われていますね!

ハンプテイ:その則天武功の話とは、どんなことなのかしら?

ダンプテイ:則天武功は、太宗皇帝の後宮であったが、この皇帝が亡くなると、皇帝の息子である高宗皇帝の妻として後宮になるという、日本で言えば皇后様が皇太子の妻となるような前代未聞も婚姻をなし、高宗皇帝がひ弱であるために世継ぎとなった自分の子供の皇帝の地位を奪って女帝の地位を得て実質的な政治を支配したそうです。

その地位につくために、二人の世継ぎの息子まで殺したとされ、その他の政敵を次々と、殺害する恐怖政治を行ったことも有名ですね!

現在でも北朝鮮の世継ぎの問題で実兄が、シンガポールで,毒殺っされた問題等もありますね!

ダンプテイ:その問題に真相は明らかにされtいませんが、かなり怪しいようえすね

ところで、この則天武功の影の力となったのが、性欲旺盛な巨根の僧の薛 懐義で、道鏡と話が似ていますね

この僧は、則天武功は弥勒仏の地上に下りられたお方であり、帝位につけば、世の中は栄えるとお告げがあったと、述べ、帝位の地位を支えたとされる(英雄の世界史 井沢元彦)等多くの逸話は、極めて日本の孝謙女帝と類似しているのは、1000年程前の則天武功に関する逸話が女帝の孝謙天皇にも被せられているような気もしますね!

話が硬くなりましたから、江戸時代の浮世絵の話でもいたしましょう。

ダンプテイ、こんな富士の山の和歌を見つけました。

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ふしの山 麓は暗き夕暮れの 空さりげなき 雪をみるかな 鈴木晴信 風流座敷百景

チイ:なんですか、このてんこ盛りかき氷みたいなの?

ダンプテイ:これは、富士じゃなくて「ふしの山」、

、お盆のようなものに布がかけてありますが、これが節の山(富士の山)の見立てで、要するに、男根ということですね!

瀬戸内寂聴さん、渡辺淳一さんとの対談で、

注:男の手打ち、女の胸の内 渡辺淳一

男のものがいいとか、悪いとかいうでしょ!

だけど、女はね、あんなもの問題じゃない、小さければ小さいように合わせられるんです。

口に入れたって、味わえないじゃない。

やっぱり、隙間がなくちゃ!だって、

尼さんが言えないようなこともおっしゃっても非難されないのは、源氏物語の翻訳書を書いた女流作家の大家が申されているから、誰も非難されない、ダンプテイがこんなこと申したらそれこそ、袋叩きになる。

ハンプテイ:マーそんなこと、いって、ダンプテイは、随分なこと、平気で言ったりして女の口解きもうまいんだから!

ダンプテイ:なにを申されますか、、渡辺純一さんや野坂昭如には、とても及びませんよ

どちらの方か忘れましたけど、「女の口も男にとって大切だけど、女にとって、最も大切なのは、口説だって」おっしゃってたけど、助平先生の言われることは、実体験が伴なっているから説得力がありますね、ダンプテイなんか想像だけで、話をしてますから、とても口解きなんかできる訳がありません。

でもダンプテイは、紐の口解きは得意でしたけど

チイ:なんですか、紐付きの女との縁切りで、ございましょうか

ダンプテイ:ご冗談が過ぎます、チイ様

蝶結びにした紐を口の中に入れて、舌箆で、紐を解くという技!

チイ:何の役にも立たないアンポンタンの芸とは、そんな紐技、馬鹿みたい!

ダンプテイ:アンポンタンの語源は、インポテンツで、フランス語の性的不能者である男にとって、最悪の貶なし言葉ですよ!

でも口で口解きが出来るくらいのテクニシャンだったら、インポテンツの男でも女に喜ばれるに違いなんて、馬鹿なこといっちゃった。

チイ:ダンプテイは、それこそ、ポコペンの御たんこ茄のアンポンタンの糞親父ということかしら!

ダンプテイ:なんですか、その「ポコペン」とやら

チイ:幼いころにした缶蹴り遊びのときの「誰々ちゃん見つけたポコペン」と、いう遊びをご存知ない。

駄目な奴ねという中国語で、日清戦争当時の中国を侮辱するのがポコペン、それに、馬鹿に対しては、おたんこなすで、短い茄に御をつけて、短いチンコという意味がおたんこなすね!

ダンプテイ:おたんちんも同じく、短いオチンコに御をつけたものだそうで

ナースナース ないないナース

御たんこナースの秋茄

お前の父ちゃん アンポンタンのでーべそ

馬鹿馬鹿ちんどん屋 お前のかーちゃんでべそ ついでにお前もでーべそ

と、いうのもあった。

ところで、幼い頃の思い出の話がでましたので、ダンプテイの思い出を一つ

夏になると、庭にタライを出して行水するのが習わしでね、

行水の 捨てどころなし 虫の声 上島鬼貫

と、いう俳句もありました。

裏庭にタライを出して行水する親父の陰能が大きかったね、風呂上がりの後には、座敷で褌を撒いただけで、団扇で仰いでいたりして!

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褌から除いてるのが大きな親父の睾丸、白い毛もお湯に浮かんでた。

睾丸の 大きな親父 夏座敷

チイ:「マー、何と大きな睾丸だこと」それこそ、現代風に言えば、

パンツから 覗くふぐりや 大あくび

と、いうところかしら!

ダンプテイ:チイだって、一緒にお風呂に入って、オトンの一物を玩具みたいに「これなーに」、なんて小さな手で、触っちゃっありしてた。

めずらしや 湯殿の中の 初茄

チイ:自分の一物を茄だなんて、ダンプテイは、それこそオタンコナス

ダンプテイ:誕生した赤子は、眼に見えるものは.みんな、珍しがるもんで、珍しいのを手で触ったり、口に入れたりして勉強するわけですね!

学ぶとは 手で触ること 舐めること

チイ:ダンプテイの夜遊びを正当化するつもりかしら、厭らしい、まるで、平賀源内先生みたいじゃないの!

ダンプテイ:そういえば、源内先生、江戸後期の平賀元義と、いう歌人でもあり、

五番町 石橋の上にわが魔羅を 手草にとりし 吾妹あわれ

と、卑猥な歌を公開されている。

ハンプテイ:自分の魔羅を女に、もて遊ばせているなんて、源内先生こそ哀れ、せめてバリカンで自分の頭を刈り上げて身を慎んでいただかないと、

バリカンで 頭を刈って 四葩かな(夏)

助平は、死ななきゃ治らないといいますが、やっぱり、源内先生の最後は、殺害まで犯して、牢獄で、寂しく死んでいますから、ダンプテイも御用心

ダンプテイ:万葉の時代は、自分の一物を子供の玩具にして遊ばせて使った歌が既にあります。

みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与え

物しなければ の物をわき鋏持ち

玩具がないときには、「茄だ,茄だ」と、言って、自分の男根をはさみもって、稚児を泣きやませた」という愛らしい情景が目に浮かびます。

チイ:昔は玩具が無かったから、こんなことして子供をあやしていたなんて、優雅な時代、今だったら、それこそ悲しき玩具だけど

それにしても、茄子よ、茄子よ、大きくナーレなんて、玩具にしちゃって、自分も興奮しちゃって、一緒に遊んじゃってるわけじゃないでしょうね!

それこそ、具体的な性教育ということかしら?

ダンプテイ:小ぶりだけど硬くて甘い茄子と、いえば、山形の井出葉茄子、鶴岡の山形大学農学部に、訪れたとき、蕎麦屋に行く途中にあった奥の細道芭蕉の句碑に

めずらしや 山を井出羽の 初茄

と、いう句がありました。

芭蕉羽黒山から下りて来て、この地の長山家に宿泊したときに、御馳走になったのが、この長茄子で、その時の挨拶句らしい。

この井出羽茄子と、いうのは、出羽の国の小茄子の民田茄子という伝統野菜で、小さいけど、実が固くて締まっていて一夜漬にすると美味いとか!

チイ:マー一夜漬けが美味しいとは!

出羽の国 民田茄子 ウフフフフ

注:元句 三月の甘納豆のうふふふふふ

ハンプテイ:厭らしいことをチイは、想像してらっしゃる。

この「おたんこ茄子」親父にそっくりの助平娘!

ところで、ダンプテイ茄子大好きのお方に、自分の茄を茄撫で撫でされて、浮かれておられるとは厭らしい。

風呂親父 ふぐりも伸びて 夏日和

ダンプテイ:そういえば、助平は、あっちの物もでかいというらしいけど、我が親父のふぐりは、凄まじく立派だったね、それに陰毛は、銀白だった。

行水や 父の陰毛 花かつお

ハンプテイ:その親の血筋をひいていれば、ダンプティの物も立派なはずだけど、これ不思議!

ダンプテイ:後で、わかった話だけど、親父は、脱腸の手術をしたらしいから「ふぐり」が大きかった訳ですね

ハンプテイ:それにしても、この句、どうして、ここで「花かつお」が登場するのかしら?

ダンプテイ: 明治維新でこんな流行歌があったことをご存知ないの?

宮さん宮さん お馬の前に
ヒラヒラするのは 何じやいな
トコトンヤレ、トンヤレナ
あれは朝敵 征伐せよとの
錦の御旗じや 知らないか

と、ヒントを与えたから想像して下さい。

チイ:これって、西郷隆盛が朝敵として反乱を起こした西南戦争で官軍が攻め入るときの歌ですよね!

馬の前に、ヒラヒラするのは、錦の旗ですが?

ダンプテイ:馬の「あいつ」は、馬鹿みたいに立派というじゃないですか!

 それに、馬の血統が良ければ、その種は、何と、何億円にもなるという馬主にとっては、ウフアウフアの宝物だそうですよ!

チイ:そんな血統書付きのダンプテイだったら、今頃は、御殿が建ってウフアウフアじゃないですか

でも、枯れ薄みたいな親父だってこと、どうしてかしら!

ダンプテイのことを                 

 朧なる 父の陰毛 銀

でも、親父のオチンコの大きさだけはビックマックみたいで、助平親父だった。

ハンプテイ:そうだったの、そんな話し、初めて聞いたわ!

でも、御爺さんのこんな逸話も話を聞いておかないと、親の供養になったかどうかは,別として、忘れ去られてしまうからね!

ダンプテイ:我が親族の正の財産も負の財産もはっきりさせ、我がファミリーの教訓として明確に残しておかなければ!

チイ:こんなファミリーヒストリーを公開しちゃって大丈夫かしら?

ダンプテイ:財産なんて死んでしまえば、どこかに消えてしまう、公開した正の財産も負の財産も相殺されてしまって。ハイ終わりと相成りますから。

チイ:私が問題にするのは、正の財産ではなくて性の財産の公開の話よ!

こんな下衆な話しを公にするのは,我が一族にとっても不敬なことよ!

ダンプテイ:まあまあーそんな堅苦しいこと!

人生は旅鴉のようなもの「旅の恥は、掻き捨て」と、言うじゃございませんか!

それに、僕の親父さんは、浮気をして母が苦労して,稼いだ財産を一夜のうちに、浮気女にかすめ盗られて、途方に暮れて、自宅の前で家族に、ひれ伏して謝ったそうですから、こんな親父の話は水の泡と、流して頂ききましょう。

ハンプテイ:傾城の 恋は真の 恋ならで

金もってこいが 本音なりけり

と,いうことだったわけね!

意地も人情も 憂き世にゃ勝てぬ

みんなはかない 水の泡 

泣いちゃならぬと 言いつつ泣いて

月にくずれる 影法師

藤田まこと 人生劇場

ヒル:いえいえ、そう簡単には、許せません。

ドストエフスキーは、女は好きではないが、賭け事が大好き、奥さんが嫁入り道具を売り払って用意してくれたヨーロッパ旅行費用を一夜の博打で使い果たしてしまった罪深い男、まさにドストエフスキー罪と罰

男命を三筋の糸に かけて三七賽の目くずれ

注:藤田まさしの流転より

ダンプテイ:3×7=21の賽の目21と、洒落ましたわね!

ドストエフスキーは、スゲヘイなドスケベスケの罪と罰では、賭博で、お金を無くし、「もう博打は、しない、僕の涙にかけても誓うよ」と、ひれ伏して謝ったとか!

チイ: いずれにしても、ドスケベイがひれ伏したと聞いたら、ダンプテイ「の親父さんもそうみたいだけど、襟巻蜥蜴を想いだす。

臆病な 影を残して 蜥蜴逃げ 鷹羽狩行

ダンプテイの御爺さんもとんでもない過ちを犯して、浮気相手の娘と逃避行

お月さんさえ 夜遊びなさる

歳は若こうて 13、7

よしておくれや 雲隠れ

春の野に出て 七草摘めば

露は小股に 濡れかかる

よしておくれや 鬼あざみ

春の月隈 月影踏んで

開けを待つ間 木陰によれば

よしておくれや 棹しぶき 

大分 こつこつ節 一部改変

持ち金全部を女に持ち逃げされて、今更、家に戻る顔もなく、垣根の外でウロウロ

思えば思えばこの俺が 去年の秋の煩いに

いっそのこと、「死んでしもうたらこんな浮気はできないものを

と、今更、家族に見せる顔もなし

誰かきたそな 垣根の外に

啼いた鈴虫 音を止めた

なにをくよくよ川端蛍

どこのはずみで消えたやら 佐賀民謡

土下座して、「過ちは、再びおこしません」と、謝った親父さんの姿を想像しても可哀そう!

ダンプテイ:こんな台詞では、きっと母親は許さなかったでしょう。

ここは、中原中也でなくては

汚れっちまった 悲しさに

今日も小雪が 降りかかる

汚れっちまった 悲しみに

今日も風さえ 吹きすぎる

汚れっちまった 悲しみに

たとえば狐の 皮衣---------

ハンプテイ:汚れたとは、とんでもない浮気で、家族の心を汚してしまったことでしょうか

ダンプテイ:それ以来、親父が枕する唐枕の浮世絵のエロ絵が厭らしくなりました。

淫らなる 陶枕(トウチン)の絵や 父昼寝   

チイ:こんな助平父ちゃん、チンコをちょん切れば、それこそ「とうちん」ですね!

ダンプテイ:なんと残酷なことをチイは申される。

こんな親父でも子供には、優しい親父、お腹を出して寝ていれば、水あたりをしないかと、布団をかけてくれる優しさがありました。

ふっくら 腹に臍あり 雨蛙

春暁や  優しく膨る 稚児の腹

お袋からすれば、親父の振舞いには、腹もおさまらなかったでしょうが、長男が、「お母さん許してあげて、僕の父は、この父しかいませんから」と、言って、泣き狂ったことから母は, 許したとか!

チイ:こんな、取り返しのつかない家族への裏切りには、「ほっとけ仏」にすれば、よかったのに!

ダンプテイ:いやいや、兄のこの一言があったおかげで、恙なくこの浮気事件は、一件落着、恙なくと、なったのです。

こんなこと くらいで死ぬか 恙虫

同じ、男として親父に同情しての詩を一つ

浮名立てども 男は立たぬ

あんな女と 言われども

人の心は 合縁奇縁 

富士のお山の 白雪が

積もりはすれど 溶けやせぬ

鶯泣かせて みたいわな

ほんにおいらも 燃えしゃんす

留めて止まらぬ 色の道

とかく浮世は色と酒

それにしても親父は、子供達の前では、手品をしたり、皿回しを披露したりして、よく遊んでくれた。

老い父は、かくも寂しきか炬燵にて

皿回しをば試み始めき 俵万智

チイ:きっと、家族に対して悪いことをしたと、反省されているのよ

でも、ダンプティも御爺さんのDNAを継いでいるから、ダンプテイも危険なことにならないよう、お願いしたいわ!

蛙の子は蛙と,いうし

直ぐに手を出し、足を出したがる蛙の子ですから

やがてでる手足むずむす 蛙の子 渡部磐空

過ちは 繰り返します 秋の暮れ 三橋敏雄

ダンプテイ:この俳句、広島の平和公園の句碑では、ないですか!

でも、この過ちというのは、戦争に突き進むよう煽動したのは、政治家や軍人では,ないですか!

これを一般国民までが「過ちは起こしません」なんて、差出人も宛名も目的もない曖昧なフレーズを平和祈念像の前で,祈らせるのは、可笑しいと,思いませんか!

ハンプテイ:この「過ちは起こしません」の碑語は、GHQによる、日本に植え付けた自虐思想の象徴であると、小説家の百田直樹さんは、大放言と、いうエッセイで書いていますね!

「広島、長崎の原爆や日本国内での焼榴弾による無差別大量虐殺の非難を躱すために、すべて日本が悪かった」と、いう自虐の心を植え付けるための標語だと、百田さんは、語っているわ!

チイ:戦争による悲惨な思いは、戦争に突き進んだ神風精神が原因であるとして、これも米国主導で押し付けられたた憲法9条を神様みたいに信仰している人がいるのも批判していいんじゃないかしら

ハンプテイ:戦争は悪であると言っても、戦争は、相手があること、戦争を仕掛けられたら、戦争反対と言っていても、国民の命は救われず、国家さえ、滅びてしまうかもしれない!

チイ:戦争が起きたら、憲法9条維持派の人たちが、憲法9条のプラカードで、戦争を阻止できると思ってられるのかしら?

ダンプテイ:こんなことに備えて、自衛隊をどうするか、憲法をどうするのか、アメリカとの平和条約は安心なのか等、真剣に考える時期がきているのに、

戦争反対、平和憲法改正反対と、ありがたい呪文のように言い続けているのはどうかな!

ハンプテイ:日本は、平和条約の下で米国に守られているというけど、米国が世界で進めて来た、戦争への考え方や自国民優先の考え方をみれば、果たして、このまま頼っていて大丈夫かと心配になってきますね!

ダンプテイ:日本に原爆を落としたのは、これ以上、米国兵士を死に追いやりたくない」と、いう考えだし、北朝鮮への核の脅威も、米兵、国民が危機に陥る前に潰しておくべきだ」と、いう考えが強いから恐ろしいのです。

とんだ、真面目な話になりましたが、我が家の先祖が残した過ちは、繰り返しませんは、肝に銘じていますから、先祖のことを煩く言うのは、止めて頂きたいわ!

 たとえ、助平親父の魔羅が、悪戯したとしても、子供への愛は変わらなかったとおもいますし、

ハンプチ:先ほどから、ダンプテイったら魔羅、魔羅、と、余程魔羅にご感心があるようだけど!、

ダンプテイ:魔羅への関心は、小説家の登竜門である芥川賞のテーマでもありましてね、石原新太郎の「太陽の季節」もそうだし、「限りなく透明に近いブルー」の村上龍のデビー作品もそうだし

小説には、ペニスの大きさ比べなんかが出てくるポルノまがいの描写の多いのが小説ですよ!

太陽の季節におオチンコにようr障子破りの場面は、皆さんご存知でしょうから、限りなく透明なブルーの場面を少しだけ、紹介しましょう。

「特に上半身は、重い沼につかったような爛れ、口は誰かの器官を咥えたくて、体液を飲み込みたくてうずうずしている。――略―― 

ポブの巨大なペニスをケイは、喉の奥まで咥え込んだ。

誰の物が一番でかいか比べるわ」

チイ:止めて、止めて、何も言わないで!

楽しい食事の場でそんな如何わしい小説の中身を紹介しないで!

ダンプテイ:もう、これ以上、申しませんが、村上春樹さんの小説を絵で示せば、こんな感じかな!

チイ:嫌だわ!これって、ペニスグランプリをもらえそうな絵画だけど、これって、ビアズリーの挿絵じゃないかしら! 

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ハンプテイ:チイが、こんな猥褻な絵画の趣味があるなんて、驚きですね!

ダンプテイ:俳句界で「ちんこ」の名句が多いのは、なんと言っても金子兜太さんですね、

こんなユーモラスな俳句がある。

おちんこも欣欣然(きんきんぜ=たいそう喜んで)と 裸かな                金子兜太

全くもって、天真爛漫、有名な俳人だと、厭らしさが全く感じられないのは,不思議ですね!

チイ:オチンコというのは、幼児のチンコだから、可愛いいんですよ、

オチンコの他にチンポコも幼児のものに使われていますね、こんな俳句もある。

春泥の 子等のちんぽこ 並びけり 川端茅舎

麦秋の 子がちんぽこを 可愛がる 森澄夫

ちんぽこを おまけに叩く 天瓜粉 菅谷 貞夫

ダンプテイ:「ちんぽこ」とは、珍鉾の訛だそうですね!

「形も似ているし、身を引き、争いを避けることを鉾を納める」と、いいますしね!

鉾をおさめて 日の丸上げて 胸をドンと打ちゃ 夜あけの風が そよろそよろと身に沁みわたる 

なんて、オペラ歌手の藤原義江が歌っていましたね!

ダンプテイ:藤原義江も随分と、あちらのほうは、盛んだったそうだったから、藤原義江の鉾(白毛の生えたチンポコ)をこの歌を聞くと想像しちゃいますね

ハンプテイ:そんな想像は、ダンプテイくらいですわ馬鹿も程々にして頂戴、

ダンプテイ:どうもダンプテイ、あれこれ想像力が豊というか、エロ親父というか、自分ながらあきれはてております。

坊主の袈裟も外から見れば、阿弥陀の仏で、光輝いていますが、内側には、隠れた男の刃がギラゴラしている。

ハンプテイ::身近なところでは、上野の弁天島の髭地蔵が有名ね、表から見ると髭を生やして杖なんかついた立派な御地蔵さんだけど、裏から見ると男根なのですが、これも仏教界と男根との不思議な関係がみえてきます。

この辺りのことは、ダンプテイの研究テーマですね!

ダンプテイ:この弁天島の男根と髭地蔵は、推察の域をでませんが、謡曲の葛城に関係している文武天皇の頃の奈良の金峯山、葛城あたりで修行して鬼を使って妖術を行う「役小角」であると、思われます。                        

 山に岩橋を掛けるよう葛城の女神に命じたところ「顔が見苦しいから夜しか出られない」と、いうことで、工事が遅れている。

怒った役小角が姫を縛って岩屋に閉じ込めて三熱の苦で苦しめた。.

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注:上野の弁天島にある髭地蔵と男根                       

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注:千葉・上総七福神の圓鏡寺の恵比寿神は頭部が男性器になっており、ヌード像や男女の性器石像の中に佇んでいるように、宗教界も斜陽産業の一途を辿り、観光産業への転換と、このような男根崇拝像が全国津々浦々大流行となっています。

この姫は山伏の祈祷で助けられて雪の中で舞を舞うというストーリーである。

地謡の部分は

高天原の岩戸の舞 高天原の岩戸の舞

天の香久山も向ひに見えたり

月白く雪白くいずれも白浜の景色なれども

なしおふ葛城の神の形の面なりや曲はゆや

恥ずかしきあさましや

余談になりますが、この岩橋と葛城の神に因んだ和歌を紹介しましょう。

岩崎の夜の契も絶えぬべし 明くる侘しさ 葛城の神 小大君

注:岩崎とは、岩先で男根をも象徴するする言葉

葛城の神は、見苦しかったので岩崎の橋を作るのに夜しか外に出なかった伝説を踏まえて

「私も葛城の神のように見苦しいため夜の契も絶えてしまいそうですから、夜が明けるのを寂しく致しております」

と、小大君の女が歌ったのに対して、

恋の相手である朝光は、この明けるに答えて、

秋(飽き)立てば見しやとおもふ葛城の神の夜にてやみぬべきかな

「もう飽きたから醜い顔をみたくない等と、お思いでしようか、飛んでもございませぬ。

悲しい貴方を見たいのであり、夜の契だけでのお話しではございませぬ」と、返し歌を歌っている。

チイ:男女の歌合せは、言葉に関する教養のガチンコ勝負だったわけね!

ハンプテイ:この時代の会話は、栞に、和歌をしたためての恋のやり取りで、清少納言は、こんな面倒な歌のやり取りに不満だったので、

「私を想う男は、歌なんかで伝えるなんて敵とも思いますよ、もうこれでお別れにしましょう」と、いうときに限って歌をしたためてほしいわ」

なんて不平をたらたらと申されています。

ダンプテイ:百人一首で有名な、道綱母(蜻蛉日記の作者)も

嘆きつつ 寝る夜の明ける間は 如何に久しき ものとかは知る 

と、貴方を夜が開けるまで待っているのは、どんなに長いものとは、ご存知ないでしょ?

と、今のメイル時代とは、違って、恋のやり取りのじれったい気持ちが分かります。

この恋心に対して、兼家からは

げにやげに 冬の夜ならぬ 真木の戸(木戸)も 遅く開くるは わびしかりけり

「ごもっとも、開ける日が長い冬の夜も辛いけど、木戸が中々開かないのも辛いものですよ!」

と、軽くいなされている。

一夫多妻の時代、女は、男が夜這いしてくるのを待つだけの弱い立場だったことが分かります。

ただただ、今夜こそ、あのお方が来て頂けるようにと、天狗のお鼻を摩って、祈るばかり!

チイ;嫌だわ、天狗の鼻だなんて!

ダンプテイ:天狗の鼻といえば、大峰山役小角を開祖とされる修験寺つまり山岳信仰の本山、金勢山や金精山と類似した名称の山で、山岳信仰の多くが男根を崇拝し、天狗の鼻が男根の象徴とも言われています。

詩人の草野心平さん、こんな詩を作っている。

おお火を祭れ 風を祭れ 水を祭れ 大地を祭れ

海亀とアシタベを祭れ

いきとしいけるものの いのちを祭れ

BebeとDankonを祭れ

空と天と星を祭れ

「:肝心な物だけを英語にしているのは、何のメッセージかしら?」と、チイが尋ねる。

ダンプテイ、そんなこと知るか、心平さんに聞いて下さいよ、

それでは、ダンプテイから天狗の鼻の小話を一つ

題:天狗の鼻

天狗和尚が花街にでかけた

女郎が和尚の鼻を手にとり、女郎に引き寄せる

違うよ、それは和尚の鼻だ、何をなさるか

和尚の物では物足りぬ、私はこの鼻が気に入った。

「そう言えば、天狗を奉る寺としては、神奈川県大山、の大雄山、東京都の高尾山、京都鞍馬山等、何れも山寺ですね!」と、ハンプテイが言えば、

ダンプテイ、そうです、山岳信仰は、天狗と男根をお祭りするところ、弁天島は、弁天様の芸術の女神を奉るところとされますが、日本は、アレコレの文化が入り混じっていますから、何でもあり、上野、猿沢の池の弁天島にも、弁天様の琵琶塚もあるし、山岳信仰の開祖の役小角と男根も奉ってありますし、

役小角は、山岳信仰の開祖で、役者(易者)ともいわれているから、俳優業の役者と占いの易者とは相通じるところがあるようです。

俳優は、自分とは違う世界の人を演じているから妖術の世界ということかも「しれません。そして妖術の関あといえば、易の世界でもある。

空想の世界も現実の反映であって、現実である人間の存在を前提としているから神の世界も芸術である訳ですよ!

チイ:弁天島は、裸の女神様が奉ってあり、天の岩戸に閉じこもった、天照が夜しか出てこない神話は、謡曲の葛城と一致しますね!

ハンプテイ:でも何故、女神の葛城の神を奉ってないかの疑問が残りますね!

ダンプテイ; 役小角は、日本の山岳信仰の開祖といわれているが、藤原不比等が実験をにぎると、天皇上皇に影響を与える者を恐れて、役小角は捕えられ大島に島流しされ、何時なくなったかも明らかでない (日本霊異記)から、これを弔っているものと思われます。

男根は、山岳信仰での信仰の対象で、天狗の鼻にもつながるものですから、ここで男根と共に役小角が祭られている謎が解明できると思います。

猿田彦を奉る神社も天照が降臨されたときに道案内として登場する神で、鼻が長く、顔は真っ赤であるといったことから天狗の伝説に繋がっている」と、いう説もある。

更に、「天照が天の岩戸にお隠れになって、真っ暗闇となったときには、女の神が素っ裸になって、岩戸の前で踊って、天照の気を魅かせて、岩戸から出させた」と、いう神話とも関係しています。

ハンプテイ:天狗の起源は、猿田彦にもありますね!

天照の高千穂での天降の際に道案内したとされ、その後に伊勢まで案内したとされる。鼻の先は七寸、眼は、鏡のように輝き、赤ほうずきのようであったと、された。

だから、伊勢には、猿田彦を祀ってあります。

ダンプテイ:ハンプテイ:凄い物知りですね、見直しました。

でも、こんなことを知っているだけで、

うららうらら うらうらで

うららうらら うらうらよ

うららうらら うらうらの

この世は 私のためにある 阿久悠

のような感じで天狗になっては、いけませんよ!

ハンプテイ:うらうらは、春の喜びの叫びですね!

うらうらに 照れる春日 にひばり上がり 心悲しもひとりし 思えば 大友家持

の歌が有名です。

チイ:益々、天狗になられて歌が飛び出す、自慢の鼻は伸びっぱなし

ダンプテイ:自慢なんて、言われれば、更に自慢したくなってしまうダンプテイ

春のうららかを愛でる歌

春はうらうらうらうら麗らかに

風も麗らかふわふわと

桜フララ フラフラ降り散って

水は讃良サラサラ流れ出て

蝶々ヒラヒラ舞い踊る

光キラキラ煌めいて

煌めく 心我が心 

心伸び伸び 鼻も伸び

チイ:花だけでなく、鼻もオチンコも伸ばしちゃって、同省もないこの親父!

ダンプテイ:西洋では、男根を奉るのは、豊穣を祈るもので、日本のみでなく、西洋にもある、所謂プリアポスと、言われる巨根の男の豊穣の神は、生殖力の神とされる。

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なんというお姿、ピカピに輝いて、

なんという高貴な豚様

確かに,確,に偉いお方だ、男爵様か、子爵様か

ひょっとするともっと偉いお方か、股下をみてみろよ!

あそこが開いているぞ、中身が覗いているではないか!

見るだけは只だよ お代はいらない

触わってもいいですよ、舐めてもかまいません。

こんな、ことはないでしょうけど、果樹園の像としてシンポリックにこんな像が置かれている。

チイからみたら立派というより、怪物並みで役立たず!

ダンプテイ:いえいえ、この真っ赤な体で、どんと、坐しているお方は、アジアでは、豊穣の神様でございます。五穀を守る神農、寺院や農場に、飾られている。

稲穂をもっていたり、薬草を口に咥えたりして、髭をはやしているのが一般的で、ダンプテイのようにでっ腹で、いらっしゃって、牛神といって、口にお茶の葉をかみしめている場合もあり、薬の神様の牛神にもなられていますね 

ヨーロッパとは、違って、男の一物はちゃんと隠しているのが東洋の礼儀というもので、西洋の違いです。

それでは、今日は、このお薬の神様にお祈りして、我が一物も、いつまでも元気であることを願うことといたしましょう。

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注:台湾の神農大帝

 

 

ダンプテイ親父の マンドリン弾きのダンプテイ

マンドリン弾きのダンプテイ(マンドリン絵物語

原作 宮沢賢治 セロ弾きのゴーシュ

ダンプテイは、会社勤めを終えてからは、いつも家でぶブラブラと、大きななお腹をもてあまし、何もしないで過ごしていました。

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奥方は、ダンプテイが会社勤めの頃は、仲間から「ファンタジー親父」と、言われ、カラオケ、剣舞、詩吟、謡曲、オペラ――と、人気親父だったのに、この頃は、日向ぼっこばかりで、庭の番人のような生活態度に、ウンザリしていました。

奥方から「あんた、偶には、畑仕事でも、何でもいいから精を出したどうなの」と、怒られてばかりの毎日でした。

ダンプテイは、奥方からいろいろと小言を受けても何も興味が沸くこともなく、昔の夢ばかり見る蛸壺の中の親父で、人生これまでかと思っていました。

蛸壺や はかなき夢を 夏の月 芭蕉

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ある日のこと、ダンプテイがいつものように庭で裸になって、日向ぼっこをしていると、どこからかネズミが一匹、庭を横切って庭端に植え込まれてあった槙の木の垣根の陰からダンプテイの顔を覗き込むようにして、「チッチッチッ」と、リズミカルに御主人様、何かなされたらどうでしょうか」と、促しているでは、ありませんか

ダンプテイは、「チッチッチッ」と、リズミカルに啼く子ねずみの歌声を聞いて「そうだマンドリンを弾いてみよう」と、思わず大きな声で叫んでしまいました。

子ねずみからのマンドリンへのお誘いがあったように、思えました。

というのも、ダンプテイは、40年前にマンドリンクラブに所属していたことがあったからです。

ところが、マンドリンは、何処に、あるやと、探しても見つからない。

やっと、探し当てたマンドリンは、屋根裏部屋の中で、弾手もなく放置され、埃まみれとなって、ねずみの住処と、なっていました。

早速、ダンプテイはパソコン検索で地元のマンドリンクラブを探し当て、マンドリンを持って練習会場の公民館にでかけていきました。

会場の音楽室には次々とマンドリンを持ったご婦人方が集まってきました。

練習の音楽室の中には見慣れない訝しげな親父がいるなと奥方様の怪訝な顔、ダンプテイは、学生時代にマンドリンをやっていたんですけど、会に入りたくてと、心細い声で答えました。

クラブの楽手は40人程、楽長と、思しきお方が中央に立ち上がり、楽員が緊張の雰囲気の中、マンドリンの演奏が始まりました。

ダンプテイは、学生時代の合奏を思い出し、早速渡された楽譜で演奏をしたくワクワクしてきました。

新参者、一番後ろで静かにしていればいいのに、コンマスと思しきご婦人から、「前にどうぞ」と、言われるままに最前列に座り演奏会に加わりました。

予想以上に楽団の合奏曲は仕上がっていました。マンドラの低音の美しい歌声が聞こえてきます。

ギターのリズムの刻みがその歌声の響きを助けています。

アリアのようなマンドリンのソプラノが心地よい響きをもたらしている。

ダンプテイは、その日の練習会の帰りは、元気がありませんでした。40年間ものブランクは、とても大きなもの楽譜を見てからの指の運びが曲のリズクに追いていけなかったからです。

ただただ、団員皆さんの素晴らしいマンドリン演奏の技の凄さに驚嘆するばかりでした。

今年は、クラブの定期演奏会は20、周年記念演奏会とのこと樂手は、勿論のこと、とりわけ楽長は、熱が入っていました。

「こんな大変なときに、厄介の親父が入団してきたわね、面倒見切れないわ」とご婦人方のささやきが聞こえてくるような気がしてダンプテイは、心細くなってきました。

楽長からは、時々、指揮棒を放り投げて、演奏を中断させ、空を見上げて「何だ、これは、マンドリンは、リズムが悪い」と、ダンプテイのほうを見て、弾き直しと駄目だしの声が再三である。

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アンダンテは、何とか追いていけるもののアレグロの速いリズムともなるとダンプテイの指は、「しどろもどろ」である。

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ダンプテイのマンドリンは、40年も物置に放置されていたためか、具合が悪くなっており、弦と基盤とが随分と離れていてとても痛んでいました。

ダンプテイは、周りの樂手には、「どうもマンドリンの具合が調子悪くてね」と、上手弾けない原因をマンドリンのせいにしていました

しかし、マンドリンのせいだけでなくダンプテイの音楽的な技は、樂団員の中でも最下位というところでした。

合奏で早出しをすると大変である。「早だしをした者は、これから100円徴収する」と楽長が1STマンドリンのほうを睨んでおっしゃる。これは、きっと我輩のことだろうとダンプテイは、冷や汗が垂らりである。

 

自信をもって弾けるところを調子を出して弾いているとコンマスさんが後ろを振り返って「ピアノピアノ」と注意される始末である。こんな調子では、演奏会の参加もおぼつかない。

こんなことで、メゲルめげるわけにはいきません。ダンプテイは口を『凛」と結び右眼を皿のようにして楽譜のお玉杓子を追い、左目は、指のポジションとりで、もう一心不乱に弾いています。

突然、楽長が指揮棒を放り投げました。

団員全員に緊張が走ります。

みんな、ぴたりと曲弾きを止めてシーンと、しました。

楽長がどなりました。

「1STマンドリンの音割が悪い。ここは、テォテテ テテテイです、21からやり直し。

「はいっ、どーぞ」と、楽長の指揮棒に従って、 指摘のあった所の少し前からやり直しました。ダンプテイは、ビクビクと冷や汗を出しながら指摘されたところを何とか弾きました。

ほっと安心しながら、続けて弾いていくと、楽長が、また手でバーンと楽譜を叩きました。
「誰だ、調弦ができていないは、困るなあー僕は、君に調弦の仕方を教えてまでいる暇ないんだがなあー」と、ダンプテイの方を睨み付けました。

ダンプテイは、自分は確実に演奏会のお荷物になっているなと、感じましたが、それでも次の練習会では、早速調弦器を買って合奏に臨み、頑張りました。

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家では、ダンプテイは、奥様に練習の音が煩いと、言われているので、しっかりと扉を閉じて自分の部屋に籠もり練習に励みました。しかし、練習では、旨くいったかとおもっても、団員との合奏ともなると焦ってしまうのか、左指が追いていかないのでした。

奥方からは、「だから言ったでしょ、こういう楽団には、提起演奏会が終わってから入部すべきで、土台あんたには、無理なのよ」と、いわれる始末である。

ダンプテイは、楽団の仲間には、どうも脳細胞に黴のために回路が切断されているよだと技の悪さの照れ隠しに隣の若い奥様の樂手に話して下手の言い訳を歳のせいにする始末です。

中々上達せず、演奏会はでられないと諦めかけては、「アアー投げては、いかん、投げてはいかん」と、自分に言い聞かせ、励みましたが、これが限界と嘆く毎日でした。

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そんなとき、ダンプテイの部屋をコツコツと、ノックする者がいる。

「さて、奥方は、とっくに御休みの筈、誰がこんな夜更けに」と、ドアをそっと開けると、何と子ねずみが背中に栗の実を背負って、ドアの向こう側に立っているではないか。

たしか、マンドリン楽団に入る切っ掛けを与えてくれた子ねずみのようである。

「ご主人様、今日は、お願いに参りました。どうぞマンドリンの練習を続けて頂きたいのです」と、その子ねずみは、右手にもっている栗をダンプテイ差し出しました

。「どうぞこれは、そのほんのお礼でございます。」

子ねずみは、「ご主人様が家でマンドリンをなさると、私の母上の病気が良くなるようで、母が癒されるからもっともっと、演奏をせがまれているのです。

どうぞ練習を続けて素晴らしいマンドリンの音色を聞かせて下さい」と深いお辞儀をしてダンプテイにお願いをしました。

ダンプテイは、こんな下手なマンドリンの弾手の音色でも喜んでくれる者がいるとは、ありがたいと、感激し、今まで以上に熱を込めて練習に励みました。

ダンプテイがマンドリンの練習をするときには、子ねずみが、ダンプテイの足に鼻を擦りつけて、リズムを刻みメトロノームの手助けをしました

ときには、練習を留めて、「そこは、チーチチチですよ」と、リズムをダンプテイの足に刻んで子ねずみは、マンドリンの練習を応援しました。

その結果、ダンプテイは、めきめきマンドリンの腕をあげていきました。

「先日まで15人のマンドリンの弾き手の中で序列最下位のダンプテイもコンマスの上を行くのではないか」との噂が楽団中に流れ始めました。

さて、記念すべき演奏会が始まりました。

楽長も張り切っています。

第一曲目は、ブラッコ作のマンドリンの群れ、静かな月夜の中、遠方からマンドリンの囁きが鳴り響き、あたかもたった一つマンドリンの如く、15のマンドリンが静かに近づいてくるようです。

トレモロに 椰子の葉揺れて 秋の暮

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終盤のアレグロでの強いスタ-カットのエンデングが終わると、観衆も聞きほれたのか大歓声の拍手、演奏会の滑り出しは好調です。

指揮棒を振る楽長も満足な様子。

この調子で最後まで行こうという気持ちが団員全員につながり、団員全員が楽長の厳しい練習成果が発揮できる雰囲気となってきました。

さて、2曲目は、難曲と評判の C.マンドニコ作スペイン組曲である。

マンドリンのソロメロデーが何といってもこの曲の最大の山場となる。

ところがどうしたことが、コンマスさんのマンドリンの弦がプツンと切れてしまいました。

なんたることか、さて、この演奏は、どうなるのかと、団員全員に緊張が走りました。

子ねずみが「ご主人様 ここは、出番ですよ」と、ダンプテイの足下で囁きました。

子ねずみに後押しされてダンプテイは、思い切ってソロ曲を弾き始めました。

どういうわけか、マンドリンの音色とは思えない清らかな響きが会場全体に響き渡りました。

観衆からは、溜息きが、聞こえてくるようで、会場一堂がダンプテイのトレモロに聞きほれています。

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終局になると、会場は、観衆の興奮したどよめきがブラボー、ブラボーとなって、沸き起こり、いつ迄も鳴りやみません。

それに、樂手全員もダンプテイの方を向いてよくやったと」の拍手で鳴り響きました。

楽長も喜んで、ダンプテイと抱きあっています。

さて、20周年記念演奏会のエンデングは、メモリーキャツである。

軽快な3連譜が続くメロデーに1年間の苦しい練習の記憶を重ね合わせ団員の中には涙するものもいる。

ダンプテイもこんな素晴らしい仲間とひとつの作品を作り上げる合奏の喜びで胸が熱くなっていました。

その涙の合奏のメロディに合わせてのアナウサーの「本日は20周年記念演奏会にご来場して頂きありがとうございました」のお礼の挨拶と共に、カーテンが降りていきました。

ところが異変が起きました。カーテンの反対側の客席の全員が立ち上がりアンコールの叫び、「髭親父、髭親父」との声が沸きあがる。

どうやらダンプテイに対して何か演奏せよとの観客の催促である。

会場を沈めようと、楽長の「お静かに、お静かに」との静止の願いも聞き入れられません。

仕方ありません、楽長はダンプテイの手にマンドリンを押し付けて舞台の中央に押し出し、「ダンプテイ君 何か演奏せよ」と、命令しました。

ダンプテイは、子ねずみと一緒に練習した「子ねずみのワルツ」を演奏し始めました。

マンドリンの穴の中に子ねずみが入り込み、「チーチチチーチチ」と、リズムをとって演奏を盛り上げました。

このアンコールの出来栄えも見事で嵐の如く割れんばかりの観客の拍手である。  

子ねずみもマンドリンの穴から飛び出て舞台を跳ね回って喜んでいました。

健康を取り戻した母ねずみが最前列のお客さんの椅子の下で、尾っぽを振り上げ、地面を叩きつけ喜んでいました。

お客さんも今日の20周年記念マンドリン演奏会に満足して帰っていきました。

ダンプテイの顔は久しぶりに、赤くほてって、明るくなっていました。一年前のあの青ざめた悲しい顔は、どこにもありませんでした。

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これもみんな子ねずみさんの御蔭です。

鼠さんありがとう。

ダンプテイの目からも涙があふれて止まりませんでした。

完了

それでは、今回のお話は、これまで、

その他のお話は、dumpty-oyaji.com

でご覧ください。

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ダンプテイ親父の 表と裏

手の振りも 表と裏では 大違い

簪を  もつ手艶やしき 雪女郎

簪も  逆手に持てば 怖ろしき

と、古歌があるように、この世の中、裏と表が付きもの

平安時代の装束の裏表は、重視された

裏表の色あいは、そこに、美が表現されていた.。

生活に、季節の植物を取り入れた

桜がさねと、いえば、花の色を表に、裏を若葉の色

柳といえば、表は、白で裏は青

花橘は、表が黄色で、裏は、淡い赤

紅葉は、表が赤で、裏が淡い赤

12一重の色の重ねも、あれやこれや,決まりがある。

俳句で、いえば、良寛

前を向け 後ろを向けて 散る紅葉

風姿花伝によれば、芸とは、花であり、世阿弥は、「花とは、他の人には、無い珍らしさ、新しさ、自分だけが表現できる美であり、よくよく工夫すべき」と、言っている。

観客が、見て、ほっとするような珍しさがなければ、直ぐに人に飽きられてしまう。

そして、「花なるもの全てを見せず、秘すればこそ、花である」とし、裏の重要性を強調している。

歌の世界にも表と裏がある。

花を読み込んだ歌(長秋詠集)には

花の色の 飽かず見ゆれば 帰らめ

の宿に いざ暮らしてむ

花、が表にでているが、霞、柳、桜が歌に、隠くされている。

峯つづき 山辺離れず棲む鹿も 道たどるなり 秋の夕暮れ(長秋詠集)

の夕暮れと鹿が表に出ていて、月、すずむし、もみじが隠れている。

秋の葉の裏表の俳句と、いえば

こぼれ葉が 咲く利休忌の 裏表 小川恭生

利休の死後、茶の世界は、表千家裏千家

に、分かれたことを暗示させている。

現代になっても

こやつ孫 ちんぽこ直立 して春ぞ 捻典

「こやつ」と、いう呼びかけに、孫への愛情が裏に込められている。

チンポコも愛らしい、これがオチンチンじゃ様にならないし、直立もいい、勃起では、俳句にならない。

このように、俳句の言葉の一つ一つに、表の言葉に隠された裏の意味がある。

ヤヤコシヤ 野村萬斎

表がござれば 裏がござる

影がござれば 光がござる

ややこしや ややこしや

と、言うように、多くの芸術の境は、表と裏との関係が重要なのである。

レオナルドダビンチも手記の中で

「風が吹いて来るよりも、向かってゆくほうが、ずっと目には、鮮やかに写る。

風の走ってゆく方向に、木々がちょうど、裏返しになって、白い面を見せるからだ。」

と、言っている。

和歌では、裏を見るという意味で、恨むという言葉が草葉の裏に読み込まれる。

秋風の 吹きうら返す葛の葉の うらみてもなほ うらめしきかな 平貞文

人の心の裏を見てしまった、表の色とは、まったく異なる葉裏を見たという洒落の和歌になっている。

この和歌と同様に、平中物語で、手紙を出しての返事が来ない相手に出した恨みの和歌は、葛ではなくて屑と、して葛を重ね、

掃き捨つる 庭の屑とや 積もるらん

見る人もなき 我がことの葉は 平中物語

この平貞文の歌に対して、和泉式は、

秋風は すごく吹けども葛の葉のうらみ顔には見えじとぞ思ふ 和泉式部

と、恋多き和泉式部の和歌のテクニックは、世の男性を虜にしたに、違いない。

さて、葛のうらみは、俳句にも使われている。

葛を得て 清水に遠き うらみ哉 蕪村

葛の葉の うらみ顔なる 細雨かな 蕪村 

葛は、元は、大和の国吉野の葛と地域との結びつきが強い、国栖という土着民がいて、「尾がはえている」と、卑しまれていたとされ、謡曲の国栖という題目に登場する。

国栖は、壬申の乱における大友皇子と、大海皇子との争いの舞台になったところで、互いに恨みあい、勢力争いで戦った地がこの葛に込められている。

藤と葛の蔦が互いに絡み合って戦うイメージは、藤原氏と葛城氏との勢力争うであり、葛藤という言となって生きている。

このことから、葛や藤の蔓は、なんとなく、這う蔦の暗さや恨みが宿っている。

 ところで、葉裏を返すという言葉もあるが、人間も中々、裏も見せない秘密主義では、窮屈でいけません。

粋の良い人は、ジャケットの裏をちらっと見せて、自分の浦の世界をそれとなく、のぞかせる。

現代流に裏を返すと、言えば、羽織でも裏地のキンキラキンをさりげなく、ついでに胸毛もチラリと見せて、脱いで見せる仕草をいう。

外套の裏は 緋なりき 明治の雪 山口青邨

黒い外套に裏地は全面緋色で、雪の中を闊歩するという色の取り合わせは、明治時代の雰囲気を醸し出し、平成の時代では、ありえない。

金将軍やダンプテイのように、オープンオープンと、赤裸々に全部を見せては、いけません。

地味衣装 裏を返せば 一面火

:元句は、大榾(ぼた)を返せば裏は一面火 高野素十

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囲炉裏火にくべた太い木を裏返したら、火が燃え上がったときの驚きは、写生句でありながら、そこに、ハット驚く為五郎の面白味、頭の毛も、白黒

これは、黒いジャンバーを脱いだら、裏生地が、紅色の浮世絵、あった驚きである。

ダンプテイの考えた粋な裏地って、こんなもんだが、どうだね、粋だろ!

「今夜は、泊まっていくぜ!、和風にするか洋風にするか選んでくれたまえ」なんて、羽織の裏地を堂々と、見せてると、思いきや、ついでに胸毛やら、褌まで見せちゃ、裏を見せ過ぎては、嫌われます。

それにしてもこの太り様のダンプテイ親父

食い食いて 猿股の紐 夏太り

それにしても、裏地の絵をよく見ると、浮世絵のエロ本では、ございませんか、

「和風技でも洋風技でもサービス致します」なんて、贅沢なお遊びができるところは、平成の時代では、とんとみかけない。

わが身こそ、うらみられけれ唐衣 君が袂に なれずと思へば 源氏物語

それでは、御希望にそって、唐衣でと、思い気や、今夜は駄目よと、つれない返事、貴女と、遊べないなんて、残念、残念

「なんでしょうか、源氏物語の末摘花の下手な歌を持ち出したりして、この嫌われ姫の男バージョンですわ!」と、ハンプテイが申します。

さらに、光源氏も、ありふれた唐衣の歌を返されて、ウンザリされてますわ!

唐衣 また唐衣、唐衣 かえすがえすも 唐衣かな 源氏物語

「カカカカカ」、豚の豚肉みたいなダンプテイの不味そうな、そのお腹は何ですか?

光源氏の夜の帝王気取りかどうか、知らないけど、胸毛もあるけど、これ、見よ!、見よ!」 と、乳首なんぞ見せちゃって、男のプライドと、うものコレッポッチもありゃしない。

稀勢の里 なみの巨乳を 曝け出し

可このなみは、並ではなく波ですからあしからず、

それにしても、「可愛い女がいたら、直ぐに浴びせ倒しをしかねない嫌らしさ!」

と、ダンプテイに、ダンプテイ家族も「非難轟轟」

娘のチイも「本当にそうよ、このデブぶりは、稀勢の里

稀勢の里には、復活してほしいと、最後まで期待したけど、復帰すrかと土俵に登ったけど、下幕にも歯も立たず、足も立たず腰折れて、引退されちゃった。

はもたたず すぐに腰折れ 曼殊沙華

とまで、言うのも元横綱に失礼ですが、娘のチイからは、「なんですか、このダンプテイ、曼殊沙華が突然に」と、指摘されて、ダンプテイは、おろおろ

「はもたたずとは、歯と葉の掛詞、曼殊沙華は葉が少ないし、強い風に吹かれれば腰折れて葉も立たず がこの歌の趣向です」とご説明差し上げた。

後年の稀勢の里に譬えれば、饅頭がしゃげたように、直ぐに倒れこむ 饅頭しゃげ

「葉もない骨もない」こんな稀勢の里では、なかったがーー

久しぶりの日本人横砂の引退は残念残念

こんなことを申すダンプテイ親父も自転車から転げ落ちて曼殊沙華、骨を折ってのリハビリ中の情けない身であります。

「そろそろ復帰してほしいわね! と、家族から沽券にされている哀れな状態

ハンプテイからは、何度も「あれほど、自転車は、危ないと忠告さしあげたのに、ついにやってしまった、自業自得ですね」と、言われれば夫婦の間も冷たい冷戦状態

自業自得といわれるけど、ダンプテイは、何も得などいたしておりません。

ただ、保健に3つも入っていたので、治療に15万円要したが、45万円も懐に入り、ダンプテイの懐が温かくなったのが、得と言えば得、

こんなことなら、また、骨折したら、と、チイも申されるが、

骨折損の草臥れ儲けですから、もうこれだけは、ご勘弁

「それにしても骨を折って、骨の有難さが分かかりましたね、家族の有難さも分かったし」と、家族の前で申すは、表向き、ダンプテの裏のある手口は、家族にはばればれ

入院の時は、閑に任せて俳句を作り一つ、二つ

涅槃像 鯉のまな板 手術室

手術後の 身も夜もあらぬ 春疾風

手術台 骨身委ねて 涅槃像

よもすがら 身も世もあらず 手術後

閑に任せて、再び例の漫画を家族に披露すれば、チイの批評

それにしても、ダンプテイの裸、夢にも見たくない醜い姿

表より裏で、勝負、このマントの裏絵をご覧あれ!とは、厭らしい

褌や デブの御洒落は 裏世界

と、俳句も、まったくもっての愚作である。

褌は、和風、マントは洋風ですけど、この裸の中は、表には、出せない闇世界

永井荷風の裏の街に入っていく心地です。

奥の院 一段毎に 五月闇

創作の妙味は、芸者や新しい女給、私娼など乱れた裏寂しい私生活を題材にする永井荷風の裏世界、なにしろ、荷風は、フランスにも遊学したお方、フランスの昔の街並みを大切にしてるのに、日本はどんどんと壊していくのを悲しんで、日本の昔の文化を大切にし、裏町の景色や女郎の裏の世界を小説で表現している。

例えば、墨東の夜、女遊びをして、ほとぼり(女陰)が冷めないのに、昨夜の今夜、女遊びに惚けていたらしい。

江戸っ子の粋の良さを荷風流に、羽子板と俳句に、表現してみました。

羽子板の 裏絵寂しい 夜の梅

ハンプテイが この俳句に付けとやらなまいきなことをする

今日の打ち合い 裏も表も

この羽子板の絵のように、どうだ、俺様の背中を見てくれと、ばかりに派手に羽根を裏打ちするのは、裏を返すとは、言わないのよ!

と、夫婦の打ち合い喧嘩が始まる。

ハンプテイが申すには、チラリが情緒ある見せ方、別れ際に「ちょっとだけよ」と、目を流して秋波を送るのが粋らしい振舞いとか、恐れ入谷の鬼子母神

さらに、ハンプテイの指摘は厳しい。

秋の波 見てきて下駄を 脱ぎ散らし 安住敦

のような、ダンプテイの振舞いも江戸川ランボウでは、駄目なのよ!

娘のチイも輪をかけて、「そうよ、こんな浮世絵の刺青した背中を突然

見せたりして,嫌だわ」と、ダンプテイも散々

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さらに、チイからの懺悔は、とどまることなく続く

裏世界も見せて、禿も見せている!

秘すれば花、色気も秘すればこそが花

背中をみれば、その男の人生が分かるって、言うけど、ダンプテイの背中、色気と食い気ばっかりが覗いている。

「子供は、親の背中を見て育つ」と、いうじゃないですか、だからチイもこんな娘になっちゃった」とチイ姫は嘆く。

そうですか、ダンプテイは、「子供の夢を育ててきた」つもりだけど!と、言えば、

チイ、「そうね、こんな親父には、なりたくないという負の目標ね!、背中こそ、老いたる者のあらゆる過去の確執とか尊厳が残るものだけど、ダンプテイの背中は、惨めな生き様が暮れ残るばかり」と、秋の濡れ落ち葉か枯れ薄と申される。

秋並木 背中ばかりが 暮れ歩む

こんな家族の懺悔に、ダンウテイは、負けておられません、

このヘラクレスの背中をみてください、12の難行を実現した後の力強い背中

注:ファルネーゼヘラクレス像 ネルッツイス

背に残す 為した難行 生身魂

と、背中がケラクレスの人生を語っているじゃございませんか。

男は、裸百貫に 価値ありき

「この積み上げし、ダンプテイ様の苦労の跡を背中に見てください」と、申うせば、ハンプテイ、

貴方の過去など、知りたくないのーー

と、鼻唄の後の台詞が恐ろしい。

こんな歌の台詞があったけど、こんなオープンな親父では、粋も色気も消沈しちゃって、このまま闇に葬ってしまいたいわ!

この悪ふざけの行為、胸に手を当てて反省の祈りをしてほしい。

それでは、ダンプテイ、「シラザー言って聞かせましょう」

浜の白砂と髭親父 歌に残せし語り草

種は尽きない色懺悔 祈って実らぬ恋の仲

と、片足だけの四股を踏んでの、石川五右衛門の見栄を切れば、チイ

三重に巻いたあの帯も、二重に巻いても余るかな

こんなダンプテイのお祈りなんて、 それこそ、笑が飛び立ちます「ワハハ本舗

久本も柴田も笑わそうか(創価)の「わはは本舗」創価学会所属だとか

ダンプテイも「わはは本舗」に、いれてもらって、笑いを取って余生をすごしたらどうでしょう

それでは、只今、参上つかまりしは、弁天小僧五人組

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悪事はのぼる 椰子の上
佐賀大学の構内の、枕捜しも度重なって

悪事働くと札付きに、

追い出されて、橋の下
それから若衆、美人の局
ここやかしこの椰子の木で

小耳に聞いた 爺さんの
似ぬ声色で ゆすりたかり
名前は縁の弁天小僧

菊之助たぁ俺がこと

こんなダジャレ男の大学勤めも無事に卒業で、一段落

裸になって、酒を飲んで、たらふく食べて、愉快な話をして、あとは、ぐっすり眠れば良い、いつもよりもずっと、長くだ!

「わはは本舗」なんて、なにを今更、笑いが止まりませんわ

己が心のまま、裏も表も全部を洗い出し 自然のままサラけて、死んでいくのが男の粋ではございませんか

裏を見せ 表も見せて散る紅葉  良寛

これって、良寛が貞心尼を置いて死んでいくときに、歌った辞世の句ですよね!

青山墓地に、この俳句の碑が残っていますね!

なんてチイは、、なんでも知ってやがるから、面白くない。

「ソレジャ、ダンプテイ様、誇らしき出地を語りましょう」

出地は、エリザベス女王の妹の旦那で、そこに雇われていた日本から来ていた庭師の倅と、ダンプテイの法螺談義を始めるから、始末におけない親父

良寛は、74歳、34歳の貞心に、「表も裏も全てを見せてしもうたから安心して死んでいける」と、死にのぞんでのこの一句

残された貞心は、福島の堂に、こもり良寛との日々を想起しつつ静かに過ごし、良寛と、同じ歳でなくなった。

貞心の墓に刻まれた歌は

来るに似て 帰るに似たり 津波 立ち居は風の吹くにまかせて

人の運命は、寄せて来ると思えば、戻る波のようなものである。

「喜びがあれば憂いもあり、成功もすれば、失敗もする。だから、努力した結果は、幸も不幸も風の吹くまま運命にまかせよう」

良寛の死に際に、付きそう貞心尼が口にした。

生き死にの 界(さかい)はなれて住む身にも

避らぬ別れの あるぞ悲しき 貞心尼

愛する貞心の歌を聴いて、良寛

裏を見せ 表も見せて散る紅葉 

と、つぶやいたそうです。

良寛の生き方も、仏門という仏の「表街道もあったかもしれませんが、仏の道では許されぬ妻帯という裏街道があればこそ、良寛の人生だったわけである。

人生には、こんな裏街道が無くては、面白みがないと、ダンプテイの遊び人生を強調いたしました。

さらに、ダンプテイ談義は続く

この良寛の老いの身での貞心との恋を新川和江さんが詩に、していますから紹介します。

貞心尼 貞心

心の中にその名を呼べば

枯れ枝に花がひらく心地がする

ぽっかりと明かりがともる心地がする

逢えぬ日が幾日も続くと

若者のように苦しい 寂しい

我が庵への道を忘れてしもうたか

八重むぐら 草がはびこり

道をかくしてしもうたか

何となづけようぞ この心のトキメキ

老いらくの身におとづれた命の華やぎ

良寛が亡くなる1年前の歌で、

倒るれば、倒れるままの 庭の草

も無常観があって、素敵てすね!

ハンプテイがここで、口を挟む

これが枯れ芒親父であったら、

倒るれば、倒れるままの 枯れ

と、ダンプテイを死体放置するような俳句を披露なさる。

それではと、ダンプテイ

かかる間も 人は老いゆく 芒原 正岡子規

正岡子規は、若くて死んでいったけど、老いて行けば、刻一刻と倒れていくのが自然の習わし、少し早いけど、私もその境地です」と、子規が言ったかどうかしりませんが

正夫か子規の俳句でダンプテイの学のあるところを披露して差し上げた。

良寛の俳句を披露したところで、少し良寛様の逸話をご披露いたしましょうと、ダンプテイ

子供に愛された良寛さん、70歳にもなって30歳も年下の貞心という若い尼にも愛されて恋仲となって、同棲されていますが、こんな歳の差であって、良寛もウフアウフアだったのか、こんな歌のやり取りをしている。

君にかく 合い見ることの嬉しさも まだ冷めやまぬ 夢かとぞ思う

と、貞心の歌に対して良寛は、

またも来よ 柴の庵を いとはずば すすき尾花 おつゆを分け分け

と 貞心を歓迎している。

また、こんな恋歌も

夢の世に かつまどろみて 夢をまた 語るも夢も それがまにまに

年老いても恋がある良寛のこんな裏の世界があって素晴らしいとは思いませんか?

と、ハンプテイ反応を伺うが、どうやら、関心もないようで、ウフフフである。。

チイも中々良寛には詳しいようで、

良寛が病に伏せていたときに、貞心尼が訪問してくれたので、良寛が歌を詠んだ

いついつと 待ちにし人は来たり来たり

今は逢い見て 何か思わん

流石、我が娘、文学にお詳しい。

それでは、正岡子規に続いて良寛が登場されれば、忘れてはいけない俳諧師は、小林一茶

老いの身でありながら良寛と同様なエロスの世界を切り開いたのは、一休さん

70歳を超えてから、盲女の森と、恋に落ちて、こんな詩を

狂風偏界かって隠さず

吹き起こす狂雲 狂さらに狂

誰か知る雲収まり風定まるところ

海東の初日 扶桑(日本)に上がらず

「女犯が禁じられた仏教界にあって、新しい狂った風を俺こそが吹かせましょうぞ」と、良寛の意気込みが感じられますね!」、と、チイの批評もなかなかのもの

蕪村も65歳のおりしも、恋しき遊女を思い出してか、庭先を見て、こんな句を蕪村の裏の世界が垣間見えます。

妹が垣根 三味線草の 花咲きぬ

「どうやら、蕪村も近所を散歩して、ある御屋敷の垣根の外から、垣根越しに三味線を弾く、情婦を覗き見しているらしい」と、ダンプテイが俳句を批評すると

「ハンプテイ、一茶や良寛を持ち出したかと思いきや、またまた、蕪村様まで持ち出してダンプテの女癖を正当化する奴は、許されません。

こんな色世界に憧れるダンプテイには、裏世界から足を洗って頂くよう、女をしっかり踏み絵をして頂かねばばなりません」と、徳川将軍のキレイシタンン狩り

ダンプテイ、「そんな踏絵なら、もう既に踏んでおりますけど」と、足の裏を披露致せば、

ハンプテイ、「このダンプテイ親父、これまた、何を踏みしめて人生を歩いてこられたかと、思えば、飛んでも発奮、戯れが過ぎませんか!」 と、ハンプテイの怒り爆発

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そこで、ダンプテイ、その怒りを鎮めんと、

花も嵐も踏み越えて ゆくが男の生きる道

これが「ゆく」でなく「いく」であれば、とんだ狼男になってしまいますね!

なんですか、その「ゆく」と「いく」の違い?と、チイが聞く

男がいくと、いえば、男がおんなに愛の営みに力を注ぐときは「いくいく」と、雄たけび、普通の散歩は、道をゆく ではありませんか

紺吾話にチイが乗ってくれるから親孝行の娘、涙がこぼれます。

ところで、「いくいく」は、男の最後の一滴を注ぐ力が表現されているのね、

ダンプテイのその柔の体では、「サーこれから蛙泳ぎを披露するぞ」かしら?

蓮の上 四股を踏んでる 雨蛙

と、ダンプテイを馬鹿にするが、これが笑いを呼ぶから許される。

蛙は、いくら力んでも裏の世界の背泳ぎは,できませんからご安心ください!

これまでは、後ろ向きに頑張ったが、今後は、前向きに頑張る」

と、スホーツ庁長官鈴木大地さんも申されていたけど

ここまで話すと、ハンプテイの怒りは、増々

こんな足の裏を見たら印度の仏さんも、「ほっとけ仏」と、只では、済まされません。

奈落の底に落とされますよ!

そこで、ダンプテイ、一寸、度が過ぎて、失礼いたしました。

しかしながら、:印度では、御釈迦様の足の裏にある仏陀の足を大切に信じています。

釈迦は「わしの足の裏の印を見たものは、一切の邪悪から浄められるであろう、我が死後においても一切の邪見の悪行から救われる」と、おっしゃっている。

このような仏陀足は、回向院、浅草の伝法院等にもありますし、ここは、ダンプテイの帰るの四股ならぬ、雷電の横砂の四股踏みもありました。

その雷電様のあしの裏と、言い訳にもならない足の裏の説明

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注:東京回向院の仏陀の足

そこで、話題を変えて、今度は、純文学の谷崎純一郎のお話をと、ダンプテイ

「谷崎純一郎の刺青は、彫師である清吉の宿願は、光輝ある美女の肌を得て、それへ、己の魂を擦り込むことでしたが、ダンプテイの念願は、女性の姿を我が足の裏に彫り込むことでございます」とは、一寸、冗談に過ぎましたが

話題は、突如にして明治の日本から、シドニーの街

「オーストラリアでの旅では、歌舞伎町でも見られないものをシドニーの姿を街中で見てしまいました。」とすれば、ピンと察しが宜しいのは、一緒に旅た我が娘

「そういえば、確か、シドニーは、レインボーの日、所謂、性多様性を主張するレズやゲイがパレードする日だったわね」と、ダンプテイの話に乗ってくれるから有難い。

元気な老人が一人、若者のゲイパレードには、負けるまいと、街中にあった噴水に入ってフリチンを公開されている。

パンツ脱ぐ この噴水で 泳ぐのか

:パンツ脱ぐ遠き少年泳ぐのか 山口誓子

街歩く人は、これを見ぬふりして通り過ぎていく。

「こんなユーモアを社会が許すのもあっても良いかな」と、ダンプテイは思うが、

確かに、シドニーメルボルンは世界で住みやすい国の人るとされるが、多様性を理解する国あっては、紺吾助平親父も住みやすいに違い無い。

日本だったら、どこかの若者芸能人が公園で裸になって、警察に御用となって、テレビで報道されちゃれ、鯖落は、出入り禁止の処分となる国とは大違い。

それにそても、こんな裸親父の写真を堂々と、三脚迄もちだして、ダンプテイと娘の裏表まで撮影してるのだから日本観光客は、なんと不届きものと、思われても仕方がない。

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それこそ、この裸親父に、「おれのチンを只で映すな、ダチンをよこせ」と、請求されても文句もいえなかったわけである」と、反省いたしております。。

いずれにしろ、このシドニーの旅、

父子草 人生街道 表裏

と、いう裏と表の世界の旅人生でございました。

勿論、ダンプテイが裏街道、チイは表街道ですね!

チイは、こんな青い衣装をまとって、

冬の風 金請う女 裏街道

と、いう物乞い少女にならないようにご用心!

ハンプテイからは、木枯らしや 金請う女 青い服

の方がチイにぴったりかしら!とやっと、口を開いてくれた。

青い服と聞くと島倉千代子が蚊の鳴くような声で詠ったあの世の花の女のイメージ

この世に咲く花 青い花

この世に咲く花数数あれど

涙に濡れて蕾のままに

散るは乙女の初恋の花 西条八十

自然も豊かで、労働力が不足しているオーストラリアでも公園には、ホームレスのテントが一杯あるし、若者の物乞いが街に溢れている!

ところで、お金をせぶるのは、青い服だけでは、ありませんでした、

これは、ローマでのこと、黄色の服を纏ったお坊さんの微動だにしない「パフオーマンス」、これは、面白いと、ダンプテイが写真を撮ったら、横から帽子を手にもった男が飛び出して来て、お金をせびられちゃっいました。

Vサインをして、「たった2ドルだよ」と、言っているようだった。

仏の手 2ドルでいいと Vサイン

キリストの文化は、「何事も人の欲することは、人々にその通りにせよ」と、いうマタイの福音なの、孔子の教えは、「人の欲せざるところ人に施すことなかれ」だから、そこが仏教とキリスト文化の違うところ、日本では、親切と、思うことでも、海外では、お節介ということもある。

この西洋と日本文化の違いは、今、問題になっている難民救済にもありますね

日本では、とても何万人という難民を救済するというコンセンサスは、とても得られない。

ところで、聖書に出てくる言葉は

幸福なるかな 貧しき心を持てる者、天国は、その人のものなり

とも言っており、日本の「天は、助すくべきものを助すく」

の精神とは、随分違います。

助くべき者でない者は、助けなくて良いとするのが日本の精神だから、物乞いにも知らんぷり、生活保護者にも冷たい社会となっているのは、哀しい限り。

仏教では、前世で悪をなしたものは、現世では、救われないという宿業の考えと、結びついて、物を乞う人がいると、前世の報いだからとか、努力しなかったからだとか、と考えて、手を差し伸べない、つまり、人を表だけしかみないってわけ

ところで、「表だけで、裏の世界がない「面向不背の玉」と、いう世界ですね」と、いえば、 

チイ、何にその「面向不背の玉」って?と、質問

待ってましたと、ばかりにダンプテイ、得意な顔で語りだす

ダンプテイが高松の大学に勤務していたとき、医学部の官舎の近くに、志度湾があって、ここには、奈良時代に唐から送られた3つの宝の面向不背の玉の逸話があり、謡曲の海女の題材で、志度寺にその縁起が書いてありました。

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房前という志度湾の浜で、尼が唐から伝えられた三種の神器である「面向不背の玉」を海女がわが身を犠牲にして海から拾い出した恩によって海女の息子が世継ぎとなって藤原房前となったとの謂れで、龍が首飾りとして持つ如意宝珠で、願い事がなんでも自由自在となる玉、確か、竹取物語かぐや姫に命じられたのも龍の首の下に輝いていた如意宝珠でした、

自由自在に財を得ることができる宝ということで、首に宝石を吊るすのもここからの習慣と思われますが、いずれにしっても、裏心のない素直な心であると、皇室で大切に守られてきた玉、仏様がを手に持っている如意宝珠のようになんでも願い事が仏の力で授かることができると、いう玉である。

その玉は、2つは、興福寺に、残りの一つが竹生島法厳寺に面向不背の玉が残され、天然記念物となっているそうです。

志度の浦 面向不背の 竜の玉

人生には、表だけ見せ、裏を見せずに生きる「面向不背」の生き方もあるけど、何時、他人に裏を覗かれるかと、恐怖を感じながら生きなければならない。

だから、表も裏も、みんな見せてしまう生き方が、ダンプテには、あっていると「申せば、チイ、でも、ダンプテの場合は、どれが真実の表で、どれが虚の裏なのか、微妙にわからないのがダンプティの言動

「なるほどね、本当のようで、嘘で、嘘のようで、実は真実で」と、よく親父のことを観察するものと、チイを感心する。

これが、ダンプテイ流に言えば、虚実皮膜論なんですよ」と、言えば、チイ、なんですか、その虚実皮膜論って?」と質問が飛び出す。

虚実皮膜論とは、近松門左衛門が言う芸術論で、芸術というものは、その実と虚の微妙な境界にある」と、いう考えですよ!

草間弥生さんの芸術も「悪魔が根負けするまでは、私の仕事は続くのです、何故なら、悪魔とは、芸術の敵であり、それ以上に親友だから」と、芸術の悪魔を友人とされている。こんな草間さんだからこそ、あの絵が描けるのであろう。

ここまで、自分をカリスマにしてエネルギーをぶつけないと、本物の表現ができないのかもしれません。

ハンプテイ:「芸術は,パンではないが、ワインではあるという諺があるけど!

「パンを食べ過ぎて、お腹パンパンで、ノホホンのダンプテイには、芸術たる言葉は、似あわないわ」このダンプテイを見て世、と、醜い狸薔薇の写真まで公開されるから始末に置けない。

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ダンプテイ:そうおっしゃっても、孔子は、「道に志し、徳に依り、仁に依り、芸に遊ぶ」と、人生の在り方を述べているが、道、徳、仁に加えて、芸を入れていますから、芸の道にもと、思って、色々な教養を身に付け、趣味を楽しんでるつもりだけど!

漱石も「芸術は、自己の表現に始まって、自己の表現に終わる」と、言っているし!

ハンプテイ:この漱石の言葉は、不明瞭で曖昧だと、反論して高村光太郎は、「芸術は、表現に起こる」と、言っていますから、あまり堅苦しく考えることなく、表現して、いきましょうよ。

例えば、マルセル、デュシャンのトイレは、既製品を芸術としてしまったように、ドアのノブであろうと、そこらに生えている木の枝であろうと、形や色、その物が面白ければ、芸術となってしまう時代だから!

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マルセル・デュシャン「泉」(1917年)

ハンプテイも現代美術にお詳しい。「「これは、泉というタイトルで、お金を払えば出展できる条件であったにも関わらず、こんなにあり触れた便器なんて」と、出展を拒否された作品ですね」と、自慢げに話す

「無意味なもので、あっても、そこに敬意が払われるべきものが秘められていれば、芸術となる。これが、現代美術と、言えるのかもしれませんね!」とハンプテイ流の芸術論まで飛び出すから完全にダンプテイは、負けてます。

それにしても、こんな便器を見て面白がる輩が,欧州にいるんですね、美術というものが分からないけど、世間が、騒いでいるから、見ておかなくては、と殺到するから、欧州キリストケ文化の国の現代美術館は、大繁盛

欧米人は、こういう、刺激に飢えているんです。ハンプテイ:ジョンレノンの奥さんの小野洋子さんも現代美術では、相当に活躍していたとか、それに、:ニューヨークの美術館展賞を受賞しているとか、現代美術というものの虜になっている。

しかし、日本でこういう作品展示しても、誰も興味を持たないのは、不思議である。

:現代俳句だって、現代詩だって、同じ、そこに明確な意味や論理性が成立しなくしても

敬意が払われるべきものが、そこに、秘められていれば、芸術が成立する可能性があるから、ダンプテイの裏舞台の作品であっても、時間がたてば表舞台に立てる可能性がある。

そういえば、中国の現代美術化のWeiさんの展示会がメルボルンであったけど、この方も、世の中の批判にも負けず自由な表現をなさっているわ!」

自分の裸体だって美術品に、されちゃっている。と、チイ

ダンプテイ、確かにそうですよ、Weiさんの展覧会、現代美術館で見学したけど、雨合羽の穴からコンドームなんかを出している性の解放作品なんかもあって、「こんな自由な表現の芸術があるのだ」と、ダンプテイでも技術活動ができると、自信が持てましたよ

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ところで、このWeiさんの雨カッパだけど、西洋の鎧から発展した股袋のバージョンだと、思うけど、寒い季節での防寒服を脱がなくても良いなんて、ベリーグッズですね!

と、またまた、のハレンチギャグをダンプテイ

すると、チイ、何をまた申される、このダンプテイ

痴漢便利グッズを販売したりしたら、世界中の乙女を敵に回わすことになっちゃうわ!

こんなWeiさんの外套を着て、街を闊歩したら、何でも可愛い派の女の子ですら、猥な親父と、されちゃう。

かわいい娘 わいわい(Wei Wei)騒ぐ わい(猥)な服

ダンプテイ:でも、こういうパフォーマンスの展示だけの話なら、お笑いの表現として、展示を許してしまう、性に対しての解放的な欧米の国民性を、日本も見習う必要がありますね!

こんな絵画に刺激を受けて家に帰ってハッスルすれば、少しは、少子化問題も改善の方向に向かうのに、日本では、どうして、こういう類の展示は、御法度なんでしょうか?

とダンプテイが、問題提起、すると、チイ、ご婦人方の共感が得られないという社会の閉鎖性かしら?、それとも、こんな展示会での絵を開放したらセクハラだと、主催者が訴えられかねないからかしら?

ダンプテイもそれではと、「そんなに訴えに、びくびくしていたら、新しい芸術は生まれないですね!、伊藤整のエピソードに、

「あるパーテイの折「さぞお忙しいでしょう」と,誰かに挨拶されたら、「チャタレイ裁判のおかげですよ、文壇で生活する者は、ときには事件でもおこさないと、忘れさられてしまいますからね」、なんて返事をしたそうだけど、有名作家や芸術家として評価されるようになるには、こんあ度胸が必要だ」と、いうことですね!

Weiさんだって、「不安から解放され自由になり、人生に対しての情熱を燃やし続けることが大切なんだ」と、自らの裸になることも辞さないで、中国政府と闘かっておられた。

 

 ところで、この Weiさん、北京オリンピックの鳥の巣会場を作った、中国の新鋭芸術家で表現の自由を主張して、政府からも要注意人物としてパスポートも取り上げられ、こんな中国の中央政権に反発してか、我が性権を解放せよと、抵抗運動をされていたようですよ!

と、前もってしらべておいた、Weiさんの情報を披露すれば、チイ

Weiさんは、「中国現代アートの不良」と、中国政府から名指しされ、監視されつづけているが、世界で最も力のある芸術家として、中国が支配者の安泰を図る独裁であるのに対して個人こそ社会を変える原動力である、個人が行動をおこさないとこの中国は変えられないと、勇気ある行動を起こしている尊敬すべき芸術家で社会改革家といっていいんじゃないかしら!

と、お詳しい。

日本では、中国のような露骨な表現への取り締まりはないけど、行政や教育の場での特定な思想屁の関与に関しての自己制御が問題になるケースが多いようですね

例えば、

梅雨空に 9条守れ 女性デモ

と、いう俳句が、「公民館便りで、拒否された」という身近な話題もありましたけど、表現の自由と政治思想の利用とは難しい問題を含んでいます。

言論の自由を許すことの勇気、と政治問題介入との問題が絡んできて、勇気がないと、政治非難への萎縮という問題に関係もしてしまいますね!」と、一寸、難しい話題に入り込みそう。

そこで、話題をもう少しテレベにと、ダンプテイ

ところで、Weiさんの眼を開く得意のポーズは、世の中をしっかりみて俺は、改革していくという象徴であるとも思えます。

Weiさんの表現に肖って、しっかりと社会に目を見開いて自由な表現をダンプテイは、していきたいですね!

わしの、眼で 見開く世界 虹の空

「ダンプテイも分もWeiさんの真似をしてみました」とレベルの低いを申したが、チイは、またレベルの高いお話し

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このWeiさんも国の権力と自分の芸術との間での葛藤があったわけですね!

ダンプテイ:芸術家の多くは、自己の表現が他人からみたら、狂人かと、咎められ、苦しんで己の芸を磨いていった人が多いですね!

例えば、シーラーもそうですね!

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これまでタブーとされてきた、性を対象とした、自画像をも、新しい画風として独自の世界を確立し、世にでることとなった、

自分の作品が卑猥だと、取締りを受けたり、作品が燃やされたりしたとしても、赤裸々な裸体表現を追求してやまなかったそうよ、

そういえば、weiさんだって、自らの裸をさらけ出して紅海されている。

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表現の自由と権威との争いは、歴史の中でも大きなテーマだから、芸術家は、権威との争いでもあったわけで、日本でも、芥川龍之介地獄変には、芸術の表現と権威との間の葛藤があったそうです。

堀川の大殿と、この大殿から女が炙死にする屏風絵を依頼された絵描きの良秀の話ですが、良秀は、女の炙死の様子を描けないで苦しんでいた、一方、世の女を手籠めにしてきた大殿が良秀の娘を見初めたが良秀の許しを得られず手にいれられない。

大殿に良秀の娘を炙り刑にするから絵を描けと良秀に約束させる。

良秀は、炙り死に苦しむ愛娘の姿を見ながら輝きのある炙り死ぬ女の絵を見事に描いて、大殿から依頼された絵を完成させた。

大殿の残忍さ、好色な権力と絵描きとしての家族愛を犠牲にした芸術の至上主義者との対決であった。

芥川も家族の愛と、自分の表現との間での葛藤があったのかもしれません。

ここまで、放すと、ハンプテイ、「家族を犠牲にしても、芸術的な生き方を優先したわけですね!」、谷崎純一郎の刺青もそうですが、多くの芸術家は、家族の日常を赤裸々に語ったり、人絹を犯し、家族を犠牲にして、自らの表現を芸術を優先する芸術至上主義でなくては、表現が出来なかったから、家族は悲劇です。

「ダンプテイの表現も。家族を犠牲にしないかと、心配しておりますわ」と、まだダンプテイのことを心配してくれるから、家族は、いいもんだ。

これまでの社会は「~すべきであるけという節度に、価値感があった訳ですが、これからは、個人の「~したい」が価値感の基本である芸術的な生き方が幸せな人生となるのです。自由で、希望に満ち、自分を認める生き方が楽しい人生であると、ダンプテイは考えますね、なんて、申せば、ハンプテイ、「笑と美と喜びの価値感をダンプテイは、大切にし、これからも過ごしていきたい」、というわけね!

表街道だけでなく、裏街道の表現の世界にとの言葉と理解しました」と、欲理解して頂いて感謝感激、雨霰

そうです。音楽、俳句、踊り、絵や文章とレベルは、高くありませんが、ダンプテイは大好きだから!

家族からも勇気を「いただきましたので、これまでの迷いが消え、思いのままダンプテイを表現して人生を歩む覚悟が出来ました。

チイも後押しをするかのように、「いろんな経験を積むことによって、人間はランクアップされ、人間らしくなっていくと、ヤスパースは、言っているけど、その道をダンプテイは、目指しているというわけね!」

ダンプテイ、その通りですね、いろんなことを経験し、他人とも交わっていく中で、初めて自分という実在(自分とは、何んであるか)を知ることが出来るのです。

自分というものは、自分の行為や表現によって、初めて形となるのだから、関心のあることには、なんでも挑戦いたします。

必要なのは覚悟、一度覚悟を決めて踏み出せば全ては、動き始めるのです。

林先生の「今でしょではございません」が、葉隠の山本常朝の「今がその時その時が今」ですから

武士道や 今がその時 花が散る

林先生流を俳句にすれば

いつやるか はやしが肝心 今でしょ

そして、

決めた道なら、迷うなー男じゃないかー

と、いう大好きな片道切符の歌詞にもあるし。

チイが、こんなダンプテイの昔のことを覚えていてくれるなんて嬉しい限り

ダンプテイが占い師にみてもらったときの、「貴方は、表現で生きていきなさい」の胸キューンがダンプテイの人生を決めたということね!

最後に、良いお言葉を家族からいただけましたので、今日は、ぐっすり寝れそうです。それでは、表と裏の世界は奥深いもの、この話の続きは明日と、いたしましょう。

ダンプテイ親父の 表と裏 その2

さて、昨日は、随分と夜遅くまで、表や裏の

話をしちゃいましたね!

ところで、ダンプテイ、実は、60歳までは、普通のあり触れたサラリーマンの表舞台を歩いていたけど、定年後に急変しちゃいまして、裏の世界に飛び出してしまった。

ダンプテイが芸術系の大学に勤務していたときに、ダンプテイが描き溜めた作品を画家である若尾学長に見て頂いたところ、「中々、面白い、どんどんやりなさい」と、強力な後押しを得、「そうだ、ダンプテイは、表現が好きなんだ、やろう」と、決めて、豹変してしまいました。

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注東京工芸:大の若尾学長とその作品

「その一言が、ダンプテイの人生を狂わせた」なんて、あたかも、ダンプテイの老いの狂い咲気の人生であるかの如き、お言葉、マー小指を指して、私は、これで人生が変わりました」なんて、いうよりはましだけど、と、ハンプテイの言葉はいつもながら鮮烈

更に、「この若尾学長の絵は、芸術的なセンスがあって、ハンプテイは、胸キーュンだけど、ダンプテイは、全然、ハンプテイのハートに突き刺さるような表現がほしいわ!」と、まで申される。

ハンプテイの期待に沿うような裏の表現もしていきますからご安心ください。

それでは、手始め、得意の体を張っての表から裏に抜ける裏芸を披露致します。

「ダンプテイのお腹は、腹黒い、腹に一物がある

胃カメラじゃ 何も見えない 腹黒さ

と、ハンプテイ様が申されますが、本日は、ダンプテイの腹の中、透けて清らかなところをお見せしましょう!

我ならで 誰かに見せん腹の芸 色をも香をも 知る人ぞ知る

さあーここに取り出したるは、手前生まれし処の名刀「関の孫六」で、ございます。

口に密、腹に剣と、諺がありますけど、こういう男は、ご用心、ご用心!」と、ハンプテイのお囃子が入りだす。

さあ、ダンプテイの腹に風穴を開けて、春風を皆さんに、お届けいたします。

持ち出したるは、関の名刀 孫六

バッサリ お腹を斜め切り

そこに見えるは、奥の陰

皆さま方には、ただ今、ダンプテイの腹の向こう側のテレビをご覧頂いております。

長嶋がホームランを打って逆転サヨナラ満塁ホームランを打ちました。

腹を突き抜けて皆さんのところにこの野球場の風も吹き込んでいます。

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やったぜ、ベイビーとダンプテイも大万歳で御座います。

春風や 闘志いだきて ちゃぶ台に

元句 春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子

題 腹切り手品

デンバラ デンバラ デンデンデン

デッカイ デッパラ ザックリト

臍ごと切って みせしましょう

さすれば、腹は風の穴 

裏の世界が見えてくる

ぽっかり空いた穴から、これまで見えなかったものが見えてくる。

人生も同じ、偶には、自分の腹を割ってみれば、新しい世界が見えてくる。

世の風、人の風を吹き込めば、見えなかったものが見えてくる。

世に、これを風穴を開ける男と、申します。

チイ、なんと、馬鹿な太鼓もちのダンプテイ、文芸界に風穴を開けるつもりかどうかどうか知らないけど、壁に風穴でなく、でっぱらに風穴なんて、聞いたことないし、ありえない裏世界というか、ダンプテイの裏技!

頭にでも穴を開けて、邪悪の心を清んだ空気で癒して頂きたいわ!

本当に、裸の悪戯が過ぎて、色も香もございません。

色も香も 笑い種だわ 変わり種

そして、このダンプテイのデップリお腹は

ユタンポの お腹の波や 山笑う

こんな、悪ふざけに、家族もあきれ顔でございます。

そう「貶されては腹の虫がおさまりません。それでは、ダンプテイ:、

「華麗なるな日本舞踊を披露させて頂ききます」と、屏風の前で、黒田節

酒は飲め飲め、飲むならば、日本一のこの槍を

槍を扇子に持ち替えて、決まっておりますダンデイ

サー、ダンプテイは、いつの間にやら、屏風の中のいい男

ところが、このダンプテイ、足も手も、どうでしょう、屏風の外に出て

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チイ、マー何でしょう、これもトリック、こんなインチキありゃしない、

華麗どころか、加齢の蛸踊りではございませんか

ダンプティのこの悪戯は、公共宣伝で、しっかりとチイが追及致しますわ

取りあえず、「車内での裸の王様の悪戯は、許せません」とのキャッチフレーズで、小田急電鉄の宣伝部に、提案してみますわ!

「それでも駄目なら、木の祠に埋めてしまいますから」と、手厳しいチイのお叱り、

それにしても、この電車の中のダンプテイ、踊るポンポコリンのお腹では、ございませんか」

ハンプテイも「なんですか、この狸親父、その面の皮を剥がして、狸の正体を明かしてあげますわ」と、動物虐待の様相を呈してくる。

チイも「駄目ですよ、こんな狸親父、ダンプテイの悪戯なんか追及しても無駄でございます、らっきょの皮を剥くようなもので、剥いても剥いても、次から次と皮が出てくるこのラッキョ腹、皮を剥いても花も実も出てこない、皮ばかりの人間と、いうことかしら!」と、ハンプテイ以上に、手厳しい。

さらに、「こんなダンプテは、祠に埋められ、静かにしていただこうかしら」と、駄目押しをなさる。

こんな仕打ちに、負けるようなダンプテイは、ポンポコリンの男では、ありません。

エジソンは偉い人、そんな常識、タッタタラリラ、御臍が痒い

祠の穴からでも、新しい表現を出し続けますから、こんな句は、如何でしょう

祠から 覗きみえたる 新天地

どうも愚作バカリのようですね、それでは良い句が見つからないからダンプテイの兄貴の句を借用しますが、悪しからず

 蓑虫や 住みてもみたき 隠れ宿  峰明

ところで、家族を見捨てて放浪の旅に出た西行さん

埋もれ木の 人知れぬ身と 沈めども 心の花は 残りけりぞや 西行法師

芭蕉西行さんに見習って、裏世界の木の祠に埋もれて修行し、先人に負けない俳句や和歌を皆さんにお届けいたしますから、それもダンプテイの心の花という美しい花

「心の花とは、何という優雅なダンプテイのお言葉、でも心を鬼にしてハンプテイが忠告させて頂けば

色かえで うつろうものは 世の中の 鬼の心の 花にぞありける 

注:小野小町の本歌「色かえでうつろうものは世の中の人の心の花にぞありける」

「鬼に金棒とも申しますが、ダンプテイの場合は、鬼にも花と、申しましょう!」

なんと、我がダンプテイの奥方鬼様、今日は、珍しく、お優しい鬼にも涙

棘あれど 心優しき 鬼薊

やはり、女は、顔では、ございません、心が優しくないと!」と、ダンプテイ

チイは、親父には、優しくなんて、もっての他

こんな法螺吹きダンプテイ親父は、永遠に洞の人ね、可哀そうだけど、こんな風に袋詰

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祠に入るのは いいけれど 祠の中では誇らしく

堂に入ってどうどうと 法螺でも吹いて あの世まで 

こんな洞男にされたダンプテイ、

「偶には、祠の中の裏世界も良いけど、偶には、表舞台の文学の世界にも顔を出させてください」外のすがしい空気を吸わせてください。

チイは、許せませんとばかりに、「詩とか俳句とか、しらないけれど、ダンプテイの文芸世界は、どれもこれもあぶくじゃないの」!

ほれ、風呂場で、屁すれば、ぶくぶく浮き上がるあの「あぶく」さ、なんにも役に立ちゃしない。

ダンプテイ,いえいえ、芸術家にとっては、気にいった作品は、人に渡したくないし、気に入らない作品は売るわけにはいかないし、だから、あぶくになっちゃう。

マーこのダンプテイと、チイも反撃

「ダンプテイったら、一流の芸術家気取りしちゃって、文武苦茶釜かどうかしらないけど、我は、文も武もと、文武苦茶釜の狸の自慢のお腹も、顔もどれも、愚作ですは」

ダンプテイの文武苦茶釜たる日本文学を馬鹿にしては、いけません、あの、利休様もベタ褒めの茶釜で、ございますからと、ダンプテイは利休までも持ち出して、対抗

ところで、文武に疎い、チイとハンプテイには、文武の教育が必要でございますれば、少しばかりのお勉強を

「歌舞伎にしても俳句にしても、様式化された決まりを理解してこそ、文化が伝承されていくのです、恋物語や俳句もエッセイも同じです。

すると、チイ、「様式というのは、マンネリズムですよね、斬新さがなく面白みが欠けるように思えるけど、山頭火のように、様式を越えなくては!」と、生意気な発言

お勉強の途中で、口出し無用ですよ、チイ様、暫く暫く、お口を閉じて、ダンプテイmの話を聞いてください。

モナリザを見れば、「この女は、どんな女なんだろう」とか、「どこの出だろう」とか、「男はいたのだろうか」とか、様々なイメージを膨らませてくれるでしょ

それに、モナリザの唇には、女の謎がある。

「原始以来、この謎を描き切れたのはダビンチ以外に居ない、そしてこの謎を誰も解明しえていない」と、漱石モナリザとういう小説に書いている。

だから、ありふれた顔よりもイメ-ジを膨らませてくれる、顔を描くのが本物の絵師である。

写楽の歌舞伎役者の顔とか、ピカソの顔とか、ジャンルは違うけど、何か不思議にイメージを膨らませてくれる顔は、素敵ではないですか

俳句だって、ポエムだって同じです。

久女の俳句

花衣ぬぐやまつはる紐いろいろ

女が脱ぐ着物姿、この俳句からは、様々な久女の姿を詠み手に想像させてくれます、これが5,7,5の短い言葉から醸し出される妙味と言えましょう。

松尾芭蕉も不易流行という俳句手法を確立して、流行の俳句も不易の俳句も大切であるとして、これまでにない俳句手法である流行を不易な俳句として近代俳句へと発展させています。

そんな大袈裟なものでは、ありませんが芭蕉にあやかって、新しい流行を作らんと、ダンプテイも俳句を作る旅に出ます。

チイ、旅に出るのは、自由ですけど、一言、ダンプテイに質問があります。

「和歌や舞踊、能、歌舞伎、茶道や華道のように芸術には、伝統により蓄積された様式なるものがあるから、手っ取り早く、芸を身に着けるには、この様式を自分のものにして、更に、オリジナリテイを発揮することが、重要とされますが、ダンプテイ、如何でしょうか?

真面目な質問に、真面目に答えられないのが、ダンプテイの弱点

これは、相撲や野球等のスポーツも同じことが言えそうだけど、貝原益軒は、性に関しても芸術論を展開していますね!

確かに、印度では、様式化さたれ性行為も、絵や彫刻に昔から伝えられてきた伝統があり、凄い絵が一杯ある。

扇返し、松葉崩し、やぐら落としとか!

風薫る 土俵の上のあでやかは 四つに組んだる 大角力 しっぽり汗に水入れて

はなれられない 二人の仲は あの手、この手の裏表 やぐら落しの 仇姿 

           小唄 やぐら落とし を参考

「相撲は、様式がありますから、基本の相撲手を勉強することが大切と、ハンプテイにも協力してもらって技を磨くことが肝心と、心得ますが、偶には、櫓落など、豪快極まる技も出してみたいもの」とダンプテイが申せば、

チイ、「変な方向に話題を誘導させないでください、ベッドの上で、夫婦そろっての裸相撲の稽古だなんて、厭らしいこと、この上ない。

話の流れをダンプティの自慢のデッカイお腹に、奥方を乗せて、「うっちゃり」のように、さっと恋の話が性の話に半回転してしまうのだから!

滅相もないことを、チイの誤解もはなはだしい限り。

しかし、チイ様、うっちゃりというよりダンプテイの得意技は、肩すかしでございます。

肩すかしって、チイは、嫌ね、堂々と、ぶつかればいいのに、ひょいと肩をすかしして意表をつくなんて、ダンプテイらしくない。

いえいえ、張り手にかちあげばっかりで、それも勝ったら勝ったで、ダメ押しまでして、勝ってルイルイ、ヤッタゼ顔の白鳳よりは、ダンプテイの肩透かしのほうが、まだましでは、ないですか!

この道は ただ勝てば良し 秋の風 万太郎

というのは、良ろしくありません、巨人、大鵬、卵焼きが懐かしい。

ここでチイ、「壁ドンでは、ないけど、相撲取りなら、どうどうと胸ドンか、頭ドンで、お願いしたいわ」と、壁ドン時代の落とし子らしい発言

ガチンコ相撲もいいけど、もうこれで駄目かと、おもったら、「腹がしっかり受け止めて、くるっと一回転して、はい勝ちました」と、いうやつもいいね」と、昔懐かしい 相撲の技を恋しがるのは、鏡里時代のダンプテイ、人生もこんな「うっちゃり相撲が取れ」と、面白い。

チイは、うっちやりよりは、やっぱり相撲は、相手をしっかり受け止めて、すくい投げなんか豪快にいかなくては、面白くない。

投げ飛ばされた大男は、土俵枕に高見山というように、土俵上で仰向けに倒される。

ダンプテイ、こんな無残な姿の負け相撲の姿を高見の見物ということですか

それにしても、高見山の仰向けなら、絵になるけど、こんな朝潮では、見られません。

朝潮が どっと負けます 曼殊沙華 坪内捻典

負けた後のしゃげ加減が曼殊沙華にも似ているそうですが、なんとも情けない

すると、ハンプテイ

ダンプテイのお腹は、饅頭がしゃげてるから曼殊沙華という言葉遊びね!

と、またまた、ダンプテの腹出しを笑いの種にする厭らしいハンプテイ

ダンプテイの得意技は、浴びせ倒しなんかやっちゃうけど、やっぱり男の技は豪快なすくい投げですわ」と、チイが万太郎の俳句を披露なさる。

夏場所 もとより技の すくい投げ 久保田万太郎

それにしても、チイ殿、ダンプテイをどこかのマンションに押し入って浴びせ倒しをしる悪い輩と、譬えておるから、チイは、気に喰わない娘と申せば

チイも反論

君子豹変すると、言うけど、ダンプテイの豹変ぶりには、チイもびっくりですは、

さっきまで、哲学の話だと、おもっていたら、直ぐにエロ話に豹変、君子豹変するなんていうけど、自分自身を君子とでも思ってるのかしら

「作家の童門冬二さん、「男子豹変の進め」という本にダンプテイも共感してましてね、豹変することを心がけて、歌や戯画の表現手法を豹変させるのがダンプテイのモットーですから」と、心にもないことまで、口走しってしまった。

チイが、「ここで質問あり」と、手を上げる。

 朝令暮改とか、君子豹変するとか言って、豹変は良い意味で使かわれていませんけど?

ダンプテイ、それが違います。

童門冬二は、多くの著名人の豹変ぶりを本に記載していますよ!

その例としては、坂本竜馬は、刀→ピストル→国際法へと大切なものを豹変させています。

ハンプテイも質問

:国際司法がピストルに替わるというのは、どういうこと?

坂本竜馬は、一早く、世界の動きの中で船の重要性を認識して、いろは丸の処女航海を試みみましたが、紀州の明光丸と、衝突して沈没した時に、国際司法に即し、莫大な損害賠償を獲得したといわれ、今後、世界に船で出ていくには、国際司法が重要だと確信したのだと思います。

注:国際法の重要性の認識は、西周によるもので、明治新政府の5か条の誓文にその精神が反映されたとされます。

この4条には、「古いしきたりにとらわれず、世界に木腰痛する道理に基づいて新しい国家を築いていこう」という国際法の考えです。

チイ、 「難しいことは分かりませんが、坂本竜馬勝海舟西郷隆盛のように昨日までの敵が同盟に「より味方に豹変して、明治維新という我が国が大きく豹変したという訳ですね!

ダンプテイもこれからどう豹変されるのか分からないけど、仕事以外でも、これからの裏人生の素晴らしい表現者になられることを楽しみにしているわ!」と、娘のチイも豹変者である。

さらに、これからのダンプテイの裏街道の見通しは、朧月ですけど、こんな句がぴったりかしら

熟年の 自由人たる 朧かな 中村敬

ダンプテイを朧月と譬えられるとは景が薄い親父になったものである。

そこで、いえいえ、未だこれからも素敵な実をつけますから!

秋茄子や 老いた我にも 未来あり

ハンプテイ:秋茄子は、嫁に食わせるなという程、美味しいというし、花は必ず実をつけるという豊穣の果物だったわね!

ダンプテイに似合わない秋茄子、ダンプテイは、それこそ、熟し柿と申される。

マー青柿や糸瓜にされるよりましですがとダンプテイがもうせば、ハンプテイ

熟れ柿や 馬鹿が頭の 中あるき

注:元句は、秋元不死男の熟柿吸う馬鹿が頭の中あるき

 

だとか、

熟し柿といえば、ダンプテイの故郷の蜂屋の名産、あの甘い触感、触れば、直ぐに薄い皮が破れて中身がはちきれんばかり、と、なにやら、ダンプテイの股下にぶら下がる一物のことではないかと勘繰られる。

ところで、ダンプテイ、表現について、色々と話をしたけど、はっとするような自分の表現で、自分を変貌させていきたいものですね!

だって、葛飾北斎だって、95歳になっても女性への妄想をいだきつつ絵にその美を表現することに意欲を残し、後10年あればと残念がって死を迎えたという。

こんな北斎の生き方に憧れ、その表現したいという気持ちは、自分にも残っているつもりである。

その表現も、いままでに誰も表現できなかったような新しい表現に

みすずはみんな違ってみんな好い

漱石は、情に竿させば流される

意地を通せば窮屈だといった

僕はやっぱぱり、漱石よりもみすず流

みんなと違うと窮屈だけど

みんなと同じでは、詰まらない

あのピカソの表現だって、シーラの自画像だって、草間弥生の水玉だって、最初は、誰にも理解されなかったではないか、

ピカソの絵をみてだれかが「、何が何だかわからない」と、ピカソは、「鶯の声を聴いて誰が分かるかね、聞いて心地ようなれば、それでいいんだよ」と、答えたという。

いつか自分の表現に感銘する人が一人でも現れれば、幸せである。

誰にも表と裏があるけど、裏の世界は、隠したがるもの、だけど、裏にこそ、美味しい果物が実っていると、いうこともある。

私の体には、表と裏の二人の男が生きています

あるときは、表の真面目な仕事人

あるときは、裏の世界

冗談をいったり、駄洒落、偶にはエッチな小話も

欠点と長所は、表裏一体

欠点という雑草を取り除くと

長所の根っこを掘り起こす

ですから、ダンプテイの欠点には、ちょっと触れる程度にして、知らぬが仏で、お願いしますよ

 

その欠点とやらのエッチな小話

「おにのような恐ろしい女に追いかけられた男」の話し

こんな女と、やったら殺されると、人込みに逃れたら、そこは悪魔の集団

女は、暗闇で男を見つけられず困って、聖者に尋ねた。

すると、聖者は、「悪魔は、後ろに尻尾があるが、男は前に、尻尾がある」と

男は、目神様仏様、立たぬようにと、蜥蜴のように尻尾を切り落として、逃げて助かった。

こんな小話をしたら、ハンプテイ、

目立たぬように、大事なものまで切り落とした男とは、情けない。それに、神様仏様なんて、誰も有難がらない時代遅れの男ね!

そう言えば、時代遅れの男なんて、阿久悠さんの歌がありました。

目立たぬように はしゃがぬように

似合わぬことは無理をせず

人の心を見続ける

時代遅れの男になりたい

この阿久悠さんの時代男の詩の台詞を味わって頂だきたいわ!

いえいえ、そんな目立たない裏の世界はダンプテイは、ウンザリですよ

堂々と表の世界に登場しなくては、

阿久悠さんがピンクレディを歌謡界の女王として世に売り出したように、時代の先端を行く、ピンク親父でカミングアウト(世に出て)して世の中をお騒がせしたいものですよ!

くちづけするより甘く

ささやき聞くより強く

わたしの心をゆさぶるあなた

ハンプテイ:エロチックなピンク親父のエッチぶりだわね!

この後に続くのが

飲みたくなったらお酒

眠くなったらベッド

次から次へと差し出すあなた

それこそ、税金回収にハンプテイがみにつけている金製品を身ぬるぎ剥ぎ取られてしまう雰囲気だわ!

いくらなんでも我がダンプテイの息子だけは、勘弁してください。

老いぶれても差し出せるものは、己が姿のみですから!

春菊 まとふは己が 光のみ

こんな、我が姿光あり、なんてうぬぼれた俳句を聞いた、チイ、ダンプテイは、禄でもない芸しかないのに、いきなり身なりだけを光らせて、世に出ようとしても駄目よ、直ぐにそんなメッキは剥がれますから

泳ぎを知らない親父がいきなり海に投げ込まれたみたいに、沈没するだけよ!

おまけに、こんな大袈裟な衣装をまとって我が家の恥晒ですわ!

大丈夫、台湾では、もっとキンキラの衣装を召されたお方がおられるからと、ダンプテイ

台湾王のキンピラ衣装nを身にまとう馬鹿なダンプテイを見てチイ

殿もご乱心か!

ダンプテイ、この金ピカ御殿様

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シンシンシントロリと見惚れる御殿

御殿ばい それキンキラキン

殿は伊達者 美か男 

それもそうかいキンキラキン

注:熊本のキンキラキンという民謡、

シンシントロリとは、油の乗った凜としたいい男、ダンプテイ様

キンキラキンの晴れ衣装といえば、三波晴夫

黄金持ちは金持ちだ 金蔵建てた倉建てた

という成金王の姿

でもこの三波晴夫さん、「御客様は神さまです」と、老を召されても国民的な人気を集められました。

ダンプテイも真似して、キンピカの着物をめしてみました。

おどが勧進勧進あん人たちゃよか衆よか衆よか帯よか着物

と、みんなが歌ってくれないかな」と、ダンプテイ

注:五木の子守唄より、おどが勧進とは、おれは乞食という意味

チイ、 このダンプテイのキンピカ姿見てよ、どうみても似合わない

キンキラキラキラ光るは 見かけ

光って欲しいわ 中身なの

慎ましく 慎ましく 厳かに

この成金スタイルは、なんでしょう、慎ましく、慎ましくお願いしたいもの

糞転がしの 黄金虫かしら!

三流芸人なのに成金王の真似をして

北朝鮮将軍様みたいな偉ぶりね!

服の一部を削って失敬しちゃおうかしら!

ダンプテイ、

神聖なものに手を触れては、なりませぬ、なりませぬ、神の祟りが起こります。

チイの冗談よ、社会の窓を開けて中身が見えているような物には、恐ろしいから触れませんし、

将軍様に向かっては、誰も「オープンドア」とは、オープンに言えません。

「俺様の恥部を見たな!」と首が飛んでしまう!、

ダンプテイの心は、そんなに狭くは、ありません。

バンクーバーのボッチャガーデンの牡丹園、そこにあった売店のトイレから出てきたら、外人観光客の女性が、恥ずかしそうに、「アイムソーリーソーイ?」と、おっしゃる。

何故、謝るのかと不審に思って己の股下を見るとボタンが開いて、我が宝物がオープンのままでは、ございませんか!

花園に 開いたままの ボタンかな

チイ、ボタン園に牡丹が何時も開いたままであれば、季節感もなく、ボタンのありがたみがありません。それとも、この俳句、我が殿の花園に釦(ぼたん)が、かけてなかったと、いう駄洒落なのでしょうか

ところで、ダンプテイ、国内だけじゃなくて海外でも日本人の恥を曝け出しておられる。

秘すれば花なるもの」を御開帳されてしまって

どうどうと 秘する花房 御開帳―――

秘する花とは、どんなに美しい花でございましょうか」と、ダンプテイが尋ねればチイ、

梅の花 あかいはあかい あかいはな 惟然

いやいや、これは、はなはだ大違い

これは、ダンプテイの御開帳からのぞいている立派な赤い鼻でごさいました。

焼け潮の 鼻の突っ張り 芋頭

これは、まいったしくじった。と、おもうが、ここで、慌てるようなダンプテイではございません。

大丈夫ですよ、僕なんぞの下っ端たる者がちっぽけな鼻なぞを御開帳しても世の中は、何ら変わりませんから

と言っても、御開帳して穴にも入りたかったのは、セミナーでの講師のこと!

トイレ休憩でトイレに入ってから戻って教壇に立ったら、オープンのまま

「先生ご立派なものが」と、指摘されて、穴にでも入りたい気分

ご立派と 言われ下見る 糸瓜かな

ハンプテイ、まさに、狸のキンタマ晒、恥晒し

とはこの親父

そこで一句、

うちの父ちゃん 狐か狸 夜の夜中に穴探し

これぞ、オープン戦略、我が秘蔵品の活用方法ですーー国家統制の北朝鮮ですら、

「何の秘密もございません」

と、将軍様、自ら全てをオープンにされていますから!

と、言い訳も冷や汗もので

チイ、これはまた、サプライニュース金ニュース

このお方が噂の◎◎金成様ですね!

ハンプテイ、金が成る王なんて、欲張りな名前だけど、このお方、美味いものばっかり食べているみたいで、「もっこり腹」だし、胸毛もあるし、こんな写真を表ざたにしちゃって!と、申される。

「いえいえ、将軍様がこんなみだらな姿で登場される筈は、ありません、これは、今、流行りの「なりすまし」と、いものに違いありません」と、将軍様を援護差し上げた。

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それに、:教科書でも将軍様と言われて神様みたいなお方ですから様なんてつけちゃってるけど、個人崇拝が徹底しているから、国内では、敬愛する首領、将軍様と、呼ばなくてはなりません!

何しろ、この将軍様の過去の名前を辿れば、金

柱→金一星→金日成金正日金正恩と名前の経過をみただけで北朝鮮のトップとしての意気込みが分かるというものです。

すると、チイ姫、:「柱馬の高跳び金に成り」から「星に成らん、更に、太陽に成らん」と、北朝鮮も夢が膨らんで、「おれは爆発だ」なんて、岡本太郎さんみたいに爆弾をぶち放したら、大変なことになる。

ダンプテイからいえば、:太郎さんの爆発は、芸術の爆発だから、将軍様とは、大違いです。

ところで、この将軍様北朝鮮学校では、教科書で先生と生徒の問答として称えられていそうで、

先生:「私達は、将軍様の愛情を被るばかりで、それに、報いては、いません。

どうしたら良いでしょうか?

生徒:将軍様は、寒い冬でも裸で我慢されておられます。立派な服を差し上げましょう!

先生:生地は、天から降ってくるものでは、ありません、皆さんどうしたら良いでしょうか?

生徒:キノコを育てて、売ったらどうでしょう!

生徒は、早速、キノコを育て売って、心のこもった服を持って、将軍様を訪ねて、将軍様に、言いました。

将軍様、どうかこの服を召して下さい」。

将軍:皆さん、「私は裸でも大丈夫、この服は、皆さんの村の一番の御歳寄りの御爺さんに着てもらいましょう」。

生徒たちは、偉大な将軍様のこの優しい言葉を何時までも忘れませんでした。

注:(北朝鮮の教学の教科書、宮塚利雄)参考

北朝鮮では、現実離れしたこんな裏世界ばっかりを教育しているから、国内では、こんな英雄賛歌と、なってしまう。

自由朝鮮築くため

戦い来たりしそのあとよ

ああその名も高き金日正

ああその名もゆかし金日正

チイ、将軍様を称える歌のタイトルだけでもすごいけど、こんな歌をみんな学校で歌わされるのかしら!

あなたが(将軍様)居なければ祖国もない

将軍様は太陽として永生される

金正恩将軍を命を懸けて守ろう

私たちはあなたしか知らない

あなたなしでは生きられない

ハンプテイ、この将軍様は、金独裁政権の三世でだけど、増々、黄な臭くなって、原爆実験やミサイルまで飛び出す始末、拉致交渉も遅々として進まない。

進まない埒交渉と北朝鮮事情の尻取り詩をつくりました。

こんな歌を北朝鮮の国境近辺で歌ったらどうかしら

金将軍は 黄な臭い

臭いを消そう オーディコロン

転んで倒れぬ 北朝鮮

朝鮮飲みだよ 烏龍茶

ちゃかしちゃ駄目 だよ弾道弾

断じて許せぬは 原爆拡散

拡散を隠す魂胆 これどうしよう

どうしょうこうしょう 拉致交渉

交渉世界は 裏世界

先は暗いか 明るいか

明るい未来は どこへやら

どこどこどこの 尊師様

どこまでやるか 尊師様

尊師は麻原、金様か

そう言えば、初孫の名前に尊(たかし)という名前にすると息子から言ってたけど、流石、この名前だけは、許せませんで、変更してもらいました。

この尊は、古の時代は、天皇の世継ぎの方のみに許された尊い名前だから、恐れ多いと思われたし、それにも増して、オーム真理教の麻原さんは、大量殺戮に使用するサリン製造工場を研究者に作らせる裏世界のボス、洗脳された若者は、尊師と称して崇められていましたから

そういえば、政敵になる恐れがある正恩の兄の正男は、シンガポールデVXガスで抹殺されたのではないかと噂されている。

ここから

 

この麻原尊師のイメージに似てきている原子爆弾やミサイルを開発する北朝鮮の尊師様だけど、黄な臭くなって恐ろしい。

ハンプテイ:東大や京大の学生さんなんか、高等教育を受けた人が、どうして、こんなオーム真理教に嵌って、麻原尊師のいいなりになって、テロを起こすようなことまでいってしまうのかしら

ダンプテイ:これはルート5の世界ですね!

ハンプテイ:なにそのルート5って、

ロート5は、富士山麓にオーム鳴く2.360679

じゃないですか!

富士山麓の麻原のオーム集団となってしまった。

これは、肉体的な修練と、暗示を通じて、

尊師のいうことは、絶対だという思想が植えつけられてしまうらしいですね!

イスラムのテロリストも子供達が、武器をもたらされた肉体的な修練に寄り、笑って自爆テロを行うように修練させられていく。

チイ:一神教も、キリストやアラーの掟のみを絶対の真理として崇めることを教え込まれて、互いにいがみあっているから、今、世界は、雲行が怪しくなっている。

ハンプテイ:ISの情勢もそうだけど、身近なところでは、東京都政の次から次へと、「これまじか」というトラブルと疑惑問題も、小池さんの交代で何とかなるや否や、東京オリンピックも築地移転問題もどうなるやら!

これまじか 五輪築地に 汗冷えて

チイ五輪や築地移転の真近と、これ真面かと掛詞ね、面白い。

ところで、増添元都知事もその悪者の一人、「これまじか」ということをなさってた。

こうなると、悪者にされてしまうと、お茶の飲み方

まで非難されてしまう。

ダンプテイ::朝鮮飲みって、仕草で、朝鮮人の手で隠してお茶を飲む仕草そうですね!

 

お茶を飲むのすら隠していて、私くし、絶対に秘密情報は、もらさないように政治活動していますなんて、個人情報ばっかり漏らさないよう気にされている。

ネットで北朝鮮と関係づけての増添さんの批判が高まっています。

ハンプテイ:お母さんが朝鮮人だったそうだから、このような仕草を自然に身につけたのかもしれませんが、日本人は、コップの下に手を添えるのが礼儀ですから、この朝鮮飲みは、礼儀に反しますね!

増添元都知事の政治資金の使い方も不透明だったけど、北朝鮮との拉致交渉も全然見えなくって、裏交渉すら出来ない感じになって座礁している!

北朝鮮も表世界ではなくて、裏技で、北朝鮮の国民の心を洗脳して、他国批判で世論を得る裏技で、軍拡を進めている。

 チイ:長々と占いの話をされていた結論が

表を見せ、裏をみせてぞ散る紅葉

に繋げたというわけ!

秋風に吹かれて、散っていく我が身を紅葉として哀れさを漂わせている。

秋の風と言えば裏寂しい ベルレーヌの詩

秋の日の ビオロン

ため息の身に滲みて

ひたぶるに裏悲し

チイ:

所々の鹿声訪ね得ず

白雲紅葉千山に満つ

と、夏目漱石漢詩にもあったけど、紅葉と共に悲しいのは、鹿の鳴く声、

ダンプテイ:そういえば、占いに使う花札も鹿に紅葉ですね

奥山に紅葉踏み分け鳴く鹿の声聞くときぞ秋はかなしき 猿丸太夫

そういえば、山は鹿の音 野には啼く虫 

の発句に、良基が付けた句は

もの事に かなしきかなや 秋の暮れ

ハンプテイ:これは、寂しい秋の夕暮、ダンプテイは、他人の評価なんて、どうでもいい、「自分は、あわれな人間なんだ」と、裏も見せてしまえば、ダンプテイの心は、晴れ晴れ、他人の評価なんて気にならなくなる」と、いう魂胆なのね!

心なき身にもあわれは知られけり

鴫立つ沢の秋の夕暮 西行

ダンプテイ:そうです。

自分の貴重な時間をこんな秋の夕暮で鴫が飛び立つ様を気にするなんて、まっぴらですわ!

世間を気にせず自由な表現が出来れば、こんな他人の評価なんぞ、忘れられるのに!

山の端(は)の 月は分明(さやか)に 照らせども  まだ晴れやらぬ 峰の薄雲 貞心

 最後に、表現者として愛するピカソのことを詩にして、今日の締め括りと致しましょう。

題 ピカソ

あらゆる対象を手で触り

匂いを嗅ぎ嘗め尽くす

元の姿を留めることなく

奴隷としてしまうまで

貝殻でも女であっても

自分のもにしてしまう

ハンプテイ:オーストラリアは、この大きな大陸が発見されても、暫くは、流刑の地としてしか使われなかったそうだけど、ゴールドの発掘の噂が広まるや否や、一攫千金を目指す人達が殺到して人口が増加していったという話しね

ダンプテイ:今回のタスマニアの旅でゴ―ルド発見と、いうビックな夢が叶えられたら、こんなゴールドの帽子と腹巻を巻いて、

キンキラキンとさり気なくこれが俺のやり方さ!

と、なりますね!

チイ:高橋真理子の

抱かせて、抱かれて、黄金色吐息とさりげない

のようなおしとやかさがみられない大袈裟な恰好、王様でもこんなゴールドアッポさんは、いないから、タイ政府から逮捕されちゃうわ! 

ハンプテイ:イエローキャップは、エッチな風俗店ということよ、ハンプテイの厳しい束縛から逃れてイエローキャップに出入りする助平親父なのかしら!

ダンプテイ親父の 操り人形

歌舞伎「操り三番叟」は、人間が操り状態になって、手足を動かす演技がとても面白い、糸がこんがらがって、踊り手が舞台に伏せてしまったかと、思うと、突然に立ち上がったりする。

これと同様、今の政治は、傀儡政権みたいに、操られた人間ばっかりで、誰かに踊らされているが、国民は誰もそれに気づかない。

国家公務員も国家資金で研究を行ったり、事業を進めるのも政権から恩恵を受けており、短期の資金を受けているから、その資金を受け続けるためには、直ぐ成果が出そうな研究や事業を企画せざるをえず、また体制が、求めることにも反対できない。

野党も政権が取れないから、与党の批判で終始してしまっている。

激しくなじろう 他人の失敗(野党)

嘘で済まそう 自分の過ち(与党、政権)

吊り人形で 操られ(国民)

これでは、政治不信が、つのるばかり、むしろ、政府の過ちは、早く謝ってしまって、やり直したほうが、改革が進むと、いうもの。

データーの改ざんや証拠隠滅もどうも政権の忖度の匂いがする。

なんせ、ダンプテイ、我が妻のハンプテイなんぞ、嘘を見抜く眼力があるから、下手な嘘は、つけやしないから、こんな嘘を暴き、改革を先導する人が、世事にもっと参加すべきだ。

そうよ、この馬鹿ダンプテイ、

我が家の家計もダンプテイの嘘を見抜いて、ハンプテイがやりくりしたからこそ、今の我が家があるんじゃない、ダンプテイがいうように、今の世の中、嘘を見抜いて、政治を真っ当にする人が期待されているのよ

「鯨一頭七浦を賑わす」の諺があるでしょ、鯨は、髭まで鯨尺とかにも使われているのに、ダンプテイの髭は、何も期待されていない東西南、ダンプテイは、操り人形で、ハンプテイのおもうままに手足を動かしていればいいのよ!

その東西南の髭って、なんでしょ、ダンプテイは、サッパリ分からへんわ!

北がないから、汚いわ!髭ってことよ!

それに、そのダンプテイの髭、何にも役に立たない役立ず、いっそのこと、ダンプテイが寝ている間に、切って差し上げますは!

「役立たずとは、砂浜にうち上げられた鯨みたいな親父と、ハンプテイは、おっしゃるが!

「他人恐ろし 闇夜は怖い 親父月夜は 何時も良い」と、言いますから,打ち上げられた鯨もダンプテイ親父も大切にしてくださいな!

それに、ダンプテイの髭だって、事故を起こした時の本人確認には、役立ますよ!

ハンプテイ:[ただ今、行方不明者が、発生しました。年齢73歳、青いセーターを着て、下駄ばきの、汚い髭を生やしておられます]なんて,案内ができるってことね!

ダンプテイ:その汚いは、余計なお世話ですよ! 

こんなに家族に、足蹴にされる親父も可哀そうだけど、こんな浜辺に打ちあがった鯨も可哀そう。

大勢かかって、沖にでられるようにと勤めるけど、下手すると,大きな粗大塵になってしまう。

日本人は、鯨を食べるから残酷だと,非難する国が有るけど、鯨を愛する気持ちは、あるのです。

鯨法会は春の暮れ 海に飛魚揺れる頃

浜のお寺で鳴る鐘が 揺れて水面を渡るとき

村の漁夫が羽織着て浜のお寺に急ぐとき

沖で鯨の子が一人 その無き鐘を聞きながら

死んだ父様母様を 恋し恋しと泣いてます

浜のおもてを鐘の音は海のどこまで響くやら

「金子みすす」は、こんな悲しい詩を詠っている。

大きくなる罪 更けていく罪 ぼくという尊大の罪 一瞬の煌めきは過去 いわれなき運命 身動きもせず 砂浜に 横たわる

注: 新藤晴一の鯨 野歌詞を一部引用

こんな役立たずとの罵声を聞くと、バイアグラ事件を思い出す。

ハンプテイ:このままでは、ダンプテイの話、エロ話になりそう、もう止めてほしいわ!

あなたの過去など 知りたくないの

過ぎてしまったこと 仕方がないじゃないの

注:中西礼の知りたくないの を引用

ダンプテイは、役に立たないと、罵声を浴びても頑張ってみたら、大発明となったのが、バイアグラですから、僕ももう一踏ん張りしなくては、

踏ん張って さらに咲かそう バイアグラ

何、その役立たずの発明って、ハンプテイには、さっぱり!

ダンプテイ:バイアグラは、元をただせば、狭心症の治療薬として治験医薬だったけど、あまり役に立たないと、禁止されていても「是非使いたい」と、続づけていたら、何と、そのお方、夜の不具合が解消して、夜の楽しみが復活するという実証実験をしてしまった」と、いうことで、勃起不全薬として大発明となったという訳!

そういえば、イギリスの「フィール」ドもダイナマイトを舐めていたら、狭心症に効果があったというセレンディプティの話しもあります。

セレンディプティって、どういう意味なの?

と、娘のチイが尋ねるので、ダンプテイが答える。

偶然の出来事や実験の失敗など普通だったら、役立たずとゴミ箱入りの出来事も、深く考えれば、大発明になるってこと、バイアグラ狭心症の薬も共通する狭心症に関してのセレンディプティですね!

役に立たないダンプテイもバイアグラみたいな思いがけないセレンディプティの発明で、立派に立たせてあげられないかしら?

絶たせてあげるって、ダンプテイは、もう三人も子供を育てたじゃないですか、

マー、育てただなんて、産むだけ産んで、子育てを放棄しちゃって、ダンプテイは、遊び惚けていたくせにナンタルチア、サンタルチャ

それこそ、賞味期限も過ぎたし、悪臭も放つし、尿も垂れ放題で、困っちゃう、役に立つより迷惑かけないダンプテイに望だけよ!

こんな歳 立たせてどうする バイアグラ 

ダンプテイは、ハンプテイの友達の電話番号を覚えるのにも役立つだけよ!

困るな 臭い奴 507-9318

困るな 嫌な奴 507-1878

嫌わ 奢るやつ 188-0568

ハンプテイもダンプテイを役立たず、と貶しているけど、元気な頃には、こんな思いでもありました。

昔、錦糸町のスナック主で、手品の披露ばかりしてくる店主なので、話題を変えようと、最近元気がなくてね!

と、話をし始めると、「ちょっと待って」と、店の奥から何か探してきて、この妙薬は、凄いですよ,と、効能をタラタラと垂れた上に、バイアグラを手渡されてしまった。

嗚呼 昨日までの悩みはなんだった

なんと完璧な 妙薬

バイアグラこそ、汝のパラダイス

この妙薬を授けし汝よ幸いあれ

たちまち貴方のマラは、カチカチ

愛人もあなたの虜になりますぜ

こんな雰囲気

あまり突飛な話にびっくりして、「今晩、確かめてみます」なんて、答えて、自宅には持ち帰らないで塵箱に捨てて帰ったことがありました。

その頃の髭は、真黒で○も元気だったけど、今は、こんなに白髭になって、禿にもなって、我が息子も操り人形に、なってきた。

チイ:マー、ダンプテイ親父の話って、ベトナムの水上人形のようなつまらなさ

ダンプテイ:マーマー、一寸だけでも付き合ってくださいよ、面白い詩をご披露いたしますから、お静かに、お静かに

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題:あやつり人形

ピンとしているおいらの息子

昔元気だ パピプペピンコ

操り紐は 慣れてはいるが

今は昔の 夢舞台

あやつりつられ

息子はらはら 舞う芝居

息子いつでも 初舞台

ハンプテイは、操りダンプテイの絵と詩でびっくり

ハンプテイ:ワアー息子が糸につられて踊っている、ファンタジー親父!

それにしても、この歌は、梅沢富美男さんの『夢芝居』のパクリ

「想像力ほど、恐ろしいものはない」と、言うけれど、ダンプテイの見るに堪えない恥ずかしい漫画と詩

世の中を 箱に入れたり 傀儡子芥川龍之介

の雰囲気では、ないですか、この傀儡親父

チイ:なんですか、その傀儡子とは、

ダンプテイ:英語でいえば、マリオネットを操る人、操り人形師のことを傀儡子、昔からある芸人のことですよ!

ところで、この芥川の俳句は、「自分の作品が世にもてはやされて、世の中を自分が自由に操っている」と、天狗になって、友人に送ったものですが、ダンプテイも我が息子の木遇(デグ)を自慢して傀儡子気取をなさってる!

小澤一郎だって、ダンプテイと、同じ、裏部隊で政界を操ってる傀儡政権と揶揄されていたけど、今は、見る影も無い、ダンプテイは、操り人形の息子みたいな存在ですよ

ハンプテイ:ところで、操り人形といえば、淡路の人形浄瑠璃が伝統的だけど、ダンプテイも如何わしい操り師みたいなことにならないよう忠告しておくわ!

ダンプテイ:淡路は、蜂須賀家の領地、江戸との間で傀儡師を隠密として使って保護していたから、その文化が残されているわけですよ。

ハンプテイもダンプテイを温かく見守ってくれないと、伝統文化も廃ってしまいます。

ハンプテイ:何をおっしゃいますか、木遇(デグ)の棒の癖して!

ダンプテイ:木遇を馬鹿にしては,いけません。

佐賀の田中久重さん、元はと、言えば、木遇師で木遇の人形作り、この技を磨いて機械化し佐賀藩に仕えてアームストロング砲を作くり出し、明治維新で大活躍、更に明治になって、田中さん、東京銀座に出て、田中製作所を作り東芝の基となった。

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83歳で亡くなるときには、電話機の発明にあけくれていたというから大したお方です。

僕の息子自慢なんて、これに比べたら月と鼈

木遇の息子自慢なんて、とても、とても、我が息子は「ちんけ」なもんでございます。

チイ:なんと、自分の息子を「ちんけなチンコロ」だ、なんて、謙遜なさったりして、

昔は、大山倍達さんのように、牛も絞め殺す腕力があったとじまんされてたのはどこのどなたか!

ダンプテイ:今は,昔の語り草、肩身も狭き無賃の身、こんな自慢できる程の力も気力もないフリーチン

トンダ卑猥な絵と詩は、トイレ落書き程にみて頂ければ良いですよ! 

それにしても情けない我が体

大いなる 人の肉体 憎らしき

その前にいき 物をいうとき

 の心境です

ハンプテイ:それって、自分の肥満加減を卑下する「卑慢の男」というの!

傲慢では、駄目だけど、他人との比較するのは、よしたほうが良いわ、自分の土俵で勝負しなくちゃ

チイ:そうよ、色々と大きなことばっかりおっしゃるけど、大山倍達さんの前にいけば,

法螺吹きや 大山鳴動 鼠一匹

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法螺吹気ダンプテイも 鼠一匹、でてきたら大騒ぎして逃げ出す親父だから

注:大山鳴動鼠一匹という諺は、古代ローマの詩人ホラティウスの言葉から出た西洋の諺で、大騒ぎをした割には、大したことがなかったことをいう逸話

ハンプテイ:倍達さんの偉人伝を(大山倍達正伝)読むと、10円硬貨を三本指で曲げたり、ビール瓶割なんかもできちゃって、日頃の鍛錬の賜物って凄いわ!

如何にして明王の位には至るべき、師の訓を受てはじめに一刀両段の太刀を習ひ、百千万の業を稽古鍛錬熟して、上手名人の位をえるべきや

千日の稽古を鍛として万日の稽古を練とする

と、いうのが、達人になるための宮本武蔵の鍛錬で、偉人は10年程度は、鍛錬を積むことが必要で、イチロウもそのような鍛錬の賜物と、いうことですね!

注:この鍛錬の言葉は、宮本武蔵五輪書にある。

夏大樹 山は倍なる 達人記 

ハンプテイは、凄いじゃないですか、ダンプテイも完全に負けてます。

大山倍達を句に取り入れて、倍達さんには、随分と思い入れがあるようですね

「何という逞しい肉体 美の権化 神から授かりし 英気と勇気 ここに燦々と輝く」と、ハンプテイは、惚れこんで、いらっしゃる。

強い精神は、強い肉体に宿るというけれど、厳しい鍛錬は、もうこの歳ではダンプテイは、無理でございます。

ハンプテイ:日頃の鍛錬を培う強い魂があっての倍達さんだから、ダンプテイがヘナチョコなのは、精神力の問題ですよ!

倍達さんは、

瓦割り 千枚こなす 生身魂

と、いう修行の賜物ですよ!

ダンプテイ:そうですか、肉体は、心を入れるための容器、容器が貧弱では、美しい花も心も台無しと、いうことですか!

柚子の香や これは異なるや 器もの

ところで、ダンプテイ、自分を破壊する一歩手前の負荷が自分の肉体だけでなく、魂も強くし磨くことが出来ると、言われていますから、「体を鍛えて大山倍立さんを目指し、鍛錬したこともあったけど、続けて居れば、今では、こんな姿の筋肉男、怠けてしまって、今の我が有様で情けない。

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チイ:マアーグロテスクな親父!

それに、倍立なんて、自分の息子の成長目標と、され、今日は、息子の晴れ舞台ということでしょうか!

それに、これって、中世のペニスケースでは、ございませんか、何処かの絵を拝借なんかしたりして!

著作権は切れていて、問題ないから、下半身だけをダンプテイが借用しましたが、この股袋、実は、中世の鎧に元を発するものだそうで、

女性にも戦いの用意が出来ていることを示し、中身がどんな立派なものかを想像させ、乙女を興奮させ、その気にさせる男の武器であったとか?

ハンプテイところで、ダンプテイ、いきなり裸になって、番長皿屋敷では、あるまいに、皿の上の乗ったりして

春の空 濁世の衣 脱ぎ捨てて

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ダンプテイ:いえいえ、

皿に盛る 色香も淡し 夏料理

という、清々しい姿、どうぞこの夏料理を召し上がれ、そっと、袋を開けて、ほんのり桜色の芋を召し上がれ

ハンプテイ:それにしても、その袋の中に大事に、おさめている操り人形の正体を暴露してよ!

ダンプテイ: 実は、愛する家族の写真を身肌から離さず、股袋に入れて、大切に!

他人には、触れさせたくないダンプテイの宝物、大切に保管せねば、

他人(ひと)言の 繁き時には 我妹子 衣ありせば 下に着ましを

ハンプテイ:我が妹子 形見の衣 下に着て 直に逢うまで 我れ脱がめやも

万葉集のこんな歌の心地かしら?

チイ:嫌だ、チイの写真を恋人の下着と一緒にされちゃった!

ダンプテイ:良いじゃないの、下着泥棒に着られるよりも

チイ;それにしても、チイの写真をそんな糞ったれの場所に,晒すなんて、嫌な臭いが体に染みついてしまいますわ!

それに、皿をバックに体を晒しているけど、これは、食通の女性を誘って、特性ウインナーも我が股袋にありますよ、どうぞ、いかようにも召し上がって、なんて、嫌らしい!

ダンプテイ:これって、嚢中の如意棒で,ございまして、いやいや、間違いました「嚢中の錐で,ございました。」

チイ:嚢中の錐って、なんでしょうか?

ダンプテイ:「才能があれば、自然に世に頭角を現す」と言う故事で、袋の中にある錐みたいなものですよ

ダンプテイも嚢中の錐、直ぐに世にでますから、まーみていてください。

ハンプテイ:まあ、立派な物が飛び出すこと!

暗闇の恥を明るみに出さないでほしいわ

出てきたら、さらし者にしちゃうから!

何しろ十字軍は、この鎧に身を包み、敵を進撃しつつ、レイプの攻撃も欠かさなかったと、いわれていますから!

まさに、神から授けられたゴッドピースとは、いうまじき装いで、戦略した兵士にとっては、戦略した者が戦略された者への性的暴力(レイプ)は、悪の権化ですよ

その後も、西洋では、このゴッドピースは、民衆の衣服となって、中身を大きく見せて誇らしげに、パーテイに出たとか!

チイ:そんな装いでパーテイにでれば、こんな会話も

皇帝の前に呼びつけられた家臣の股間があまりにも立派なのを皇帝が見て

皇帝:我が君王の前で、お前の股間がご立派過ぎでは、ないか」

家臣:そんな誉め言葉、冥利に尽きますが

それは、お門違いなこと!

皇帝:それはどこか不具合でも

家臣:見掛け倒しで、我が息子は、へなちょこのポンポコリンでございまして、みかけだけは立派だけど、中身は張りぼてでございます。

皇帝:おう、それは、賢い振舞い、早速、我がチンもその張りぼて

ハンプテイ:ところで、この絵画の皇帝、股間のなんという逞しい一物 美の権化であらせられる。 

これは、かの有名なヘンリー八世の露骨な精力誇示の誇らし気な姿

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我の物を見よ 我に敵う者は、この世におらぬぞ」と、ばかり!

ハンプテイ:「サアー、俺の種を撒くぞ、どこか、良い畑は、ないか」と、種袋をぶら下げて撒き場所探し回っているタレントの玉袋筋太郎さん、それとも古希を迎えたダンプテイの夢の中の姿

古稀の男(ひと) 色ある夢や 種袋

現実は、そんな萎びた種芋では、実も花も咲きません。

ダンプテイ:いえいえ、種は、撒かなきゃ花も実もつけませんから、種撒きは、生命保存の営業文句、永遠に引き継がれていくもの、我が種芋を卑しめては、なりません。

ダンプテイは、希望を抱いて種まきを続けます。

老翁や 胸のときめき 種袋

ハンプテイ:種袋と、いえば、小袋と共に、陰能の隠語

芭蕉も我も衆道好きと男好きであることを「貝おほい」で、告白し、こんな俳句を作っている。

紅梅の 蕾は赤い こんぶくろ

兄分に 梅を頼むや 桜稚児

梅は、男色の象徴ですから、まことにふざけた俳句である。

それにしてもヘンリー八世の種袋もそうだけど、ダンプテイの褌の膨らみ、チッコイ一物を大きく、見せるお土産物の過大包装みたい。

ダンプテイ:「麒麟も老いては、どば(駑馬)に劣る」と、いいますから、この老麒麟、せめて、見かけだけでも、麒麟でありたいと!

老麒は、厩にありとも 千里を想い

益荒男は、暮年なるも 壮心を養う

嗚呼、力道山よ、私に力をお与えください。

ハンプテイ:己を麒馬に擬えるとは、何というお馬鹿さんの河馬太郎!

お馬鹿馬鹿 駑馬も悲しき 月朧

ところで、力道山って、女たらしの一面もあったようだけど、ダンプテイは、そんなところに憧れたりしてのことじゃないでしょうね、厭らしい。

ダンプテイ:栗田登さんの力道山という本には、随分と赤裸々な女との関係の生活ぶりが書いてあったけど、ダンプティもそんな力道山生活に憧れなかったとは、いいませんね!

チイ:否定していないとこを見ると、力道山の生活に、憧れて、こんな助平男になったわけ!

今日は、その力道山流の生活とやら全部暴露して頂きますわ!

ダンプテイ:直接的に、私生活を暴露するのも家庭問題となりますので、ここは、許可は、得ていませんけど、栗田登さんの文学的な表現が素晴らしいので、力道山の「生活ぶりの本の一部を紹介させて頂きましょう。

その替わり、是非、本を購入して全文を詠んで下さいね!

これは、力道山が経営するリキクラブに、新人として雇われて間もない華奢な絹枝という19歳の女事務員と力道山との話、力道山は、お風呂を借りたと、この絹枝のアパートに入り込んだときの会話です。

「絹枝、背中を擦ってくれ!」―略―「いいから裸になって来や!」、「速くしろ、命令だ!」

絹枝は、タオルに石鹸にをつけると、ゆっくりと力道山の背中を擦り始めた。

「力を入れて、もっともっと!」

絹枝にとって、男性の背中を流すのは初めてであったーー略――二日、女を抱かないと、鼻血ブーである力道山にとっては、天国が鼻先に迫っているのであった。力道山股間のイチモツは、ピクンピクンと、さながら生き物の如く脈を打ち始めた。

チイ:嫌だ!股間の一物が飛び出してしまった。

ダンプテイ:これからが、クライマックスです。

「股から洗ってくれ!」「いいから洗え!」―――略――「速くしろ!」

「ハイ!」―略―絹枝は、真っ赤になりながら、震える手つきで再びタオルに石鹸を付けた。

初めて見る男性の隆々たるシンポル、顔がほてる喉が渇き、今にも気が狂いそうであった。―略―

「タオルでなく手で洗うんだ!」――略――手の中で、力道山のそれは、ズキンズキン、と動いている。

「よし、わしが絹江を洗ってやる!」

「いいです、私!」「良くない!洗わせろ!」―略――そのすべすべした肌を力道山は、撫でまわした。―略―美しい肌に、石鹸をたっぷりと、塗りつけると、両手でその感触を楽しんだ。―略――プリプリした御尻まで手がすべり落ちると、絹枝は、もう我慢できそうになかった。―略――胸から腹、そして下腹部、こんもりと、茂った草原から、愛の花びらに力道山の指が触れたとき、流石に絹枝も我慢しきれずに、「ハー!」と、声を漏らした。

―略――「絹枝、ワシの絹枝、愛しているよ、可愛い絹枝」―略―乳房から下半身へと、接吻を繰り返した。

固く閉じた絹枝の両股を強引に開かせ、その陰影の影に力道山は、顔を埋めた。そこには、男の裸を知らぬ、美しい赤みを帯びた愛の唇が固く閉ざされていた。

力道山は、その固く閉じた唇に、そっと舌を指し込み、そして吸った。

香高い処女の香りが力道山を狂気させた。―略――上気した絹枝の前には、偉大なるシンボルがビクンビクンと息づいていた。

―略―絹枝も夢中で、それを握った。―略―

シンボルに接吻するやいなや、それを口の中に押し込んだ。

そこには、二人だけの世界しかなかった。略―蕾のような絹枝の玉門の中に、根も余さず差し込まれた力道山の陰茎は、火よりも熱く、樫の木よりも硬く、ズキンズキン、と、蹴上がっている。

注:アンダ―ライン部は、神田稀一の乱れ雲を引用して加えた。

ハンプテイ:ダンプティが憧れるはずだわ!

こんな夜の世界!

ダンプテイ:いいえ、憧れたのとは、違います。

肉体は一つの大きい理性である」と、ニーチェは、肉体と理性の関係を語っているように、力道山の隆々とした肉体と、その笑顔には、理性を感じます。

人間の行動は、肉体の単なる動きでも、精神の働きでもなく、その二つが絡みあって、心身一体となって、生まれるものと、ポンティも言っていますから

力満ち どうだ空手だ 山笑う

と、空手チョップで外国の強者を打ち倒すのは格好が良かったし、その笑顔も明るい、心がある。

ハンプテイ:この俳句、力道山が盛り込まれ、面白いけど、動という漢字が入っていないことには!

山を抜く 力漲る 世が動く 

は、どうかしら!

ダンプテイ:この句は、力抜山 気

――略――虞や虞や汝を如何せん

と、いう項羽の愛人「虞美人」を悲しむ歌を引用していますね!

チイ:力抜山とは、なんたる腰折れの力抜け山でございますか!

ダンプテイ:いやいや、これは、学のある人が読めば、「力山を抜く」と、いう豪傑で、ございます。

そして、その気力たるや世を覆う。

この歌は、項羽劉邦軍により垓下に追い詰められたときの項羽の歌です。

注:四面楚歌の言葉の謂れとなった。

虞美人は、項羽の戦いの足手まといになることを恐れて自殺したそうで、その墓の跡に咲くようになった花を虞美人草と言う。

ハンプテイそれにしても先ほどのエロ小説の世界は、

恥ずかしい 何もイエネー 力道山

ですね、

こんな、エロ文章を紹介するなんて、何も言えない乱暴な振舞い、これって、随分ランボーの、シルベスタ・スターローン

ダンプテイ:今から考えれば、社長が未成年女性の新入社員家に入り込んでの猥褻行為、セクハラ、パワハラの監獄行きとなるハラハラ行為だったようですね!

ハンプテイ:それにしても、この力道山のふるまいは、凄いわね、まるで、まるで川上宗薫の世界!

ここまで赤裸々な表現ができるのは、相当の元手がかかっていますね!

ダンプテイ:川上宗薫の場合の話では、毎月10人程の人妻とネタ(寝た)探しに、性戯を駆使して悶えさせ、テクニックを小説にしたそうです。

なにしろセックスのお相手さんの募集をして話題になったとか!

チイ:この費用は作家としての必要経費だったのかしら?

ダンプテイ:馬鹿だね、そんな女が領収書を発行するわけないでしょ!

ところで、力道山は、「男にも裸になれ」と、言って、裸にさせていたらしい!

ハンプテイ:それって、ホモということ!

ダンプテイ:いえいえ、力道山は、プロレスを世に広めるため、プロレスに適した逞しい男を探していたわけです。

ブラジルで、馬面をした猪木を見て、「裸になれ」と言い、猪木の裸に惚れ込んでプロレス界に誘ったそうです。

ハンプテイ:マーいずれにしても、ダンプテイの力道山大山倍達のような肉体への憧れは、今ではダンプテイの夢物語、いまでは、お腹は豚腹のぶよぶよ顔の皺も波々のかさねでございますから

ダンプテイ:

いく春を かさねかさねの花ごろも 皺よるまでの老いもみるべく

と、いうことでしょうか

ハンプテイ:マー素晴らしい和歌、花ある人生も、今では、老いの重ね皺、こんな姿は見たくもありませんけど

ダンプテイ:実は、この俳句、芭蕉奥の細道で「かさね」という美しい娘にあったときに歌った和歌、

チイ:「こんな美しい乙女、かさねて年月を経て、皺がよった老いの顔もみてみたい」と、いう趣向ですね!

ダンプテイは、美女をみても、こんな洒落た和歌も俳句もできませんわね!

手の皺に 重ねし齢 生身魂

ハンプテイ:マー可哀そうなダンプテイ親父ですこと、こんな哀れなな親父に相応しい詩をさしあげますわ

題:親父を憐れむ歌

ああ痛ましや痛ましや

髪はウスウス木の葉髪

お手手はシワシワのシワ重ね

腹はハラハラ積み上げて

顔はウトウト阿呆顔

ダンプテイ:何と言う、拙い言葉の羅列、何の感情も呼び起こさない稚拙加減

ハンプテイ:それでは改めて、バイロン調に

死は、顔慄き 蒼ざめさせ

曲がり 血管を引き裂き

喉は膨れ 肉はふやけ

筋筋の筋も緩み 伸びる

チイ:これがバイロン調の詩でしょうか

チイだったら、こんな調子に,しますけど

空蝉の 世は夢ばかり 朧月

死とあがなうは  他にあるまじ

日本調にすれば

行く秋を かさねかさねて皺衣 あの世の君の生身魂(いきみたましい)

ダンプテイ:なんと、これは、舅いびりのオンパレードでは、ございませんか!

憂き我が姿を蝉殻に擬えるとは、不届きな娘!

蝉殻を 脱ぎつつあれば セミヌード

と、蝉殻もこのように、明るくいきたいものですね!

それに、我が衰えし、姿を顔体操で、いけば皺の重ねも低減いたしましょう。

しわしわみっつ しわみっつ 

ダンダルほっぺは 狸のふぐり

口は大口 鰐にも負けぬ

上がり目 下がり目

ぐるっとまわって 猫の眼ななめ

和歌で真面目に対抗すると、すれば、

うかりける 人を初背の 山おろし 禿にナレとは祈らぬものを

チイ:これって、チイの旦那のロンさんの弱点、禿と申されては、ロン旦那が可哀そう!

こんな無礼なチイの親父だけど、男は、美しい姿や顔だけでなく、生きざまが大事だから、ロン様のお仕事、頑張って頂戴ね!

ロン:その慰ましは、有難いけど、ニィーチェは「、精神(魂)は肉体に宿る、どんな精神力が強く、尊大であっても、肉体が滅びれば、精神も失われる」と、言っていますから、人間の魂は、肉体が汚れれば、心も汚れると言うものものです。

題:魂と肉体

肉体には 魂が宿っている 

だからこそ そこに命が宿る

肉体と魂が一緒になって、命が生まれる

どっちが大切なんて、意味がない

肉体は魂の仮の宿 魂が休む仮の宿

魂が肉体から飛び立つときが死にたもうとき

魂の雁の宿を大切にして鍛え、磨きたい

ハンプテイ:ロンさん、流石に、ケンブリッジの卒業生、哲学でこられましたわね、

それでは、私も哲学で、対抗しなくては、

魂と肉体との関係だけど、生きていても魂が抜けたような時もありますね、恋に溺れて浮かれ状態とか!

ものおもえば 沢の蛍もわが身よ りあくがれいずる魂かとぞ見る

なんて、和泉式部の和歌があります。

ダンプテイ:霊を信じないダンプテイに、とっては、死んでしまえば何事も、ナッシング ナッシング オールナッシングですよ!

チイ::魂と身体とは、一緒と、いうけど、どういうことかしら?

ダンプテイ:言葉では、簡単には言えないけど、

魚の魂は水、鳥の魂は空、樹木の魂は土である。

鳥さん、鳥さん、あんたの魂、今はどこ

え、え、え、私の魂?

それは空だよ 初御空

雲一つない空、青い空だよ 透かし空 

空さん、空さん、あんたの体 今はなに

え、え、え、私の体?  それは鳥だよ白い鳥

気ままに 空舞う鳥だよ 阿呆鳥

岩田慶治 参考

平安時代の頃から人間は、魂と肉体の二元で捕えられ、蛍の光は、魂が肉体から離れていくと、把握されていたようです。

もの思へば 沢の蛍も我が身より あくがれ出ずる 魂かとぞ見る 和泉式部

チイ:確かに、魂は、遺伝子により伝達されているかもしれないが、精神は、生殖よりも:教育という形で永遠に伝えられていくものですよ!

例えば、明治維新の時代、吉田松蔭は、自分の塾を通して、2人の総理大臣と9人の大臣、2人の大学創設者を産んでいますし、一介のありふれた青年坂本竜馬が、勝海舟西郷隆盛に出会って、時代を改革する男に変身したわけですから!

松蔭は、魂は、万巻の書物を読むことにより育つと、本を読むことを推めています。

高徳のある人間の口から発せられる言葉は、人間の魂を揺さぶり、世の中を変えていく

ハンプテイ:そうかと思えば、人の口が災いをもたらし、人の人生を狂わせることもある。

例えば、ヒットラーは「役に立つ人間は、人を殴れる人間だけだ」と、口にして人を煽動させたわけですから、舌は、恐ろしい!

チイ:筆舌に尽くしがたいとは、こういう諺なのかしら?

ダンプテイ: いやーもう既に口にしているから{舌の剣は、命を絶つ}と、いう諺が適切ですね!

舌を武器にして民衆を駆り立てて暴力や殺戮で、ユダヤ人を大量殺害した。

日本でも、関東大震災後の混乱時、朝鮮人が暴動を起こすというデマに煽られたた人が自衛団を作って、朝鮮人の虐殺に走ったそうですから、他人ごとでは、有りません。

チイ:こんなことを考えると、神は、人間の舌というものをどんな目的で作られたのかしら?

題:舌

神が作りし人間の一枚の舌

一枚の舌が世を変え 人を変える

あるときは 刃となり 人を奈落の底に

あるときは 若者に勇なる 火を注ぎ込む

神よ、この舌に善なる心を 導きたまえ

ところで、先ほどの、動物の愛護を広く考える点に関して、100トンのシロナガス鯨からは、鶏7万羽の肉がとれるし、鶏は、鶏舎小屋に入れられて、流れ作業的に同じ食べ物だけを食べさせられ、何の楽しみもなく殺される運命だけど、鯨は、海の中て自然な生活を楽しんで生きたのだから、鯨に我慢して頂いた方が、という考えもあるわ!

ハンプテイ:鯨が食べられないから鰻を、今度は、鰻も絶滅危惧種で食べられないし、マグロの絶滅危機もあるし、これから何を食べていけば良いの!

デバ「鰻美味し彼の河って」という童謡の時代ですね!

チイ:馬鹿ね!「兎美味し彼の山」でしょ!

ハンプテイ:食いしん坊だから、兎まで食べている。

「兎追いし彼の山よ」!

チイ:現在は、日本の山に兎は,居ないけど、オーストラリアでは、西洋人が兎を野に放って、大変な量の兎が繁殖して牧場を荒らしているから、大変なことになっているの!

ハンプテイ:それこそ、虎を野に放せば、兎問題は解決するじゃない!

ハンプテイ:「虎は野に放なすな」という諺があるけど、助平親父を野に放ったら、

虎は裸で 野は火事だらけ 花灰だらけ

と、大変なことになるから!

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ハンプテイ:花を摘みに他人の庭に無断に侵入するから、始末におけないダンプテイ親父、絵にしたら、こんな感じかしら!

主なき 庭にどっしり 浮かれ猫

やっぱり、ダンプテイは、しっかり紐につないで操らないと、とんだことになる。

ダンプテイ:他人に罪を被せるのは、国内問題を海外に向ける政治家の手口、中国や韓国の歴史問題や尖閣列島等の領有権問題に似てきましたね!

米国もベトナム戦争で南北ベトナム人を戦争に追いやり、何の罪のない人や自然を破壊した行為や原子爆弾を製造している疑いでイラクを爆撃した悲惨な事件を起こしました。

今は、北朝鮮に対して武力を使うと挑発しているけど自国民を守るからといって、他国民を犠牲にする倫理の正当性はないと思うけど!

ハンプテイ:米国の世論は、広島と長崎に原爆を投下して大量殺人の罪を犯してもこれは戦争を早く終結するために正当な行為であったとし、誰もその罪を追及しないで東京裁判で人を裁く権利があるのかしら?

ダンプテイ:広島での軍縮会議に参加した米国のゼリコー大学教授は、原爆投下の御蔭で100万人以上の日本人生命が救われたなんて、自分達の行為を正当化している米国の国民性が暴露された。

原爆投下の結果に至るまで、戦争を続けた日本の幹部の罪も大きいと、思いますが、それ以上に、人の命を数で評価するアメリカの罪も大きい。

米国は、原爆投下に対して、過ちはもう繰り返しませんと、誓ってはいないから、北朝鮮問題でも投下する暴挙は、ありえるのかしら?

過ちは くりかえします 秋の暮れ 三橋敏雄

あのアメリカの博愛の精神は、どうしたのか

地球のすべての民が地球を共有しあう責任と

自由と正義と博愛の精神は、どうしたのか

トランプよ 地球環境を破壊するな、

協力し、助け合う人や国家を敵味方に分裂することはやめて

今こそ、地球を破壊する原子力を禁止する勇気を日本は、持ってほしい。

さもないと、

クレイマー監督の渚にての映画のストーリーのような地球の破滅

第三次世界大戦により北半球の全てが死の灰で汚染されて、廃墟とかしたのを潜水艦の乗組員は潜望遠鏡で知っていた。

かれらは、メルボルンの渚に、逃亡してきたのである。

しかし、南半球にもその死の灰の影響が及ぶことは時間の問題である。

チイ:日本への大きな罪を反省しないで、ベトナム戦争化学兵器を使ったのも米国ですし、ベトチヤンの写真を見て、反省しなのかしら?

ダンプテイ:日本もベトナム戦争に関係しなかったというわけでは、有りませんよ。

横浜の埠頭から、弾薬や化学薬品、戦闘機等をフォーチミンの戦地に運ぶため、米国LST運搬船に日本の乗組員1400人が関与し、4人がベトナム解放戦線により犠牲になっています。

チイ:ベトナム寺院にダンプテイと旅行した時、私達、可愛そうなベトチャンに、お祈りしたわ!

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注:ベトナム寺院の前でのお祈り

兵器や戦争協力に人を派遣するなんて、日本は戦争放棄の国では、なかったのではないかしら?

ダンプテイ:国民が米国政府と契約で船乗りを志願した以上、個人的な問題で、関与しないとするのが政府の立場でした。

チイ:ベトナムの枯葉問題もそうだけど、日本の政治家も国民の目を反らすことも上手いし、公務員、恐るべし!

いまこそ、国民は、操り人形と、ならず、自らの手で、平和を勝ち取ろう。

ダンプテイ:行く先きは 官の厳しさ まさりける 人目も草も枯れんとぞ思う

ハンプテイ:そう言えば、馬鹿の壁の中で、養老孟司さんも外務省も仕事もあまりないのに、本来の仕事ではなく、その省のために仕事を行っていると非難されていますよね!

多くの省庁は、多くの配下の独立行政法人を抱えていて、その下部組織を養うために、必ずしも必要ではない事業を作ってお金を使っている体制がありますね!

チイ:独立行政法人のかかえる問題もあるけど、その根本は政治家の問題ですよ!

政治家の口はすねた子供のように歪んでる

その口から湧き出される言葉の歪み

放り出された渚の魚と潮騒の叫び声

そのやくざっぽい帽子を砂浜に捨てて

浜菊の花が咲いているのを見てほしい

 麻生大臣様

財務大臣も加計問題などで、証拠隠滅や嘘発現が財務省で発覚して、その対応発現で、口もますます歪んでおりますね

政治家の 嘘聞き飽きて 雨季開けず

思いわびさても命はある ものの

雨季にたえぬは 涙なりけり

チイ:これって、嘘ばっかし、雨季ではなくて「憂き」のはずだけど

それにしても、この百人一首の道因法師、坊主のくせに、憂きに絶えられず涙なんて、坊主のくせに生ぬるいこと

それにしても最近の政治家の発言は、

思いわびさても 命はあるものの 官の仕打ちは涙なりける

チイ: 剥けども剥けど出てくる玉葱のように、次々と飽きもせず、嘘や騙しが発覚すること、

ダンプテイの歌や俳句が出ること!

ダンプテイ:駄洒落俳句、どれも愚作バカリで恥ずかしい

ぐぐぐぐぐ いつも愚作で 愚の音かな

石川啄木は、

悲しきは 小樽の街よ 歌うことなき 人々の声の荒さよ

と、歌うことのない人から感動されない悲しさを歌っていますが、思いは同じです。

小さくも 我は芸の子 詩の愛児 、歌わば足らん 君の如くに 石川啄木

と、いうところですね!

注:この歌は、石川啄木与謝野鉄幹から才能がないから歌は、止めたほうがと言われて友人に手紙て歌ったとされる。ここで、君は、キリギリスのことだそうである。

でも桃栗3年柿8年と言うけれど、歌や俳句は、未だ、1年位しか経験してませんから!

井原西鶴は、俳句に飽き足らず、小説の世界に入っていきますが、俳句との決別を記念して住吉神社で数千人の観客を集めて一日で22500の句を作ったといわれていますから、とても真似できません。

この決別の俳句が

俳諧 息の音止めん 大矢数

注:大矢数とは、京都33軒堂で行われる通し矢の競技で一日に数千本から数万本の矢が通された。

出来栄えは兎も角、先ずは量を優先してのことですから悪しからず。

ハンプテイ:それでも色の道は、ベテランでいらっしゃる、もう何年間、修行なさってるのかしら?

ダンプテイ:吉行淳之介さん、ホステスの腿と尻にさりげなく触って嫌がられなくなるには3年、胸は8年の修行がいるから、「腿尻3年胸8年」が蕩児の金言だそうですが、私は、こんな蕩児に比較したら、手も足もでない達磨でございます。

注:フェミニスト上野千鶴子さんは、女性嫌悪、女性蔑視の傾向が強い作家として淳之介と永井荷風を挙げている。

ハンプテイ:嫌ですね! 

尻とりケームとか胸取りケームみたいな卑猥な遊びを何年も!

チイ:ところで、今日は随分とダンプテイお刺激のある話が多くて、チイ眠むれるか心配ですわ

ちょっと多めに眠り薬を飲んで寝ることにいたしますわ、おやすみなさい。

ダンプテイ親父の坊主は助平と語る 

秀吉等のように、家臣の妻であろうとなかろうと、これはと、思った女には、秀吉に差し出すように命令してしまうという時代があった。

「家臣の中には、自分の妻を見苦しくするため焼きこてを施した」と、いう話さえある。

なにしろ、この時代のセックスでよいとされるのは、

一盗、二婢、三妾、四妓、五妻と、他人の妻や家臣の妻が上位に、ランクされているのですから もうモラルもあったものではない、人権侵害、当たり前の時代

チイ:光源氏だって、似たようなものですけど、侵しては、いけない近親の女をも侵してしまう時代でしたわ、

例えば、継母であり、父桐壷の帝の妃と、交じわい、子供をつくってしまってる。

ダンプテイ:仏教界でも、女人禁止は、建前で、坊主が助平であるのは、周知のところ、坊主は助平が定評だけど、神主はどうで、あろうか

こんな連句が犬筑波集にある。

乗りつけぬ 馬に神主 のけぞりて

馬とは、神馬であろうか、いや違う、女ではなかろうか、

古来、紫式部の時代から与謝野晶子まで、乱れ髪は、恋を歌うための素材でしたけど、坊主や尼では、髪がなくて、文学を目指すものにとっては困ります。

禿げになったダンプテイ親父も、恋する資格喪失と、いうことでしょうか!

黒髪の 乱れもしらず うち伏せば

まず掻きやりし 人ぞ恋しき 和泉式部

掻きやりし その黒髪の すじごとに

打ち伏すほどは 面影ぞたつ 藤原定家

百人一首の堀川の歌にも

長からむ 心も知らず 黒髪の

乱れて今朝は ものをこそ思へ 

天照の岩戸隠れの物語の謡曲バージョンが一角仙人

「一角仙人が竜神と、争って勝ち、竜神を岩屋に閉じ込めたため、雨が降らない。

そこで、帝は、絶世の美女を派遣して酒を飲ませ舞わせた、仙人は、神通力を失い、竜神は自由の身に戻れた」と、いう天の岩戸のバージョンのようなストーリー

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能の「一角仙人」では、あまり下品な設定は、できないので、酒を飲まされて神通力を失うことに、なっていて、助平であるのは、酒のせいとしているが、現在は、酒のせいで、やってしまったては、許されませんが、この時代は、どうも寛容な世であった。

ところで、この一角仙人の歌舞伎バージョンが歌舞伎18番の「鳴神」、ここでは、雲絶間姫が登場し、「鳴神上人の手を自分の懐に引き入れて,乳房に触れさせる」と、いう設定で、童貞の鳴神和尚が「おろろ」の状態で、さらに手が下に伸びると、「あれあれ、雲絶間姫には、成り成りてなり余るところある」と、いう落ち。

この鳴神和尚の話の設定は、洗濯女の白い足をみて久米仙人の神通力を失った仙人と、同じであり、仙人も助平だから、わが国にあっては、男たるもの、全てが助平である。

とかく、坊主は、男には、強いが女に弱い。

さて、この久米仙人の逸話が芸者遊びに引き継がれているのが川遊びという芸者遊び

三味線の拍子に、合わせて裾をまくり上げて足を見せつつ川をまたぐ仕草で、川が浅くなったり深くなったりという、それだけですが、結構喜ばれているらしい。

とにかく、この仙人は、もう女の足をみただけで、ウロウロ状態で、頭の中はピンク色でありましょう。

臍の下に潜む鯰一匹 ビクとして

寝返りしたき 気分でありすわ 

しばし待て レクレイム(鎮魂歌)

鐘が鳴るます チンコンカン 

もう待てぬ 俺は今にも爆発だ

太郎は叫ぶ 爆発だ、

爆発あれば 山しずか 大山鳴動鼠一匹

さて、本題であるが、僧侶の世界は乱れており、内密に、戒めに隠れて、坊主も坊主めくりをなされていたと思われるが、一休和尚は坊主の身でありながら、心のままに、正直に生きようとしたのではないかと、思われます。

妾あり 余に随うこと 年久し 一休

美人の陰に 水仙花 香りあり 一休

連歌室町時代の文化、現在の川柳に通じる諧謔性とエrチック藁がある。

その例として

毛のあるなきは 探りてぞ知る 弟子もたぬ坊主は 髪を自剃して 犬筑波集 宗鑑

このバージョンは、

かきさしの 草紙尋づぬる 暗がりに

なんてものもありますね!

ところで、好き者の坊さん、「吉原へは坊主ではいけないので医者だ」と、言って、通ったとか、勿論、坊主の禿げは法被り

化けた医者 手の出し入れで現れる

と、川柳があるが、ついつい、数珠をもみもみする手で正体がばれたとか

人の情けや あなにあるらん

女文(ふみ) かしこかしこと、書き捨てて

という和歌もある。

あなは「あなかしこ」と、女文の最後に書く、「謹んで申し上げます」と勿論女の穴との掛詞である。

名にめでて 折れるばかりぞ 女郎花

我れ落ちにきと 人に語るな 僧正遍照

名前が愛らしいから、つい手をかけてしまったが、坊主も色に溺れてしまったとは、恥ずかしいから人には,語たってくれるな」と、僧正遍照は、正直な坊主でもある。

ところで、一休さんには、こんな歌があります。

苦なるかな 色愛はなはだ深きとき 忽ち忘却する文章と詩

年老いて若き女の愛に溺れ、お経の教えの文章も忘れたとは、これが、仏の道に使える者なのかと、疑われてしまう。

貴方は、日々の行いがよくないから來世は、恵まれないでしょうなどと、説教しつつ、一休自身は名利や色欲に溺れているのでは、その説教がどんな名言であっても有難みは、薄れるというものである。

こんな坊主の連句がある。

黄金作りを 産むや 若僧

「お寺の金ぴかの黄金道具を売ろう」と、する若僧坊主、「さながら禁じられている子を産むような邪道な振舞い」と、いう発句に、対しての付けは

帰り際 お尻をみれば 真黄色

「この若い坊主の帰るところの姿を見れば、お尻あたりに見えるのは、糞が付いて真黄色では、ござらんか」

と、でも解すればいいのでしょうか

つまりは、この若い坊主が、男色の交をしていた、という洒落であろう。

ところで、坊主の身でありながら、「天皇の地位に就こうとした怪しからん坊主だ」と、後世の物語で、非難された坊様が道鏡

道鏡は、陰嚢がとても立派で、これぞ神だと、ぞっこんになったのが、孝謙上皇で、道鏡に法王の地位まで与えて寵愛したという話があります(日本霊異記)。

道鏡坊主の振舞いをあざ笑う歌がある。

道鏡が くるまで私し 太平洋

道鏡が くるまでごぼう 洗うよう

私とは、勿論、孝謙天皇の女帝である。

孝謙天応の膣が大きすぎて、満足できる性生活が出来ないところで、現れたのが、ビッグマラの道鏡

私し孝謙天皇の太平洋も治ったのよ、それまでは、男と寝るときは、ごぼうを洗っているような切ない思いをしてました ということである。

医者が、「どうして、手術もしていないのに治ったのか」と、訝ると、「だって、道鏡様のおかげよ、さすが天下の仏様のお導き」

 この頃は、孝謙上皇のこの世の花を謳歌した時

大友家持は、この上皇の世を褒めたたえている絵がある。

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秋の花 草草にあれど 色ごとに見し 明らむる今日の尊さ 

しかし、その裏を見れば、どうでしょう。

壇上には、女帝の一物も立派ですが、女帝が寵愛した坊主の道鏡の陰嚢の大きさが見事である。 (新色閨の鳥貝、作者不詳)。

これぞ、一物崇拝と言い、巨石を崇拝する習わしが、ここにもあるとは、たまげたものです。

こんな上皇も巨根の坊主にも満足できなくなり、とうとう、山芋を用意させ、ホトに入れて慰めていたとか、ある時、あまり大きな山芋を使用したため抜けなくなって、お手柔らかに柔らかにお願いいたしますと子手尼という手の小さき女に取り出すよう命じた。

その小手尼が手に油を塗りたくって、取り出ださんとすると、その行為があまりにも不尊なため、これを見ていた百川なる者がこれは霊狐なり」と、いって子手尼の手を切り落とししまったために上皇は命果ててしまった」と、いうお話てありました。

ところで、性の過ちといえば、坊主と稚児の他に、医者は、看護師との関係

亭主が出張中の金持ちの奥方は、庭師と決まっている。

医者は、職業がら、堂々と女性の乳房やら

あそこを手でさわったり、拝見するが出来るが、、医者も人間男であり、美人患者の胸に手を当てて魔羅立がおきるけど、職業柄我慢しなくてはならない、必要以上に手を出せば、このエロ医者め、と評判が立ち、廃業の危険がある。

そこで、治療中に我慢できなくなったマラ立を、手早く処理するには、身近に居る看護師に手を借りると、言うことになる。

さて、余談になるが、庭師との関係といえば、

旦那がお江戸勤めで留守をして寂しい生活、庭が立派だが、定期的な手入れは欠かせない。

男性禁断の館にも庭師であれば人目を避けずに出入りが許される

奥方、庭に手入れを依頼するが、その働きぶり、筋肉隆々で、旦那に比較して力強い、ついつい、庭の手入れが終われば

一寸、一休みしては如何と、誘い込み、汗を拭きつつあそこにまで手を出してしまい、私の庭もお手入れお願いね」と言うこととなる。

ところで、坊主は、女性禁入の僧院、マラが立ったら、それを満たすのは、身近な見習いの茶坊主のお尻と、言うことになる。

信徒から 恋の悩みを 聞かされて

読教進み まくる衣手

我れも昔は 男業平 

僧は、女禁制だから魔羅立が僧の最大の敵であることから、陰嚢を切り落とす習慣もあったとか

しかし、これをするには、余程の「覚悟が必要で、多くはそこまでの信仰心はない、

従って、坊主の魔羅

立が起これば、集団生活の修行の妨げになるわけである。

魔羅という言葉も坊主にとっての修業の妨げに「なる魔を由来とする。

そこで、このマラ立の問題を徹取り早く「解決方法と「して生まれたのが、稚児制度である。

将来の僧を教育するための稚児を引き取り教育として、送料の世話もさせるが、マラ立の処理も手伝わさせることとなった。

朝魔羅や小便までの命かな

肥後随喜七まき巻いて面を出し

更に高僧ともなると、接心といい、信者の悩みを解決してあげると、色々と悩みを「聞きだし、その悩み私が蚊一決して差し上げましょう。私の心を受け留めるよう、私に抱かれて心を清めれば、貴方の悩みは、収まりますと、接心して信者と、ことに及ぶということもありますが、この話は、後程、詳しく話しましょう。

 

ところで、ダンプテイが:石川県、福井県近辺に旅行を計画していたとき、昔の友人を思い出して連絡をとってみた、

なにしろ、その友人、民間の職場で、一緒に仕事していたが、福井の実家に帰って、住職の跡継ぎになると、早期退職制度を使って帰郷されたはずである。

すると、永平寺に1年間の厳しい修行をしていましてきたばかりで、少しリラックスしたいから

一緒にどこかに、行こうと、おっしゃる。

それでは、東尋坊を見学しながらの東尋坊温泉は、どうかときけば、いや、唐人棒はいったことがあるし、一寸足を伸ばして、和倉温泉か、言いとおっしゃる。

どこの温泉高わすれてしまったが、鯛や海老の回線料理が一杯でてくる。

修業した身であるから、大乗ですかと紀は野暮であるが、その食欲のあること、ビールも一杯頂いて生魚も久しぶりだと御満悦

なにしろ、厳しい修行ばかりで、憂さばらしの旅だからそうである。!

修行終え 墨の衣を着たれども

鯛や鰻を召し上がる

 

食事が終わると、生魚もいいけど、あれも見たいとおっしゃる。

何ですか、その生ものとは、

それが、どうやら俎板縁起というものらしいが、はっきり言えがば、ストリップ

これは、ナンタルチアサンタルチアのエロ坊主

学僧の おつむ青きや 日の光 

と、尊さが感じられない。

そこで、着いて行くことにしたが、それが半端なものではない、裸の男と女がなまめかしく、体をくねくね踊りながら一枚づつ、衣服を互いに剥がし初めて、ついに素っ裸、

男のほうは、女を舞台前面のまな板に寝かせて、自分の陰嚢を自慢そうに、観客に、曝け出し、それが見り見る間に、膨張していく。

そして、その陰茎を俎板の上の鯉に一刺しーー、

観客は、興奮の渦、「なにおか言わんストリップ」

どうやら、この坊さん、それが目当てで、この和倉温泉を希望したに違い無い。

興奮冷めやらず、その後は、フイリピンパブとか、フィリピン女性がこの坊主頭に首ったけ、カラオケも坊さんらしからぬ、「渚の恋の物語ーー」なんて、恋のデュエットばっかりでーー

墨染めの 渚の恋も 覚めやらで

恋歌ばかりの 坊主カラオケ

地元では、檀家の目もあり、こういう経験は、できないなんて、御満悦であった。

娘のチイは、こんな話を聞くと、坊さんに拝んでもらっても、全然有難味がないわ

親父死んでも 坊主にややらぬ 焼いて砕いて海に撒く

と、申される。

そういえば、吉田兼好も坊さんだけど、

「万(よろず)に、いみじくとも色好まざらん男は、いとそうぞうしく玉の杯の底なき心地ぞする」

とまで、おっしゃつているくらいですから、坊主が助平であっても何の不思議はない。

最近は、檀家離れが進んでいるが、これも、設備経費を檀家に持たせて、お布施料をガッポリと、頂く、坊主丸儲け、それに戒名もランクつけして、ぼっくりとお金を頂くシステム

なんでもお金次第で、

坊主の有難みが薄れている。

芸者の親切 雪駄の裏金

金のあるうちゃ チャラチャラと

金が無くなりゃ切れたがる サノサ

しかと、覚えていませんが、このサノサには続きがあって、

今の芸者はフェルトの草履

金がなくても 切れやせぬ

切って切れぬは 坊主の頭

千代に八千代に 末永く

共に白髪の生えるまで  サノサ

すると、妻のハンプテイ

江戸のサノサも洒落ていますわね!

坊主の光も金次第 地獄の沙汰も金次第

とどのつまりは金次第

そういえば、来年は東京オリンピック

坊主もそうだけど、日本中が「金金金」で騒いでいる

昔バブルで、今オリン

北朝鮮は、金金金

老齢社会も金金金

いつの間にやら、世の中は

コソコソ、ギスギス、金金金

心のカサカサ金縛り

効率、効率 利益、利益

競争、競争 また競争

急げ、急げ、急げ

仏心は、今どこに

日本のこんなご時世、ダンプテイも、いっそのこと、坊主になっちゃっやおかな、こんな風に!

 

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チイ:坊主が屏風に上手に坊主の絵を描いた

と、いう早口言葉みたいですね!

それにしても、掛け軸の中の坊主と、ダンプテイが入れ替わっちゃって、ガッポガッポと、お金を壺の中に貯め込んだりして、チョキまでしちゃっている!

チイ:「頭剃るより心を剃る」と、いうでしょ、先ずは、ダンプティの心を清らかにしてほしいわ!

鴨長命がこんな歌を作っていますよ!

剃りたきは 心の中の乱れ髪 つむりの髪は とにもかくにも 鴨長命

ダンプテイは、頭を剃るか剃らないかの問題ではなく、乱れた心を綺麗にすることが大切ですね。

染めばやな 心の内を黒袖に 衣の色はとにもかくにも  小袖曽我

と、いう歌もあるから、まずは、心が大切ということかしら

ダンプテイ: 鴨長命のように、真面目に人生を考えた坊主もいるけど、坊主の中には、「出家」とは、名ばかりで、信徒の御供養を湯水のごとく使い、温泉豪遊、芸者遊びなど贅沢三昧に明け暮.都内の一等地に豪邸まで買い漁ってきたのが、日顕一族だそうで、スクープ映像まであります。

日蓮宗日顕とは、様々な裁判上の争いをし

この写真も偽造ではないか」との争いがあったとされましたね!

何れにしても、騙したのとか名誉棄損とか、お坊さんも裁判事件に関わるのですから、何を信じてよいやら、私しほんまに存ぜぬわ!

こんな小話もありますね!

鮭を盗んで隠し持っていた坊主の一物あたりがあまりにも大きいのを女がみつけて、「貴殿は、道鏡殿か」と、笑らったところ、坊主は、「いかなる坊主なりとも、腰に鮭=避け=性器は、持っているぞ」と、洒落ている。

坊主は助平というのが定番ですけど、神に仕える禰宜にも卑猥な話があります。

つひ(女性器)は、筑紫、マラ(男性器)は伊勢と、言われていますが、これに関して古今著聞集には、伊勢神宮禰宜が「妻に仕えている筑紫の女とやらせてくれ」と、頼むと

妻は、「お安い御用ですけど、筑紫のつひ(女性器)は良いというけど当てにはなりませぬ。

伊勢のマラは、立派と言いいいますが、貴殿のは貧弱だから、この諺は、あてになりませぬ」と申したそうである。

その他にも、浄土真宗中興の祖と、言われる蓮如は、生涯五度も結婚し、27人の子供をもうけ、何と、最後の子供は、84歳の時の子供だそうで、これらの子供が次々と全国の寺院に配しているから、この血は全国の寺院に引き継がれている。だから、全国津々浦々の坊さんは、蓮如の地を引いて精力王政だというのが、メンデルの法則?

少子化対策にぜひ、全国行脚で後期高齢者の子作りの御説教を蓮如の子孫の棒様にお願いしたいものです。

ところで、坊主を悪く言い過ぎて、反省いたしておりますが、もう少しだけ、お許しを

土佐の高知のはりまや橋で坊さん

簪買うを見た ヨサコイヨサコイ

と、高知のヨサコイ祭りで、娘のチイが

ヨサコイ ウサコイって、ナアーニと、申される。

「坊さんは助平だから、夜さ来い 夜さ来い じゃないかな」と、頓智の効いた答えをしてやると、それを詩にすれば、こんな感じかしら!

題 助平なお坊さん

色街坊さん 助平さ

太鼓打ちたし 太鼓なし

でっぷりお腹を ちょっと出して

打ては 飛び出す 色気の出汁

女も手拍子 調子に乗って

袈裟の中から 手を出し足出して

これは美味いな 味も良し

なんと、チイのソーラン節は、見事で詩も面白い。

ソーラン節は、北海道江差の漁師うた、これも、夜さ来いと同様に、エロチックである。

いまでは、サッポロの夏祭り、ヨサコソーランといって、ヨサコイ祭りと共に、賑やかである。

ヤーレン ソーラン ソーラン 
ソーラン ソーラン ソーラン (ハイ ハイ) 
今宵ひと夜は、どんすの枕 あすは出船の 波まくら チョイ ヤサエエンヤンサノ ドッコイショ 

助平坊主を俳句にすれば、

フツフツと 吹き出す邪心 袈裟の下

ところで、「よさこい節」には、坊さん簪を買ったという節があり、坊さんは、好色だということとなっている。

竹林寺の僧・純信と鋳掛屋お馬の悲恋物語は、その舞台となった「はりまや橋と、ともに有名となって、よさこい節に坊さんが櫛を買ったと歌われています。

すると、娘のチイ、だったら、ダンプチも助平坊主、長崎孔子廟の境内に並ぶ、お坊さんの中にも、こんな裸姿で、登場シナクッチャー

と、盗撮した写真を加工されているから厭らしい。ダンプティは、孔子の72賢人の一人になろうとの魂胆かもしらないけれど、もっと威厳ある神聖な態度で坐してほしいわ!

孔子が言っているわ、「人間70にして心の欲するに従えども距を超えず」と、いうけど、ダンプティは、心の欲するままだけど、とっくに距を超えているけど、仕方がないか、立川流真言宗のお坊様だから!

ダンプティの行いも恥ずべきですが、仏様もあにはからんや、である。

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注:長崎の孔子廟帝の孔子の高弟72賢人戯画

はちすは(蓮葉)の濁りに染まぬ心もて 何かは露を玉とあざむく僧正遍照

注:はちすとは、ハチの巣であるが、蜂の素が蓮の実によく似ていることからこのように言われている。

仏様は、蓮の上に坐しておられるはずですが、蓮花の池の中で乱色される熊蜂となっています。

「なんて坊主のくせにエッチな歌よみですね」とチイが感心されるが、連歌でもそのエッチぶりを発揮されていますね

ある女は色好みの僧正遍照との夜這いの約束をしていたがやってこない。

そこで、

人心 憂しみつ今は 頼むまじ

と、僧正遍照に伝えた。

そこで、遍照は、

夢に見ゆやと 寝ぞ過ぎにける

夢の中であなたに合った夢を見ているうちに気がついたらこの頃を過ぎてしまいました。と、約束を忘れる程だったわけで、遍照は坊主の癖に酷い言い訳までしていますね

チイ:この僧正遍照さん、

天風雲の通い路吹き閉じよ乙女の姿しばしとどめむ

と、乙女とずっと一緒に居たいから台風まで来ないかと神頼みしているエロなお坊さん

さらに、僧正遍照さん、小野小町との間でもこんな恋歌をやりとりしている。

岩の上に旅寝をすればいと寒し苔の衣を我に与えよ 小町

世をそむく 苔の衣は只一重 貸さねば疎しいざ二人寝ん 僧正遍照

苔の衣をお貸ししたいけど一枚しかございませんので一緒になって寝ましょうよ!

とおのの小町を誘っている。

エッチは、遍照だけじゃないですね、こんな坊さんもいらっしゃる。

南無阿弥陀の御名のいずる息 いれば蓮の実とぞなるべき  一遍上人

チイ:これ、仏の道とは、これ如何

善き人の後光も見えぬ裸身で 仏の道を欺けり

全く、そのようで、こんな歌も成立します。

有り難き昨日の仏夏日より蓮池潜り悪戯覚えし

 ところで、江戸時代になると、エロ作家の本が出回る様にない、川柳等や落語でもエリ話が、もてはやされるようになった。

江戸中で、坊主は、助平で、御金ももっていたから、お茶屋や女郎屋も坊主専用で、侍、町人お断りのような所謂「いろは茶屋」も出現したそうで、

武士は嫌 町人好かぬ いろは茶屋

坊主は、何かと毛嫌いされていますが、ついでに、この際、坊主の悪口を全部、暴露しちゃいましょう。

題:坊主の女郎通い

ある坊主、初めて女郎屋に入って

女郎の彼方此方を撫でまわし

びっくり仰天、大きな叫び声

不思議だ、この女郎、前は尼じゃが、

後ろは、弟子の男のようじゃ

坊主が橋の上から水に映る景色を見て一句

清き水 おのが頭を 照らしおる

すると脇に居た小坊主が

師匠が桶で足を洗うときの句のようですな

題:坊主の褌に潜む見聞記

黒松の林を抜けると 坊主に逢った。

坊主は、病み上がりのように

グニャグニャの体で、今にも死にそう

これはいかんと刺してやったら

坊主、いきなり、立ち上がり

少林寺拳法のように体を固めて

三倍以上に背が伸びてドドーンと揺すり始め

突然、口からは、へどろを発し

その匂いの臭いこと臭いこと

この坊主、再びぐにょぐにょになり、死んだ

「こんなに、坊さんのこと貶なしたら、葬儀の面倒をみてもらえなくなっえしまいますね」と申せばmチイ、清沢満之という坊さん自身が「世の中で、不信心の第一は、坊主、その次は、坊主に近い在家の人、坊主に縁の遠い人ほど厚信のようにみえる」と、自白されているけど、本当にそうなのかしら?

と質問する。

それでは、坊主助平の一例とやらを最後に

若衆好きの旦那のアナルセックスばかりに毎夜悩まされていた妻が嫌になり、世話に成っている坊様に悩みを打ち明ける。

これは、「檀家様からの願い事、現場を捕まえて法話でも説教いたしましょう」と、約束した。

その夜、ほろほろに、酔って帰った旦那、早速に、妻のアナルと、思しきに入れ込むところに、布団の中に隠れていた坊主が袈裟を開いて、お尻を差し出す。

旦那は、囁いて今晩は、良い、何とも良い、いつもより!

そして、手前に自分の手を回すと、気持ちがいいはずだ、俺のものが前まで突き抜けてやがる。

という、小話がありました。

マーなんという、ダンプテイ親父の与太話、

桃すすり 垂らす甘汁 与太ばなし

縞西瓜 甘汁垂れて 与太ばなし

ところで、坊さんのこと、随分、悪く言ってるけど、真摯に仏を信じて、社会の平和のためにという沢庵和尚のようなお方もいるのよ」と、チイが釘をさす。

ところで、少し話を少し変えて、ダンプテイが尊敬する発明家のカールソンのお話

チイ:カールソンって、ダンプテイとどんな関係なのかしら?

実は、ダンプテイ、複写機の会社に転職したのも、カールソンの縁、ある「小規模の印刷インク会社で、研究していた時、カールソンの伝記を見た、感動し、これが自分の進む道と、決断して、ゼロックスに転社した。

カールソンは、複写技術を発明し、それをビジネスとしてゼロックスを立ち上げた人、しかも、彼は、特許事務所に「勤めていた弁理士であった。

その「頃多くの事務所では、カールソンの発明した複写機が画期的ともてはやされつつあった時である。

自分は、印刷に関係している研究者であるが、これからは、複写機の「時代と直感し、特許の道と

複写の道をと決意したわけです。

本題をそれましたが、実は、カールソン仏教にも関心があり、嶋野栄道という禅師のお寺の建設に10億円の寄付をした」と、されています。

生きているときに弱きものを助ける寄進により自らが救われるとキリスト的精神の持ち主だったわけで、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを求めることを大切にし、見返りを期待しない無償の愛こそ神のお心と、寄付行為をされ,発明から生まれた果実を世のためにと仏教関係寄付等に還元しました。

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記念切手となったチェスターカールソン

この嶋野栄道というお方、HPで見ると、凄いお方なようで、見習いたい程ですね!とチイがおっしゃる。しかし人は、見かけによらぬ者、この嶋野禅師は、仏教は宇宙の真理、今だけしかない短い時間の間に何かをしなければと、女性ロビンとの間のスキャンダルを招く行為に及んだということが、ロビンウェステンの善と魅惑に書に書かれている。

まさに、日本霊異記に書かれているエロスの世界である、その一部を紹介する。

「時に未申の間、曇り雨降る 雨を避けて、堂に入ると、堂の裏 狭きが故に、坊主と女とが同じところに居る。

坊主、罪な心起こりて、女の背にうずくまりおり、裳を挙げて、セックスをする」。

この後の結末が凄い、「マラ(ペニス)がホトに入るに従い、手を携えて共に死す。只、女は口より泡を噛みだして死にき」

少し、注釈するとホトとは、ホが最も素晴らしい所を意味し、トが門であり、ワギナを意味するらしい。

ついでに、結婚することを「トツグ」と、いいますが、

「門を継ぐ」と、言う意味で、セックスするというのが原語だそうですよ!

それにしてもホト様をこんな淫らなる行為に及んだわけですからと仏法に反する行いをして因果応報の天罰が当たったという仏の教えたる仏教説話になっているわけです。

それにしても、この本を書いたのは景戒というお坊さんだそうだけど、これに似ても非なるが、この嶋野坊さんだそうである。

もうこんな坊主の話し、ホットケ仏ですわ!

とチイが申すが、その触りだけを

ニューヨークの善なる本から引用します。

私(ロビン)は「私の精神的進展について語る為に準備して嶋野禅師の場に臨みましたが、驚いたことに禅師は「女性は、接心直後が一番魅力的で、セックスに相応しい時期だ!」

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注:ニューヨークの善なる本の表紙の嶋野禅師嶋野禅師

もし私の自由になり、皆も解脱の真髄を理解するなら、接心最後の夜、セックスをし合うのだが」と言い、猥褻な行為にも及んだとーー

「マー、こんな仏様見たことないわ、それにしてもこんな仏様おような顔をしたお方が、シマノの自転車のペタルを漕いじゃうなんて、信じられないわ!」と、チイもビックな駄洒落が飛び出す。

ところで、接心修行とは、聞き慣れない言葉だが、信者個人が問題を抱えている時、通常の接心よりも深い霊言をもらう目的で行われる心を接し合う修行である。

信者が夫との関係等、実生活で抱える問題などを相談するケースが多く、信者と霊能者が個室で執り行われます。

このような、場で、性的な行為を誘うのは、とても如何わしいように思えるが、宗教とエロスをどのように一体として考えるかの問題と善意に解されている。

キリスト経でも告解という懺悔により、自分が犯した罪が許されるという、儀式があり、聖教者が、あなたの心の悪魔を貴方から追い出してあげましょう等と、いい、卑猥な慰め行為に至ったということが、ボッカチオのデカメロンにも書いてある。

信仰の対象としての神とのイニシエーションを重視するのは、麻原彰晃も同じで、教団の密世界の中で100人もの愛人が夜ごとに入れ替わり、尊師の部屋に呼ばれてイニシエーションが行われたとも言われていますけど?

注:男と女のエロスの関係と人間と仏(神)との関係は、精神的に、極めて密接な関係があるという宗教とエロス(シューバルト)の本に書かれている。信徒が祭司との性行為は、相手の祭司の呪力を自分のものに乗り移ることをものと信じるからで、性的本能と呪術龍の本能は、融合するとする。梅原猛の百人一語なる本によると真言密教、特に立川流の教えによると男女の愛には罪はない、むしろ、男女の性の交わりこそ、最も端的な即身成仏であるといっている(立川流の真髄は性交によって男女が真言宗の本尊大日如来と、一体になることである)。

このような考えか、仙人も大きな男根をあらわにして彫り物にされたり、曼荼羅に性行する絵柄が描かれ、利用されていたのである。

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古代中国の道教においても、良きセックスは、病気を治す医術であると信じられ、精液を漏らさないセックスは、体に力を漲らせ、八度行えば体が艶やかになり、9度行えば、長寿に、10度行えば、仙人のようになると語られ、信者に、このような考えを信じこませる教団もあったそうで(性と聖)ある。

注:接して漏らさずの思想は、中国の彭祖という人が編み出した房中術といわれ、人間の生命は,精からなつていて、精を漏らさなければ、生命は何時までも充実しているとし、49人の子供をもうけ、760迄生き延びたとされる。

タントラ(インドに古くから伝わる宗教の聖典の原理)では、新参者は、異性の熟達者との交合を通じて、神性を通じることが出来るという考えあるようです(性と聖)から、このような流れかもしれない。

注:左は、張果老(張果)は通玄仙人とも呼ばれる代表的な仙術者で、いわゆる「瓢箪から駒」の仙人(大町市大黒町舞台 支輪部彫刻「張果老」立川富昌作)、右は、立川流曼荼羅で、大等陰陽根本、足利中期の写本

西洋文化でも、神話における巫女は、ゼウスの大神たちの達の男根を待ち望んでいたわけですし、婚約する女性は、愛の神々の嫉妬をかわないよう、神殿で要求する全ての男に身を任せるべきであるという風習が残されていた事実もあるようです。

この具体的な行為の事実関係は、分かりませんが、宗教という伝来の歴史には、このような風習なり慣習の精神が受け継がれていると推論しているにすぎません。

坊主が助平というのは、沙石集にもこんな話があるそうです。

ある陰陽師の奥方の家に忍び込で密かに通う朝日の阿闍梨という坊主がいた。

亭主の天文博士がいないからと、見られちゃおれないようなシーンを展開する。

流石、天文博士、我が家の方角の雲行きが怪しいとご帰還、朝日坊、あわてて西口から逃げていく。

「あやしくも西に朝日が出ずるかな

と、天文博士が問えば、

天然博士、如何に見るらん

と、朝日坊が答えた」と、いう話し

注:心に響く日本の古典 山口博より

チイは、「坊さんのイメージを悪くしては、なりません、清らかな心の御坊様もいらっしゃるから」と、坊さんに似ている禿げ旦那の手前か、坊さんの肩を持つ。

そうはチイは申されるけど、出家とその弟子みたいな詩も成立します。

題 仏の道

ほとけの道とは、どういうことでしょう(弟子)

裾をまくってお尻を出してごらん(師匠)

ほとけの道を案内してやるから(師匠)

窓からあちらの山の上を見上げてご覧(師匠)

ほら、ほとけの道が分かったでしょ(師匠)

これがほとけの道!随分と棘の道だね(弟子)

チイ:「出家とその弟子倉田百三)」は、親鸞が弟子との間で交わす宗教的なお話しで、親鸞は、「人生の寂しさは、酒と女では癒されぬような浅はかなものではないからな、強い人はその寂しさを抱きしめて生きていかねばならない、宗教生活とはそのような生活をいうのだ。

耽溺と信心とは、きわどい分かれ道にある。

しかし、私は許しているのだよ」と、このような淫らな仏の道も許している。

ダンプテイ:助平な久米仙人に関して漱石もこんな俳句で、ちゃかしていますね

真倒しに 久米仙降るや春の雲 漱石

チイ:久米仙人って、どこかで聞いたような人だけど?

ダンプテイ:奈良の久米寺の由緒書きには、こんな事が書かれていました。

空を飛ぶ術を身に付けた久米仙人が洗濯女の裾が風に吹かれて激しく吹上ており、そこにアレを見て、仙術を失い落下して、その娘と結婚して幸せに暮らしますが、聖武天皇の大仏殿建立の際に仙術をもって、大木巨石を東大寺境内に運び込んだのだとか!

その功を認められ、聖武天皇より久米寺の土地を与えられ、久米寺を建立したとされる。

どういうわけか、このお寺、飛行機墜落除けのお呪いを販売しているとか

チイ:女の股を覗きみて神通力を失って飛行力を失った久米仙人にあやかって、今度は、氷見浮事故を逆手にとっているとは、商売上手というか、

呆れますね、坊主商法というのは

ダンプテイ:仙人も女の色力には、其の力が発揮できなかったわけですが、同様に話は歌舞伎18番の鳴神にもありますね

鳴神上人は、世継ぎの居なかった天皇に対して、神社建立と引き換えに子供を授けたが、神社建立の約束が果たされなかったので、怒って、雨を降らす龍神を滝に閉じ込めてしまったために、干ばつに見舞われてしまった。

そこで、困った朝廷は、雲の絶え間姫を鳴神に送り込んで色仕掛けで、その尽力をなくさせたという話し

チイ:神も女に弱いというのは、僧侶も女に弱いと共通している。

ところで、この久米仙人の逸話を受けてか、後世には、

高い山から谷底みれば おまん(あんた)可愛いや布晒す

と、歌われている。

川で布を晒しているのを覗いてみている尻軽男の心を洗ってやろうという久米仙人を茶化しているのかしら?

ダンプテイ:そうですね、よく御存じですねぬ!

性典を仏典ともしている真言宗発祥の寺が大和高市郡久米寺ですから、同じ地区の「ぎっちょちょ}の民謡の元歌にもなっているわけですね!

この逸話は、今昔物語にあるもので、見世物出し物での絵や大もの人形の台座となったりしていた話ですね!

それに、伊勢物語にも水浴びをしている女の場面では、

何の葦蔭にことずけて ほや(男)の妻の鮨鮑(陰部)をぞ 心にもあらぬ 脛に上げて見せける

と、同じような女が男を誘惑するような場面が語られています。

チイ:伊勢物語には、女性も性に対しては、開放的というか、積極的に書かれていますね!

斉宮に仕える好色女房が

ちはやぶる神の斉垣(いがき)も超えぬべし大宮人の見まし欲しさに

ダンプテイ:さらに、大宮人に対しては、

玉門は物の心がなかりせば、頭も嫌わず水ひきなどのように、はせ出させて給ひける

チイ:ちはやぶるという枕言葉を聞いたら

在原業平の百人一種の歌を思い出します。

ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくらくれないに水潜るとは

ダンプテイ:この歌は、落語にも登場しますね

龍田川を千春振られ、その妹の神代にも振られて、井戸に飛び込んでおぼれたとか!

色男歌仙と百で花紅葉

というように川柳でもはやされている。

チイ:これは、六歌仙では桜を百人一首では

紅葉を歌にした色男と教養ある歌詠みですね!

ダンプテイ:六歌仙は、

世の中に絶えて桜のなかりせば、春の心はのどけからまし

桜を女にと、置き換えても色男には通じる歌

同様な業平の和歌に

月やあらぬ 春は昔の春ならぬ

わが身ひとつは元の身にして 業平

わが身は、ひとつであるけれど、乞食旅人がいま見る春と都での政をしていた優雅な春の違いをうたっている。

ダンプテイ:業平は、神代からの助平男といわれていますから斉宮と業平との関係も伊勢物語には登場する。

業平が斉宮に逢えず、夜の帳でムンムンとしていると、月の朧なるに小さき童を先にして立てり、

君や越し我や行きけんむと思ほえず現か夢か寝てか覚めてか なんて業平が歌っている。

ところで、坊さんの話に戻りますが、このような性の秘め事を仏典の中に取り込んでいる真言宗密教では、セックスを認めて小柴垣草子の中で、宗教的な性の極意伝授が記載されている。

例えば、色男の致光とその女房のセックス場面を覗き見してオナニーをする斉宮の姿等――

マアー卑猥なダンプテイの話とチイが叫び、その物語、もう止めて頂戴

これからがダンプテイの語りのクライマックス!

御快美幾度か至りて、ああ、御声挙げ給へば、致光また二度三度ならず

熱噴きて深奥を射、灼熱ほとばして、死境を招く、止むとしてまた蘇り、陽物再起して更に深をえぐれば、随喜の玉水漏れて根極まるところ知らず、斉宮遂に声を挙げて性を尽くしたり。

注:心に響く日本の古典 山口将

これって、現代風にすれば、エマニエル婦人のポルノ小説ではないかとチイは思うわ!

それでも、ダンプテイの話は続く。

エマニエルは、物語に登場する架空の蛇のような巨大なセックスが我が身の最も深奥なところに到達するのを一生懸命手助けした。

それから身を蛇のようによじり、いがみつく首に爪を立て、喘ぎ、忌のない言葉を叫び続けた。

ところで、先程の蓮の中の絵の泥の中は、踏みところがなく、地獄とも思える蛇(泥の中の棒)が棲む怪しい世界だから、泥棒=泥坊の住む世界と言えます。

酔臥の 宿りはここか 蓮の花 良寛

水連に 声つつぬけの 寺の裏 波多野粉川

と蓮には、お寺の如何わしいイメージが漂っています。

そこで、こんな句を作りました。

仏道も かれん(花蓮)なるかな 恋心

こんな俳句を公表したら、仏教界からの追及にあって、ダンプティのバラバラ事件に発展し、絵のように、首が空を舞う独楽みたいに困ったことになってしまう!

とチイ、蓮池の上で泥舟に乗ったような危険な状態よ!

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少し、ダンプテイの悪フザケが過ぎて失礼しました。

ダンプテイ:ベトナムやタイでは、下足を脱で、茶色の色を纏った仏教徒がお寺で、頭を床にひれ伏してお祈りをしている風景をみて、仏にすがる文化は、ここに残されていると感じましたね!

チイ:ここでは、お坊さんは、女性とは肉体を接っしては、いけないという風習が強く残っていて、空港でも、お坊さん専用の待合室がある徹底ぶりです。

ダンプテイ:ところが、どうでしょう、先ほどのロビンさんの記事が本当かどうか分かりませんが、禅を導くものが、女性を導く猥褻的な行為に及ぶとは、現在の精神的文化では理解しがたいですが、禅師が導く仏の言葉も有り難くない気もしますね!

チイ:そんな話を聞くと、この写真の嶋野禅師が好色男のように見えて、

僧が人でも 心が憎い どうせ憎けりゃ 袈裟憎いですね!

徳川時代の風刺画に達磨遊女異相図というのがあって、達磨が女となり、娼婦が男の衣装としての戯画となったり、袋法師図では、法師が女房と色づいている絵が多く残されていますよ。 

このように、江戸時代は、世の中が平穏で、精神文化が低落している面もあります。

僧侶の世界では、美しい稚児を保有することが重宝されていたわけですから、こんな絵のような性的関係があったようです。        

こうもんも 有り難きかな もんどころ        

チイ:肛門と黄門、それに紋ところと門ところ掛ける言葉の巧みな表現!     

ダンプテイ:「前門の虎 こうもんの狼」という諺があるように、黄門様も狼となって、世界は、とかく恐ろしい。

しかし、僧侶の世界は治外法権、同穴の昵といって、男同士のなれ合いとして容認され、

寺院では、女侵には厳しい禁制がしかれていたが稚児の組織は認められ、なくてはならない僧侶の慰めとし、稚児なくしては、一人ねの慰めが出来ないとされ、寺院同士での稚児をめぐる争いもあったとか!

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左は、袋法師図、福禄寿と布袋のアナルセックス、ホノルル博物館蔵右は徳川時代の風刺画に達磨遊女異相図

:僧侶を詩にした詩人といえば、吉岡実さんの僧侶の詩 少し引用させて頂きます。

四人の僧侶 

庭園をそぞろ歩き
ときに黒い布を巻きあげる
棒の形
憎しみもなしに
若い女を叩く
こうもりが叫ぶまで
一人は食事をつくる
一人は罪人を探しにゆく
一人は自瀆
一人は女に殺される

ところで、前の絵画、侵されている福禄寿の頭が男根として描かれており、戯れる布袋様も宗教と性との関係を風刺している、「仰げば、尊しわが師の恩」と、わが誕生の根源をお祈りいたしましよう! 

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チイ:あまり立派な男根だから、仰いだりするのかしら、それに男根は、先祖様だからわが師の恩と仰ぐのかしら!

今の卒業生は、「仰げば尊し」ではなくて、良い日旅立が歌われることが多くて、洒落にならないわ!

ダンプテイ:「仰げば尊し」を卒業式で歌わなくなったのは、どうやら、先生を仰ぎ見ることがすくなくなったからだって!

チイ:先生を友達世張りする生徒が多くなったからかしら?

ダンプテイ:いえいえ、今は、先生が権威主義を生徒にかざすのは、よくないと、教壇なるものが無くなって、更に、子供の成育も高まり、先生のほうが生徒を見上げなくてはならない時代だからですよ

チイ:これでは、先生の権威などあったものではないわね

三尺下がって師の影を踏まず

という諺は、忘れ去られつつあるのは、悲しいが、を歌わなくなったのは、

身を立て名をなす」 は、立身出世に繋がり、それに、「わが師の恩という恩着せがましい」と、いう理由らしいが、何か好きなことで、一流になり、名をすこと、例えばイチロウのようになりたいとか、ノーベル賞をとりたいとか、一流の棋士になりたいとか、希望をもって大人になっていく気持ちが、何故いけないのか、それに世話になった人に感謝の言葉を述べて、別れるのが何故いけないのか不思議ですね!

仰げば尊しわが師の恩

教えの庭にははや幾つ年

思えばいととしこの年月

今こそ分かれ目いざさらば

人生の生き方や高い価値感を学んだのであれば、その先生に感謝の気持ちを歌を歌って涙するのが先生と生徒の関係ではないにかと思いますが!どうやら先生も生徒や父兄の使用と争いをさけようと君が代を詠うのを避けているようにも思われます。

卒業歌 あの先生が泣いている 江隅順子

なんて、素晴らしい風景では、ないですか!

もっと、子供を叱咤激励するように、そして他人に感謝する気持ちを持つよう、この「仰げば尊し」を歌わなくちゃ!

チイ:「仰げば尊し、わが師の恩」が、戦争や天皇尊重の思想を反映したものであるとして拒否されている動きも、「仰げば尊しわが死の恩」と繋がっている意味の響きがあるからともされる。

母娘の関係もおなじで、子供は親を友達みたいに見るようになり、親の権威や生き方を尊ぶ心が失なわれつつあるのも悲しいことですね!

父として 幼き者は見上げおり

願わくは金色の獅子と映れよ  佐々木幸綱

ダンプテイ:ところで、先程の布袋様の話に戻るけど、布袋様もこんな句を愛でているかもしれません。  

有り難き ほとけの加護の 夜のつとめ       

尼寺に 法師も寝たり 萩と月             

注:基句は、芭蕉の一家に遊女も寝たり萩と月     

坊主は、仏様だからこんな淫らな行いをしても

神の乱れもないし、坊主だから髪もが乱れることがないわね!

チイ:これが、乙女のチイだったら

長からむ心も知らず黒髪の乱れて今朝はものをこそ思へ 待賢問院堀川 

ロンさんのような禿坊主だったら 、

長からむ心も知らず墨袖の乱れてけさはものをこそ思へという感じの乱れようですね!

チイ:墨袖の袈裟と今朝とを掛詞が乱れているなんて、夜中の乱れようを示唆して憎らしい!

それこそ、袈裟が乱れるほどの戯れをなさっても

お神のお怒りもないとは、坊主まるもうけ!

ダンプテイ:やってみてやらせてみて褒めてやらねば人は育たぬ

と、仏の説教も体験指導で、山本五十六の教育方法を仏教界では取り入れてらっしゃる。

 

ダンプテイ親父 男色を語る

平安時代前は、漢字が主流の時代、源氏物語等の物語は、当時としては、新しいカルチャである「ひらがな文字」での少女主義の光源氏を描がいており、多くの女からもてはやされる美男光源氏の宮殿でのアイドル物語となって、登場する。

ここでは、坊主の世界だけでなく貴族社会でも男好きの風俗も物語の中に埋め込まれているから今晩は、男色を文学から拾ってみたいと、思います。

源氏物語藤壺の章では、光源氏は、藤壺の宮に妊娠させ、腹孕みしおり、藤壺の父に出会って、「いとおしとして、色めかしう、なよびたまえるを女にてみるは、おかしかりぬべき

今風に訳せば、「妻が子供をみごもったゆえ、妻とは、できないけど、義父は、美しくて、色っぽくて、なよなよしているな、女にしたら面白そう」と、光源氏が義父に思いを寄せる心情を語っている。

すると、それとなく、源氏に近寄ってきた義父も光源氏を見て、「婿になどには、おぼしよらで、女にてみばや」と、「色めきたる御心にはおあわす」と、光源氏と同じ男好きの心情を漏らし、きわどい男好き同志の場面をうかばせている。

しかし、光源氏程のモテ男は、男と交わるまでの動機はないから、深入りすることはない。

仮に、近心同士の男色の濃いに発展すれば、物語が俗的なものになってしまうから、これが、紫式部の匠な作家としてのテクニックでもある。

源氏物語は、当時の近親相姦の文化を反映させているが、須摩の章にも、こんな場面が登場する。光源氏のもとに頭中将が右大臣の政治的な対立があるにもかかわらず京から訪ねてきて、一夜をともにして朝になり、

雲近く飛び交う鶴も空にみよ 我は春日のくもりなき身ぞ 光源氏

雲近くで飛んでいる鶴を御覧なさい、私の心はあのように、なんの曇りもなく晴れ晴れといたしております。

これに対して中将は、

鶴が鳴き一人雲居に一人寝をぞ

鳴く翼 並らべし友を恋つつ

「雲の上で啼いている片割れの鶴のようなわたくしでございました。

翼を並べて光源氏様を友のように、恋しておりましたのに」と、源氏の歌をはぐらかし、それとなく、光源氏が恋しいと、男色をほのめかす。

このように、源氏物語の須摩は、男色的なホモセクショナルな場面である。

ところで、平安の貴族社会から、室町の武家社会の中世になると、文学は、雅な和歌の世界から笑いを楽しむ連歌の文化となる。

男色が文学の中で盛んに登場するようになる。

「今夜は、男にしょうか、女にしょうおか」と、いう、両手遣いが犬筑波集の連句に、登場します。

稚児か女か寝ての暁

まえうしろ探るに月の有明 宗祇

日頃の文通も和歌でのやりとりし、いろいろな趣向が凝らされた歌て楽しんでいたのが、平安の文化、この文化は、室町時代ともなると、宗祇等が始めた連歌に発展し男色文化をも笑いに取り入れるようになった。

例えば、同じ犬筑波集ですが、源俊頼は、仲間への花見の誘いにこんな暗号を送っている。

はかなしな 小野の子山田 つくりかね

手をだにもきみ 果てはふれずや

みじめな気持ちでいます。

「山裾の田さえ、耕せなくなったように、貴方は私の手さえ触れてくれません。早く、私を耕して頂きたいわ、まずは花見でもどうでしょうか」と、和歌の中に暗号を込めているのです。

これは折句で、冠沓の文字のみを読むと

「はなをたづねてみばや」に、なり、平安時代の和歌の折句という技法を踏襲しています。

また、藤原兼実は、藤原隆信に歌を贈った

如何にまた 独り明かすか しのぶてふ

ひとはつらしな おもひこりねよ

今夜もどうしても一人で、寝ようとされている。

私に逢わずに我慢されているのは、冷淡ですわ、どうか一緒に寝て頂けないかしら!

「折句の暗号を読み解くと、あいびきの日をたがふなよ(間違えないでね)」と、いうことになる。

これに対しての返歌は、

あかでただ すぐるわが仲 のべて思へ 昼こそあらめ 思ひこめりや

夜、一緒に逢えないでいる二人の仲ですが、昼もあることですから、私のことを想って頂けたらありがたいわ!

折句の暗号は、「明日の日を違えめや(間違えたりしませんたりはしません)」と、いう回答となっている。

連歌師で名高い宗因の和歌で、男色を匂わす有名な和歌がある。

言い交す 中山ひとつへだてたり 命なりけり衆道なりけり  西山宗因

注:西行が老体を鞭うって、小夜の中山の峠を越えて、命がけの旅をしたときの歌 歳たけてまた越ゆべしとおもいきや命なりけり小夜の中山 を踏まえて、老体を鞭打って命がけで衆道(男色)をする世界が歌われている。

さて、このような男色の文化は、どのように生まれたのであろうか、「世界で最も古く、男色をもたらしたのは、ソクラテスであるが、ソクラテスは、男色は、高尚なる美風であるなんて、言葉を残している。

ソクラテスは、恐妻であったから、男の方を、より愛したのかもしれない。

いずれにしろ、ギリシアの古代遺跡で発掘された壷の絵からは、男同士の露わな姿が多く描かれ、男色文化があったことが色濃く残されている。

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ソクラテスの一番弟子プラトンは、その著書『国家』の中で、「性愛とは、男と女、男と男、女と女の3種類があります」と述べて、世界にプラトニックラブという言葉さえ残しており、ギリシャ文化は、同性愛とは、切っても切れない関係なようである。
坪の絵からも想像できるように、ジムで素っ裸の男同士が汗を流し、そのあと寝転がってお互いの体に触れあい、年長者が青少年にさまざまな男同士の愛のテクニxックを伝承したとされ、男性の肉体美がことのほか、美しいものとして尊ばれたのも男色と関係していると、思われる。

このような、文化は、中国文化にもあったようで、弘法太子が、男色文化を留学で学び、仏教と共に日本に持ち帰ったことから、讃岐では、讃岐三奇人の一人と、される。

「弘法太子も筆の誤り」と、弘法太子は、三筆の一人とされるが、色事のほうでも筆使いが有名で、仏教界に改革をもたらした、助平な坊さんであるとされる。

あの言葉の言葉、自由自在の筆使い

弘法様の筆は素晴らしい

弘法様の筆を試めして欲しいと、弘法さんが信者から頼まれても、「女は、駄目です,男だけ」と、頓珍漢な弘法様の返事があったとかなかったとか

弘法様は、書の大家だけど、こんな筆使いでも字を間違えることがあるという諺ですが、これには

表向き、弘法さんは、裏技が得意の筆使い、いわゆる禁じられていた仏門の世界で、坊さんに男との交わり文化を中国から取り入れたわけで、弘法さんは、筆の使い方を間違えたというのが、弘法さんの裏話

弘法大使は裏門 親鸞は表門

と、川柳にもある!

さて、弘法さんに、縁のある善通寺には、我拝師山(がはいしさん)と、いう五山があり、その中の一つは、筆の山、経塚であって、その名前からしても、謂れ深き仏の山

西行もこの謂れを聞いて感慨にひたりつつ

筆の山に かき登りても みつるかな 苔の下なる岩の景色を 

苔の下の岩と言い、筆の山といい、なんかしら、エッチな歌にみえてくるこの西行法師の歌

男色文化は仏門の世界に広く伝わり、僧院では、稚児を養育するのが一般的で、美しい稚児を競争して、育てたとされる。

出家とその弟子」みたいな関係がそこには成立する。

題 仏の道

ほとけの道とは、どういうことでしょう(弟子)

裾をまくってお尻を出してごらん(師匠)

ほとけの道を案内してやるから(師匠)

窓からあちらの山の上を見上げてご覧(師匠)

ほら、ほとけの道が分かったでしょ(師匠)

これがほとけの道!随分と棘の道だね(弟子)

こんな、出家とその弟子の話をしたもんだから、文学に「詳しいチイ「から、クレーム

出家とその弟子倉田百三)」は、親鸞が弟子との間で交わす宗教的なお話しで、哲学的なもの、茶かして頂きたくはないわと申されるが、もっともで、反省、反省、お寺にダンプテイもこもって出家でもしないといけません。

そういえば、出家とその弟子での親鸞の言葉には、

知恵は運命が磨き上げるもの

さみしいときはさみしがるがいい

でも恋をすることはさみしさを和らげてくれる

恋は罪でしょうか

この世で罪を作らずに恋をすることはできない、恋とは苦しいものだよ

だれでも一生に一度は恋をするものだ

人間の一生の出会う関所のようなものだよ

真面目に関所に向かえば、人は運命をしり、相を知る。

というように、とても真面目な書物でした。

一方で、僧侶の世界で、男色を正当化する理由は、僧院に児童を絶やさないため、冬の寒さや老後の寂しさを癒してくれる、男色をしなければ欲望が高まって悟りを開くことすらできない」と、不真面目な山法師の歌が残されている。

冷えあがる 我独り寝の床とはに一稚児ならぬ人ぞ恋しき

ところで、閑吟集には、こんな面白い歌も登場する。

愛し若衆との小鼓は締めつ緩めつ調べつつ音いらぬさきに鳴るか鳴らぬかチチとポポ、いや、鳴るか鳴らぬか 

ここで、音とは、寝るでもあり根でもあるわけで、何かを想像させるエッチな鼓の調べ

小鼓とは、若衆の穴のことであるから、締めたり緩めたり、その旅に音色が違うとは、中々のテクニシャンである。

ところで、戒律と男色の仏教史という本、松尾剛次には、男色のことが詳しく書かれているが、この本での例では、東大寺別当にまで昇り詰めた宋性という坊さんの往生するときの誓文には、それまでに、895人もの男色の経験があったことを自白している。

そのような者が仏教界の高い地位に、出世していることから、いかに中世の時代には、戒律の破壊が進んででいたかが分かるのである。

特に、道子とか稚児と、いわれる仏教界に入る修行僧がターゲットにされ、奪い合いの事件や、上司たる坊さんに侵されることに、精神的に耐えられず自殺に追い込まれるという事件まであったようである。

浄土真宗では、妻帯を公式に認めるようになったのは、法然の他力本願の説法の逸話からとされるが、どんな説法かというと、親鸞は、関白であった九条兼実の娘、玉日と結婚することになったが、この経緯は、兼実が、「私のように日々女性と、交わり、酒肉を嗜む俗人と、酒肉を嗜わない貴方様とで、念仏の功徳に違いは、あるのでしょうか?」と、法然に尋ねたところ、法然が答えるには、「念仏は,自力によるものではなく、阿弥陀様により与えられる他力によるものですから、その功徳の違いは、なんらありません」と、答えたそうで、親鸞が戒律を破ったことも、この法然の考えを踏襲したものである。

だから、九条兼実も安心して娘を親鸞に、嫁がせることが出来たわけである。

このようにして、女も男も同様に成仏できる道が浄土真宗により開かれ、婚姻も容認されるに至ったという次第、目出度し、目出度し。

この辺りのことは、「親鸞世阿弥」 梅原猛に、詳しい。

宗教界での男色の文化は、芸術の世界でのスポンンサーと芸術家との間の関係にも引き継がれているように、思われる。

例えば、世阿弥は、足利義満からの寵愛を受けて、これまで、賤民の娯楽とされてきた猿楽に和歌や漢詩を取り込んで、能楽としての品格ある芸術として完成させ、詩的な霊的な世界観を形成している。

昔は、能役者も絵描きも殿様がパトロンだった。

だから、芸はパトロンが喜ぶものを演じる必要があったし、パトロンから性を求められたら、それに応じることも必要であったに違いない。

昔のパトロンは、芸に精通し、高い文化力をもっていたが、今はどうか、パトロンは、凡ての国民である。

総じて、文化力のない、その他大勢を客として演じ鳴ければならない。だから、その芸の質は、落ちていくのである。

著作物の著作権もいわば、パトロンと同じ、

その著作物にほれ込んでお金を払ってくれる人がパトロン、無料アプリで著作権違反の漫画や小説、音楽が巷にあふれているが、これを放棄したら、パトロンのいない著作者は生活できず、著作する意欲を失い文化が廃る。

中国をはじめ日本の文化は、伝統的に他人の表現を利用することからなりたっていたんですよ

だから、アメリカでの著作権を中国が無視するわけである。

なんて、申せば、娘から

ダンプテイもパクリが多いじゃないですかとの非難、「日本のアニメやデザインも盗まれていますけど、ダンプテイの作文は、表現を利用してるのであって引用してる訳ですから問題ありませんよ」と、お答えした。

ところで、日本の文化も男色文化により進展してきたわけであるがこれも、歌舞伎や謡曲など、男俳優の色気に時の成金や公家等の男がパトロンとして資金援助してきたからである。

世阿弥、親の観阿弥に引き継ぎ謡曲の発展に尽くしたがそのパトロンになったのが、足利義満と義政、特に義満は、優美で可憐な世阿弥の稚児の姿に心を奪われてしまったとされる。

あの、バチカンのシステーナ礼拝堂に描かれた裸像も、ミケランジョロにパトロンがいたからこそ描けた大作なのである。

 

平安時代や武士社会、更には、江戸時代では、男色いわゆる、若い子供との性関係(衆道)が形成されていったのも。僧院での若者の教育等「形での僧侶のパトロン社会が生み出した文化ともいえるわけであり、悲劇もそこには、存在することとなる。

僧侶が稚児を愛し、死に至った歌がある

新羅樹という鎌倉建長寺の稚児白菊が辞世の和歌

白菊と忍ぶの里の人問はば 思ひ入り江の島と、答えよ

私が愛している自休和尚が「白菊は、どこにいると、問うたなら、あまりにも恋の思いに苦しんで、江の島の海に実を投げました」と、答えてください。

江の島の白菊が身を投げたところは、「稚児が淵」と、今でも呼ばれている。

なお、この稚児の自殺を後に、自休和尚も

白菊の花の情けの深き海に共に入り、江の島ぞ嬉しき

と、辞世の歌を残して江の島に身を投げた。

坊主の衆道狂いの逸話は、樋口一葉の日記からも読み取れる

清竜院の稚児嘉平と題して

朝がほのもろき命をもろ共に

あわれとおもへ露の身の上

と日記に書いているが、この話は、

清竜院の坊主が嘉平を愛して、言い寄るが、嘉平は拒絶しとおしていた。

坊主は、「こんなにしてまで、許さぬか」と

自らの股を刃物で切り裂くのであった。

こんな、坊主からの片思いの恋に苦しみ、嘉平は、自決して死に絶えたとされる。

「一葉がこの和歌を詠まなければ、いたたまれなかったのは、自らの平井桃水との許されぬ恋があったからだ」と、される。

注:中康弘通 切腹より

武家時代に入ると増々、男色文化は、広がったが、これは、武将が戦場で女と共にすることが出来なかった理由もあるし、真言宗の弘法太子が中国から持ち込んだとされる男色文化が広まったからでもある。

台記という本では、藤原頼長藤原成親と男恋関係にあったと、自白していますし、藤原成親藤原信頼後白河上皇藤原成親藤原頼長との関係も男恋関係にあったとされている。

それに、世阿弥を寵愛した足利義満織田信長森蘭丸武田信玄高坂昌信や春日源助、義経と弁慶上杉謙信が男色趣味が、その例として言われることもある。

例えば、武田信玄の逸話では、春日源助という男への武田信玄のラブレターが残っている。

「確かに弥七朗が度々言い寄ってきているけど、俺は腹痛といって何にもしてないよ、嘘じゃない、一回もことを交えていない。

「俺は、お前だけを愛しているのに心外だ、信じてほしい、あらゆる神に祈っている。」

この源助と言う男色の相手は、信玄の言行を詳しく書いた甲陽軍鑑という本の著者と、なっているから、信玄のことは、なんでも知っている間柄である。

多くの男色は、所謂、稚児を可愛がるという男色文化で、大将に見込まれれば、出世の道に繋がるわけで、合意の関係が出来上がるわけである。

例えば、森蘭丸と信長との関係

題:信長と森蘭丸

蘭丸:御殿様、御蜜柑一つ如何でしょう!

   信長:そんな山盛り蜜柑では、転んで転がすが如何せん!

   蘭丸:おっとどっこい転がって、蜜柑がボテント転がった

信長:殿の言いつけ守らずば こないになるぞ、それみたか!

   蘭丸:転んで蜜柑を落とすと仰せなら、転ばにゃ、見込みが違います

信長:可愛い蘭丸 今夜も宜しく頼もうぞ

こんな具合に、可愛いい蘭丸との師弟の関係を超えていくのです。

信長が森蘭丸を採用するときから、何か目論見があったようで、信長の傍用事をする若者を採用するに当たって、その質問は、ただ一つ「名をなのれ」の一言のみで、面接をし、その顔姿や身振りのみで、森蘭丸を採用したようだ。

廊下に糸くずを落としておいたが、蘭丸だけが、気がついて塵を拾ってくれたということが採用の理由だったらしい。

こんな心配りができる者なら、自分の身の回りや夜の生活の面倒もみてくれると期待していたわけである。

信長の目論見は見事的中したというわけで、信長は、本能寺の戦いまで、森蘭丸を愛し、此処で共に戦士している。

ところで、主君に忠実になるのも良いけど、行き過ぎると、馬鹿になったものが出てしまう話もある。

中国の専制君子が馬を連れて帰って、家臣に、良き鹿を狩ってきたぞ」と申したら、多くの家臣は、「見事な鹿でございます」と、答えたが、正直ものの家臣が、「それは馬でございます」と答えたために、殺されてしまった。

この逸話から正直者が馬鹿をみるという言葉が産まれたとか!

徳川家康も井伊虎松を草履取りで雇って、その働きぶりから、「お前を今宵からマン(コ)千夜と、命名しようぞ」と、マンコを取り立てて、夜を共にしていたという話もある。

このように、江戸時代になると、男好きという文化が面白可笑しく世間で話題になり、連歌や川柳に取り上げられるようになったわけで、男同士の男色趣味も、いわゆる大衆化されて笑いの大将ともなった。

更に、時代を経て、江戸時代後期になると、男色物と、いえば、外せないのが、井原西鶴の男色「大鏡」が外せない。

万花 色あるをもって自らの枝を失う。

男も色香あり、それにてみずからの命を失う

と、江戸幕府の要職にあった細川主善に仕えていた、右京は、眩い光を放つ絶世の未少年、既に采女という少年と、男色の契りを交わしていた。

主善が愛らしい右京少年と関係を迫るが、右京はこれを拒否して、主善を諫めてしまい、切腹と相成ったわけ。

切腹の場で、右京は,自らの髪を契りを交わした采女介錯の武士に手渡した。

そして、春は花秋は月とたわぶれてながめしことも夢のまた夢

と、辞世の歌を采女に歌った

感極まった采女は、その場に飛び出し、右京に、兄様と泣き叫ぶ

それを振り切って、右京は、介錯人に促されて腹を一文字にかき切る、采女も、頼むと声をかけてその場で腹をかき切って」その場に倒れた。

デバラ:男色関係は、仏教関係での僧侶と稚児との関係、武家社会では、お殿様と家臣との関係、商家では、旦那とデッチとの関係、能師等芸人は、スポンサーとの関係など、主従関係で、否応なしに男色関係で侵されるという時代だったからこそ、その関係を逆らってもそれを拒絶して悲劇を招く物語が成立する。

芭蕉も若い頃に、伊賀上野の城主の分家藤動家に稚児として奉公しており、当時の文化として主人(宗房)との間には、男色の関係になっていたと,推察されるのは、この二人の連句

いとも静かな舞の手くだり 蝉吟(芭蕉

見かけより気はおとなしき小稚児にて宗房

それにしても、芭蕉が言う、舞の手下りとは、主人の相州の手技が静かでやさしかったとは、エロチィクである。

そして、主人の蝉吟は、芭蕉の気は、おとなしい、稚児であると、男色として芭蕉を愛している。

我も昔は衆道好きのひが耳にや 芭蕉 

と、芭蕉が若い頃に歌に詠んでいるほどで、芭蕉も自分が衆道好きと,「貝おほい」で自白し、こんな二つの句を作っている

紅梅の蕾は赤いこんぶくろ

兄分に梅を頼むや桜稚児

梅は、男色の象徴ですから、まことにフザケ俳句ですが、これは芭蕉に限らず、当時は男同士のセックスも当然のように行われる文化であったといえましょう。

ところで、主人の良忠(蝉吟)と芭蕉(宗房)の二人には、こんな男色を匂わせる連句がある。

年玉をいとう マタマタ申しつけ 蝉吟

師弟の睦(むつつ) 長く久しき 宗房

と、主人蝉吟が芭蕉に性関係を求めることを「お年玉をお願いします」と、言っていて、二人しかわからないような子弟の恋の関係が読み取れる仲の睦まじさが読み込まれている。

また、芭蕉には、

梅柳 さぞ若衆かな 女かな 芭蕉

笈の小文で、芭蕉の弟子の杜国と旅をした記録を残しているが、芭蕉は杜国この杜国について述べている。

伊良湖岬にて契りおきし人(杜国)の伊勢にて出迎え、共に旅寝の哀れをも見、我がために童子になりて、道お頼りにもならんと、万菊丸と名乗るーー

そして、芭蕉は、この万菊丸という少年の寝姿を

寒けれど二人寝る夜ぞ頼もしく 芭蕉

と、肌を寄せ合い温め合う男色の関係があったと、思われる。

杜国の鼾が煩さかったけど、二人は、同じ「部屋で寝ることとなり、ほのぼのとした愛を感じていたのは、なにやら芭蕉の男根にも見えるような杜国の鼾の形を描いて杜国を笑わせていたことからも分かる。

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そして、杜国の旅の中では、

一つ脱いで 後ろに負いぬ 衣替え

と、意味ありげな脱衣の様子と、男性同士の性交の様子を匂わせる句をつくっている。

杜国と別れるときには、

白芥子に はねもぐ蝶の 形見哉

と、いうエロチックな句

また、芭蕉は、奥の細道での山中温泉では、温泉の宿の亭主が18歳の美少年

この少年に桃妖という怪しげな号を与えて、

桃の木の その葉散らすな 秋の風

と、歌を進呈している。

この名前も妖艶であるが、別れる時に、贈った歌

湯の名残今宵は肌の寒からん 芭蕉

と、肉体関係を求めているような意味ありげな句を作っている。

しかし、芭蕉の名誉のためには、少年だけでなく、少女も愛でていたことも付け加えましょう。

芭蕉奥の細道であった「かさね」と、いう美しい娘をみて歌った。

いく春を かさねかさねの花ごろも 皺よるまでの老いもみるべく

「こんな美しい乙女、かさねて年月を経て、皺がよった老いの顔もみてみたい」という趣向ですね!

しかし、芭蕉は一生結婚しなかったのは、謎である。。

ところで、奥の細道での其角との旅でも、芭蕉と其角の二人は、男色の関係にあったのではないかの説(嵐山光三郎)もあるが、これは、確かではない。しかし、芭蕉が男色趣味があっただけに、寂しい二人だけの添い寝では、芭蕉から求めがあれば、其角は、喜んで師匠のために尽くしたと、思われる。

武士社会での男色文化は、葉隠れの性や鹿児島等九州の武士に引き継がれたようである。

葉隠では、武士における衆道は、命がけのものが最高とされているほどですね!

武士道とは死ぬこととみつけたり

注:氏家幹人は「武士道とエロス」で「戦術としての男色」を挙げ出世の手段や戦術、或いは軍団の団結強化として男色の役割があったとしている

このような武士の衆道の習いは、鹿児島藩に受け継がれていて、若者と少年との愛は強い武士を育てると、信じられ、鹿児島の少年に愛読された義兄弟の契りを結び、忠義を尽くし、生死を共にした二人の物語

薩摩には、硬派の男は男色が当たり前という風習が明治まで残ったのも西郷の影響があったと思われる

花房四朗の「男色考」という本には、(男色)は「九州、特に薩南の健児は、今もなお、男色を好む」と、書いてありますし、薩南見聞録(本富安次郎)の書にも同様なことが書かれています。

薩摩は男好きが多いといわれたが、西郷の片腕といわれた桐野利秋も独園という和尚にこんな狂歌をおくっている

三千世界の烏を殺し主と添い寝がしてみたい

すると独園和尚

そんなことでは、天下はとれません

三千世界の烏と共に主と添い寝がしてみた

西郷は主君として慕っていた斉彬の死に遭遇して後追い自決の意思を硬めていたが、月照の説得で命を留めたのは、

「殿の遺志を継いで日本を立て直すことこそ、あなたが殿の報いに答えること」の一言だったそうです。

デビル:西郷に男同士の恋があったとは、いえませんが、「敬天愛人」の精神を貫いた西郷の人を愛する心が月照との心中事件では、なかったかと思いますね!

敬天愛人」で、西郷隆盛の大切にした言葉を象徴するような事件が月照の事件ですね!

友の憂いに我は泣き 我が喜びに友は舞う

人生意気に感じては ともに沈まん薩摩灘

と、西郷と月照との間には恋があったとは「思えないが愛があったことは確か

「天は人も我も同一に愛し給うゆえ、我を愛する心をもって、人を愛するなり」と、月照も愛した。

青々と美しき君のかんばせ

遥々と君を慕うわが心

ひたすら君あるがゆえに我

胸深く 君を想いつつ今日まで

さあ 今宵こそ 君と共に

月照も西郷を慕っていたと思われ、

月照が船の中で最後に西郷にしたためた歌は

大君の ためには何か 惜しからむ 薩摩の瀬戸に 身は沈むとも

大君は、勤王としての志を歌ったものであるが、西郷とも思える。

恋と愛との定義によれば、西郷は月照を愛していたけど、恋していたわけではないし、明治天皇も西郷を愛していたけど,恋していたわけではない。

つまり、そこにはセックスを求めていた関係が恋であり、そうでない、他人への慈悲があった場合は愛である。

西郷の名言に、「己を尽くして人を咎めず、我が誠の足らざるを常に、尋ぬるべし。

我を愛する心を以って人を愛せ、自己を許すが如く人を許せ、人を責めるが如く自己を責めよ」と、人を愛する心が西郷の行動の基と、なっていましたから、西郷には、性の伴わないプラトニクな愛であり、純粋な男同士の愛であったと、思われる。

これは、明治天皇が、西郷の男ブリを心から愛し続け、国家の大罪人とされた西郷を上野の銅像に「まで祭り建てるという愛であり、明治天皇の乃木大将との愛の関係でもある。

葉隠れの精神は、三島文学にもむすびついているように思われる。

例えば、三島の作品に禁色がありますが、ここには、三島の男色の匂いが隠されているように思われる。

三島の自決や事故の肉体を美として表現する姿は、男色だという考えも指摘されるが、この指摘も「人の集まりで、三島は、銀行の頭取とか会社の社長から電話がかかって来ると、いそいそと出ていってしまい、そのときに、わざわざ、「俺はホモでな」と三島が言ったとの逸話が残されているそうである。

注:杉浦明平 闇と笑いの中

それに、三島由紀夫は、割腹自決したとき、男仲間に自らの首を切らせている。

そんなところに男同士の裸の仲間関係を予感させている。

ここには、三島のエロチックな世界と男色の匂いを感じずには、いられない。

これは、男色趣味であり、この自決の最後の散る桜の日のための自らを肉体改造し、筋肉美がクライマックスとして自らを美化させ桜の木の前に恰幅して手折れ、友の手で自らの頭を切り取らせるという、残酷な最期の自分の見せ場を世間に披露した。

三島の肉体の美の追求は、ギリシヤにおいてはプラトンパイドロスに描かれているように、男同士の肉欲極まる愛を美徳とし、男好きの青年の成長の結果として、戦場での愛国心とも結び付けたようにも思われる。

この辺りのことは。深入りしたくないけど、プラトニックなラブで、性的な交わりを超えた肉体美や精神的な恋ということかもしれない。

三島の自決に関しては色々と、言われているが、自らの若いときの作品があまりにも、高い評価を受け、その後にその栄光を継続できなく、外見から自をとり戻すべく、肉体美を求め、「吾が肉体は美の神殿」なるヌード集を発表したり、「人間は、肉体が美しいうちに自殺しなければならない」と、発言したりしていたが、世を騒がせていたが、それを自らの美学として実現して世を去ることとなったともいわれている。

硬い話となったが、民衆の間で広まった歌の中にも男色文化が反映されたものが多いのも面白い。

例えば、ダンプテイの故郷では、

高い山から谷底みれば瓜や茄の

花盛り あれも良い これも良い

おやまかどっこいヨーイヤナ

藤の山ほど話はあれど

ぎっちょんぎっちょんぎっちょんちょん

主は西行後ろ向き

の歌を思い出します。

座敷歌でも昔は、詠われていたらしいが、どうやら性的なもので、西行坊が後ろ向きとは、男色の文化でのセツクスであり厭らしいことを茶化して歌にし、民衆は楽しんでいたのであろう。

「山の上から谷底みれば」は、横浜でも維新版としてバージョンアップされて詠われている。

野毛の山からノーエ 

野毛の山からノーエ

野毛のサイサイ 

山から異人館を見れば

鉄砲担いでノーエ 

鉄砲担いでノーエ

お鉄砲サイサイ

異人館での外人相手の遊郭を茶化しているから、鉄砲は、あれであるに違いない。

 ところで、比較的、新しい文豪としては、菊池寛が男色であったと、言う話もある。

高松一中のとき、この男食相手の泥棒の罪を被って退学したという経験を有し、自分の人生を犠牲にしてまで、男を愛したという

こんな事件のために、同級生仲間であった芥川龍之介は、東大に進んだが、菊田寛は、東大にいけないで、苦労することとなる。

若い時の苦労が彼を春秋の設立と芥川賞直木賞菊池寛賞を設立して貧しい小説家の育成に尽力することになった。

「貧乏は、思い出になっても嫌である」と、菊池寛に言わしむるところ、それでも苦労して、新人文芸家を多く支援した業績は、素晴らしい。

ダンプテイ親父の虫談義

秋きぬと目にはさやかに見えねども--

このように感じてからもう2か月、すっかり秋ですね

興梠や鈴虫の声がうるさくて寝られない程、

あっちでチィチィチィ虫が鳴く

鳴き止んだら、こっちでチィチィチィ

コ-ラスごっこであそんでる

こんどはこっち、お次はあっち

お月さまが指揮してる

虫があっちこっちに飛び回っているといえば、宮本武蔵の懐の中の蚤,虱の世界

宮本武蔵は、佐々木小次郎のような強敵もおらず、御蔭で、一年に一度ほどしか風呂に入らなかったというむさ苦しい姿

蚤虱 笹木もなくて 吾が懐は武蔵野の原

武蔵野の原は、武蔵の腹でもあるわけで、お腹は蚤,虱で荒れ放題、これでは、悪寒がするやら虫酸が走る

と、歌をご披露すれば、我が娘のチイ、

これって、良寛

蚤虱 音になく秋の虫ならば 我が懐は武蔵野の原

これこそ、ダンプテイのお腹も蚤、虱にパクパクのパクリですね

こんな武蔵が久しぶりに公衆温泉にでも行こうものなら

蚤虱うつりにけりないたずらに

十銭だして長湯せし間に 小野小町 

       小野川温泉 半藤一利より

宮本武蔵佐々木小次郎のような相手もいななり、家でゴロゴロ、懐には、銭もなく、あるのは、蚤虱ばかりで退屈で、銭湯もいけない浪人暮らし

願うは一攫千金の宝くじ

心あてに 買わばや買わん 宝くじひき

天下の剣豪でもそんなに貧乏だったのかしら!

と、ハンプテイが質問する。

「武蔵小金無イと、いうでしょう」と、ダンプテイがお答えしても、この洒落が分からないハンプテイだからお付き合いしかねます。

失礼、失礼、前置きの洒落話をしていませんでした。

こんな冗句

長谷川一夫山田五十鈴

ねー五十鈴さん

宮本武蔵に子供がいたのかね?

五十鈴、「わたし知らないわ!

でも子がないから武蔵も風来坊でいられたのよ

きっと」では、しらけてしまう。

五十鈴は、武蔵小金井を知らないから

武蔵野夫人との会話だったら最高の駄洒落なのに!

武蔵小金井のこの洒落話から「武蔵小金無い」を言いたかったわけですよ!

チイ:でも武蔵子過ぎ(小杉)という街もあるから、武蔵は、子供多かったという駄洒落も成立しちゃうわね!

「ところで、宮本武蔵は、両刀使いで、刀の腕だけでなく女の方にも強かったそうですね」と、飛んでもないことハンプテイは、をおっしゃるので、何ですか、そんなこと初耳といえば、

「だって、武蔵野婦人って、姦通物語というじゃございませんか」ですって、これは、ハンプテイの文芸通には魂げました。

しかしながら、確かに、

『異本洞房語園』という史料では、武蔵は、よく吉原に出入りしていたらしく、雲井という馴染みの遊女が居たそうですし、吉川英二の宮本武蔵には、武蔵に恋する女が、武蔵に貞操を奪われて、泣き悲しむ話が出てきます。

ところで、前述したように宮本武蔵は、風呂が嫌いで、年に数回しか水浴みをしなかったそうで、そんな武蔵に抱かれた女は、蚤虱に悩まされたでありましょう。

そういえば、小林一茶も武蔵と同様で、褌の中は蚤、虱だったようで、

彼岸とて 袖にいれたり 虱かな

「やはり生きとし生けるもの 飲み虱に至るまで命惜しき人間と同じからん」

と、おらが春で述べていますから

と、少し読み齧りした知識を披露したものだから、ハンプテイ、それにしても、いろいろと物知りですこと、!

たのしは ふえし蔵書に チロロ

かしら、と申される。

そういえば、我が家での蔵書の増加は、安普請の床が抜けかねないかと心配で、女房からの厳しい断捨離のターゲットとなって本が書斎から消えていくのは寂しくなるばかり,

ところで、良寛は蚤、虱には、あまり苦にしなかったようで、

蚊帳を吊っても蚊帳から片足を入れたり出して愛妻のの若妻、貞心と寝ていたそうである。

出たり入れたり 入れたり出たり

おなご めずらし 姫初め

マー良寛さんが姫初めだなんて!

ここは、

出たり入れたり 入れたり出たり

蚊帳めずらし釣り初め

では、ございませんか!

片足だけで勘弁してくれと、さすが坊さんだけあって虫にも慈悲深い

調査してみたら、どうやら、あの、有名な綱吉様の生類憐みの令に、多くの文人も忍従しての振舞いだとか

松尾芭蕉のあの有名な 古池やかわず飛び込む水の音 が世のなかで愛されたのも綱吉様の御蔭だとか

ところで、良寛さんもあばら家で過ごして、野糞も垂れていたとか、

そこには、糞好きの虫もとびかっていたとか!

糞好きといったら、スカラベで、エジプトでは、神「への導きとあがめられ、あのスフインクスの王冠にも飾られている。

少し、解説すると、スカラベ(ビジリタマオシコガネ)という兜虫は、自分の糞を転がし、大きな玉にして、その中に卵を産み、産卵した幼虫は、糞を食べて成長する糞大好き虫である。

ウントコドッコイウントコショと糞転がし、歌舞伎の荒事では、ヤットコ抜きで、ヤットコトッチャウントコナ

こんなダンプテイの「話に娘のチイも

フンフンそうなんだ、糞の玉を転がすとは、何とも可愛いですね、まるで玉転がし運動会そのもの

それに糞転がしという別名もつけられて、こんな雰囲気である。

題 虫の一日

虫の会議が 朝からもめた 

丸い糞玉 まだ出来ぬ

春のお産に 間に合わぬ

春のお産は すぐ近い

虫の会議が 昼までもめた 

丸い糞玉 間に合わぬ

虫の会議の 決着ついた 

家族皆なで 転がそう

古代エジプトの人々は、丸い玉を運んでいる糞転がしを見て、この黄金虫こそ、太陽を運ぶ神の化身と考え、黄金虫をお守りとする信仰が生まれたという話もありますね」と、申せば、ハンプテイ、ダンプティは、自分の姿のように、丸いのが大好きな円満男ね!

娘のチイも、「そうですよ、ダンプテイ親父は、丸い牡丹餅が大好きな糞親父」と、こんな詩をプレゼントしてくれる。

題:まるいもの大好き

太陽も月も地球も みなまるい

月は15で丸くはなるが

主の心はまだ、四角

変わらぬ姿は うまれつき

まるいままだよ 角もなく

お腹も顔も まるまるで

西瓜、メロンも 林檎もまるい

大福餅に三笠焼

丸井大好き駅の前

青井実も円満だ

ついでにご不浄

おまるもまるい

スカラベ大好き まるい糞

転がせ転がせ 親父のお腹

 

ところで、ここに出てくる青木実とは、チイの好みの男性だそうで、NHKで評判の丸井アナだそうで、御曹司 顔もまるいは マルイアナ

過去には、アナウンサとの熱い恋、マルイアナがまるいアナ(穴)が大好きだとは、洒落にもならない。

こんなこと言えば、NHKからクレームが届きそうで心配になるが、マー駄洒落の一つと許してもらいましょう。

こんな言い放題の駄洒落を飛ばしたついでに、ビールの泡飛ばして、つまみをむしゃムシャでは、私しめのお腹が糞転がしの丸玉の糞になってしまって、これこそ丸い穴

我が妻からの怒りの癇癪玉も破裂いたします。

悪寒がするやら 虫酸が走る

獅子心中の 虫となり

こんなことで腹を立てるなんて、本当に腹の虫がおさまらないハンプテイ

きっと、腹の虫もお腹が空いて腹の虫が鳴くわけですよ

これは、古来から人間と虫との間の仲

食欲の  秋になりけり 虫の声

こんな俳句を出せば、チイ、「腹が空けば腹の虫が鳴くとは、虫まで食料難の時代、食べていたわけね!」と、トンチンカンな解釈

誤解がないようにともう一句

呆けても 腹の虫鳴く 食の秋

元句 呆けても 腹の虫鳴く 地虫鳴く 後藤綾子

ところで、スカラベと言うこの黄金虫、太陽を信仰しているエジブトの装飾品の図柄にも登場しますが、子孫繁栄に「糞だるま」を活用するのも面白いけど、この話題なら、お任せあれ」と、得意満面のダンプテイ漫画も面白いとの評判であるが、ハンプテイにとっては、違うらしい。

「俺は,うんちく(糞蓄)のある男だぞ」との自慢顔は、憎たらしい限りだそうです。

しかしながら、これまでの蓄積した蘊蓄を披露しないで、はいこれまでよでは、あまりにも寂しいではありませんか、せめて、文章に残して子孫代々残しておきたいと、思うのが人情でありましょう。

オーストラリアのジャングルの森に一歩踏み込むと、朽ちた大木が横たわり、何百年もかかって、蟻等のさまざまな虫が、木の養分を食い尽くしつつあって、自然へと戻っていく自然の循環が繰り返されている、こんな虫のように朽ちいくダンプテイは、なりたいのであります。

このダンプテイの本位も分からず、娘のチイ

「森の大木だけでなく、動物死骸や糞を食べる虫もいるらしいわね!

牛や馬等が糞をすると、その匂いを嗅ぎ分けて

虫どもが飛行してきて、その糞を球状に切り落として、玉転がしになるが、要領の良いスカラベは、他人が作った糞を横取りをすると、いう糞喰らえのスカラベもいるらしい。」と、さらに、スカベラって面白い名前だけど、その由来わかるなんて、このダンプテイに、もの申す

そんな質問「ふふふのふん(糞の糞)、イージイイージイ、お茶の子さいさいですよ!」

昔し、糞をした後には、神など使わず、へら(箆)で取り除いていた.つまり食べた物のかす(粕)を箆で拭うような虫を発見した人が、これは、カスヘラ(粕箆)と名付けたわけですよ、

と蘊蓄を語ると、

チイ様、粕は、カスとも読むし、スカとも読むからスカベラという訳ですか、ダンプテイのような役立たずをスカタンとも言いますね、それに、食べ残しのスカしかタンノウ(堪能)できないようなダンプテイだからスカタン親父」と蒸されるとは、なんというスカタン娘!

中々に虫のことには,お詳しい、虫愛でる姫君では,ございませんか!

ところで、虫の世界では、役に立たない物でもビックで立派な物をもっていれば、持てる世界なんですよ!

雄の兜虫の立派な角を見ただけで、雌は、この男、素敵と、恋の相手を選ぶ基準にしている!

大きければ、大きいほど、男同士戦い勝てると信じているから」と、申せば、チイ、何を言いたいのかしら、そんなに自慢できるような物もっていないチンチロ虫の屁こき虫のくせして!

ダンプテイ親父は、とうとう、「屁をこくぞうむし」

に、されちゃった」と、言えば、またまた、このチイ

「この国士無双様に藪蛇なことを言っちゃったかしら、でもそんなチンチロ虫さん、田県神社にでも出かけてお祈りてらしたら!と申される。

どうやら、その田県神社とやら、愛知県、犬山にある田県神社で、男根の神様、境内にある、あの巨大男根をお祭りしてあるそうで、街の男どもが、毎年神輿にして担いで街を練り歩くらしい。

今更、この歳で男根神社に神頼みしても縮んだものは、元には、戻らぬものを!

世の中の 憂きには神も なきものを 祈るらん心尽くしに 『千載集』藤原俊成

世のなかの憂きことには、神も手立てはないのに、何をお祈りしよ」と勧めるのかしらと思う次第

ダンプテイは、

さりとても 思ふ心も 虫の音も よわりはてぬる秋の暮れかな 謡曲 清経

と、いう心境であります。

こんな神頼み虫なんて、どんな情け深い神様も無視されるが落ちでありましょう。

すると、チイが申すには

平家の滅亡も奢るもの久しからず

身からでた錆び 

水も滴る言い男

水虫祟るいい男

モとムの一字が違えば大変なことになりますは

と、どうやら、神頼みをしないせいで、水虫にも祟られて、足も朽ちると申される。

まさに、ダンプテイは、

音もせで 思ひに燃ゆる 蛍こそ なく虫よりも あわれなりけり 源重之 後拾遺

である。

虫けらの如く、ダンプテイを家族は無視されますが、世界的に人口が増加し、地球環境が悪化していくと、食糧難になることは明らかですから、人間もゴキブリ等の虫を蛋白源にしていかないと生きていけなくなる時代が到来しますから、虫も愛すべき時代が到来致します」と、チイに申すれば、

チイ、ごきぶりとは御器に被る虫という習性から由来していますから、昔から嫌われていたようですね、それにテントウ虫ですら

てんとう虫 一兵われの 死にざりし 安住敦

虫も人間に愛されないからこそ幸せ、

食べられなくて済むし、それに紺んあ童話もあります。

イソップの丑と蚤との会話

どうしてそんなに力があり,大きいのに人間のために汗をかいて働くのと蚤が牛に質問

牛は、「私は人間に愛されれているから、いつも顎や頭を摩られているのよ」と、牛は答えた

蚤は、「私はよかった、そんなことされたらつぶされてしまう」と、答えたとか

チイ:蚤は人間には、嫌われものですから

ダンプテイ:でも文人には愛され俳句の対象になってきた。

切られたる 夢は真か 蚤の跡 其角

ハンプテイ:貧乏人に愛されるのは、蚤の市ですね!

それこそ、血もでるほど、値切れますからね!

ダンプテイ:フリーマーケットのこと蚤の市といけどfleeはfleaとすれば,蚤になるからだそうで、

チイ:確かに、ご老人が死亡すれば、その古着がクリーニングもせずに、出品されているから、蚤も虱もついている。

どんな、親父が着ていたものやら想像するのも嫌ですわ!

蚤に噛まれたら同血の仲間となってしまう。

やがて死ぬ 景色は見えず 蝉の声 芭蕉

ハンプテイ:蜩殻もはかない命の象徴で、蝉のなきがらの衣ですね!

日暮しとか、そのひ暮らしの寂しい生活ぶりを蜩と掛けた俳句もありますね

人の世の 悲し悲しと ひくらしが 高浜虚子

ダンプテイ:蕪村が宋屋という古老の男の家を訪ねた時の緒あいさつ句で、自分も蜩のような命で、その日暮らしの生活をしていると

秋もはや 其(その)蜩(ひぐらし)の 命かな

の洒落ての一句に

宋屋は、雲に水あり 月に貸す宿 と、答えて

こんな庵ではお客様にも露がつきますことでしょうと、お答えすると

蕪村は、

瓢箪の マラにも露の とりつきて

と、洒落ている。

元句 瓢箪の まろきに露の とりつきて

ところで、蝉の17年周期に地上に現れることにより、子孫の命をつないでいるそうですが、蛍にも大量発生このような周期説がある。

魂の 例えば秋の 蛍かな 飯田蛇笏

ハンプテイ:この俳句には、芥川龍之介の死に及んで作られた痛切なる魂の叫びが込められているわね、もう駄目になりそうな蛍の如き人,役に立ちそうなときにしか大切にされなし、それでいて、役に立たなくなれば、あの世にポックリ行けば、喜ばれるのが現実だし

我が主 おれば煩さし おらねば寂し

我が主とは、ダンプテイことをのたまうのか、それにしても老人を愛せぬ哀しい俳句ではございませんか、これでは、ダンプテイは、もはや、受験生がいる家の前の蝉に過ぎず、この蜩め、啼くのや辞めてと追い払われる悲しい身の上、「あと7日の命だから我慢してくれ」と、いいたいですね!

ハンプテイ:今や人生100年時代、ダンプテイには、残り25年もあるじゃありませんか!

ダンプテイ:これまで、こんなに愛しつづけてきたのに、無残なその言葉はないでしょう。

ハンプテイ:男の愛するって,嘘臭い言葉を聞くくらいなら台所の前で鳴く蝉の声のほうがまだ、まし

空蝉の 世を憂つつにと 移り住み 色もうつろう 鬱の人こそ

それでは、蝉の詩をサービスで

蝉さんよんでる あっちもこっち

おっかけおっかけ たももって

こっちの電信棒で みっつけた

そっと、尻からタモかけた

蝉さんビューンと 飛んでった

ついでにおしっこ ひっかけて

ホッペがシッコで 濡れちゃった

チイ:ところで、先日、メルボルンの博物館で見た、尺八みたいな管楽器で、とても低音で「プスフス」となっていたけど、何という楽器かしら?

ダンプテイ:「ディジュリドゥ」という世界最古の管楽器で、アボリジニの精霊の森の響きがするようですよ!

もともと、アボリジニが愛用していた楽器でね、ユーカリの古木をシロアリに食べさせてその空洞の木を使ってつくるそうよ!

チイ:ユーカリの葉の毒により害虫を寄せ付けなかったユーカリも枯れた後は、シロアリにより中身を食い尽くされてしまう因果応答の世界ね!

ダンプテイ:アボリジミは、原生の世界とあの世の神の世界とを結ぶものとして、この楽器を人間が利用するという生命の循環って,面白いわね!

どんな音色がするか試してみたいですね!

ハンプテイ:ブスブスと、ダンプテイの不平タラタラの音がするようですわ

ダンプテイ:それって、不平ではなくて、あんたの顔をみての感想ですよ!

ハンプテイ:ところで、そんなブスブスの楽器を日本に持ち込んだら物騒なことになるわよ!

ダンプテイ:どうして?

ダンプテイ:日本でも豪州のユーカリ材で作った枕木の中古材料をデッキ等に使うことが流行っているでしょ!

シロアリが家中に繁殖することになって大変よ

 チイ:豪州の原始林に、シロアリ退治の殺虫剤を撒いて、シロアリを根本から駆除すれば、こんな問題は解決してしまうけど!

ダンプテイ:それがまた、自然界の生物連鎖を壊してしまうから単純な問題ではないわ!

チイ:赤蟻とか火蟻なんかも、日本に入って来ていて、今、問題になっているから、家具や枕木の輸入なんかも問題になっている。

ハンプテイ:本当は、蟻は、自然界の古木を食べて、古木を自然に戻す循環させる重要な役割をはたしているのよ!

蟻は、蛞蝓等を寄せ付けない効果もあるし、「ミズムシ」、「タムシ」、「イカリムシ」、「女好き虫」にも効果があるわ!

ダンプテイ:俳句仲間の勝利師匠が水虫で悩んでいるそうなので、こんな俳句をお送りして「上げたことがありましたね!

恨み侘び 干さめ指間にあるものを 虫に朽ちなん 名こそおしけれ

そういえば、蟻が、人間の傷後を治療してくれるというありがたい話もあるそうですからそんな蟻は有難いは!

ダンプテイ:蟻が鯛なら芋虫鯨

と、いいますけど!

蟻にそんな医療効果があるとは、初耳ですね!

ところで、蛆虫による治療法があるそうですよ。

戦争等で怪我をした戦士が放置され、蛆虫が傷口にとりついていた戦士の傷は治りが早かったことから、普及するようになったそうですね!

チイ:気持ち悪い、でも足が切断されるくらいなら我慢もできるかしら

ダンプテイ:蛆虫は、死滅した肉のみを食べつくすためであり、麻酔も芙容で副作用がないとされ,

糖尿病の壊死等の治療に効果があると、されますね!

ハンプテイ:ダンプテイのように肥満体の人にはサナダムシを食べると、痩せられるそうですね!

美味しいもの「たらふく食べても太らないって、最高の治療法では、ないですか!

ダンプテイ:しっかりと胃のなかだけに収まっていてくれればいいけど、獅子心中の虫となり、ほかの場所にも出没するようになったら恐ろしいですよ

食事中に、鼻から飛び出してきたりしたら、それこそ、大変なことになる。

チイ:ダンプテイには、「イカリムシ」や「オンナスキムシ」が住みついていて、時々暴れたりするから、これも恐ろしい

ハンプテイ:それに、自惚れ虫、自慢虫、色気虫、も時々、飛び出しますから始末におけない。

ダンプテイ:夜になると、ノサノサノサと、台所にお出ましになるゴキブリよりは、ましではありませんか!

女好き虫が、夜中にベッドで動き回るよりは、夜中に冷蔵庫の前でゴッサゴサと、食い物を探している油虫より、ましでは、ございませんか

チイ:女好き虫は、我が家の財産を食いつぶすこともあるから、とっても危険だわ

こんな女好き虫を懲らしめる方法があるから教示して差し上げる。

バケツ蘭という花は、ダンプティのように蜜を吸いたがるシタバチを花の蜜に誘って、バケツ状の受け花びらに落としちゃうの!

ハンプテイ:シタバチを蘭の花びらで受けるからバケツ蘭、甘い蜜で親父を誘う夜のマダムは、「バケツママ」って、こと?

ネオン街 親父這いよる バケツ蘭 

「行きは、良い良い、帰りは、恐い」、と夜の女王蜂の甘い蜜に誘われ、夜街を彷徨する助平親父への忠告の俳句よ!

ダンプテイ:「高尚な男は、女に忠告されて更に高尚になる」と、ゲーテが言っているから、その忠告を有難く御受けいたし、バケツ蘭には気をつけます。

それにしても、面白い句を作る歌姫、下田歌子みたい!

ハンプテイは、どこで俳句の手ほどきを受けたのかな?

ハンプテイ:手ほどきなんて、ございませんよ!

門前の妻習わぬ経を読むと、言うでしょ!

ダンプテイ:「エー恐れながら、勿体ながら、とうとう出ましたお経の文句」ですか?

とうとう、ダンプテイも坊主にされちゃった。

ハンプテイ:ところで、この生臭坊主に付きまとう嫌な臭いの虫を追い払う良い薬ないかしら?

チイ:ユーカリ精油は、虫よけ効果があるから、試してみたら?

ダンプテイ:ところがどっこい、ハンプテイさん!

最近、全然男好き虫が寄り付かなくなって、虫寄せ効果のあるユーカリオイルが必要なんですよ!

ハンプテイ:「親父臭がプンプンする馬鹿なダンプテイ親父に女虫がつくはずないのに!

ダンプテイ:

「プレイバック、プレイパック,馬鹿にしないでね,そっちのせいよ、プレイバックブレイバック」と素敵な虫を見つけたら、ダンプテイ親父を馬鹿にした今のフレーズをプレイバックするからね!

ハンプテイ:ダンプティにつく虫は、アブラ虫かカメムシ、ヘクソ虫くらいじゃないかしら!

チイ:虫除け効果が高いのは、シトロネラール成分が多いユーカリレモンオイルなの!

殺菌力が強く消炎効果も期待でき、日本へのお土産にぴったりよ!

 

ネエー、お土産の買い物を一杯買い込んだ結果がこれよ!見て、見て!

これ皆なハンプテイへのお土産よ!

ハンプテイ:日本人、タスマニアで爆買と地元テレビに出られそうだわ!

ダンプテイ:こんなに土産ものが多ければ、着て来た下着をここに捨てて帰りましょうよ

旅終えて 親父のステテコ 捨ててこう

帰りのお土産も多いけど、日本からのメルボルンに来るまでのチイへのお土産の量は、半端でなかったわね!

ダンプテイ:なんで、こんなに持たされるのかとダンプテイもブーブー

さんざんや 胸にいちもつ 手に荷物

何しろ、カーペットに土鍋に、味噌にお米でしたから?

戦時中の田舎への疎開でもあるまいに!

お米持参は,小学校の修学旅行以来でしたから!

()の宿や お米持参で 長居する

チイ:そんなに長居しての食べ放題では、

我が家の家計簿も大赤字よ

長居して 踏みつぶされな 蟇蛙 正岡子規

居候のお方に、贅沢旅行を計画して上げたから、もっと素敵なお土産をいただけないのかしら?

ハンプテイ:豪州産の黒トリフとタスマニアチーズをおつまみにタスマニアワインを御馳走にあずかれば、ご要望に答えますけど!

チイ:まあー、いつの間に、そんな食通になったのかしら?

 

豪州の黒トリュフは、冬が洵で、ご要望には、お答えできないわ!

タスマニアチーズケーキにユーカリの蜂蜜をつけたデリシャスケーキを食べさせてあげるわ!

ハンプテイ:ところで、漱石さんもイギリス留学ですっかり、紅茶付きになって、お菓子大好きとなったけど、神経症を患った間の慰みになったそうよ!

ダンプテイ:それでは、漱石の頭の中に潜む癇癪虫さんに登場して頂き、先生の作品に登場させて頂きましょう。

漱石の愛好家である証しを示して頂きましょう。

この虫物語に登場する漱石小説の名前は、何でしょうか当ててくださいね?

題:知老のパソコンに住みつく虫

吾輩は虫である。

髭虫、青虫、駄洒落虫、はたまた、自惚れ、自慢虫いずれであるかは、自分ですら未だ分からず、どこで産まれたかも噸と沸かせずにいる。

しかし、現在は、どうやら錦糸町のご主人様のパソコンに住んでいるらしい。

薄汚いジメジメしたところで楽しいところではないが、ご主人様の助六が発信するメールの中身を覗いては、日頃の鬱憤を晴らして生活しておりますが、どうやら吾輩は、小さいときから損ばかりしていて、このパソコンの中でもあまり良い目をみたことはないのであります。

助六のパソコンのキイーボードから助六の顔がどんなだと覗いておりましたら、オーイ弱虫ヤーイそこから飛び降りておいでてと助六さんに声を掛けられたのでございます。

何か良いことがあるに違いないとキィーボードから飛び降りたら腰を抜かしたのでございます。

これも無鉄砲な私のせいでございます。

メール箱を覗きつつ、キィーボードの淵を散歩して考えた。

知に働けば角が立ち、情に棹をさせば流されて、自惚れては無視されて、「とかくこの世は、住みずらい」と、ぼやかれているようでございます。

ところで、助六様は、どうやら朝顔の会という俳句会に参加されてかれ、めっきりメールの数が多く成り、それに眼を通すのが大変な毎日で、少しお疲れのようである。

メールを盗み読みしてみると蓬草というお方は、中々の高尚なる俳句には、御主人様、「着いていけない」と、ぼやかれております。

それに歌子さんも中々の人物だと誉めそやされて自分は、未だ未熟者と、嘆いておられます。

それに、一番にお悩みなのが、メールを出した女性からの返信が無く、ご主人様は、女性陣からは無視されているとお嘆きのようですが、最近は食事の量もめっきりと減って御痩せになられ、でっぷり腹のトレードマークも今は昔でございます。

それに、パソコンの前に長時間座られてのこと、痔の病に悩まされて手術費用もままならないと嘆いておられます。

ご主人様のメール箱に忍び込んで、女性陣からのメール返信のお誘いのメールを差し上げるべく言葉を探しておりますが、一向に名文が浮かばないで悩んでおります。

デムデム虫々 カタツムリ お前の目玉は どこにある 角出せ 知恵だせ、メール出せ

と焦るばかりでございます。

どうか、皆様、女性陣をお誘いできる名案をお願い致します。

合わせて、この虫文章の中に漱石先生の小説に登場するキィーワードが潜んでおりますが、どんな小説か教えて頂ければ幸いでございます。

答えは、吾輩は猫である三四郎草枕、ぼっちゃん、明暗の五つです。

皆様、いくつ解答ができましたでしょうか?

3つ以下であったお方は、どうか、このエッセーをもう一度お読みいただければ幸いです。

チイ:ところで、中国では、ザリガニが最も美味しい肉だといって一流レストランのメニューにあるというから驚きね!

ダンプテイ:カブト虫やアブラムシ、蝶々の蛹まで市場に売っているというから、気持ち悪い。

ハンプテイ:なんという神の戯れごとを!

バチカンや 神の戯れ 花御殿

ダンプテイ:いえいえ、ここは、コロシアムですよ!

コロセーム 戦士見世物 兜虫

花御殿で蜜を吸う蝶々が変身してカブト虫まで登場しちゃった。

蜜を吸う 甲虫やら 黒揚羽

蝶々は、初めて見た 

牡丹、薔薇、桜、菫、

赤、白、青、黄とりどりの世界

花々は歓喜に満ち溢れ、膨らみあふれ

蝶々は、駆け寄って、この香に酔いしれる

蝶々は、牡丹にくちづけをする

チイ:嫌らしい!

ダンプテイ:昔は、畑には、肥溜めが彼方此方にあって、かくれんぼなんかして遊んでいて、肥溜めに落っこちたなんてこともあった。

ハンプテイ:だから、殆どの子供は、サナダムシなんかの回虫が体の中にうようよしていたのよ!

ダンプテイ:虫下しなんかを飲まされて、学校の給食時に御尻から大きな回虫が「にょきにょき」なんて出現させる子もいてびっくりという事もあったっけ!

栄養価の高いものを食べても大半が回虫の栄養源となって、いくら食べても、回虫のある子供は、痩せ細っていた。

ハンプテイ:いっそのこと、ダンプテイも肥満対策にサナダ虫にでも協力を仰いだらどうかしら?

いくらご馳走食べても痩せていられるなんて理想じゃない!

ダンプテイ:サナダ虫の痩せ効果は注目されたみたいだけど、サイトカイシンが脳に悪作用するから駄目なんですよ!

ユッケのような生肉は、サナダ虫を口に入れることになるからヨウチュウイだって。

チイ:幼虫居って、面白いダジャレのつもりかしら?

坂本竜馬とお龍との恋は刺客に何時やられるぁもしれない

危機きわまる中の恋、宇治川でのお龍と別れで、

消えやらぬ 思ひはさらに 宇治川の 川辺に焦がる 蛍のみかわ 竜馬

思ひきや 宇治の川瀬の 末つひに 君を伏見の 月と見んとは おりょう

ハンプテイ:蚤とかゴキブリとか嫌な虫の話ばっかりだけど、光源氏みたいな恋話は、ないのかしら?

ダンプテイ:光源氏といえば、その光は、源氏蛍として受け継がれ、夏の風物詩、貴重な日本文学に登場するのは、蛍ですね!

平仮名を 書くように舞ふ 蛍かな  中村敬

元気に、きみこいしとひらがな文字を書くように舞っていた蛍も、光が鈍くなり、世を惜しみさ迷える羊の今日この頃で、文字を書く力もない、ヘノヘノと蛍が落ちていくダンプテイの姿

力なく 蛍落ちいく へのへのへ

こんな句は駄作と、いうもの、こんな良い句があります。

定めなき ままに蛍の さ迷へり 永峯勇

チイ:蛍の光は、お別れの歌です。

芥川龍之介が長折したときの俳句に

魂のたとえば秋の蛍かな 飯田蛇笏

のような句もあります。

こんな卑猥な女たらしで馬鹿殿の話は、

蛍の光窓の雪

ダンプテイ:待って下さいもう少し!

ダンプテイが定年退職で特許の道に出るときは、これからの半生は、特許の道で身を立てようとの決意で臨みました。

この道の他 我が道はなし 我 この道を行く  武者小路実篤

の心境でしたが、この気持ちを汲んで、俳句の仲間の蓬山さんが旅立の歌を作ってくれたのを改作して紹介致します。

ダンプティの恋歌

鉛筆一本 晒しにまいて、

旅に出でるのは 特許の修行

待っててこいはん

寂しかろうが ああ想い出に滲む

月の十文字13

こいはんと 初めて逢うたのは、

侍屋敷の 枇杷の木どした

わいが危ない 言うに、こいはんは、平気どした

枇杷の実の 黄色とこいさんの黒髪が鮮やかで

そりゃーこいさん 別嬪さんで ございました

二度と戻らぬと 手紙に残し

旅に出るのも恋修行 待っててこいはん

寂しいだろうが 長くはないよ

ああ想い出に 滲む花の錦糸掘 

月も未練の13

錦糸掘に置いてけぼりに しないでおくれ

別れに林檎を手渡しはった こいはん

手はほんまに 白いおしたな

ああー「こいはん」

今もこいはんは 達者でおらんすか

吉永小百合のメリハリのある元気な声で歌ってください。

まだまだ この歌は5番まで続きますが?

チイ:林檎→枇杷→琵琶→秘話→美話と自称光原子の恋物語は、終わりがございませんから、蛍が森一杯に飛び回っているタスマニアの森に光源氏を葬って、あの世でゆっくりと紫姫や葵の姫とやらと恋を楽しんで頂きますわ!

ダンプテイ:それでは、ご承諾を頂きましたので、

ホトとキス 鳴くや五月の あやめ草 あやめも知らぬ 恋をするかな 読み人知らず

チイ:ホトトキスは、時鳥のことよね!

ダンプテイ:ホトは、女陰、キスは、接吻のこと!

だから杜鵑は、ホトトキス

アヤマーと、アヤメも、びっくりするような恋をしているという、ダンプティの和歌の解釈でございます。

ホトトキス 忍音もらす 夜はきぬ

チイ:なに、この卑猥なる俳句

ダンプテイ:卑猥と言われれば、いくところまで行きましょう。

ほとときす まだ打ち解けぬ 忍音は

来る時を待つ 我れのみぞ知る

チイ:マー来るときがきましたわね!

重篤なる精神病患者,これもひょっとしたら

杜鵑 まだ打ち解けぬ 忍音は

来ぬ人を待つ 我れのみぞ知る 白河院

の悪用でございますわね!

ダンプテイ:冗談は、さておいて、折角のオーストラリアの旅ですから,この地の洞窟に青く光り輝く土蛍の生息地見たいですね!

チイ:土蛍は、宮崎監督の「天空の城ラピュタ」に出てくる飛行石のモデルですが、見ることができるのは、クイーンズランド州とニューサウスウェールス州に限られているそうで、今回の旅では、諦めるより仕方がないわ!

精々、私にできることは、丹沢の麓の陣屋の庭に源氏蛍を放ってやることくらいね!

注:陣屋とは、秦野市鶴巻温泉にある老舗の温泉旅館、囲碁や将棋の大局が行われるところでもある。

ここで、升田が起こした陣屋事件が有名である。

ダンプテイ:そんな無残なこと、なんとしても土ボタルとやらを見たいもの

ここの土蛍は、世界8大不思議とまで言われ、洞窟の暗闇で無数の土ボタルが放つ彩りは素晴らしい。

ホタル科の甲虫ではなく、キノコバエ科のヒカリキノコバエの幼虫ですが、 “本家”の輝きにも優る神秘的な光だそうですよ!

もの思へば さわの蛍も わが身より あくがれ出づる 玉かとぞ見る 和泉式部

いずれにしても、蛍は、天の川のような光を放ち、南天の星の輝きで、人を審美的な魂の世界に誘い込む。

蛍って良いよね、もの静かで!

女房が旅行で家を空けたときのような静けさ

囀りの高まり終わり静まりぬ 高浜虚子

ハンプテイ:鳴く蝉よりも鳴かぬ蛍が良いとおっしゃるのね

ダンプテイ:こんな古歌がありまうからね!

恋に焦がれて なく蝉よりも 鳴かぬ蛍が 身を焦がす 山家鳥虫集

ハンプテイ:私もあんたにとっては蝉ということね!

蛍に憧れるなんて、蛍はあの世と現世の境界にさ迷う魂だというのに、たとえば、芥川龍之介の追悼の句をご存知ない。

魂の 例えば秋の 蛍かな 飯田蛇笏

芥川の追悼の句

ダンプテイ:憧れるのは、こんなもの静かな妻に憧れているんですよ!

狼に蛍が一つ付いていた 金子兜太

という雰囲気の妻であってほしい要望でございます。

お酒はぬるめの燗が良い

肴は炙ったイカが良い

女は無口な人が良い

なんて矢代亜紀が歌う舟歌があった。

それにお酒は静かに一人で飲むのが良いね!

白玉の歯にしみとおる秋の世の

酒は静かに飲むべかりける 若山牧水

ハンプテイ:和歌では、こんなのもあったわ!

声はせで身をのみこがす蛍こそいふより勝る思ひなるらめ 源氏物語

チイ:それでは、チイは俳句で勝負するわ

ダンプテイ:詩が飛び出すかとおもったら、和歌と俳句と家族芸能大会というところですね!

チイ:軍配は、阿久悠さんの舟歌ですね!

 

 

ダンプテイ親父の 捕らぬ狸の皮算用

第28話:

ダンプテイは、どうも子供のときからそそかしくていけません、早合点もいいところ、こんなダンプテイの早合点でのドッキリビックリの思い出話、捕らぬ狸の皮算用の話を紹介いたしましょう。

初代の社長は、富士フィルム出身の小林節太郎社長、その社長退任記念して年間でもっと会社に貢献した社員に節太郎記念賞が贈られることとなった。

第一回の受賞者は、富士ゼロックスで最初に小型複写機を開発した設計部の小林部長である。

それまでの商品開発は、親会社XCの専任業務であり、富士ゼロックスは、公式には、営業のみが事業内容であった。

そんな中、秘密化に研究開発を始めることとなり、その第一号の商品をリーダーとして開発したのが、小林部長であるから、そのの貢献たるや誰もが認めるものである。

この賞には、ダンプテイは、まったく縁のないものと思っていたところが、翌年の第二回目の小林節太郎賞の栄光ある賞に選出されたという話が伝わってきて、寝耳に見ずの話である。

貢献は、研究開発の成果の特許出願と社内での特許文化を作り上げたという功績らしい。

棚から落ちてきた「棚からぼた餅」とは、こんなことを言うのか、青天の霹靂である。

偶々、前回の受賞した山本部長と食堂で、一緒になったときに、受賞の話題が出て、その賞金とやら30万円に高級置き時計をもらったとのことである。

30万円といえば、当時の3か月分程の給料で、ダンプテイにとっては、特別ボーナスに、匹敵する。

正式の受賞式の前に、ハンプテイに話しをしたら、ハンプテイが申すには、これはダンプテイだけの聖かではなく、部下と、一緒に、勝ち得たものだから、宴会をしたらという提案、これは、中々ハンプテイお良いこと言うじゃないかと、使い道が決まった。

それでもお金が余るので、、それでは、ダンプテイがこれまで欲しかった、本木のデスクを買いたいんだけどとおねだりしたら、アー良いんじゃないということになり、早速、デパートに出かけて10万円を消費してしまった。

残りの10万円は、これまでダンプテイを景で支えてくれたハンプテイのために消費しましょうということで、決着あいなったわけである。

 

ところが、どうでしょう、授賞式で頂いたのは、時計の他に金10万円也である。

さては、ビックリ、これでは、既に10万円をデスクに消費し、宴会を開く計画を既に部下に手配してしまったのである。

さてさて、この謎はなんやらと事務に問い合わせてみると、その理由、その年の受賞者が3人であったために、賞金30万円は、3人に分割されて一人10万円だということらしい。

ナンタルチア、サンタルチアお失敗、ハンプテイにとっては、20万円の赤字である。

こんなことで、ハンプテイからの強いお叱りは、勿論のこと、ダンプテイの信用は、完全に地の底まで落ちてしまったわけで、

娘のチイに言わせれば、これが、「捕らぬ狸の皮算用」って、ことね、この夜遊び大好き皮ジャンの狸親父に家族全員されたが騙されたわけだわ」と、馬鹿にされるやら、糞も味噌である。

それ以来、狸親父のダンプテイと呼ばれることになったという訳である。

 

これ以降、ダンプティの話は、話半分でなくて、話1/3ということで、信用されなくなった。

 

このダンプテイ狸、家族を化かしただけで、はありません、上司を化かし、海外出張しての失敗談もありますから、始末が置けません。

ダンプテイは、外資系企業に勤める身、しかも、本社からは、毎月莫大な技術資料が提供される技術の宝箱が、図書館に眠っている。

こんな宝箱を利用する手はないと、せっせと自宅で、これらの文献を読みこなしてたおかげで、英語文献は、日本語論文程度にまで読みこなすことができ、少し天狗になっていた。

あるとき、技術役員と、会食してるときに私の特技は英語でしてね、なんて、自慢たらたら法螺を吹いたことがあった。

ところが、その後、日本の技術力が認められ、米国本社と日本の両技術陣との間で、技術交流会が毎年行われることがけってされた。

両者の技術力を競うこととなり、互いの技術の移転を促すことが目的である。

さて、第一回その重要な役割を誰が担うのか、注目されるところであるが、さて、第一回の重要な役割を誰が担うのか、注目されるところであるが

その3人の候補の一人としてあの技術役員からダンプテイが指名されて、びっくりである。

「ダンプテイは、英語が得意と言っていたけど、、大丈夫だよね」と、念を押されるが、今更、「英会話は、得意で有りません」とも言えないから、此処は、度胸、「大丈夫です」と、お答えしたが 内心は、英語での技術交流の責任は重く不安で一杯

早速、英会話学校で特訓と相成ったが、そんな短期間では、技術交流を仕切る力にはおぼつかないのは当然である。

それでも、出張での1週間は、大変で、こちらからのプレゼンテーションはなんとか予習が出来て、無時、終えることが出来たが、相手方のプレゼンテーションでのヒヤリングは、中々、理解には及ばない。

4日間の技術テーマは、大変な量であり、これらを整理してまとめる報告書をどうするかが頭を悩ます処である。

なにしろ、分担してまとめるにしても、膨大な内容であり、ダンプテイの英語良では、理解できなかったテーマも多いから、まさに万歳状態

そこで、こんな方法を考えた。

各、プレゼンした技術者、研究者に、1ペー形式で、プレゼンテーションの概要要約と、質疑応答の骨子、今後の課題を各自、相互組織の今後の計画等をまとめさせることとした、そして、最後の日に、先方の幹部の前で、プレゼンしてもらい、課題に関しての今後の進め方、相互の依頼事項等を議論して、その場で、合意事項をまとめる方式をとることにした。

そのことにより、帰国後、殆ど苦労することなく出張報告が、出来、先ずは、狙いの技術交流を責務を果たすことが出来たのである。

それ以来、毎年のように、米国と日本で、この形式が踏襲され、両者の技術交流が深まっていく行くおととなった次第である。

「為せば成る為さねばならぬ何事もーー」、「英語は得意ですは、まったくの嘘ではなかったが、法螺吹きダンプテイの一言から始まっての大役が実を結んだわけで、当方にとっては、良き試練の場となり、その後の業務の展開に重要な結果をもたらしたわけで、この狸の大法螺も満更でもないと思う処である。

さて、この技術交流会では、連日の「ように、パーテが催されるが、面白い事件というか、失敗談があるので紹介する。

あるレストランに招待され、ここの「名物は、ビックリステーキがあるから挑戦しないかとのことである。

どうやら、このダンプテイが宴会の早食い大会で優秀した経歴があると、誰かがフレコンでのことだったらしい。

さて、登場したのは、ステーキ800gがダンプテイの前に、どっさである。

おまけに大きなじゃが芋もついている。

味は悪くはないが、500g も頂ければ、もうダンプテイのお腹も満腹ではちきれんばかり

これは、もう、我が腹は満腹、「ここに日本軍は終に降伏致しました」と、白いハンケチを振り上げて、

店員が最後にドギーバックは如何ですかと聞いてくる。

その意味が分からず、どっきりバックみたいなお土産ではあるまいかと、サンキュウ、サンキュウなんて、生返事

しばらくすると、店員は、何と残した肉をバックに包んでくれる。

折角のお土産なので有難く頂きことにしたが、勿論、帰りにゴミ箱入りである。

こんな話を帰国して、ハンプテイに土産話にすると、ハンプテイ、こんな狸腹の親父が日本から訪問したからさぞかし、大食いと思って、1kもの肉をたべさせられたのよ

デバラ:確かに、この狸腹では、そう思うの無理はないと、我ながらお涙頂戴です。

嘆けども月はや満ちて狸腹 南瓜顔なる吾が涙かな 西行法師 半藤一利

「それにしても、日本からの訪問客だから、こんなレストランに、犬なんか連れて来る訳ないのに、頓珍漢な質問するものね」と、ハンプテイが申すが、最な話である。

さて、狸といえば、信楽焼きの信楽狸は縁起物、老舗の「料理店の店頭には、この信楽狸が、でんと、店番をしていることが多い。

得意の駄洒落を込め狸親父の海外出張の思い出と縁起狸の詩でもご披露致しましょう。

でっぷりお腹の決断と

徳利、備わる人徳で

がっぽり稼いで他人抜き(狸)

大き金玉 手に入れて

最後は、万歳 ダンプテイ

さて、このダンプテイ、その後、日本三大狸の里、讃岐の高松の大学に勤務することとなりまして、屋島の狸を愛する会の会員でもありました。

狸腹 ポンポコリンのスッポンポン

狐か狸か化かし猫 騙し騙され金捕られ

ハンプテイの大蔵省が申すには、最近流行している、あれこれ、会員を集めての狸商売「がはやっているそうで、これを狸商法というらしいけど、、その会員とやらと、色々話を持ち掛けて、御金をパックリ化かし取られるのではないかと非難する。

そんな、冷たい家族の関係を改善すべく、笑いを取ろうとこの狸連句会を始めることとした。

これはなに 陶の狸の とぼけ顔 ハンプテイ

狸様は、とぼけ顔して、すっかり他人を信用させて騙す手口を狸商売と申します。

黒ダイヤ だましだまされ 狸腹 チイ

でもありますと娘のチイ

それならばと、ダンプテイ

風に吹かれて ブラブラ飛んで

狸は、悪徳商売では、ございません。

店先に置かれている陶の狸様、その巨大金玉は、お金がもうかって金袋が一杯になり、その重みで、キンタマ袋もじゃらじゃら

すると、娘のチイも

夜寒する 狸親父の 与太話

美味い金儲け話がないかと、赤提灯で酒を飲みながらの与太話にふけることとなる狸親父だそうである。

ハンプチは、さらに

赤提灯の 爺のたまり場

ところで、この連句の発句とその脇は、季語が同じで、同じ場所の関係性が求められるけど、まったくルール無視の連句でありますが、マー素人家族でありますかtらお許しを

それにしても、家族そろって、狸親父を馬鹿にするのであります。

ところで、狸は、縁起物というのも「他人を抜く」というタヌキに肖って、他店との競争に勝って、大繁盛、になると、レストランだけでなく、芸能界でも大変人気だそうである。

もっと具体的には、狸様の八相縁喜と、商売繁盛の縁起もの

1:大きなお腹は、通って安心の安心感

2:傘は、災難から守ってくれる災難除け

3:大きな目は、お客様を良く見て役立てる

4:通い帳は、つけも良いよと信用大事

5:とっくりは、徳利があります

6:大きな尻尾は、終わり良ければ全て良し

7:愛嬌よしの顔は、御愛想が良ろしいようで

8:大きな金玉は、金が一杯の金袋ぶらぶら

まさに、欧州のレストランの店頭に坐するバッカス様なのである。

すると、伴侶のハンプテイ、狸商法とやらで、商売繁盛で狸御殿とやら夢みたいなことが期待できるってわけね、これこそ、「邯鄲の枕」と、いうやつ!

邯鄲と、言えば、中国の故事に出て来る、国王となったという夢枕、狸に化かされた一時(とき)の極楽天国では、ないかしら!

それにしても、感嘆致しますは、狸寝入りでのんきな夢を見る狸の股蔵

客僧の狸寝入りや薬食 蕪村

 

なんて、中国の故事迄飛び出すから、供与のある妻を持つダンプテイは、辛い

我が娘のチイにいたっては、「なんでしょか、唐突に狸の股蔵が登場したりして、それにしても、無防備に、あの大きな金玉などご披露されているとは、

と、この「親にしてこの娘あり」で、紺吾俳句迄飛び出す。

秋の暮れ 仏に化ける狸かな 蕪村

全ての己を晒して、信ずるは己のみで、他人には、依存いたしませぬ狸でございます。

と申せば

チイ、「こんな、夢ばかりみている狸親父の股蔵から「た抜き」の如きに「た」を抜けば、枕、すなわち邯鄲の枕と、いう趣向」

お金がジャラジャラと大金をため込んでいるかと思えば、単なる神社の砂利石ばかりで、がっかりでございます。

なんと、このチイの駄洒落言葉には、感嘆致しますが、親の金をあてにするなど、情けない。 

いつまでも あると思うな 親の金

ないと思うな 運と天罰 

確かに、我が狸親父の父上様の金玉は、ビックリするほどデカだったけど、あるのは、でかいキンタマだけで、肝心のお金は、ありませんで、遺産は、誰が絵が居やのかも分からない掛け軸3本だけでしたから」と、ダンプテイが申せば、

ハンプテも「それに、お父様のキンタマがでかかったのは、脱腸の御病気のせいだったそうじゃないですか、「こんな先祖の悪口をなさるとは、天罰があたりますぞ!」

それに、なにや、ダンプテイが弁理士試験に合格したのも狸様の御蔭ではありませんか

と、ハンプテイの御忠言

そう言えば、この狸様に、肖って、ダンプテイの弁理士試験のときには、面接試験では、面接官を化せるよう狸柄のハンケチ持たせていただいたことがある。

喜びを何で包まん妻心狸ハンケチそっと手渡す

その折は、有難うございました。

それに、光輝くように高級な洋服まで新調して頂きまして、

金(赤)玉は 緒さへ光れど 白玉の君が装い かくもありけり

と、我が狸の金玉親父ももハンプテイ様の心づかいで、光輝いたという訳ですね、ハンプテイ様と申せば!

ハンプテイ、そうですよ、脳なし種なし味もなしのダンプティも家族の支えがあってこそ、無事に面接官の眼も化かして合格し、合格の感謝として、狸そばをご馳走いたしましたわ。

何年間もダンプテイのためにと、試験勉強に御金をつぎ込んで応援させていただいたこともつゆ知らずで、ございましたから、そのお礼は、せめてもと、狸蕎麦

味なひと ツユが滲みてる 狸そば ハンプテイ

このハンプテイ俳の俳句を聞いて、ダンプテイ

狸そばだけでは、感謝の意がないじゃございませんか、せめて天麩羅を付けた天麩羅蕎麦くらいにしないと」と、ダンプテイが申せば

ハンプテイ、十年もハンプテイが耐え忍んでダンプテイを支えてきたこともも露しらずですわと、俳句

蕎麦天や 天麩羅貴方 ツユわたし ハンプテイ

天麩羅の味もツユ次第と、申します。

まあー、ダンプテイが主役で、ハンプテイは、あんたの味付けで、ツユのありがたみをダンプテイはつゆ知らずでございますわ!

ダンプテイは、失礼申し上げました、ハンプテイ様、誰の御蔭かもつゆ知らず

蕎麦ツユを タレと申せば 馬鹿っタレダンプテイ

誰の御蔭で合格したのかもつゆ知らず、ダンプテイが馬鹿でございました。

狸蕎麦 タレの御蔭か ツユ知らず ダンプテイ

味なひと(男)ツユが滲みてる狸そば

蕎麦は、つゆと山葵が無ければ美味くは有りませんから、これからもツユをどっさりつけて有難く頂きますよ!

先程から御両人が交わしている相合傘の俳句応答を聞いていると、

:去年今年 俺はあんたのそばが良い

狸ソバやら 狐ソバ

と,チャンチャラ恥ずかしくて、聞いてはおれません。

信州信濃の 新蕎麦よりも わたしゃあなたの そばが良い

という感じかしら!

ハンプテイ:中には,蕎麦が大嫌いな人もいますけど!

ダンプテイ:まさか、ダンプテイのそば、嫌だとは、いわないでしょうね!

ハンプテイ:ダンプテイの白い歯から漂う、親父臭が無ければの話だけど、

山畠や そばの白さも ぞっとする 一茶

継母に虐められ、義理兄原弟と相続争いをした故郷に咲いていた蕎麦の白い花を思いだすと、身の毛もよだったとか!

ダンプテイも似たり寄ったりですわ!

ダンプテイ:最後に何とことを申される、私はあんたの傍が良い、蕎麦の花といえば、

貧村に咲く寂しい白い花

白居易にもこんな漢詩がありますね

題:村夜

霜草蒼蒼虫切切

村南村北行人絶

独出門前望野田

月明蕎麦花如雪

蕎麦の花が雪に譬えられ寂寞を催しますが、同様に雪と譬えられる寂寞の花は、梨の花のようです。

東欄の梨花 蘇軾

梨花淡白にして柳は深青なり

柳絮の飛ぶ時花は城に満つ

愁嘆す東欄一株の雪

人生幾たびの清明をか見得ん

白居易は、蕎麦をこんなに美しいと賛美してるではありませんか

ハンプテイ:ところが、ダンプテイが愛する小林一茶は,蕎麦ではありませんが、故郷での辛い仕打ちを俳句にしていますね!

ふるさとや よるもさわるも 薔薇の花

人を刺すのは薔薇ですが、

ふるさとは蠅まで人を刺しにけり

と、蠅にまで刺されると余程故郷には悪い思い出があったのでしょう。

故郷を離れて暮らす信濃については、やっぱり蕎麦が良いと

信濃では 月と仏と おらがそば

ハンプテイいとっては、

我が家では 金とあんたが おらのそば

と、言って頂けるとは,有り難い。

ハンプテイは、そこまでは,言ってませんけど、このはやとちり!

ちりとてちりとてとてちりてん

「マーこんなダンプテイ親父でも傍にいれば、三味線弾きの慰みのもなるから蕎麦においときましょうか!」とハンプテイの捨て台詞に

チイ、「マアマアー、蕎麦をツユのドブドブに浸した

熱々の蕎麦ですこと」

蕎麦の通な食べ方は、ちょっとだけツユをつけるのが食通だから、御両人が抱き着くように密着していては、粋な食べ方ではないですよ!

ところで、狸と蕎麦の話題が登場しましたから、ここは、狸とうどんの話題とさせて頂だかなくては、とダンプテイ

狸といえば、信楽焼きに、笠間焼、そして屋島の狸が三大狸とやら

この屋島のダンプテイの愛宕の四人だぬきが連れ添ってが旅行をしたことがある。

はせ参じましたるは、足柄狸、髭狸、助平狸に京狸の揃い組の珍道中

紺吾ことを言えば、誰が助平狸だとうちわもめ、それではと、禿げ狸と変名してことは、無事決着

さてさて、屋島といえば、弘法様の故郷、弘法様が道に迷ったときに、助けられたのが、狸であったとか、それが由来で、屋島には、お遍路姿の狸が二匹、神社の前に鎮座されている。

そういえば、太田道灌が道に迷って助けられたのが手招猫の話、狸と猫は、商売繁盛の縁起様、共に道案内とは、人生の案内としての御利益と、いうことらしい。

さて、猫と違って狸様、商売繁盛の守り神で店頭にどかっとお腹を出してふんぞりかえっておられます。

:お金が懐にあるだけで、なんとなく懐が温かくなる春が来たと浮かれ狸ですね!

と、ダンプテイが申せば、

ハンプテイ、「お金が全てじゃないよね」と、いうセリフ、お金持ちじゃないといえないわね!

同じような洒落に,猿の毛の話し!

証券会社のアドバイザーにどうし

 

たらお金がもうかりますかときいたら!

アドバイザーは、「猿の毛を抜いたらどうでしょう」と、答えたとか!

だって、mankeyからkをとればmaney

今時、こんな洒落がいえるアドバイザーが居たら最高だけど、とハンプテイのお笑い

チイも負けずと、それにしても、狸みたいな親父、夜の銀座にたむろたしたら、即、警察に通報されちゃう」と、親父にご忠告

我が、狸親父が着てるのは、高級な牛革ですよ、でも、この歳では重たくてね、肩が凝りますは!

革ジャンも 重たき歳や 里の雪  

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ダンプテイ親父 南十字星を語る

ここは、タスマニアの森の中、ハンプテイが空を見上げて、「見て、見て、空の上、月が出てきたわ、何て素敵な夜空、愛の宴に相応しい夜が更けていく」と、感傷的になっている。

白玉の歯にしみとおる秋の夜の酒は静かに飲むべかりける 若山牧水

ここは、静かに、お酒でも頂き、月光を見ながら、李白の静夜思を思い出しましょう。

牀前月光を見る

疑うらくは、これ地上の霜かと

頭を挙げ山月を望み

頭を垂れて故郷を思う

この夜空を見ていると、故郷の美濃の山々を思い出しますね!

小鳥でさへも 巣は恋し

ましてや秋風、鰯雲

秋の枯葉が落ちていく

故郷恋し 伊吹山

12月ともなると、伊吹山からの雪おろしで身のは寒くなるけど、真夏だというのに夜も更けてくるとタスマニアは、足元が冷く、堪えます。

ほろ酔いて フグリは冷えし タスマニア

嫌だ、また、ダンプテイのフグリがご登場、もっと、ロマンチックにいかなくては、とハンプテイ

それでは、ロマンな詩を一つダンプテイに披露しますわ

題:南天の空の歌

今宵はタスマニア森の中

夜空に輝くオリオン座

犬座が狩人追いかける

追いかけられる一角獣

夜空の微光に照らされて

南天星の狩り遊び

今は、南国では真夏の2月だというのに、夜は、冷え冷えと肌寒い風が吹いてきて、夜寒のバーベキューは、ハンプテイには、体に堪えますわ!

今晩は、星空を見るためバーベキュを屋外の施設で楽しんでいるが、ここでは、森林火災の危険があるため、電熱器を使ってのバーベキュでは、情緒にかけますね!

ダンプテイ:森の中の空気と水は、澄み通って、光に満ち溢れていたユーカリの森は、薄暗く、満天の星が輝き始めましたね

遠くより 見る冬の日の 星ドーム

空を見上げると、そこには、巨大な天の川、痛いほどに輝く星の数々、流れ星が悲しげに流れて行くが、それは天空の一隅に過ぎない。

流れ星 使い切れない 空の丈 鷹羽狩行

この流れ星は、魔女の仕業という言い伝えがありますが、どうでしょう、ハンプテイ魔女様!

宇宙掃く魔女の仕業や流れ星 中村敬

ハンプテイ:流れ星といったら、魔女だけど、動物では、狼や狐、それも銀色の狐が登場するわね!

フランスの作家、サンデグジユペリの星の王子は、狐との対話で

「狐と仲良くなって、別れる時の悲しさに王子が相手を悲しくさせるなら仲良くしなければ良かった」

と、言ったとき、狐は、「黄色く色づく麦畑を見て、王子の美しい金髪を想いだせるなら、仲良くなったことは,決して悪いことではなかった」

と、答えたのよ!

そして,「大切naものは、目に見えないから」

と、言う有名な台詞あったけど、こんな童話世界に案内してくれるのが夜の星ね!

ダンプテイ:狐の言葉を想像しながら空を眺めていると、こんな夜空の歌を思い出します。

「泣かせたのは,俺なんだ、だって、あまりにも可愛くてキスせずには、いられなかったんだもの」

嘆きつつ 空なる月を 眺めれば 涙ぞ 天の川と流る 中平物語

この和歌に対しての慰めは、

天の川 君が涙の水ならば、色事にてや 落ちたぎるらん

古来、天野川は、恋物語の材料とされてきました。

星空はロマンを誘っている。

題 星は何を見てる

星は昼寝て 夜起きる

大きい目玉は 何に見てる

子供のおねしょを見ているか

それとも男女のキスみてる

星はあちこち走ってる 

逃げても逃げても追いかける

星はなんでも御見通し 

嘘はつけない騙せない

世界一、空気が澄んでいると言われるタスマニアならではの星空、星が瞬く暗闇のスクリーンが霧に包まれて浮かび上がり、星々が審美的に輝き点滅している!

と、いつになくダンプテイは感傷的になっている。

ハンプテイは空を眺めて、

:また、流れ星よ!

旅かなし 銀河の裏を 星流れ 野見山朱鳥

「夜空が美しいのは、王子が薔薇と暮らしてるから」という星の王子様の童話があるわね!

それに、銀河を眺めていると、坂本九の「見上げてごらん夜の星を」の歌を思い出すわ、

皆で歌ってみましよう!

見上げてごらん夜の星を

小さな星の小さな光が

ささやかな幸せを歌ってる

見上げてご覧夜の星を

僕らのように名もない星が

ささやかな幸せを祈ってる 永六輔

チイ: あっ、あっちの方向に南十字星がキラキラ輝いている!

ハンプテイ:満点の空に散りばめられたダイヤモンドの輝き、犬フグリの花のように小さい星々が一杯に散らばっている。

チイ:「犬ふぐり」は、どんな花かしら?

ダンプテイ: 花は、とっても可憐で、多くの花が一斉に開くの!

だから、犬フグリは星の空と対比しての俳句が多いのよ!

犬ふぐり 蒼天の色 宿しをり 永峯勇

チイ:、有名な犬ふぐりの名句は、高浜虚子

犬ふぐり 星のまたたく 如くなり 

それにしても面白い名前ね、「犬ふぐり」って?

ハンプテイ:「犬ふぐり」は、小さな星の散らばり花のように咲き誇って光輝いているの!

ダンプティのような光輝かない男を「ふぐりの無い男」と言うでしょ!

ダンプテイ:ロマンチックな星空を眺めながら、何と俗っぽい「ふぐりなき」ことをハンプテイは、おっしゃる。

ダンプテイ様の「ふぐり」は、そんな惨めなものでは、ございませんよ!

芋頭 洗い終えたる 男振り

という漢字でしょうか

ハンプテイ:男振りが良い、味も良いと、ついに衣被(きぬかつぎ)が登場とは,恐れ入谷の鬼子母神

衣被 つまむ夜更けの おもひあり 清水芳郎

と、もっと上品な俳句で、ハンプテイは、お返しいたしますわ!

こんな夜更けにビールを飲んで、おつまみに、ネバネバの衣被のお醤油味がなんとも言い難い、ほんのりとした甘味、こんな料理はメルボルンでは頂けるなんて、なんて幸せ

今日は、ダンプティの誕生日だから、衣被に加えてサラダも一品追加いたしましたわ!

ダンプテイ:僕の誕生日7月6日を忘れないでいてくれたなんて、これぞ、サラダ記念日ですね!

この味はいいねと 君がいったから 7月6日はサラダ記念日 俵万智

家族に祝福されて、サラダ記念の誕生祝いに衣被までご馳走になろうとは、ダンプテイもびっくり

今生の 今が幸せ 衣被 鈴木真砂女

って、とこですね!

チイ:衣被とは,なんでしょうか、食べて幸せな衣被、それとも「チンコロ芋」のようなネバネバ感の「へのこ」なのかしら!

ダンプテイ:「酒を飲んでるから」と、言って、あまりにもこの娘のフシダラな発言に糞害、チイは、それこそ、

ふしだらな 女と呼ばれ 衣被 宇多喜代子

では、ないですか

チイ:マー、恥ずかしい、どんな顔して御芋を食べたらいいのかしら、こんな立派な衣被!

ダンプテイ:こんな、具合で食べればいいんですよ!

お嬢様 うつむいて 食べる衣被

それとも、万太郎さんの俳句を拝借すれば、

衣被 むきつつ春の 憂いかな 万太郎

ところで、芋頭だけど、洗うときには、芋と芋とを相互に擦り合わせて、一皮剥けば、「はっと」するダンプテイのような男前が現れる。

ハンプテイ:男というものは、若いうちから良い顔というものは、絶対にないよね!

一生の苦楽を積み上げて男を磨くということですから、ダンプテイのようなナマクラ人生では、一皮むいても男振りと、なりませんよ!

この石ころも こも身の上も

磨いて光るものならば

どんな苦労も厭わずに

朝から晩まで磨きます

知恵を絞って磨きます

磨いて光るものならば、

わが身を磨いてみせましょう

全身全霊磨きます

臍の穴まで磨きます

男にとって、良い顔は、産まれながらの容貌ではなくて、様々な人生経験を積んで磨かれる逞しさと自信、そして渋みが毅然として表面に出た何かと池波正太郎も何かで書いていたけど!

チイ:大宅荘一だったかしら、「男の顔は、履歴書、女の顔は鑑定書」なんて、おっしゃってた。

ハンプテイ:大宅荘一さん、東大卒で、ジャーナリスト、文士とか履歴が豊富なことを自慢されているけど、なんという女を侮辱する発言でしょう!

自分は芋頭みたいなお顔をされているのに、女の顔の評価なんぞしたりして

ダンプテイ:このお方、学生時代から毒舌家として知られていますから、きっと、自分は、若い時から頭を鍛えていらっしゃる。

だから、「一皮剥けるた衣被のような俺の芋頭を見よ」と、自分の顔を自慢されているわけですよ!

チイ:芋頭の磨き時が重要で、年老いて熟し過ぎてしまえば、磨きがいがないというもの,ダンプティは、磨き時を逸した大石由良の介ね!

やはり、男を磨くには、若い内に限るわね、「息子を立派にするためは、親から離して旅に出せ」という格言があるみたいに!

蛤の ふたみに別れ 犬フグリ

なんて、句は成立するかしら!

チイ:これって、芭蕉が弟子の曽良奥の細道の旅を終えて、大垣で別れるときの句

蛤の ふたみに別れ 行く秋ぞ

のパクリですね!

ダンプテイ:この「蛤俳句」は、芭蕉奥の細道をスタートさせた時の

行く春や 鳥鳴き魚の 眼に涙

と、奥の細道の初めの句と対をなす奥の細道の最後の締め俳句でして、生類憐みの令に沿った俳句、兄の半佐衛門の好物である蛤に喩えての別離を暗示していますね!

ところで、「蛤」と「芋」と「奥の細道」と「ふぐり」と、とんだ色狂いの道に、ダンプテイは、迷い込んでしまったようですね、反省、反省

ところで、曽良は、芭蕉との奥の細道の旅の終焉となる大垣にたどり着くと、旅の疲れか、お萩の食べ過ぎか、お腹を壊してしまった。

ゆきゆきて 倒れ伏すとも 萩の腹 

チイ:嫌ですね、曽良の句は、しっかりと、萩の原とかいてあったはず、お萩の腹ではございませんわ!

ところで、曽良との旅連れを失った芭蕉

「行くものの 悲しみ残る 者恨み」と、書き残し

さらに

今日よりや 書付け消さん 傘の露 芭蕉

と、奥の細道の旅を終焉させていますね!

ダンプテイ:きっと、曽谷と芭蕉の行脚の旅傘には、同行二人と、書いたあったに、違いない。

それを芭蕉は、涙しながら、消して別れたことでしょう。

その時の夜空には流れ星が

でも、やっぱり、このタスマニアの夜空を見ていると、星が愛のように見えてきます!

宇宙飛行士、L,ヒューズは、星について、こんな詩を作っている。

愛とは、むき出しの驚きで

歌う星たちのことだ

砕け散る岩々 翼で飛ぶ山々

チイ:星の輝きが遠い昔に発せられたものだから、

遠い昔のこともお見通し

星は、何でも知っている

今夜私が見る夢も

優しいナイトが現われて

二人で出かける雲の上

注:水島哲 元の詩は、今あの娘がみる夢

チイ:星は,なんでも知っている

夕べあの娘がないたのも

かわいいあの娘のつぶら

その眼に光る露のあと

生まれて初めての甘いキス

棟がふるえて泣いたのを 水島哲

御星様は、チイの夢のこと、ロンとのランデブーのこと、何でも知り尽くしているのよね!

チイは、ダンプテイのこと、何にも知らないけど!

チイ:それでは、この際に、ダンプテイのルーツも伺っておきたいは?

ダンプテイ:知っていることは、関市の郷戸町というところにダンプテイの父親が養子にきたのですが、本家は、隣で戸田屋というお菓子屋を営んでいた。

どうやら、大垣の戸田藩主と関係があったらしいが、詳しいことは分からない。

昔は、街道沿いに種々の店が並んで、賑やかな街だったが、今はシャッター通リで、見る影もない。

それに、幼い頃の田舎言葉は、何年たっても懐かしく、忘れられない。

はよおきんさい おきんさい

まわしは できちょるか

いそがんと まにゃわな

家ん中で 遊んどらんで 外へ行きんさい

帰ったら饅頭すきやで どえらえ買ってれ

かえへん かえへん 金ねえも

ハンプテイ:こんな方言を聞いちょったら、父や母とのこと、思い出しちゃいますね!

ダンプテイ:お爺さんも年を取ったら、呆けが始まって、兄も苦労したようですね!

家を飛び出して、雪の中、探し回ったとか!

ごはんまだ さっき食べたよ 御爺さん

こんな姿になったら、ダンプテイ、夢も希望もございません。

爺さんや 探すは指輪か 薬指

チイ:星の話に戻るけど、星空をみつめていると、南極点を中心として南十字星は、時間と共に、東の空から夜空の星が動いているように見えるけど、気のせいかしら

ダンプテイ:星は、時計回りに回転しているから、星を眺めていると、宇宙の動きが分かりますね!

チイ:天空が回転しているのでなく、地球が自転をしてるのよね!

コペルニクスの地動説と、いうやつ。

ですから、北半球では、天空の星が反時計回り、南半球とは、反対方向に回っているのよ!

ハンプテイ:チイは、星のことだったら,何でも知ってるのね!

ダンプテイ:随分とロマンチックな思い出じゃないですか、ハンプテイ!

それでは、オーストラリアの星の国旗のことも知ってるますね、ハンプテイさん

ハンプテイ:勿論よ!

オースオラリアの人達は、南十字星をとっても大切にしてい.るから国旗に描かれているユニオンジャックの右下に南十字星の5つの星が描かれているのよ!

それに、7稜星といって7つの峰も描かれている。これは、5つの州と特別区2つを合わせて7つの星で豪州全体を意味している連邦の星ですね。

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あちらの方向の空を見上げて見て!

南十字星の中で、最も明るく輝いている星は、十字の中心から離れているアクルックス星よ、

この星の中心からの距離を4.5倍のところが南極なのよ!

ダンプテイ:ハンプテイは、なんでもお見通しなようですね

航海をしていた人は、この星を見て南極の方向も知ったいたわけで、「クック」がこの大きな島を探したのも、南十字星の御蔭かと、思うと、星空をながめるのもロマンチックですね!

チイ:日本では、南十字星なんか観察できないから、日本に帰って、友達に自慢しようかしら!

注:日本南端に位置する波照間島小笠原諸島では、この南十字星を一目見ようとする観光客が多く訪れている、地平線ギリギリなので、条件良く見えないことが多い。

チイ:アボリジニは、このタスマニの島で、何万年もこの南十字星を眺めていたのね!

どんな気持ちで眺めていたかと思う、とロマンチックだわ!

ほれ、また流れ星だわ!

流れ星 あれば 男は嘘をつく

ダンプティが嘘をつく程、星が流れているわ!

だって、ダンプテイは、白河夜船の嘘ばっかり

ダンプテイ:嘘をついても咎めては、いけないというのが柳田國男の教えですよ!

子供は、たわいのないシクジリを弁解する嘘をつくことがあるから、そんなときに、親は、「嘘つきは泥棒の始まり、二度とそんな嘘をついとては、いけない」と諌めるたりしないで、「嘘に決まっているわ」と、大きく笑い飛ばして上げるのが子供の教育には、良いのよ!

嘘は知恵の始まり、冒険の始まり、想像力の発揮であるから、嘘は今のダンプテイを育てたようなもの!

ハンプテイ:マアー自分の嘘を正当化することの旨いこと、これも親の教育の御蔭なのかしら?

それって、知っていても知らないふりをする嘘の振りってやつね!

ダンプテイ:その通りです。例えば、ダンプテイが高校生の頃に引き出しに避妊具を隠していたらお母さまが見つけてしまった時のような気持ね!

子供も年頃になり、親にも話せない秘密をもってしまった息子には、知らないふりをするのが肝心というわけね!

昔は、オナニーが死に至る行為だとか、道徳に反する行為だといって、言葉にすれば、少年の心を傷つけ、いつまでも心に傷がついて癒やすことができなくなる。

そんなときには、そっとしてあげるのが親心というもの!

こんなことで、神様は咎めやしない。

そういえば、北半球では、北斗七星が北極点に輝き、多くの神話が生まれているが、南十字星についての神話は、あまり聞かれませんね!

だから、カンガルーとか、コアラが星座の名前となることは、なかったわね!

チイ:星座の誕生は、古代バビロニアアッシリアで生まれ、ギリシアやローマに伝わって、そこで多くの神話や星座が生じた訳ですから、星座の物語は、主として北半球の西洋文化の遺産ですね!

ハンプテイ:「南半球では、文字文化が遅れていたから、神話が語り継がれなかったのよ」と、いわれるけど、このオーストラリアの洞窟の中には、牛や星空の絵が描かれているんですよ!

きっと、神話のような物語が「語り継がれていたと思うは!

大航海時代に熱狂的なポルトガルやスペインのキリシタンは、南十字星を十字架のキリストとして崇め、導いてくれる神として眺めたに相違ない。

ダンプテイ:エジプトでは、北斗七星がイシスの神として崇められたのも、農耕や暦に天空の観察が重要で、特に北斗七星は、重要な役割を果たし、守り神としての対象となったようにね!

:ピラミッドの墓通路と星座との関係の秘密を示す図

チイ:昔の人は、毎夜のように夜空を見、色々のことを想像していた訳だから、天文学が随分と発展していたそうじゃない。

例えば、北極星とピラミッドの位置には、密接な関係があるってことも!

天文学は、農耕や暦にとっては、極めて重要で、神とも関連していたことから、霊感を感じるようにピラミッドが設計されているらしい。

ダンプテイ:北極星とピラミッドとは、霊的な扉を開く鍵で、北極星がこのような位置関係になったとき、自動的に霊的な生命エネルギーがピラミッドに流れるように設定され、北斗七星と霊感とは、深い関係があるそうですね!

ギザのピラミッドですが、王の間から北に延びるシャフトは、北極星を、南に延びるシャフトはオリオン座の三ツ星の一つを指して、不思議なのは、オリウスのベルトといわれる3つの星と同じ位置関係にビザの3つのピラミッドが配置されているとのことです。

クールに青白い光を放つリルゲ、燃えるような真っ赤な光を放つペテルギュウス

日本では、リルゲ/は源氏の白旗、ペテルギユウスは、平家の赤旗3つの星を挟んで争っているとされている。

万葉集にも

きたやまに たなびく雲の 青雲の 星離れ行き 月も離れて

と、持統天皇の詠まれた短歌がありますね! 

チイ:チイが知ってる歌は、柿本人麻呂

東の 野にかぎろいの立つ見えて かえりみすれば 月傾たぶきぬ

と、古歌にも星空のことが歌われているわ!

ダンプテイ:エジプト文明と星座とは、強い関連性がありますが、仏教界でも、北斗七星が守り神としての亀蛇(聖獣)で、お墓には、天文学の知識が反映されていましたね!

例えば、亀蛇の画像は、キトラ古墳や高松古墳等でも墓の北の守り神として描かれていますね!

亀は、お墓を守る聖獣として、蛇は、神との導きを示すものとして一体で絵が描かれていることが多いようですよ!

それに、北斗七星は、柄杓のような形ですが、蛇の形にも似ていますね!

チイ:蛇の頭の先が北極星なの、北の守り神としての蛇と北斗七星とは、深い関係があり、中国では、帝王であり、星の王子とも言われているのよ!

ダンプテイ:そういえば、諸葛孔明が死期を悟った時に、北斗七星に向かって我が命を祈願した

ああ五丈原 秋の夜半

嵐は叫び 露は泣き

銀漢清く 星高く

神秘の色に 包まれて

天地微かに 光るとき

無量の想い もたらして

無限の淵に 立てるを見よ

功名いずれ 夢の後

消えざるものは ただ誠

心を尽し 身を致し

成否を天に 委ねては

魂遠く離れ行く    三国志

ハンプテイ:まさに、諸葛孔明こそ、夜の帝王ということですね!

デハラ:何をおっしゃる、私しめダンプテイも夜の帝王、と錦糸町では、呼ばれていました。

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チイ:また、ロクンチックな夜星の話題に突拍子もない夜の帝王が登場なさったりして

怖がって、一人では、外にも出られなかったくせして!

ダンプテイ:それがダンプテイの正直なところ、新しいスナックには、怖いから入れないでいた病者でした。

そういえば、同僚の夜の帝王と名付けていた今岡さん、馴染みのスナツクへ、お連れしたら、この店に初めてだと、いうのに、「オッパイ大きいね」とか、なんとかいって、触っている。

その手を跳ねのけて、

股膝3年尻八年オッパイ触るは18年

と、叱ってやりました。

二次会には、フイリピンに行こうと誘うのが煩かったが、このお方、オツムも今東光のようにテカテカ、久米仙人みたいに助平でしたが、今も健在かどうか気になっております。

ハンプテイ:ダンプテイは他人のことなど言えませんわ、美女のオッパイを見ると、直ぐに神通力を失ってしまうのが久米仙人だから!

ダンプテイ:ハンプテイ様、ふざけてはいけません。

久米仙人が、神通力を失なったのは、おっぱいでなくて、洗濯女の白い足を見て、卒倒したんですよ!

ハンプテイ:余程、久米仙人は初心な男だったわけね!

川表に乙女の群れの脛白く

浮て踊りて 水に映る花

元歌 大海に乙女の群れの脛白く

浮て踊りて 水に咲く見ゆ 太田水穂

チイ:それにしても、禿げのロンさんの前で、禿げは、助平だなんて口にするのは、失礼なこと!

ダンプテイ:ロンさんは、賓頭盧の美青年、寛容なお方ですから、ダンプテイ親父を許して頂けますよ!

お詫びに賓頭盧さんのように、衰えたところをナデナデしてあげれば、ムキムキ回復して元気になりますよ!

チイ:嫌だ、ここまで言ったら、いくら義父でも許せない発言!

閻魔大王も許さない地獄行きで

閻王の 口や牡丹を 吐かんとす 蕪村

と、蕪村の境地

ダンプテイ: 奈落の底に 入りぬれば 刹理も首蛇もかわらざりけり 高丘親王

こんな歌もありますから、何れにしても奈落の底に落とされるのはとっくに覚悟ができたおります。

これも因果な私の魂の悪戯の仕業でございますれば、お許しを!

ロン:しかたがございません、なにしろ、チイの父、母上様ですから!

かくすれば かくなるものと しりながら やむにやまれぬ 我が涙かな

:吉田松陰が死罪になる直前に詠んだ歌、かくすればかくなるものとしりながらやむにやまれぬ大和魂を本歌

チイ:マー、ロン様もこんあに心を痛められているとは、旦那様がたとえ、許すと言ってもも、チイは、ダンプテイの父の御涙頂戴を許す訳には、いきません。

女、子供は、涙に弱いと知ってのダンプテイの魂胆、こんな場合は、涙を絞り切ってしまうほど懲らしめないと!

ダンプテイ:忍るも苦しかりけり数ならず身には涙のなからかましかば 出羽弁

もう涙も枯れ果てているから、これ以上は、涙も出ません。

ロン様へのせめてのお詫びに竹藪で見つけた金塊を持って、お迎えに来る素敵な女を紹介してあげますよ!

こんなことは、屁の河童でございますから!

チイ:竹林人知らず筍を盗むという「かっぱら」の河童男ね!

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筍や あまりてなどか ひとの庭 大江丸

他人の竹藪で筍を盗むような悪戯なカッパライ男とは、一緒に旅はしたくないわ!

ダンプテイ:「知らざあ――言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の――

ハンプテイ:それでは、チイは、河童に誘拐された姫になってしまうわけ!

注:この絵は、芥川龍之介が画家の小穴隆一への詫び状につけた漫画を活用したもの

ダンプテイ:河童といえば、「置いてけ掘」の河童だけど、河童がかっぱらったのは、釣った魚だったはずだけど、

谷川俊一郎このカッパの面白い詩がありますね

カッパカッパラッタ

カッパラッタカッパラッタ

トッテチッテタ

カッパナッパカッタ

カッパナッパイッパカッタ

かってきってクッタ

ハンプテイ:カッパがカッパラッタといえば、この写真を見てください。

誘惑現場を撮影し、「論より証拠」でロンの正体を暴きました。

「飛んで火に居る夏の虫」となってしまったね、チイさん!

ロン:とんだ悪者にされてしまったけど、ダンプティは、四国88か所の霊場巡りの途中でのかっぱらい前科があるというじゃないですか?

道の辺の 四国遍路や 竹盗人

 この巡礼は、定年まで無事お勤めが終わっての

お礼参りの巡礼だったはずなのに!

ハンプテイ:そうよ、筍盗りの翁ならぬ大学教授が筍泥棒で、まさに団十郎の竹抜き五郎ですよ!

チイ:なんですか、この竹抜き五郎とは、筍泥棒が終に竹抜き泥棒の悪あがきがですか

それにしてもこの筍泥棒は、豚のように太って酷いこと!

不満足な豚よりも満足のソクラテスという諺もありますわ

この際、監獄に入って冷や飯でも2年ほど牢獄の冷や飯を食べていれば、痩せられること間違いなしよ

ダンプテイ:冷や飯を食わされて痩せるんだったら死んだ方がましですよ

 

題:ご苦労さん

五郎ゴロツキ御苦労さん

ゴロツキゴロゴロ 長五郎

御用御用の お尋ね五郎

どうせこの世じゃやくざ者

指して刺されて身をさいて

太鼓叩いて お祭りだ

足を洗って 出直しだ

筍抜くな 足を抜け

ハンプテイ:マー何たる罪深い筍泥棒

大学教授の論文の盗作よりも罪深い

先生は 筍泥棒で おわせしか

これは、葬式の菊泥棒と同罪ですわ!

菊花や 供養見舞いに 花盗人

ダンプテイ:父親を盗人呼ばわりするとは、不届き千万

人も出入りできない山奥の筍は、地生え筍ですから問題ございません。

適当に筍を掘らないと竹藪が荒れますから!

十五夜の 風吹き渡る 荒れ畠

チイ:これはまた、畑が荒れるなどの言い訳をして女犯を侵す輩と同罪では、ございませんか!

雨後の竹の子のように、にょきにょき立派になった筍によって、畑が荒らされるとでもおっしゃるのかしら

姫初め チンチロリンと 人の庭

:マー姫初めだなんて、大学教授のセクハラ行為なんて許せません。

どんな世になろうとも盗人は、絶えることはないと,石川五右衛門の悪戯な辞世の歌

石川や浜の真砂は尽きるとも

世に盗人の種は尽きまじ

問われて名乗るもおこがましいが、

生まれは遠州浜松の 

みのおりあいも白波の 

沖を超えたる夜働き、盗

みはすれど非道はせずに情けを掛川 

と、非情なダンプテイ親父ではございませんか

ダンプテイ:白波といえば、歌舞伎18番の白波五人男

知らざあ―言って聞かせやしょう。浜の真砂と五右衛門が歌に残せし盗人の―

意気な担架を切る男ではございます。

チイ:なに、その盗人の言い訳は,貴乃花親方の言い訳けと、同じで、良い訳がございません。

ダンプテイ:貴乃花も古来からの、相撲界の悪習には、腹が堪えられずに正直すぎたところもあるわけですよ!

正直に 物言いて秋 深きかな 万太郎

ダンプテイからも心からお詫びいたします。

チイ:でもこの貴乃花、心を改めて、再出発かと思いきや

初場所や 褌あらた、締め直し

相撲世界から潔く手をひいて、

くちなしや お詫び行脚の 旅衣 藤波孝生

これから、新たな秋の旅と、むしろ、心は晴れ晴れかもしれませんが!

ハンプテイ:それにしても、リクルート事件で受託収賄の罪を詫びたときの藤波孝生代議士の俳句まで、利用しちゃって、失脚とは、寂しい元大横綱の相撲界からの引退劇

それにしても、このダンプテイ、あれこれと、俳句を持ち出して、私は、もう何も言えないくちなし(山梔子)でございます。

ダンプテイ:くちなしや 鳴いてくれるな 杜鵑

安倍首相のように、もう政界復帰は、駄目かと思われていた男も口を治しての出直しで見事、復帰し、天下を取られているし、男は言葉を磨け、なんて、いいますから!

その点、土井たかこ、田中真紀子さんも騒ぎすぎて、失脚していますから、ハンプテイのお節介も程々にお願いしますよ!

チイ:「男を磨け」のフレーズは、確か「政治家は,言葉を磨け」だったはずよ!

政治家は、言葉を操って国民を化かす悪の根源

ハンプテイ:そうですよ、トランプ大統領は小学6年生程度の智慧しかないと、恐怖という暴露本も出たけど、政治の混乱、社会の混乱の根源は、言葉もありますけど、それよりも、その言葉をもたらす根源の無知の三源であると申しますわ!

一つは金欲の軽薄さから

一つは魅惑的な快楽さから

一つは奢り高ぶった心から

汝 無知なるかな 無知なるかな

無知なる魂を捨てて、真実の魂を拾いたまえ

とは、誰の名言でしたかしら

ダンプテイ:ソクラテスの名言に、「人は身体や金銭のことよりは、魂が出来るだけ優れたものになるように配慮するべきである」いっていたけど、真実の魂とはいっていなかった。

ハンプテイ:ソクラテスの名言は無知の智だったは、自分が無知であると知ることこそ大事だと

ダンプテイは、いつも自分には、智があると法螺話ばかり

本当は、ダンプテイの智は、インンターネットでの借用ばかり真実は、無知なダンプテイなのに、

.ダンプテイ:トランプと同様な無知だなんていわないでください、たとえ、無知な旦那でも家庭を破壊するような馬鹿では,ございませんよ

捨てる家族あれば、拾う家族ありと、愛に満ちた家庭がどこかにありませんかね!

チイ:そんな老いぼれ親父を拾ってくれるような女房は、どこを探してもおりませんよ!

私には、ロマンチックな星の王子様の福山雅明さんを、天の川からお迎えしたいわ!

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ふくやまに 触るるはかりの 天の川

ダンプテイ:紅顔の美少年を厚顔の鉄面皮にして、何をぬかしおるこの鮑の片想い!

 想いは片想い 

肩も重かろ せつなかろ

慢はいけない痩せ我慢

風は吹きいし荒磯の

鮑の貝の片想い

ハンプテイ:冗談はよし子さんよ!

福山さんは、もう吹石さんと結ばれとの一通のファックスで日本の女子が大騒ぎしているの!

女性を美の世界に誘っている資生堂のモデルだから福山さんは競争率が高くて、そんなお方に触れるなんて飛んでも発奮だわ!

チイ:冗談は、よし子さんよ!

チイをお迎えに来るのは、ロン様に決まっているわ!

君来ぬと 妻恋ふ星や 猫の恋

ダンプテイ:この後の付け句は

くどき文句を胸に抱いて

ハンプテイ:嫌だ、これって、ロンさんとの恋を猫の恋だなんて!

竹藪から拾ってきて大切に育てた織姫を南十字星の唄を歌って奪っていったのは、ロン様だったね!

チイ:ロン様がチイを自由に解放してくれているから彼方此方の星空を自由に飛び回れて幸せだわ!

ロン:一寸待って、自由になり過ぎて、お誘いの男があふれている!

チイ:そうよ、引く手あまたで、誰とデートしようか迷っちゃう

コマッチャウナーデイトに誘われて

どうしよう まだまだ早いかしら

嬉しいような怖いような

ドキドキしちゃうわたしの胸 遠藤実

ダンプテイ:そういえば、ロンさんの友達の平井秀明さんが指揮監督した、かぐや姫のオペラも皆んなで一緒に見に行ったけど、かぐや姫の願いを誰も叶えることが出来ず、天の川からかぐや姫を迎えに来てしまった。

面白いのは、求婚者の石上麻呂足は、燕の子安貝をもってくれば、との命題に、木の上の子安貝を掴んだと思ったら、擦って転ろがり落ちて、手にしていたのは、燕の糞であったとか、

これでは、「かいがない」と、叫んだという落ちでした。

ハンプテイ:最後の落ちは、帝とのかぐや姫との別れ、

かぐや姫は、帝に別れに、不死の薬を置いていきますが、姫と別れた悲しさに、天に一番近い山で燃やせと命令し、多くの士を山に登らせて燃やしたとされ、これが士の富む山で富士の山と、落ちが入る。

チイ:富士山の名前の謂れは色々ありますが、アイヌ語でフジは、火の女神を意味しているからという説が正しいそうですね!

いずれにしても富士山は、火が噴き出る火山だったわけですよ!

ダンプテイ:僕もかぐや姫オペラでマンドリンを合奏したことがありますが、オペラに合わせて秦野高校の生徒がこの物語の演技をしてくれました。

マンドリン弾きのゴーシュと呼ばれたダンプティ、ですから、御望みあれば、チイの邸宅にお邪魔して、眠りのお手伝いをいたしましょう!

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左:川崎ミューズでの平井オペラ、右:秦野マンドリンオペラのかぐや姫、後ろ側で演奏しているのがダンプテイ

チイ:マンドリン弾きのゴーシュってどんな童話なの?それに、畑中先生とは、どういう関係なのかしら?

ダンプテイ:鼠たちのリズムの指導を受けて青年がセロの腕を上げていく宮沢賢治の「チェロ弾きのゴーシュ」という物語、この本に畑中純先生が版画漫画の挿入をされ発刊されている。

宮沢賢治もこの畑中先生も猫が大好きで、小説や漫画に猫が登場します。

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注:左は、畑中純教授がセロ弾きのゴーシュの版画絵を発表されている。右は畑中さんから描いてもらった漫画たまたま、僕が東京工芸大学に勤務していたころ、宮沢賢治ンの「チェロ弾きのゴーシュ」に感化を受けて、マンドリン弾きのゴーシュというタイトルの漫画と童話を書いて先生に進呈したら、「これは、面白い」と、童話に登場する三毛猫の漫画を、自作の童話本と一緒にプレゼントして頂いたという訳ですよ!

この漫画が、その折に、先生の動画集の裏表紙に特別に描いて頂いた漫画ですね!

畑中先生は、少しエッチな面白い漫画を描かれていて、憧れていましたから、良いプレゼントとなりましたが、その後に、脳溢血で亡くなられてしった。まだ、お若かったのに悲しい。

漫画家の 思い出ぼろぼろ 泪ぼろぼろ

先生のエッチな絵は、こんな感じですが、こんな絵は、とても私には描けませんが

 ところで、賢治は、銀河鉄道の夜の童話で、天上の星と言われるサザンクロス(南十字)で、大半の乗客たちが降りていき、ジョバンニとカムパネルラが残され、二人は本当の幸いのために共に歩もうと誓いを交わす童話物語です。

チイ:主人公のジョバンニは、賢治そのもので、イタリアの洗礼名に由来していますね!

ところで、銀河鉄道に乗って、夜空の星をみるとき、日本とタスマニアでは、南北が逆になる訳だから、東西が反転していることご存じないのかいしら?

ダンプテイ:タスマニアと北海道は、赤道で折りたためば、チイとロンのようにピッタリコン!

 

 

:オリオンザを北半球の北海道からと南半球のホバートから眺めた関係

チイ:タスマニアと北海道とから赤道上の空に位置しているオリオン座を眺めれば、東西反転というよりも、回転軸で反対となる訳ですね!

ダンプテイ:ちょっと、喩えが悪くて、難しいけど、図で示してもらえると有り難いですね!

チイ:ノープロブラムですよ。

オリオン座(日本では鼓座)は、狩人と神話では言われ、北半球では、狩人が正立して、南半球のタスマニアからは、狩人が逆立ちして位置することになります。

ダンプテイ:そういえば、狩人が連れている大犬も子犬も皆な逆立ちしているわね!

チイ:オリオン座のペテルギュウスは、巨人の左腕の脇の下、白い色のリゲルは、左足という意味だそうですが、白と赤の色が対照的です。

ハンプテイ:成るほど、良く理解できたわ!

これって、タスマニアのような南半球の人にとっては、狩人が逆立ちして、理解できないね!

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 :ペテルギュウスとシリウスプロキオンの大無三角形星座とオリオン座の位置

チイ:オリオン座は、何といっても星座の中の星座で、天空の王様だから恋の話となるわけ!

チイ:ところで、ペテルギュウスって、太陽のように明るく輝いて頑強そうな体ね!

ダンプティパパとは、全然違う!

ダンプテイ:それはそうよ!星座の中では、赤いペテルギュウスと青白いシリウスプロキオンが眩く輝く冬の大三角形で、その中でもペテルギュウスは、太陽の10倍の大きさだから、凄いよね!

ロン:シリウスは、古代エジプトにとっては、暦の基礎となったもので、7月に地上に、現れ、雨を「もたらす農業の道標になる。

ピラミッドの墓につながる通路もシリウスの星の方向となっている。

チイ: 中々に天文学に、お詳しいロン様

もう少し、お話を聞かせてよ!

ロン:分かりました承知のすけ

星は、白く輝く水素の核融合が終わると、Heの核融合となり、赤色発光して「燃え尽き、最後は、蒼紫六なり消滅するが、この変化には数万年かかるとされていることから、シリウスの赤色発光は謎とされてきたが、これを解明したのが日本のアマチュア天文家桜井氏が発見した星の赤色発光が短時間で白色に変化する桜井天体により、その謎が解明されつつあるといわれている。

星の最後は、どの星よりも明るく輝き、3時間後、明るさは、さらに増し、満月に近い眩しさでギラギラとなり、この状態が3か月続くが、やがて温度が下がって、暗くなり4年後に肉眼で見えなくなるそうです。

チイ:それなら、少し怖いけど早くその爆発を見たいわ!

星の爆発は、一つの銀河で100年に1回程度らしいけど、「藤原定家」が書いた「明月記」にも「1054年におうし座の方角に木星くらいに明るい星が出現、星の爆発とみられる記述があるそうです。

ロン:爆発が起きたら、色々な電磁波が放射されて地球は、破滅しないのかしら!

チイ:アインシュタインは、「この世から未来永劫消えないものは二つだけ-- 宇宙と人間の愚行だけだが、宇宙のほうは断言できない」と、言っているから、地球の破滅は、断言できないが、ベテルギウスの場合、自転軸は地球に対して20度ずれてるから、大きな影響は、ないそうですね!

ハンプテイ:地球が自然現象で爆発して消滅するなら許されることで、人間の手で自爆する愚行は、許されませんね!

チイ:政治家もそんな愚行が起こらない世の中にしてほしいけど、先ず、我が家庭では、ダンプテイの、そのお腹も爆発させてほしいわね!

星は、段々と大きくなって、赤くなるのは老化現象で、死が近づいている赤裸々な証拠だそうよ!

ダンプティのお腹もどんどん膨らんで赤みを帯びているから老化が始まっていて、そのうちに、爆発するのは時間の問題ですよ!

チイ:ペテルギウスも老化が進んで、直ぐ爆発すると言われているわ!

専門家の話では、ベテルギウスは爆発したら、温度が急上昇し、赤から青へ、1時間後には、

出来なかったら、オリオン座の狩人に頼んで、ダンプテイの河豚腹に矢をぶち抜いて頂くわ!

波なみと 揺れて湯タンポ 河豚の腹

ハンプテイ:駄目よ、駄目、駄目ですそんなことは愚行ですおチイ様

ダンプテイの腹に矢でも刺したら、ベテルギウス星座はアドバルン、裂けて破れてガスが飛び散る

ダンプテイ:愚行とは、よく言って頂きましたハンプテイ様!

「愚公山をも動かす」と,いう中国の諺があるけど、愚な行いでも、それを続ければ、とてつもない大きなことが成し遂げられというからダンプテイは、愚行とやらを続けることと致します。

良寛は、自らを大愚といっているし、石川啄木

己を愚か者といっている。

それに、「聖徳は愚なる如し」と、言って、聖徳のある人は、愚かなように見えるそうですよ。

注:この諺は、老子と講師のやりとりで史記にみられる。

もう暫くこの愚か者の愚行でご迷惑をかけることがあるかと思いますが何かと、御許しを!

月をこそ ながめ馴れしか星の夜の 深き哀れを今宵知りぬる

右京太夫

ハンプテイ:愚か者が10年考えたことも智慧者で有れば、一日で思いつきますわ、おもえば、こんなダンプテイ、哀れと言えば哀れな平家の落人

平家滅亡という悲しい出来事を経験したからこそ生まれた切ない世界観の和歌!

天蓋の どこか破れて 夜這い星

星冴える 冬銀河

お月様が光を放ち 蝙蝠が洞穴に身を隠す宵

木の上で甲虫の角をぶつけ合う音がする

兎さんは月の光に照らされて餅つき

ぺったん、ぺったん、餅はつけたかな

流れ星に乗せて餅を届けておくれ

それにしても、ヘラクレスと並ぶ肉体の持主といわれるペテルギュウス様とダンプティが比較されては、一目瞭然、勝負ありです。

ダンプテイ:ところで、マンションのベランダから眺めるメルボルンの街の夜空は、ネオンの明るさと星の明るさが競い合っているようで美しい。

この戯画では、星の王子に扮して夜空に君臨させてみたが、やっぱり、ぶよぶよ肉体では、様にならず情けないですね!

ブヨブヨとよわい(歳)を貯めて 月の人

って、感じかしら!

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自分ながら、情けないデブ姿をお見せしてしまいましたが、お風呂に入るのも難儀なので、明日からのトレッキングは、宜しくお願いしますよ!

肉たるみ 尽くして古稀の 湯あみかな

チイ:駄目、駄目、超駄目、私達に付いて来れなかったら、放り出して、砂漠にでも放りでしちゃうから              

ハンプテイ:駄目よ、駄目、チイのそんな生ぬるい仕打ち、埋めてしまわなくては、こんな風に

ところで、この温泉に入るダンプテイ、大袈裟な法螺吹きデブチヤン、話の内容もお腹と同様にビッグバーンで膨張し続けている!

ダンプテイ:

山伏の腰に付けたる法螺貝の

ロンと落ち チイと割れ

砕けてものを想う頃かな 

そんなことになったら、もう法螺も吹けません。

ハンプテイ:なにをノホホンと呑気な親父!

ダンプテイは、誕生以来、右肩上がりの膨張、ビッグバーンで、お腹が破裂するまで膨張し続きそう!

そのうちに、岡本太郎のバクハツダー

腹さそる ビックバーンや 秋の空

チイ;何に、そのビックバーンって、あの、オードリ、ヒップパーンというやつ

細腰に大きなヒップの王女様の逃避行で登場したロ-マの休日に登場した美女

ダンプテイ:ビックバーンとは、宇宙が拡大して大きくなっていることですよ!

いわゆる、爆発だ!

チイ:だったら、画家として尊敬する岡本太郎は「バクハツダ」がモットでしたから、それに肖って、「俺もバクハツダー」って、表現に燃え上がるのがビックバーンと、いうことかしら?

ダンプテイ::馬鹿だね、馬鹿は、死ななきなおらないけど、

宇宙の爆発は違うのよ、この宇宙の世界は、一億年も前に爆発して誕生し、その破裂後に、宇宙が拡大し続けていることを「ビッグバーン」というわけ!

夜空の星を眺めながら宇宙の一点に、今という一時だけに生きていると感ずる、しかし、この宇宙という存在は、星々の光は何億年も前に発っせられ、星々の間の空間距離は、動いてさだめがない空間である。

岡本太郎は、「初めに言葉ありきではなく、怒りの爆発がある、静かに、透明で、審美の筋が宇宙を蓋うような精神の広がり」と、言っていて、己を捨てる宇宙論を展開しているのですよ

腹を見て ビッグバーンの 宇宙知る

注:右:宇宙は、光が誕生して爆発により様々な星が拡大してはなれつつある。これをビックバーンという

ビックバーンでは、星と星の間の距離は、光の速さで拡大してるから、遠くの星からの光は、星が誕生して以来、その輝きが未だ地球に到達していないものもあるというから宇宙は、広大で審美的ですね!

宇宙はビックバーンの世界

限りなく広がっていく限りなく

シャボン玉を空に飛ばしたように

十分で飛ばしたランターンのように

星と星との引力を無視して引き裂かれ

永遠に手を取り合うことを拒否し

切ない孤独の世界に突き進む

ハンプテイ:台湾の十粉で見たランタン祭のように、空高く炎のランタンが飛んでいく様!

こんな宇宙の壮大さをみていると人間の出来ることなんて限界があると思わない?

 

 

チイ:科学技術でなんでも世界を制御できると、人間は、思い上がっているけど、人間の知識や能力の限界を知るべきだわ!

ハンプテイ:そうね、どんなに、自然科学が進歩しても想像できない超人的なことが起こりうるし、科学技術では解決できないことを人間は、認識すべきですね!

特に、制御できない原子力エネルギーを使うのもとても恐ろしいこと、全生物を破滅させることにもなりかねない!

広島の街は、一発の爆弾を投下する人差し指で押したボタンによって、一瞬のうちに、瓦礫の山となり、賑わっていた市場の風景はない。

政治家の判断で原爆を投下する、ただの一言の命令が、何十万の市民を死に追いやる

 

善良なる市民や何の罪もない子供の命が奪われる

何故、人と人は憎しみあい、殺しあわなければならないのでしょう。

ダンプテイ:原爆投下は、戦争を早く終わらせるためには、やむを得なかったと正当化する論理

核を保有することこそが、核戦争を防ぐために必要だとする論理

本当に、「汝己を知れ」と、人間の力では、制御できない原子力というものを人間は手にしてしまった。

かなしきかなかなしきかないかんせんいかんせん

法然法然は、人間の限界を知って、その限界を超えるところに、仏があると、悟っているけど、今の日本には、人間の限界を悟っていない。

ロン:原子力は、制御ができない恐ろしいものだという人間の限界を悟るべきですね、原子力の利用を今、廃止と決断しなければいけない。

チイ:いつまでもあいまいなままにして、核廃絶を先延ばしにしているから日本は、駄目なのよ、1+1=2というように、核の保有は、地球を滅ぼすことになると言い切って行動してほしいわ。

いくら科学技術が進歩してもフアヒーな背かは残されるのだから、解決できない問題は起こりうる。地球の健康を考えたら、経済活動が少しくらい停滞したって良いじゃない!

ファジイ理論などいかがわしき 知の流行り 電化製品の良く売れるなり 千々和久幸

どんな科学の力だって、人間が乗り越えてはいけない領域があるって、手塚治虫は言っている。

素粒子物理学の博士だって原子力を使って、予想もできないような危険なことが起きる可能性があると、心配していたけど、その危惧したことが起こってしまった。

地球という大自然の中に優しく包まれた生命だから、地球の存在を脅かすような人間が制御できない神の領域に、人間は、入りこんではいけないんです。

回り、回り、回り続ける

メリーゴーランド

数え切れない星々が回って回って

宇宙は永遠に回り続ける

今地球が揺れている

地球より生命が、国家より生命が大切だなんて生命憐みの令のようなお呪い言葉が流行っているけど、地球が破壊されてしまったら、それこそ、何もなくなってしまうのです。

そんなことにならないよう、しっかりと準備しておく必要があるのに、

日本は,いつのまにか平和ボケとなって、戦争反対の呪をしているだけ

チイ:世界では3度も大きな原子力発電所の爆発事故を経験してるんだから、、白河夜船と、うかうか寝ておれないのに、世界の政治家は、のんびりしている。

ダンプテイ:人間の欲望はビックバーンのように拡大しているから、増々、使うエネルギーも増大しつつある、人間が制御できない道具を人間は手にしてしまったから恐ろしいこと!

規律した態度が無ければ、自然法則のエントロピーの法則で、秩序のない世界、無秩序な世界へとビックバーンしていくことは、明らかなんですよ

チイ:ダンプテイと家族との関係もビックバーンっとなって、どんどん離れていくわね!

冬銀河 世は混沌と ビックバーン

これも恐ろしい家族の崩壊ということなのかしら?

ダンプテイ:いえいえ、それは、子供離れの問題ですから歓迎すべきこと。

こんな詩もできてしまう。

題 ビックバーンの家族の仲

ああ 我と汝とのディスタンス

また、始まった汝のフォルティシモ

繰り返す汝の叫びのリピート

遠のいていく我と汝とのディスタンス

永遠に近づくことが出来ない運命

ハンプテイ:そろそろお別れという距離感ね!

それでは、今晩はこれまでといたしましょう。