ハンプティのブログ

ハンプティ・ダンプティのように、いつもずっこけぶりを発揮しています。

ダンプテイ親父のマンドリン日記

ダンプテイ:メルボルンやシドニー等では、若者からお年寄りまで、ストリートミュウジシャンや絵描きが街中に溢れていて、音楽好きのダンプテイにとっては、街歩きが面白いのよね! 町の絵描きだって、楽器弾きだって、気に入ったら、お金お願いしますなんて…

ダンプテイ親父の錦糸町生活 ーその3

菓子の町錦糸町 錦糸町と言えばお菓子の話を避けるわけにはいきません。私も菓子店のみが錦糸町北口の街を軒を連ねていた頃の様子は知りませんが、この経緯は、昭和4年頃に神田区に有った菓子問屋街が、東京市の指導により集団移転してこられたということで…

ダンプティの錦糸町思い出日記ーその2

錦糸町も最近になって、半蔵門線が通過するようになって賑やかになったけど、本当は、東西線がここを通過されるよう計画されたけど、地元民の反対で、東西線は少し南を走ることになったそうで、反対がなければ、もっと、賑やかな街として発展したと、思われ…

ダンプティ親父の錦糸町思い出話しーその1

ダンプテイ親父は、錦糸町なる、優雅なる名前の街に、8年間も単身赴任したが、今日は、錦糸町のマンションを引き払って、明日からは、香川への単身赴任だというので、妻のハンプテイと、娘のチイ、娘婿のロンと揃っての最後の晩餐会 娘のチイは、すっかり徒…

ダンプティ親父の美濃思い出日記-2

ダンプテイは、関の生まれ、美濃の紙の、郡上の踊りの話題にが出でたら関の刃物の話は、欠かせませんね 問われて、名乗るもおこがましいが生まれは、美濃の在、刀鍛冶の関の孫六、今では貝印で、ございますからどんな包丁も鋏も取り揃えております。 なんて…

ダンプティ親父の美濃思い出日記-1

自動車免許を取得するようにとの同居人ハンプテイからの強いお達しである。 こちら様は、これまで30年間もの間、ハンプテイに運転を任せて、何の支障はないのであるが、ハンプテイは、車の運転が如何に大変なのかを知ってほしいらしい。 それに、「これか…

ダンプティの讃岐の旅日記

香川大学に単身赴任していたときに、友人三人(篠田さん、斎田さん、里田さん)の「さん田親父」を香川に誘っての三泊4日の讃岐の旅と相成った。 里田氏は、前日に徳島入りして、徳島での阿波踊り会館で阿波踊りをしてきたとか、我が仲間で最高年齢の御歳6…

ダンプティ親父の佐賀思い出日記

ダンプテイ親父が佐賀勤めのとき、彼方此方と散歩をしていましたら、古びた碑を見つけ そこには、 侍とは 死ぬことと みつけたり と、刻まれていましてね! 調べてみたら、この言葉、葉隠れの山本常朝の心得だそうで、「山本常朝」は、佐賀の7賢人には含ま…

ダンプティ親父のユーカリ談義

第4話:ユーカリ チイ:グレートオーシャンロードの海岸沿いのケネットリバーでは、桃色インコが手に飛び乗って来、とっても可愛らしいのよ、とても馬鹿とは思えないけど、酷い名前をつけるものね それに、ここのユーカリの木には、コアラがユーカリの葉を…

ダンプテイ親父の蔦ない話

ダンプティ:オーストラリアには、面白い無花果の木(ガーテンフィグツリー)があるけど、知ってる? ハンプティ:台湾、タイ、沖縄等の仏像や寺院にガジュマルの木を見たことがあるけど、無花果の蔦は、知らないわ! ダンプティ:無花果の蔦は、ケアンズの国…

ダンプティ親父の囲碁談義

碁敵は 坊主めくりや 憎らしき と、いう俳句を作ってみたが、我ながら、確かに、確かにである。 勝負に負けたときは、相手からどのような慰めの台詞があったとしても、憎らしく聞こえるのが人情というもの、あたかも、坊主めくりで、坊主に出合うが如し とこ…

ダンプティ親父の 林檎恋歌

ダンプテイ親父が若かりし40代、錦糸町の楽天地の近くのマンションに住んで居た頃の話です。 朝の通勤時、エレベーターに向かう通路の途中にある別の部屋のドアが開いて、「おはようございます、通勤ご苦労さまです」と、腰を折っての丁寧な挨拶をしてくれ…

ダンプティ親父の枇杷の恋

第2話:ダンプテイ親父の枇杷の恋 ダンプテイ親父とその妻ハンプテイ、娘のチイとが、世界一周クルーズ船のデッキでの会話 (台湾の基隆の港を4月15日に出てアップルアイランドのシンガポールに向かう東シナ海での4月18日) チイ:台湾の基隆の港を出…