ハンプティのブログ

ハンプティ・ダンプティのように、いつもずっこけぶりを発揮しています。

ダンプティ親父の囲碁談義

碁敵は 坊主めくりや 憎らしき

と、いう俳句を作ってみたが、我ながら、確かに、確かにである。

勝負に負けたときは、相手からどのような慰めの台詞があったとしても、憎らしく聞こえるのが人情というもの、あたかも、坊主めくりで、坊主に出合うが如し

ところが、碁敵は 憎さも憎し 懐かしき

と、いうこともある。

ところで、ダンプティ親父の囲碁の手習いは、隣の寡黙なる門田教授、

憎き碁敵も癌で亡くなって,今では、懐かしい思い出の人と相成るわけでーー

今から40年も昔のこと我が家の界隈が家もまばらな頃、隣に豪邸を建てて、引っ越してきた新しい主とは、気になるところ、

秋深し 隣は何を する人ぞ 芭蕉

あるとき、自宅に訪問したら、立派な碁盤が日本間の隅に、どんと居座っている。

「これは、また、高尚なるご趣味を」と、挨拶が切っ掛けで、碁の手ほどきを受けることに相成り、我が囲碁人生が始まったわけである。

それ以来、35年間、殆どの碁相手は、隣の主となったわけであるが、偶に、訪問する、大学の先生仲間や、海軍兵学校の仲間(例えば鶴巻在住の酒井さん)が来られると、急遽、私しめにも御呼びがかかり、客人の一人に加えてもらって碁を楽しみ、酒を飲みかわす仲となったわけ

土曜、日曜には、弘法山にも登り、帰って、風呂で汗を流した後は、ビールを一杯やりながら碁を楽しむという、家族同様のお付き合いで、門チャンと呼ぶ心知れる仲となりしが、

あるころから、この門ちゃん、デブの体形を改造したいからと、食事制限を始め、「どうだろ、痩せただろう」と、自分のお腹に、我が手を触らせて、「お前も痩せないと糖尿病になるぜ」なんて、言いだしえから間もなく胃が、どうもおかしいと、病院に駆け込んだら、脾臓癌とやら紋ちゃん、余命1年との宣告されてしまった。

それでも、「おい囲碁をやろうぜ、酒も飲もうぜ」と、最後のお付き合いをもさせられる仲である。

おい癌め 酌み交わそうぞ 囲碁の宵 

こんな憎き碁敵も癌で亡くなって,寂しい限りであるが、今では、我が家の和室に御座する紋ちゃんの残した碁盤を眺めては、囲碁の懐かしき友を偲んでいる。

この懐かしき ご敵の遺品の日記帳を見せて頂いて、あっと驚く為五郎である。

〇月〇日 御前11時、〇スーパで、パン1斤とバター で、653円

〇月〇日 午後3時 ダンプテイと囲碁、三子置かせる、〇××最後は、コウ負けで、敗退、ビール2杯

〇月〇日午後4時20分、ダンプテイから電話、風邪とのこと、移るといけないから、今日の碁は中止

こんな調子で、いかに几帳面であったかが分かる。

ズボラな性格の僕とは、大違いで余計なことは、口にしない寡黙な大学教授であった。

原子物理学とやら難しい高等数学を使って、頭を悩ましておられ、湯川秀樹からの書簡もあるとかである。

そんな仁徳のある御仁においてさえ、負けた時の悔しい閻魔顔を見るのも滑稽で、もう一番、もう一番で、夜が明けることもしばしば、

閻王の 口や牡丹を 吐かんとす 蕪村

兎に角、囲碁をすれば、時間を忘れてしまうということは、古の文学でも読み取れる。

たとえば、古今和歌集 紀友則

筑紫に侍りける時に、まかり通ひつつ、碁打ちける人のもとに京に帰りまうで来て遣はしける  

ふる里は見しごともあらず 斧の柄の朽ちし所ぞ恋しかりける 古今和歌集 紀友則

解説すると、「斧の柄の朽ちし所」とは、中国・晋の王質という男が分け入った山中で、仙童の囲碁に見とれていると、携えていた斧の柄が朽ちてしまい、「村へ帰ると、知人や家族は皆、故人になっていた」という故事に由来する。

囲碁に熱中すると、囲碁は、時を忘れてしまうと、言っているわけです。
少し余談が過ぎましたが、こんなズボラな私に付き合って頂いた碁敵も今は、鬼籍の人となりしが、今は、我れも古希を過ぎてしまい、三途の川渡も近いことから、遺影も用意いたしました。

水鳥や 向こうの岸へ スウ-イスウ-イ 惟然

この俳句は、我が故郷の芭蕉門下の惟然の風来坊風の俳句であるが、もちろん、三途の川を

安らかにという心であろう。

これを真似てから、同じく美濃の政治家の大野万木さん、政界でも地元の羽島に、新幹線を誘致して

美濃の児の 蛙泳ぎや スウイース 

あの文豪の芥川龍之介も自分を河童になぞらえて

水さつと抜手ついついつーいつい

さてさて、我もこのように滑らかに川を泳ぐべくと、男捨離(間違えました、わたしは、男好きでは、ありませんので断捨離)をせんと、遺影を準備することにした次第

その遺影とは、クルーズ船で、プロ写真家が勝手に撮影した写真を買わされる羽目となり、持ち帰って得意の加工技術で、禿げを隠すべく茶髪にして、10歳は、若くしたもの、さらに、ネクタイ、腹巻を水色にするは、「水も滴るいい男」と洒落れて見た次第であります

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窓に見る 枯れ蔦哀れ 脳病院

この写真を見た娘からは、脳病院の石壁に這う枯れ蔦とされてしまい、気違い扱いにされましたが、

我が館の主の亡き後は、このような蔦屋敷には、ならぬように、と書き添えて、この遺影を使うことを遺言書にしたためました。

悉く 枯れたる暗さ 屋敷

主はなしや 香もなし

さて、かように死に衣装も整ったところ

忘らるる 身は詫び濡れて 唐ころも

さては去りにし 名こそ惜しけり 

弁理士や大学関係の仕事もあれこれ、整理して、時間を見つけては、丹沢の麓の天狗囲碁棋院にでかけて、囲碁を時折、楽しむ日々を過ごしている今日この頃であるが、ハンプテイからは、そんな暇があったら断捨離をして頂戴、あの座敷にでんと構えてる碁盤をなんとかして

「三年間で一度も受かっていないものは、捨てることにするわ」と、先ずやり玉になったのは、桐箱に、入っている碁盤である。

これは、隣人がとても大切にしていた遺品だからと勘弁して「くださいと「いっても、容赦なしの勢い。

せめて高価な品だからと言い訳せんと、インターネットで調べてみたら、なんと、1500円である。

バイオリンの名器や、名画等は、価値が下がらないのに、碁盤や碁石の価値の低さには驚くばかり、

それだけ、囲碁人口が低下していることの表れなのか、それとも、何か理由があるのか、解明したいテーマである。

いずれにしろ、女房にとっては、碁は、悪い思い出しかないから、早く断捨離をしたい気持ちも分からないわけではない。

女房が年頃になった娘に言い聞かせていた教訓は、「碁キチとは絶対結婚したら駄目よ」でした。

女房に言わせれば、

碁吉の友人を家に連れ込んで、きて、パチパチやり始めたら、もう、何を言っても返事なし、

お茶でも如何と、いっても、直ぐには、来ないし、冷めてしまうし、煙草をすぱすぱやり始めたら煙はもうもう、灰は、畳におちたり、畳を焦がしたりして、もう火が燃え着くまで、気が付かないってこともあったほどだから、

女房の堪忍袋の緒が切れて、私と碁石と、どっちが大事なのってき菊から、ソリャ当然碁石だよ、と答えたから、いけません、碁石を部屋中にぶち撒かれてしまった。

ところで、我が輩がかよう碁会所の名前、天狗なる名前は、如何なる由来なのであろうか、何故何故、天狗囲碁なのかと!

想像するに、天狗の謂れ多、雨降り山の麓にある碁会所故に、天狗なりやと、思いきや、どうやら、囲碁自慢の天狗さんばかりの集まりだとか、

そう、言われてみると、碁敵の顔が、天狗にみえてきて、「人の手をああだ、こうだと、鼻を長くして、一言、申します」が多い連中ばかりである。

しかしながら、土曜日の朝にもなると、多くの天狗連中が集まっての、囲碁大会、

気持ちもそわそわ、今日こそは、優勝をと、時間がくるのが待ちどうしい。

天狗亭 囲碁の初手や 日脚伸ぶ

しかし、いざ勝負となると、勝に焦って、冷静になれず大きな失態を繰り返し、とうとう投了となれば、挙句の果てに、「今日は、優しい碁を打ってもらえましたね」と、橋本天狗の最後の一言が憎らしいこと。

こんなことで、腹を立てるから家族からは、人が出来ていないと言われるのも仕方がない。

それでも、懲りずに、碁会所に出かけることになるのは、囲碁の真骨頂なるところ、

こんな具合に、天狗棋院の天狗野郎に虐められて、悔しい思いをしている毎日である。

ところで、たかが、こんな石取りゲームに、大の大人が頭や腹をぶつけ合って、悩む姿は、滑稽といえば、滑稽である。

漱石の「吾輩は猫である」の猫表現を借りれば、

「広くもない真四角な板の上を狭苦しく四角に仕切って、目が眩むほど、ごたごたと、白黒の石を並べておる。

暫くすると、生きたとか、死んだとか、勝ったとか、負けたとか、たかが一尺四方の面積の碁盤を前にして、頭を突き合わせて、油汗を流して騒いでいるのは、人間どもは、まことに滑稽な動物だ。

この我が輩の前足で、碁石をかき散らかして、めちゃくちゃに、しようものなら、火事にでもなったような大騒ぎになるから、ちゃんちゃら可笑しい。

こんな石ころを大事にして、先生を有名にしてやった猫様をないがしろにしている先生が憎たらしい。

この猫の台詞は、漱石先生の吾輩の猫であるには、登場しないけど、こんな猫風景もありそうで、想像するだけでも面白い。

ところで、吾輩は猫であるの中では、酩酊先生と独仙とが碁を打つときの語りで

迷亭君、君の碁は乱暴だよ。そんな所に這入ってくる法はない」
「禅坊主の碁には、こんな法は無いかも知れんが、本因坊の流儀じゃ、あるんだから仕方がないさ、しかし、死ぬばかりだぜ」―「どうするも、かうするもない。一剣天に倚って寒し――ええ、面倒だ。おもいきって切って仕舞へ」
「やや、大変大変、そこを切られちゃ死んで仕舞ふ。おい冗談ぢゃない。一寸待った、一寸待った。

「それだから、さっきから云わん事ぢゃない。かうなってる所へは這入れるものぢゃないんだ」

 「這入って、失敬仕り候、一寸、この白石をとって呉れ玉へ」、「それも待つのかい」

と、漱石は、かように、中々の囲碁通なのである。

囲碁もそうですけど、将棋の世界も

吹けば とぶような 将棋の駒に

掛けた命を 笑わば笑え

生まれ浪速の 八百八橋

月も知ってる おいらの意気地

あの手この手の思案の末に

破れ長屋で 今年も暮れた

口も言わずに 女房の小春

作る笑顔が いじらしい  王将 西條八十

なんて、男の命を懸ける価値もある囲碁、将棋だそうで、この歌は、西条八十の王将の詩ですが、「将棋の駒は,原稿用紙、小春は、西條八十の女房の春子だ」と言われる。

歳老いて、声体麻痺のために声を失った八十は、

歌を忘れたカナリヤは 

後ろの山に捨てましょか 

いえいえ、それは可哀そう

と、カナリヤの歌を作詞した。

これは、上野不忍の池に歌碑が残されているが、盲目の母と六人の妹弟を抱えて、詩も作れない貧困の身に鞭を打つ八十の姿が反映されています。

戦後、国民を激励する歌を多く西條が作り愛されたかは、西條八十が亡くなるときの新聞社への死亡報告からも読み取れる。

私は、今日、永眠いたしました。 

長い間の皆さまの御好詮に厚く御礼申し上げます。

若い血潮の 予科練の 

ななつ牡丹は 桜に錨

今日も飛ぶ跳び 霞ケ浦にや

でかい希望の雲が沸く    

決戦輝くアジアの曙

命惜しまぬ若桜

今咲き競うフィリピン

いざ来い ミッキ、マッカーサー

出てくりゃ地獄へ 逆落とし     西條八十

この最後の台詞は

今咲きほこる 天狗亭

いざ来い、天狗の囲碁

出てくらや 地獄へ逆落とし

と、歌いたいところ

マーお年寄りの閑つぶしには、囲碁は、最適でしょうけど、「毎日のように囲碁にのめり込んだら我が家から爪はじきのお手玉のようにならないようご用心してね」と、妻のハンプテイに、言われる今日この頃

つま弾きなんて、こんなに妻に尽くしているのに、

それなのに それなのに

怒るのは あったりまえでしょね

と、当たり前田のクラッカーと、いわれかねない。 いのが、ダンプテイ・ハンプテイ家の家庭事情である。

こんな、チャランポランなダンプテイ親父は、ハンプテイから妻はじき出されるとのは、時間の問題ですが、それでも諦めずに、妻に尽くす哀れな秋蝉でございます。

やがて死ぬ 景色は見えず 蝉の声

これは、芭蕉様の句の借用ですからあしからず

やがて死ぬ 景色は見えず 蝉の声 芭蕉

それでは、少し長くなりますが、妻尽くしを

題:つま尽くし

恋のいたずら(悪戯) つまみ食い

掴んだ妻は 河豚の毒

腹が下って 腹つまみ

ちんこ つまんで 尿垂れて

回復祝いの 酒のつま

ちょっと臭けりゃ 鼻つまむ

歯に挟まれば 爪楊枝

嫌いな物は 爪はじき

それでも駄目なら つまみ出せ

囲碁敵も つまみ出せ

つめが甘いは、へぼ将棋

角なり果てる 身の因果

王手悲しや 別れの辛さ

妻さ元気だ 俺駄目だ

雪隠つめで もう駄目だ

人生済んだ 花摘んだ

嗚呼人生は つめ将棋

つま弾き、鼻つまみ、爪楊枝

飛んだ妻尽くしのツツツツと、突っ込み囲碁のような詩と相成り、とんだダンプテイのお粗末でした。

ところで、とんだ妻尽くしをご披露して、家族からは爪はじきとなる身であるが、そうなれば、碁会所ひたりと、なるわけで、そんなおりには、天狗の皆様には御世話をお願い致します。

そのための碁会仲間に少しばかりは、ご奉公と、

碁の歴史でも講釈して碁愛好の皆さまのお慰みになれば幸いと、囲碁のあれこれを書いてみる気になったわけである。

さてさて、その囲碁の起源といえば、囲碁の我が国への伝来は、吉備真備遣唐使とされる。

持参した楸玉(しゅうぎょく)の碁盤と冷暖玉碁石を取り出して、唐の王子は、言った。

「日本を東に去ること三万里の彼方に集真島という島があり、その島の凝霞台(ぎょうかたい)にある手譚池(しゅたんち)で採れる玉石は、元々、白と黒に分かれておる。

手譚池の玉石は、玄宗の元へ献上されたという不思議なる碁石で、「夏涼しく冬温かい」

この集真島は、佐賀関にあるとされる出崎をいうとのことだそうである。

また、一説では、伊勢のことだとする

伊勢は、答志といい、島は菅島という。

菅島や答志の碁石 分けかへて

黒白まぜよ 裏の浜風 西行

と、西行さんにも碁石が登場するほど、碁の歴史は、深いのであります。

碁石を離れて、もう一つ時代は、下った明治の世

野球好き、俳句好きと囲碁好きを共に趣味のある人向けのお話し

野球好きである正岡子規は、野のボールと初めて野球の名を世に出した野球の原点となったとかで、2002年に、野球殿堂入りしたが、なんと驚くなかれ、この正岡子規先生は、囲碁の発展に貢献したと、日本棋院から囲碁殿堂入りを果たしているのである。

理由は、多くの囲碁俳句を残しているからだそうですね、こんなことで、殿堂入りが出来るなら、私くしめもと、心強くは、なりますが、

さてさて、どんな名句があるかと、調べれば、それ程でもないから一安心である。

下手の碁の 四隅固める 日長かな 子規

子規も囲碁の心得も中々のようで、「四隅固めは、駄目だ」と、おっしゃっている。

ところが、子規は、病身で、囲碁もできない身

淋し気に 柿食うは 碁を知らざん 子規

病状が芳しくなかった子規にとっては、碁を楽しむ仲間達を柿を食いながら、食入るように眺めるだけの子規は、淋しそうである。

確かに子規は、柿が大好きで、

柿食えば 鐘がなるなり 法隆寺

は、子規の名を広めせしめた名句

行く我と 留まる汝に 柿二つ 子規

子規の文芸には、何かと柿二つが登場する。

例えば、この漱石と別れる時の俳句とか、

柿二つを題した俳文も残している。

それでは、拙者も子規と漱石の二人の

文芸界での実りの秋に憧れて、

たわわに実る柿の絵と俳句を一つ二つ

披露する。

題 柿二つ

タワワに実る 柿二つ

助平親父が 食べたがる 食べたがる

駄目よこの柿 毒あるよ 毒あるよ

ほんまこの柿 何時食える 何時食える

タワワに熟す 秋の暮れ

渋みがとれた 秋の頃

タワワに実る 柿二つ

我ながら食べたくなる熟し柿、何かしら女の姿

娘が、この絵をみて、

怖るべき 乙女の乳房 秋来たる

注:元句は、恐るべき君等の乳房夏来る 西東三鬼

柿の実は、乙女の乳房で、タワワに実る秋の到来で、ついつい、乙女の乳房に刺激されて、創作意欲も湧き出ますわね!

だなんて、生意気である。

それでは、と対抗して俳句を二句、三句作るもパッとしない句ばかりで、恥ずかしい。

高貴なる 柿に似たりや 美女の胸

落ちるばかりに 秋は来にけり

浮き浮きと 乙女の乳房 秋に熟す

むしろ、この絵のほうがが気にいっている。

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色好きの御仁は、この絵の中のお腹当たりをご覧ください、何かが潜んでおりますが、さて、どこのエロ親父でありましょう。

柿二つ 御空の下に 輝けり 野少女一人 乳房はだけて

桃栗三年柿八年と申しますから、もう少し、長生きできていれば、子規も碁の達人になったかと、思いますが、それでも日本棋院の殿堂入りですから、有名人には、何かと、羨ましいところ

子規は、才能があるから、八年でも、実りの秋でしょうが、僕の場合は、あれこれ、8年でも実がならならないので

桃栗3年柿8年達磨9年僕一生

子規は、俳句作りに忙しく、恋等為されているのかどうか気になるところ、一寸調べてみたら、囲碁に関してこんな句が見つかった。

碁に負けて 忍ぶ恋路や 春の雨  子規

子規なる人に、恋なる話は、あまり聞か

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ないが、調べたところでは、どうやら

デバラ:わが恋は 林檎の如く 美しく 中川富女

と、いう俳句が子規の弟子の富女に、あった。

さて、美しい林檎のような恋とは、どんなものでしょう。

この富女さんとは、正岡子規が俳句で交流した数少ない女性で、金沢から東京の女学校に来ていたけど、子規に恋をしてしまい親からは

「恋も俳句作りも親の許さない恋も駄目だ」と、田舎に戻されてしまった。

富子を子規は、憐れんで

いかんとして 雁飛び戻る 美人かな 

と、句にしている.

いかんは、行かんと遺憾とを掛けていると、思われますが、鷹の如き才能を持った富子も俳句への才能を実らせないまま飛び去っていくことに遺憾ともしがたい子規との別れだったと思われます。

そして、中川富女の別れていくときの心境句

隣から 林檎を落とす 礫かな 子規

は、自らを林檎として、「親から林檎の木に石礫を投げられた」との怒りが表現され,社会(家制度)からの礫により、自らの恋や俳句への道をあきらめざるを得ないことへの怒りを表現しているようにも思われますね!

与謝野晶子平塚雷鳥のような強い女には、世間が寛容でなかった時代でしたから、この恋も諦めるより仕方なかったのが子規と、思われます。

鳴神や 仁王の臍の 紙礫 平塚らいてふ

雷鳥が妻子ある森田良平と恋に落ちて、塩原温泉での心中事件が発覚して、世間から騒がれることになったとき、怯えていた恋人の森田を励ますときの俳句

さて、子規の最後に紹介する俳句は

真中に 碁盤据ゑたる 毛布かな

子規は、松山藩儒学者で、祖父の大原観山から囲碁の手ほどきを受けたとされるが、松山市萬翠荘の庭園には、子規と観山が碁盤を載せ、囲碁に興じたと伝わる庭石が置いてあった。

子規が登場したとなれば、芭蕉は、碁をしたのか、興味深々で、ありますから、一寸調べてみた。

道すがら 美濃で打ちける 碁を忘る
碁の工夫 二日閉ぢたる 目をあけて

連句がある。

美濃は、志考等の美濃派の俳人が多いところ、ここで、俳句仲間と囲碁を楽しんだようで、そこで打った碁を思い出そうとしても思い出せない。

しかし、二日経って、目を覚ましたら、思い出したと言う趣向の俳句

ですから、芭蕉も相当の碁打ちであったと、想像される。

ところで、小林一茶は、一句のみ

山寺は 碁の秋里は 麦の秋

一茶は、この俳句の限りでは、碁を打っていたとは、思えない。

長々とした文学上の俳句談義の続きは、ひとまず、後にするとして、我が俳句歴の雑談を一つ

話は、いきなり国際的な展開となるが、メルボルンに40日ばかり旅行した時の話を少しだけ、

日本人新聞の中に、「市内で、囲碁を楽しむ会」という催しがあることを知り、一人で電車に乗って30分度の郊外に出かけることにした。

日本人のスタッフが居るのかと、思って気楽に訪問したが、中国人のコミュニティーであり、大半が中国人である。

中国語が分からなくても、囲碁は、世界共通で、なんとか楽しめるものである。

さて、中国語の能なきより英語での会話である。

黒石は、ブラックストーン、先手は、ファーストハンドで、囲碁のレベル2段は、セカンドステップレベルまずは、「私は、へぼですから」を「I am a poor hand」 と、馬鹿英語で、へりくだったつもりで、言ってみたら、 「no problam、no problam」と、何とか通じてしまうから、囲碁は、世界中で何とか楽しめる趣味である。

ところが、同じ2段同士でも、三回も続けて、負けてしまって、中国のレベルは、高いと、感心する。

マー、「自分の囲碁は、へぼですから」と、あきらめるが、情けない限りである。

最後に、その中国人、ニフーハイ と、確かに、言っている。

訳も分かる筈ずもないから、自宅に帰ってから、中国語が出来る息子に、囲碁をして負けた後に、

ニフーハイといわれたけど、これは、どういう意味かねと聞いたら

「称不好」 でしょ、多分、あんは弱いね!

それにしても初めての人と対局するときには、「私は、へぼですから」と,言われて、正直に受け取って、白を持って碁をしたら大変な非凡な相手で、恥をかくこともあるから、正直に相手の言う言葉を鵜呑みにすると、大変な恥をかくことになる。

ヘボとは、平凡のこと、へぼ将棋、へぼ医者といって、非凡ではなく平凡だから致し方、ありませんが

ところで、中国のお兄さんとの囲碁勝負は、

長き夜を たたるは囲碁の一手かな 幸田露伴

注:元句は 長き夜を たたるは将棋一手かな

と文豪の露伴さんも将棋には、煩かったようで、

升田さんのような口髭で、将棋も中々の腕のような風貌、

名言の心すべき一言は

イチかバチかのやけっぱち

みたいなことをやるのを、

勝負師という人があるが、これは間違い

そういうのは勝負師とはいわない、賭博師という。

ところで、升田幸三といえば、外せない話題は陣屋事件

升田幸三8段は、当時、将棋界では、名も知らない者がいない程の名人

小田急線の鶴巻温泉を下車して、一人で、陣屋まで、玄関に入って誰の出迎えもなく、女中たちが

対局を控えて、忙しく動き回るばかりで、邪魔者扱いで、まるで邪魔者扱いの対応。

腹の虫も収まらない升田名人、「俺を馬鹿にしおって」と、口角泡を飛ばして光閣園に入り、「名人戦には、出ないと、ごね始めた。

「取り合いにも応ぜず、対局を放棄した」と、いうsy会にニュースとなった事件

確かに、テレビ放送もなかった時代で、誰がこの浮浪者風、身なりの升田名人を本日の対局者と分かったものではないから、この振舞いは、名人らしくない事件である。

その後、升田名人は、自分の非を詫びて陣屋に託した書が、陣屋に飾ってあったが、これも、升田にしては、恥晒しとしか思えない俳句である。

強がりが 雪に転んで 廻り見る

ところで、この陣屋事件を切っ掛けにか、陣屋は、予約の客には、名簿で確認をしてから太鼓を打ち鳴らし客を迎えるサービスをするようになったとか

それにしても、陣屋とは、将棋や、囲碁の対局には、もってこいの名前である。

サー今宵は、碁の対局

夏の陣 三々の陣 星の陣 

太鼓の打ち鳴らしで、対局が始まると、心も閉まる。

ところで、陣屋で、将棋や、囲碁の対局が行われるようになったいきさつですが、

この陣屋は、平塚や大磯が別荘地であったことから、その奥座敷として、囲碁や将棋を楽しんだり、温泉に入ったりとのもてなし用の館としてスタートしたと、されます。

政府の要人や文化人が、温泉や囲碁、将棋をここで楽しまれるようになり、囲碁将棋の対局が、行われるようになったのも、このような縁と思われる。

 今迄行われたタイトル戦は、三百以上、平成二十三年の第五十二期王位戦では羽生善治氏が王位を獲得し、大山康晴十五世名人の不滅の大記録、通算八十勝に並ぶ歴史的偉業を陣屋の松風の間で達成されました。

ところで、最近の囲碁、将棋の話題は、何といっても藤井翔太さんの活躍ぶりである。

14歳の少年に勝手の名人のヒフミンもこの若造に負けるとは、よもやであろうが、

負けたときの心境も、「かくありなん」で

ヒフミンヤ 負けて呆然 雪だるま

の雰囲気、もはや手も足も出ぬ、弁慶立ちと、あいなる。

歯抜けヒフミンが、口あんぐりで、もう「いうことなし」と、ヒフミン状態なわけ!

それにしても股下五寸にも垂れ下がるネクタイの長さには、私の頭もついつい下の方に向きますが

将棋界の名人に、このようなことを言えるのも、この世が平和な日本ならではで、有難い。

ところが、囲碁の対局の終結は、負けてばかりで、私の頭が下がるばかりで、情けないのは、わが身なりけり

しだれ藤 ヒフミンタイは 股の下

アリガタイやら ナサケナイやら

ですけど!

妻からは、思い込みが激しく、こうだと思ったら一直線、だから駄目なのよ!

勝負事は、「勝とう勝とうが負けるの元」と、よく言うじゃないですか!

勝に急して負を忘れるなかれ 議兵

という名言もありますが、ついでに、囲碁に役立つ兵法を列挙いたします。

教訓になるのは孫氏の兵法

如何なる場合にも負けない戦法を考える

必ず勝てる場所を見つけて勝利せよ

敵の守りも弱いところを攻めよが孫氏の兵法なのである。

彼を知り己を知れば百戦してあやうからず

現況を冷徹に観察して判断しなければならない。

人は思い込みで儒教を誤る者である。

こうならないためにも、不都合な事実も見ん子規し、冷徹に辞退を把握する必要がある。

マー碁なんて、ただの遊びで、子供の双六と同じ

だから、私には知らぬが仏ですけど、

「なにをぬかしおる、囲碁の「イ」も知らないくせに、知ったかぶりをして」と、言いたいところですが、

こちらにも過去の弱みがあるからーーー

知って知らぬは、母ちゃんの臍繰りと 父ちゃんの浮気

言うことに事欠いて、なんという親父の浮気とは、

と、言われかねない。

「食べてばかりで、終日ぼんやりしている人間ほど始末におえない者はない、囲碁でもして遊んでいた方が、まだ益しである」と、孔子も申されていますから、家にゴロゴロされるより、まだましと、女房は、思ったに違いない。

それにしても、「浮気の許可が出た」と、受け止めていいのですかな、最近耳が遠くなりまして」と、呆ければ、

なに、言ってるの、碁会所遊びも、カラオケ遊びも、俳句も許してるのに、浮気なんて、もっての他

こう言われれば、腹が立ち、ああ言えば、こう言うと、反発するのが悪い性分

3年目の浮気なんて大目に見てよ

なんて、歌を歌ってやり返す。

すると、女房は、その歌に続けて、

両手ついて誤ったって許してあげない

これを聞いていた我が娘、「3年目の浮気って」もう何度も浮気をなさっているのと、我が過去を暴こうとする魂胆

立つものは、関の孫六 褌刀

一夜浮気の 噂とぞ知れ

こんなおいぼれで、立つものは、我が故郷の関の孫六の錆び刀

我が褌刀も錆びつきまして、そちらのほうは、立ちませぬが、古稀を過ぎてもう5年

でも、元気なところ見せて、俳句だけでもと、

古稀にして 桃の遊びや 孫二人

:いやよ、この親父が桃の遊びだなんて、桃の節句に、この秋刀魚、活が良いだろうなんて、開いて見せたりしないでね、なんて、ぬかしおる。

妻は、妻で、冗談は、兎も角、我が家では、少しでも安い秋刀魚を買おうと、彼方此方と安売り店を探し回っているんですから

財布見て 秋刀魚半額 買うか買わぬか

毎日、碁会所通いなんか、なさって、

こんな、囲碁を馬鹿にする暴言は、許されぬ

と、碁会所を代表して物を申せば、

囲碁は、紫式部の時代から、高尚なる嗜み、

源氏物語りにも、書道の道と同格にされていましたから、と反発し、コテンコテンとぶち返す吾でありました。

その古典とは、以下の如きです。

娘のチイと、妻のハンプとの会話!

ダンプ:囲碁は、平安の才女清少納言

手許してけり

などと、囲碁言葉を使って、囲碁を楽しんでいるし、紫式部源氏物語の中で、囲碁の場面があり、紫式部は、碁が大好きなようですね

筆とる道と 碁打つこととぞ、あやしゅう魂の程 見ゆるをーー

とも、言っていますしね!

打つ人の魂 盤に触れしとき

石おのずから叫けばんとす 吉井勇

ハンプ:文筆と同様に、囲碁にも魂が宿ると、感じることは、式部も相当の囲碁好きであったに違いないですね、ダンプなんて、碁石に魂が宿るなんて、思いもよらない絵空事でしょうけど

チイ:源氏物語もそうですけど、徳川家康篤姫など戦国武将やお姫様がドラマでの中で,囲碁を楽しむ場面がよく登場しますね!

藤原実資が童であったとき、「碁打ちにまかりたりければ、物書かぬ草子を掛物にして侍りける」を見て、実資の祖父である藤原実頼
いつしかと開けて見たれば浜千鳥 跡あることに跡のなきかな (『拾遺和歌集』巻九)
つまり、孫が碁打ちに来て、碁に勝った孫の業美があるべきなのに、それが無いとは、「もっと良いご褒美を孫に与えなさい」と、孫の可愛がる様子が和歌に歌われています。

このように、囲碁では、勝てば何か貰えるのが当たり前の習慣があったようです。

ところが、これが度を過ぎる話もあります。

源氏物語の「宿木」の帖は,帝と薫による、男性同士の対局場面ですが、
帝が皇女二宮の婿にと望んでいた中納言薫の君と、三番勝負を打つことになり、薫が二番勝ち越せば、姫君を薫の嫁に差し出す考えです。

帝は、わざと勝負に負けるという筋書きを秘めている帖でした。

囲碁の褒美に姫を謙譲するというのは、当たり前に時代、平清盛の出目も、こんな川柳がありますから

忠則は おみやをそへて拝領し 江戸川柳

少し解説を加えると

白河上皇が忠節を尽くした忠盛に褒美をつかわそうと、白河上皇の側女をプレゼントした。

なんと、その側女は、白河上皇の子を宿していたというわけで「もし男の子だったら、大事に育てよ」と、いうことで、自分のおみや(子供)まで妻と一緒にプレゼントしている。

このお宮なるお土産は、平清盛そのものでもあったらしい。

清盛は、白河上皇の御落胤であったことは、平家物語にも書かれていますから、清盛は、大出世して太政大臣にまで、天下を支配することとなったと、されている。

それにしても、天狗棋院のご褒美とやら、こんなお宮の優勝ご褒美があれば、会員も増えるでしょうに

こんなことを申せば、ハンプテイ、「馬鹿殿御乱心か」と、あきれ顔である。

ところで、今昔物語にもかけ碁の素晴らしい話が登場します。

寛連は、歌も詠んだが天皇の碁の師匠であり、天皇は、二目置いていたという。

賭け碁をして黄金の枕を持ち帰ったと、書かれているから、碁も賭け事の対象であったようで、この話の結末は、醍醐天皇と寛蓮が「黄金の枕」を賭けて対局し、寛蓮はこの枕を元手として弥勒寺(みろくじ)を創建した、というダービーで万馬券を当てたような話し

囲碁が賭け事であったり、出世の技で有ったりするから、勝負に夢中になって執念を勝負に掛けるのも当然ですね!

ですから、一歩間違えば悪事にもつながるわけ!

囲碁 双六のみで暮らす人は、4

五逆にまされる悪事とぞおもう

なんて、狂歌もあるほどですから

ところで、囲碁に秀でた者は、天皇と一緒に紫殿にも上がって、興じ、その上、ご褒美まで頂けたわけで、有難き趣味で有ります。

たとえば、浅野弾正と家康が、囲碁をするに、本因坊が「ここは、跳ねるべき」と、助言により家康が勝つ結末となり、弾正は、脇差に手をかけて、「いなときに助言により我が負けた」と、大いに怒ったとのこと、

血気に誤って脇差を抜くとは、この長政の三男の内匠頭がその血を引き継でいるのか、終に、殿中での殺傷事件を起こす事態で、御蔭で、お家取り潰し、家来による仇討騒動により、家臣の惨めな最期を招いたのは、ただただ、この血気による脇差への一手のみで、あったとは

囲碁の一手もこれ同様で、命落としとなるから馬鹿にできません。

さらに、この二人の囲碁の戦い、弾正による助言の怒りがあったゆえ、今度は、対局の際に、日除け傘に穴を開けて、指すべき急所に、向けて日傘を動かして家康を勝たせたとのこと

それで、家康は、本因を「賢き者と褒め称えた」とのことですね

上司に受け入るための悪智慧もかくあるべしと、サラリーマンも心すべき教訓である。

ところで、菅原道真漢詩にも碁が登場する。
手談幽静處(物静かな中、二人の手が語り合う)
用意興如何(打つ手を考えるのは、楽しいことか),下子聲偏小(碁石を打つ音は、とても小さいが)
成都勢幾多(都の地(じ)勢いは壮大なものだ),

偸閑猶気味(閑(ひま)を偸(ぬす)んで打つ碁も趣があり)

送老不蹉跎(歳でも碁を打っていれば耄碌(もうろく)しない)若得逢仙客(碁打の仙人たちに逢ったら)

樵夫定爛柯(樵夫のように斧の柄を腐らせよう)  

ところで、碁の古典文化を語るときには、「斧の柄が腐る」と、いう言葉を知っておく必要がありますが、これは、浦島太郎の中国バージョンで碁を見て楽しんでいたら、斧の柄が腐ってしまい、慌てて故郷に帰ったら、七代目の子孫に出会ったという話しで、碁とは、時間も忘れてしまう程熱中できると、いう喩である。

さてさて、次に登場させるのは、織田信長

織田信長が本能寺で殺される運命の前夜に、信長の前で本因坊と利玄坊の対局があったそうで、そこでは、不思議な「三こうの手」が出て、そこで、対局は打ち止めとなったらしいが、これも不吉なる予兆であったともいえ、本因坊が、信長の館を訪ねると、明智光秀の謀反により、信長は亡き人になっていたとされ、これ以降、参考は、不吉な兆候とされるようになったとか。

本因坊名勝負物語(井口昭夫)によれば、本因坊は、信長の他、秀吉に、家康にも支持され、

家康には、幕府の碁職を統括する碁所に任じられ、たそうで、このように武将三代が、碁を愛し奨励したことにより、その後、囲碁が、武家社会に広まることとなったそうで、本因坊の貢献は大きいとされる。

初代本因坊の辞世の歌は

碁なりせば こうなど打ちて

生くべきに死ぬるばかりは

手もなかりけり

本因坊は、歌舞伎や日本舞踊のように家元制で、21世なでつづいたが、昭和13人になり、日本棋院に地位を譲渡し、実力性に変わったとされる。

そういえば、西郷隆盛西南戦争で自決する前にも囲碁を楽しんでいて、こんな漢詩もありました。

西郷が死に、臨む心境の百選漢詩として

百戦無功半歳間

(この半年間、戦ってもその功もなく)

首丘幸得返家山

(狐が死ぬときに岡にある元の住家に帰るように幸いに故郷に戻ることができた)

笑我向死知如仙客

(今、死を迎えようとしているのに、まるでいつまでも生きている仙人のような気持ちでいる)

尽日洞中棋響閑

(一日中,この洞の中で囲碁にふけって、パチパチと、碁石を打つその音だけが響いている)

征韓論の論争に敗れ、故郷に戻った西郷は、地元の士族に、戦術を任せ自らは、死を覚悟して、囲碁なんぞをしていた大物ぶりが伺えますね!

こんなことをいえば、我が娘

なにをゴタゴタと囲碁のごとばっかり!

たかが、素人初段、二段の腕前で、偉らぶって、掠めネタをご披露されておわしまするーー

論よりも 成果で示せ 一里塚   ですよ!

結果良ければ果報者、原因が悪けりゃ因果な男

ですから、囲碁の世界も奥深い世界は、馬鹿にはできませんよ!

鶯の 巣籠りありや 情けなや 

この付けは

碁盤の上に 秋は来にけり

なんて、勝ったつもりで「らんらんらん」と、浮かれていたら、鶯の巣籠りだって、ガックリコですから鶯も死に絶え絶え、狼狽(うろた)えます

ところで、狼狽えると、言えば、碁愛好家は、ピンとこないといけません。

囲碁の別名は、烏鷺(うろ)、

黒石の烏と城石の鷺との闘いで、烏鷺(うろ)の戦いと、いう。

ところで、先ほどの「秋は来にけり」では、なくて、「春はきにけり」 もありました。

碁盤の上に春はきにけり 宋長山

との上句に対して

鶯の 巣籠りという つくりもの 山崎宗鑑

と、連句の名人の宗鑑は、付けているから、俳諧と共に囲碁の嗜みもあったようです。

囲碁の勝負は、見合いと同じで、思い込みが禁物nようです。

仲人から「こちらさんの娘さんは、ツヤヒメだ」なんて、言われて結婚してみたら、不味いのなんの食べられたのではない雑穀米だったりして

逆玉の輿とは、嘘のやんぱち、本当に一生の不覚になりかねない。 

それこそ、破れ鍋の蓋みたいに、親からそいつけられちゃって、結婚式で蓋を開けたら西郷を愛した京都の豚姫だったりして!

でも、女は愛嬌、男は度胸、碁は強気

と、いいますから!

玉の輿といえば、今は、つや姫より、コシヒカリですよ!と、ここで、山形出身の碁会員の一言があり、そうでした、そうでしたコシヒカリと言えば、腰の強さ、マリリンモンローなみの粘り腰、負けたと思っていたら最後の「うっちゃり技」で、大逆転という聡太少年棋士のような天才の技もありますから

囲碁もそうですが、讃岐うどんのような腰の粘りが大切ですね!

そういえば、の高松の大学に赴任していた頃、高松屋島の「わら屋うどん店」に、仲間4人を招待した時の話しです。

このわら屋には、うどんの他に、石の男根まで陳列してあって、友人が、「これは凄い、お前より立派だ」と、おっしゃる。

松坂大輔の年俸と僕の年棒を比較するようですね、えらい棒の長さが、違がいます、スッポンの首とキリンの首くらいに!

と、答え、さらに、わら屋の釜揚げ饂飩を食べながら、「あんな石では使い物には、ならぬ、この饂飩のように軟でも役に立たぬが、程々の硬さが丁度いい」と、語って、一句

讃岐では 男とうどんは 腰次第

「大きさじゃないよ、腰だよ」と、言ってやりました。

そしたら、それは、違う、

讃岐では うどんと女は 腰次第

と、讃岐の女も知らないくせに生意気にも訂正されてしまった。

これは、これは、「わらや、わらやの笑、笑の話が飛び出して」て、腹が痛い程

こんな馬鹿話しの受けが良かったようですから、もう少し続けます。

古来、讃岐の男仲間では、お隣の阿波女に憧れていたそうで、

何しろ、阿波踊りで鍛えた腰に、泡を吹くほど讃岐の男は、歓喜したそうですから!

いやいや、換喜ではなくて、随喜したでした。

こんな私しめの恥を承知で、ばらしますと、20回も恋が実らないでも、世を捨てず、ひたすら恋し続けた粘り腰で、ついに、今の妻をめとったわけですから、その粘り腰と言ったら!

そこで、娘もビックリ

そんなに粘り腰の技が得意な親父だったとは、初耳でしたわ!

見合で断られ続けたて、己の腹の上に娘を乗っけて、うっちゃり技を繰り出すなんて、「親父も積極的なこと」と、賛美されてしまいました。

これこそ、腹の上に、女を乗せるとは、それこそ「パワー腹」ですが、こんなセクハラ親父の腹に乗せられた可哀そうな母上様!

惚れたあなた(母)が 悪いのか

迷わす親父が 悪いのか 

こんなことを言えば、妻も黙っては、いられません。馬鹿イッチャーいけませんよ!

そんな淫らな妻では、ございません。

色々と、私なりの腹つもりで、足あり、足りの私も支えがあってこその我が家ではございませんか

美しき 手あり足あり 腹づもり

ありがとうございます。

我が奥様の手裁き、足裁きがあってこそ、この我が家ですから、感謝申し上げております。

すると、妻も、またまた「言葉の足を取る足さばき」、

囲碁の打つ手も美しいと、手裁きは、聞いたことがありますが、美しい足の裁きなどトント聞いたことは、ございませんが」と!

いえいえ、これは、トント節ではなくて、トンコ節

こうしてこうすりゃ こうなると

知りつつこうして こうなった

お手がふさがっておりますから、パンツを下げるのも足さばき、相撲の世界も足さばきが勝負を分けると申します。

それに、「こうすりゃ、こうなる、こうなって」は、傍目八目先を読む囲碁の世界にもピッタリと当てはまります。

ところで、囲碁への教訓って、どんなことかとご教示いたしますれば

常に頭に注意事項を意識して勝負に臨むことが大切ですね、

例えば、男と女との付き合いを想定して考えれば良いわけですよ、相手が足をだせば、こちらは手を出し、腰を取るという技

女は、必ず2人以上を確保すること、多ければ、多いほど良く、囲った女が多い方が勝ちである。

囲む女は、独りでは、駄目ですね、二人以上でなくては、互いに嫉妬心を芽生えさせ、「私くしこそ」と、女どもに闘争心を 持たせることが肝心ですね、

妻がここで、反撃、「これって、親父の女遍歴が囲碁にも活かされているわけですか」、それにしても、囲碁の世界は、極道の世界ですこと!

ところは、将棋の世界の教訓といえば、

古稀過ぎて 桂馬の褌 外されぬ

御爺になっても桂馬の高跳びくらいは、お手の物!

どういうわけか桂馬は褌とよんでいるらしい。

真正面から直球勝負ではなくて、股下の脇からコソコソと責めるカーブ手だとか?

そこで、褌に関しては、こんな川柳もあります。

褌で髭など 撫でるへぼ将棋

褌も金から 外すへぼ将棋

プロの将棋師にとっては、桂馬飛びの両狙いは、陣営を崩すに欠かせない駒ですね、褌を二股に掛けているから、桂馬のように二股膏薬の二股狙で、二人の女の尻を追いかける元気爺が締めているのが褌ですから!

欲の熊鷹 股裂けると、いうやつですね!

それとも 桂馬の 高跳び 歩の餌食

ここで、娘から、彼方此方の女に,二股をかけているエッチ爺ではなくて、清風を吹き込む親父であってほしい、とご希望が!

清風に吹かれているのも良いけど、そろそろ、僕も洞ヶ峠で、高見の見物で、囲碁を楽むのも乙なものですね

脇で覗き見しながら、「ああだこうだ」と、偉ぶっての傍若無人の煮え切れない親父というやつ!

少し静かにとおもうが、岡目八目とは、よく言ったもので、第三者で碁を見ていた方が冷静になれるのである。

だから、ヒフミンさんも対局中に立ち上がって、将棋盤を眺めるとか、

ところで、素人囲碁対局では、脇から見ていれば、こちらか、あちらか御決断をと対局している御仁に、尻でも叩いて、上げたい気持ちになるわけで、

これは、アンパンも好きだけど羊羹もすきだと洋菓子屋の前で、思案にくれている甘いものに目がない親父、早く決断しろ、

それとも、あの女この女と女郎屋の前で品定めに決断ができない性分は、抜け切れていない、

今がとき いまがそのとき 今が今

林先生の「今でしょ、」、と言いたいところ、

しかしながら、勝負の一番での、外野のつぶやきは、気に障るもので、そんなときには、碁盤の四つ足の山梔子(くちなし)を見ろ!

くちなしや 鳴いてくれるな 杜鵑

そうでした囲碁にも、この葉隠れの精神の決断が大切、わが身を切って地を稼ぐという手もありましたが、私が切ったのは、3年前の共同病院でのわが身の痔でありましたがーーー

ここで、ハンプテイがまたまた、反撃

「切ってほしいは、あんたの縁よ、今がその時今が今と、中々ご決断をなさらない糞切の悪いダンプテイ」とまでぬかしおる。

嫌なのは、貴方のネバネバの決断のなさ、糸ひき納豆なるぬ糞誰親父では、ございませんか」と、手厳しい。

さらに、ぐっと考え、考えと、エイヤーと決断される、その決断は、まさに甘納豆な大好き一二三流の決断を見習いなさい」とハンプテイの反撃は続く

一二三似ても似つかないのはダンプテイの決断力、似てるのは,その体形では、ございませんか、この糞垂れ姿をご覧あれ!

七重八重 奈良の都の花

けふ九重に匂いぬるか

なんと、ダンプテイのオトイレ姿を娘のチイが盗撮し、開示するとは、けしからぬ。

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屁なりとて あだなるものと思うなよ ブッという字は 仏なりけり

と申せば、

ほっとけ仏のダンプテイ、こんな親父は、知らぬが仏、

こんな糞長親父は、見たこと、ございませんは!

これは、甘納豆の食べ過ぎでございます。

御蔭で、甘納豆大好きのダンプティのお腹は、加藤一二三棋士のようにデッパラで、ヒフミッテルけど、ヒフミさんも甘納豆の食べ過ぎで、歯も抜けたまま、デップリ体型は、ダンプテイ並みのお方、食べ始めたら止められない、止められない河童エビセン!

ヒフミンや 河童エビセン うふふふふ

甘納豆 手も止められず 歯は抜けて

それにしても、ダンプテイの秘密の部屋をご公開とは、ナンタルチヤ サンタルチヤ

こんな、娘には、「お仕置きに、トイレの掃除でも

罰としてさせねばなりません」と、申せば、娘

私し、お手洗いの神様なの、お掃除中だから、オトイレは暫く我慢して、と、トイレの窓から申される。

便器の汚れ 常ならず

色は匂えど 落ちぬるを

便器の汚れ 洗い初め

磨いて便器は 輝きぬ

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それにしても、糞の垂れ姿といい、オトイレ姫といいこれも芸術とされるダンプテイ親父だから、始末に「おけない。と娘は、あきれ顔

しかし、これも芸術であるとは、草間弥生さんも申されているといるから、許されましょうか!

加藤一二三さんも「人々に感動を与えるものを芸術と呼ぶならば、私の将棋は芸術でもあります」なんて、このお歳で将棋を芸術に昇格されようとされている心息は、尊敬致します。

わたしの糞垂れ姿もそのうちに芸術に格上げを期待お足しております。

:そんなヒフミン芸に見習って、将棋どころか自分の腹を芸にするなんて、勘違いしないで頂戴ね!

腹をどんどん膨らませて、芸術は爆発だなんて、岡本太郎さんの真似をしちゃって!

爆発だ 叫んでいるよ 夏の雲

娘からも「まー、入道雲の盛り上がり様、芸術の秋だから、秋の雲じゃないかしら!」

と、吾輩の俳句にまで口を出しけしからぬ娘
ところで、いつ爆発するかわからない山といえば、与謝野晶子の詩ですね!

山の動く日来る

かく言えども人 我を信用せじ

山は暫く眠りしのみ その昔において

山は火に燃えて 動きしものを

されど、そは信ぜずともよし

人よ ああ唯これを信ぜよ

全て眠りし女 今ぞ

目覚めて 動きなる

女の爆発は、何よりも恐ろしい。

ところで、爆発した山といえば、将棋界では、何と言っても、大山康晴、五つの永久称号を持っているから、そこらの山とは違います。

「将棋界に、大山あり、相模に大山あり」ですから 

ところで、ヒフミンさん、「無人島に行くとしたら、何をもって行くか」と、聞かれたら、堂々と、「羽生を持っていきます」と,おっしゃる道化面が面白く、「見習うところ多し」である。

将棋盤を持っていくじゃなくて、羽生さんを持っていくとは、洒落たことをおっしゃるヒフミンさん、ネクタイは、長いけど鼻の下も伸ばしちゃって、面白い。

それに、矛先を他人に向けて誤魔化しちゃって、「働けど働けど、我が暮らし楽にならず、じっと手を見る」は、啄木の一握の砂、ヒフミンの場合は、

働けど働けど我が体、楽にならず、じっと腹を見ると、ヒフミって、いますね!

天下の将棋王も15歳の翔太少年にも完敗で、手も足もでない雪達磨状態、いくら過去の実績があろうと、勝負の世界は、歳には、勝てません。

囲碁の世界では、白鳳みたいに、ハッタリやブチカマシは、この世界には、ありませんから、安心です。

勝てばよし、白鳳ハッタリ 秋の風

ヒヒミンさん、おまけに噛みしめる歯も抜けてしまっては、踏ん張りも効きませんから勝てる訳がない。

それにしても14歳の少年に負けるとは、よもやヒヒミンさんも思っていなかったでしょう。

ヒフミンは 負けてぼうぜん 雪だるま

このダルマさん、翔太少年とデブ親父を売り物にして、将棋界を引退してもテレビで人気者、旨くマスコミに便乗されるとは、人生双六も見事である。

:そういえば、今昔物語には、寛蓮と「いう名人が天皇の碁の師で賭けた褒美に黄金の「枕を頂いたというような、賭け遊びで、立身出世したというし、囲碁に秀でたから、天皇と一緒に、紫殿にも上がって一緒に興じ、その上、ご褒美まで頂いたわけですよ!

我が天狗碁会所では、優勝してもご褒美は、ワンコインですから、雲泥の差と、いえば、本杉会長から叱られますがーーー

ハンプテイからは、囲碁の世界は、遊びですら、結果が大切ですよ、そんなご褒美を期待しているようじゃ、勝ってなんぼの世界と同じで、面白味がないじゃないですか、

白鵬みたいに「勝てば官軍」では、見苦しいわ!

勝てばよし、白鵬はったり 糞も味噌

なんて、言われていますけど、

なるほど、妻の言う通り、勝つための道のりに喜びを感じなくては、いけませんね!

そのためには、相手の眼を誤魔化す猫騙しを使うのも大横綱としては、恥ずかしい

勝てばよし 猫もだますや 糞(くそ)も味噌

こういうダンプテイ親父も、結果が良ければ、勝てば官軍と、思ったとしても上段者には、そんな騙し手が通用する筈もないから因果な男であります。

ところで、ロンと渾名される我が婿に

論よりも 結果で示せ 一里塚

なんて、俳句を出したものですから、子供の居ない娘が、「なんということを言う親父」

と、睨らまれてしましました。

「子供ができてないから」と、そんなに落ち込むことは、御座いませんわ!」、と、慰めは、致たしましたが、更に輪をかけたのがいけません。

「今は、医療技術も発展してiますから、子供の御一人や二人、簡単にこしらえてあげますから!

その受け答え、「マー嫌なこと」

そんな助平親父の色種なんか、どこの「ドイツ」が使いますやら!

それまた、「ああいえば、こう言う」の性分が、災いして、いくらドイツの医療技術が発展したといっても畠が駄目になれば、使い物になりませんから、

「女の落とし頃は、御歳、40まで」と、いいますから、急いで頂かなくては、遅かりし、由良助

なんて申せしものなら、もう家族崩壊間違いなしで、

麩水盆に帰らず である。

さてさて、囲碁の世界も奥深い世界でありまして,馬鹿には、できません。

結果は、必ず間違い手を打った因果報応の世界ですから、必ず勝負に影響しますから一手も手が抜けません。

鶯の 巣籠りありや 情けなや この付けは

碁盤の上に 秋は来にけり

なんて、勝ったつもりで、「らんらんらん」と、浮かれていたら、鶯の巣籠りだって、ガックリコで、蜂の一刺しで、鶯も死に絶えます。

ところで、この秋は気にけりの本歌は、山崎宗鑑が蓮歌で、碁盤の上に春はきにけり の宋長の上歌に対して宗鑑は下歌として鶯の巣籠りというつくりものと歌っている。この蓮歌の師匠も碁を嗜んでいたらしい。

老人会のような我が天狗囲碁センターでは、日ごろから「自分が、自分が」と、天狗になっている連中の鬱憤の捌け口になっているのか、囲碁を刺しながらの口喧嘩が絶えない訳で、それも歯が欠けたり、抜けたりの天狗ばっかりだから、天狗様も歯がなければ、唯の歯抜け爺で、威厳も品もあったものじゃない。

天狗の立派な鼻も歯抜けでは、まさに歯抜けの下駄を履いた天狗様、

本当に、大人気ないというか、なんというか――

このままだと、天狗の囲碁センターだけでなく、俳句師匠から一喝されて、破門されそうですね、

品がないとか、歯抜けだとか、貶されておりますが、囲碁や将棋は、伝統的に着物姿が一般的、戦時中は、風呂にもはいらない、将棋差し手がいて、股蔵から虱が飛び出して、対戦相手にチクリと、相手への一刺しの手を使ったとか!

囲碁一手 刺しつ刺されつ 蚤喧嘩

なんて、馬鹿面の俳句を碁敵に披露すれば、それこそ、馬鹿面を非難轟轟と、叩かれるのが落ちであるが、漱石

叩かれて 昼の蚊を吐く 木魚かな

程の出来と思うのは、自分だけである。

それがどうした、句会では、中々選句されないのですから、これも、自我事案に過ぎない、それではと、詩にも手を出してみる。

先ずは、得意の囲碁の下ネタから

題:囲碁の親父会話

俺の股倉に 突然飛び込むその一手

こんなの頓死では ござらんか

いやいや 次の一手で どうしゃっんす

うむうむ、これは参ったシクジッタ

俺の股倉に お前の御殿がどんと立つ

御蔭で俺の股蔵 ナッシング

因果な一手、股蔵を抜くとは このことか

結局のところ、我が人生も、囲碁そのもので「、騙し、騙され」の人生紙芝居であります。

最終場面には、どんでん返しで、夢の世界が訪れるのか楽しみですわ!

いく雲の いごの世界や 夢芝居

注:いごは、行く雲のいくて(我が人生の行く末)と囲碁とのかけ言葉

それでは、最終舞台に登場する、とっておきの花衣に身を纏い、心は、いつでも夢芝居 いついつまでもいつまでも、最後の囲碁の展開をお楽しみあれ!

しかしながら、現実の社会は厳しいもの

雲水の 身はいづくとも 定めなき浮世の

旅に迷いいく

逃げても、逃げても死への世界という人生の末路の悲しい囲碁の世界になるかもしれません、

囲碁の世界は 夢芝居

誰の筋書き 花舞台

幾先の影は 見えない 

しかし、何時どんでん返しで夢の世界が訪れるか分からない世界ですから、希望を持ちつつあてどなく、考え続けることが肝心と心する。

ワンツウワンツ 休まないで歩こ

それでは、囲碁芝居を最初から

石のからくり 囲碁芝居

その一手 忘れもしない

誰の筋書き 囲碁舞台

行くての影は 見えない

白と黒 あやつりつられ

細い絆の 石ひき引かれ

準備不足を 幕は待たない

囲碁は いつでも夢舞台    囲碁芝居

            小椋佳 夢芝居の改作

それでは、最終舞台に挑戦し、心は、いつでも夢芝居 いついつまでもいつまでも!

それでは、これからの厳しい冬到来を予測して

囲炉裏火に 無言で坐する 囲碁がたき

外は、どんどん雪が降り積もる。

河に振る雪 河に溶け

山に降る雪 綿布団

街に振る雪 屋根ポンポ

吾に降る雪 腹ぽんぽ

手無し足無し 雪達磨

もう、これで勝負あり、と頭を下げ申せねばならないときが来た足無し手無しの状態、

ところで、「手無し足無し」といえば、達磨様ですが、囲碁や将棋でいえば、雪隠攻めのお手上げ状態というところ

何故に雪隠かといえば、厠なるもの、北の隅部屋にあるから、残り雪が春になっても残るところ、

そんなところに、追いつめられて春も来ないというところだそうで、

との話に、妻から横槍が

ご不浄の面白いお話しなら、漱石の厠の話がありますね、漱石先生、西園寺公望宰相から招待があったけど

時鳥 厠半ばに 出かねかね 夏目漱石

と、お断りの俳句をしたためたとか、

天下の宰相に、糞切れの途中ですから、出席できぬとは、漱石先生も足したお方であります。

ご不浄、雪隠、オトイレ、厠、川屋、メンズルーム

等、名前も色々あれど、謂れを知れば、成程

さて、将棋の駒に関しては、龍は、王様の東を守るということは、将棋の配置を見ても分かります。

王の東側に位置する飛車は、成り駒となって龍となり、王を守る最大の駒となっているわけで、将棋界の王者対決は、龍王戦となるわけ

更に角は、斜めに敵陣を切り込み、馬になって、大暴れ

さて、さて、王の横に並びしは、財宝がずらり

玉 ・・・・・今で言う宝石
金・銀 ・・・今でも貴重な金属
桂 ・・・・・古来より香料に利用される貴重な木材。
香 ・・・・・貴重な香料・香水

ところで、若手の期待の星といわれる藤井棋士も29連勝を果たして竜王の座の決選も近いと、言われている。

とんとん拍子に昇格するのは龍の如き、四段だと思っていたら、一年を経るか経ないかの内にもう七段だとか!

一方、羽生さんは、タイトルを独占してうたが、そろそろ無冠になるのでは、と囁やかれている。

時代は変わる、人も変わる、

たとえ無冠となっても、過去の栄光は消えることなく、無冠の帝王とは、違いますから安心してください、何しろ永久称号とやらをいくつも保持されていますからその名誉は、永久に残り、相撲の世界とは違います。

貴乃花も古来からの、相撲界の悪習には、腹が堪えられずに正直過ぎたところもあったわけですが、

正直に 物言いて秋 深きかな 万太郎

「私からも心からお詫びいたします」ばかりでは、同情も逃げていきます。

でも、この貴乃花、心を改めて、再出発

初場所や 褌あらた、締め直し

かと、思いきや、政治の世界から相撲世界から潔く手をひいて、

くちなしや お詫び行脚の 旅衣 藤波孝生

これから、新たな秋の旅と、むしろ、心は、晴れ晴れかもしれませんが、それにしても、あの横綱の名誉は、どこえやら!

行く春や 鳥鳴き魚の 眼に涙 芭蕉

さてさて、話は、再び古典に戻ることにして、

宇治拾遺物語には、達磨と対局した五耒の老僧が、御経も読めず、仏の教えも録に聴くことのない駄目僧であったが、碁の対局中では、まるで修行を積んで、悟りを得た立派な姿で、達磨に対して、「私も功徳を積んで悟りを開いたようです」と、答えた話は、その道で修行をすれば、そのような境地になると、頷ける。

我が、囲碁人生もその境地には至らず、枯れ薄

このままでは、我も、「死人に口なし、囲碁の口なし」と、いうことで、何か我が言の葉を少しでもの子さんといたすところであります。

せけんでは、「枯れた者は、何も言わないであの世で、ぞんぶんに、囲碁でも楽しんで下さい」と、いうことですが、あの世に碁盤があるかどうか知る由もございません。

せめて、この世では、たらふく美味しい物を食べ、存分に碁を打って、この世を終わればと、思う次第であります。

論語には、子曰、飽食終日、無所用心、難矣哉。不有博奕者乎,爲之猶賢乎已

一日中、「たらふく美味い物を食べ、何も考えずぶらぶらしてるのは、困ったものだ、囲碁とか双六等の賭け事の遊びも何もしないよりは、ましだ」と、孔子様もおっしゃっている。

こんな生活態度では、今にヒフミン状態ですわ!

と、我が娘がもうしますが

「そんなこと、加藤一二三さんに失礼ではないですか、かっては、プロ棋士として名を連ねた囲碁界の神様でございます」と、しかりつけましたので、加藤一二三さんお許しください。

宗は言っても、吾が姿、

一重瞼、二重の顎に 三重の腹

妻からも「私もこんなデブ旦那の世話をしてついつい愚痴もでもすわ」、と、いたくお叱りを受けているわけでして、反省しきりです。

ところで、この囲碁談義も締めとしたいわけですが、雪国の米沢での囲碁生活を紹介しない訳に行きません。

67になってからの雪国単身勤務は、辛いもの、

雪国での自動車運転も、ままならないので、家具付き、食事付きのマンション生活とあいなった。

一人住まいは、わびしいもの、南米沢駅から西米沢駅まで一駅いくと、駅舎で囲碁教室が開かれているらしい。

早速、近くのリンゴ園で林檎を買い求め、囲碁仲間にお土産と差し上げて、囲碁して寒い冬を過ごしておりました。

ご老人が多くて耳も遠く、言葉の訛が多くて、会話もままならない。

「私のような単身者にとっては、寡婦付きのマンションだから、とても便利ですね」と、話を「切り出すと、「今とき、寡婦つきなんぞして、なんちょ羨ましい、わっしゃらも、一っときでも、そんな身分になりたいもんじゃ!」

なんて、トンチンカンな会話、どうやら、家具付きと言ったつもりが、寡婦付きと間違えられたらしい。

東南アジアでの単身赴任では、食事の賄いや掃除洗濯の賄い女性がつくらしいけど、日本ではありえない話しなのに!

地元の囲碁仲間にも知り合いとなって、

休日に、この囲碁センターに訪問するのが楽しみになってきた。

日脚伸ぶ 囲碁はいかがと 訪れる

ちょっと、ちょっと尿意をもようしたら、駅舎の裏の雪の山にジョ-ンと垂れれば、湯気昇るという悪戯も、こんな雪国ならでは、許される

娘が、また、口を挟む

「下駄飛ばし」とか「サクランボの種飛ばし」なる遊びなら許されるも、オシッコ飛ばしじゃ、チョロチョロで御老人の恥を晒すだけ、

糞尿の もう遠くまで 飛べぬ冬   エンケン

それにしても飛び出してるのは、お腹だけ,この俳句も漫画?の発想も、チンケそのものですね、と、娘に馬鹿にされました。

実は、この漫画の主人公は、エンケンさんで、裸が売りの歌い手で、俳句も中々のエンタテイナーで、私が狙う道を一馬身先行されている尊敬すべき人、是非、Uチューブで、そのパフオーマンスをご覧ください。

ところで、雪にオシッコを垂れれば、

掻き氷のように、ぽっかり黄色の穴が開く、

幼い頃はオシッコのかけっこ、飛ばしあいをして楽しんだものです。

真直ぐな 小便穴や 雪の門 一茶

この名句を聞いても、詫び寂に、縁のない妻は、

マー嫌だ 叫ぶは妻の 叫びかな

初雪や 此の小便は 何奴ぞ 其角

妻からも、当然にこんな駄洒落俳句は、俗っぽいと、クレームしきりで、「囲碁をテーマにしての俳句をお願いしますよ」とのこと、

「それでは」と、出した俳句は、駄句ですが

二局終え もう一曲と 日脚伸

すい(酸い)林檎 齧じりて囲碁の 一手得る

俳句だけでは、物足りないと、詩もおまけに

秋の錦を 脱ぎ変えて

今は鹿の子の 吾妻山

ちらちら雪の リンゴ園

西米沢の 無人

降るなら積もれ 雪だるま

ダルマストープ あったかい

囲碁で遊んで 雪味酒

米沢は、雪の街で、同じ職場の先輩教授が退官され、家でブラブラの囲碁が強い人がいるからと、紹介されて訪問することとした。

お昼飯なんかもご馳走になり、今から思えば、大変な世話になったものですよ!

その先輩が言うには、「私の碁は、喧嘩碁、勝つことばかり考えているから、落馬することになる。

びびらずに 走ってみよう 暴れ馬

では、いけないとのこと、これは、「性格からくるものでしょうね」って!

これも、我が人生ジャジャ馬ならしで苦労しましたから、とお答えいたしましたが、こんなこと、我が妻には、言えません。

妻が申すには、きっと、あんたは、思い込みが激しいから、「こうだと思もったら一直線で、馬穴を掘ること間違いなし、だから、駄目なのよ、適当なころで新しい展開をしないと、雪穴どころか、墓穴を掘ることになっちゃうから!」と、我が尻穴を指摘され、アナアナ、恥ずかしい限りです。

ところで、思い込みが激しすぎて失敗が多いと申される我が奥方には、「美人だなんて、見合いのときの思い込みが、災いして,飛んでも発糞、ジャジャ馬に乗ってしましましたから」

びびらずに 乗ってみよう 暴れ馬

と、なんとか乗りこなしてきましたが、

と、とんだ妻への鞘当ての俳句を申し上げて、お叱りを受けてしまいました。

それでも飽きずに、駄作の俳句を紹介すれば、

無人駅 一人降りれば 雪明かり

自画像は 駅舎の小窓 息白し

西米沢の駅は、無人駅だが、近辺の囲碁好きが集まってくる。

酒チビと 外はこがらし 懐手

早速、娘から、厳しいご指摘が飛ぶ

これは、嘘臭い俳句ですね、片手がおチョコで、もう一方は、碁石ですから、懐手なんて、あり得ない。

そうでした、そうでした、それでは、

酒チビと 外はこがらし 囲碁一手

ここの囲碁センターには、フィリピンから来たという娘さんが世話を」してくれている。

チビチビとダルマストープに、温まりながら甘酒を頂き、このフィルピン娘と雑談をして楽しむ。

フィリピンと 国籍答ふ 甘酒女

また、地元の農夫さんか皺くちゃ手、無口だが、中々の碁敵である。

囲炉裏火に 無言で坐する 囲碁がたき

外は、どんどん雪が降り積もる。

河に降る雪 河に溶け

山に降る雪 綿布団

街に降る雪 屋根ポンポ

吾は、御馳走 腹ぽんぽ

囲碁は たけなわ 勝負時

手無し 足無し 雪達磨

こんな雪降りの日は、車の無い単身の身の上では手無し足無しの雪達磨で、どこにも出かけられないから、碁会所が、なにより

畑仕事で、皺くちゃ手の叔父さん、叔母さん達とダルマスト-プに、温まっての会話も楽しい。

そういうダンプテイの顔も皺くちゃでございますが

皺くちゃの 顔も勲章 春隣り

元句:節くれの 指も勲章 春隣り 鷹羽狩行

と、皺も我が人生の生きた証といたしますので、今後とも、この皺くちゃ男とのお付き合いを願う次第、

さて、米沢の囲碁仲間には、

米沢の あれこれ囲碁の 友を知り 

我が騙し手は ついに知れつつ

勝って嬉しい花一匁 あの娘が欲しい

負けて悔しい花一匁 あの娘は、いらん

もう、こういう贅沢は、許されませんから、今の妻と子供とで、仲睦まじく生きていく覚悟でございます。

何かと、失礼なること申し上げたこと、文面で深くお詫びして、締めと致たします。

最後まで、お付き合い頂きました読者の皆様に感謝を申し上げます。