ハンプティのブログ

ハンプティ・ダンプティのように、いつもずっこけぶりを発揮しています。

ダンプテイ親父の蔦ない話

ダンプティ:オーストラリアには、面白い無花果の木(ガーテンフィグツリー)があるけど、知ってる?

ハンプティ:台湾、タイ、沖縄等の仏像や寺院にガジュマルの木を見たことがあるけど、無花果の蔦は、知らないわ!

ダンプティ:無花果の蔦は、ケアンズの国立公園のカーテンフイグツリーが有名よね!

日本で見られるような無花果でなくて、種が他の樹木の幹等に落ち、それが成長して、その樹目を絞め殺してしまうハンプテ並の恐ろしい木なんです。

ハンプティ:私なんて、比べ物にならないわ、育ての親を絞め殺すという残虐な仕打ち、南国の大蛇が人を絞殺す悪魔みたいだわね! 

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ダンプティ:蔦のように絡み合う争いのイメージね、この葛藤する蔦か伸びていくと禍や病気が広がっていく様を意味して蔓延していくという意味にもなっていて、何となく蔓は、不吉なイメージですね!チイ:蔓が伸びていく様は、伝染病が広がることを蔓延するとか、はびこる(蔓延る)とも言うけど、蔓が伸びることは、昔から忌み嫌われていますからね!

ハンプティ:でも、クリスマスや正月飾り、オリンピック等で蔓状のものを巻いて、リング状にして飾ったり、頭に被る習慣は、蔓が蔓延しないように丸くして治めるという縁起ものなんですね!

「みんなマールクタケモトピアノ」みたいな平和な雰囲気!

蔦が蔓延していくのを、丸くすれば、蔓延しなくなる縁起ものに早変わりするって訳けですね!

チイ:蛇がトグロを巻いて環になっている図柄も、悪が蔓延するのを留めるという象徴的なイメージと言う具合ね!

ダンプティ:日本には、「茅輪潜り」という行事もあるし、注連縄も熨斗も丸く巻くわけで、日本文化に深く根づいていまうね!

フジワラ、フジワラという呪文も、「藤環ら」では、ないのかと思いますね?

チイ:藤原氏が独占的な政権の地位に君臨していたから、この恐ろしい藤の蔓に巻かれないように、と、お呪いを、「フジワラ、フジワラ」と、恐ろしい藤の蔓を輪にするお呪いだから藤環ら、藤環らというお呪い言葉になったわけですね!

チイ:藤と葛は、共に実の成らぬ蔓が互いに伸びながら蔓同士が絡み合っていく姿を連想させるもので、互いに先を競いあうことを葛藤するという漢字もあって、藤原氏と葛城氏は、共に天皇の血を継ぎ、葛藤の仲で、あったというのも面白い話しですね!

ハンプティ:藤原定家の墓に恋人の呪いの蔦が巻き付くという、謡曲の題目に「定家葛」があるけど謡曲を趣味にしていたダンプテイさん、どんな筋書きなのかしら?

よくぞ,聞いてくれましたハンプテイ

藤原定家式子内親王との間の忍びあいの恋の情念で親王の墓に定家との恋のしがらみの蔦が絡んで、内親王が成仏できない筋立てすね。

ことごとく 枯れたる暗さ 忍ぶ草

 ハンプティ:定家蔓は、お墓を手入れすることもなく、墓に蔦が巻き付いて、式子内親王の亡骸を絞め殺すような不気味な墓の物語なわけね!

ダンプティ:ところで、内親王は、定家との間の忍恋と言われる歌を残していますね!

来ぬ人を 待帆の浦の 夕宥凪に 焼くや藻塩の身もこがれつつ

恋人を待っているのは、藻塩を焼いて作るときのように、私の身も焦がれますわ!

とでも訳すのかしら!

それに、定家蔓の式士内親王も定家との恋に悩む歌が百人一首に採用されていますね!

玉の緒よ 耐えなば 耐えね ながらへば 偲ぶる恋の よわりもぞする

葛に巻きつけられている私の命は、いっそ、耐えてしまったほうがいいわ、このまま命ながらえていれば、恋しい思いを抑え隠している力も弱くなってしまいそうだから」とでも訳すのでしょうか?

チイ:訳の出来は、兎も角として、定家が本当に内親王と恋をしていたのかは、疑問ともされていますね!

何しろ、定家が父の俊成に連れられて初めて内親王に出会ったのは、定家が20歳、内親王が30歳と、されていますから!

ハンプティ:そのくらいの年齢差は、恋の障害にはなりませんよ、チイだってロンとの年齢差はこの位じゃないの!

年齢差で、もっと凄いのは、良寛と貞心の老いらくの恋、何と40歳の年齢差だそうですから!

その恋は、枯れ蔦がしがらみあう恋だったのか分かりませんけど!

チイ:でも良寛と貞心との間には、熱烈な愛の和歌がいくつも残されていますよね

きみにかく あひ見ることの うれしさも
まださめやらぬ夢かとぞおもふ
(貞心尼)
天が下に みつる玉より 黄金より
春のはじめの 君がおとづれ
良寛

良寛と貞心尼は、良寛が死ぬまでの数年間、お互いを慈しみ敬愛する恋愛が続いたそうです。
ダンプティ:ところで、定家蔓の話に戻るけど、蔓の葉っぱの裏側が白いことから、裏を返すという意味嫌う言葉として、和歌にも出てきますね。

秋風の ふき裏返す 葛の葉の うらみても なおうらめしきかな 平貞文

チイ:これは「葉の裏を見ても」という意味と「恨みても」を掛けているのね!

俳句では、こんな感じですね!

うら寂し 葛の裏風 波うって

日本文学では、蔦は、実の結ばない恋や呪いのイメージとして、取り上げられていますからね!

ダンプティ:しかし、呪いの蔦であるからこそ、それを丸く結めば、縁起ものとなる。

望みごとを神に祈るときに、松の木に幣を結ぶことも願いを叶えるための習わしだったわけで、

有馬皇子は、謀反の罪で囚われの身となったときには、

磐代(いはしろ)の 浜松が枝(え)を 引き結び 真幸(まさき)くあらばまた還(かへ)り見む(万・巻2-141)
(岩代の浜松の枝を今、引き結んで幸を祈るのだが、もし命があった時には再び帰ってこれを見よう)

と、和歌をしたためてましたね!

チイ:そういえば、桃太郎がお結びを結んでもらって旅に出るのも母の愛、母から力をこのおむすびからもらって、戦いの場に出かけるわけね!

桃太郎もそうだけど、勝負に出るときの鉢巻きを結ぶのも力をもらう緒むすびでというわけだし!

ダンプティ:掬ぶという漢字は、手で米を包むという語源ですから、おむすびも縁起物ですからね!

ハンプティ:土俵入りで締める縄もお尻で丸くおさめているのも縁起がよいわけですね

土俵入り 裏も表も 天も地も

土俵入りも、両手を結び手と言って、おむすびのように神から力を頂く祈りなんですよ!

それに、相撲取りが、四股を踏むのも地下に潜む精霊を鎮める儀式だってね!

土俵入り 丸く納めて 四股を踏む

反閇(へんばい)を踏むといって、これも精霊を鎮める足踏みで、陰陽師道教の思想を由来とする足踏みの鎮魂ですが、これらの儀式は古来相撲の取り組み前の陰陽儀式として行われていたものを現在は相撲取りによる四股として残ったという訳ですね!

ハンプティ:そういえば、能や歌舞伎、日本舞踊等は、足踏みが重視されていて、檜舞台で、音がよく響くようになっていますね。

足踏みが伝統的に良い霊を導き、悪霊を遠ざける縁起として踏襲されていますが、これも反閇に由来しているのですね!

ダンプティ:そうですね、娘道成寺清姫の恨みの足拍子という感じですが、女の梵鐘の恨みは、恐ろしい!

ダンプティ:その通り、足踏みは、反閇で鎮魂、足擦りは、これと反対に忌嫌われる仕草、蛇が地を這うとか蔦が這っている悪霊を象徴する仕草で「ジリジリ」なんて、足摺の音は忌み嫌われる。

チイ:足摺岬の流刑の地で、置いてきぼりに会う俊寛のような哀れな足摺の様ですね!

ハンプティ:ダンプテイの歩き方が足摺なのよね、音を立てないで、ひたひたと、女郎蜘蛛のような足摺も靴が速くすり減ってしまうからいつも注意してるのに、全然治らない。

哀しさや 渚の果ての 女郎蜘蛛 郡司

ダンプティ僕の足摺は、日本舞踊の嗜みと剣道での足擦りの癖が残ったもので、優雅な日本文化の伝統なんですよ!

例えば、花魁の足取りもそうだけど

花魁や 足どり揺らり 花を帯び 

チイ:歳だ歳だと、おっしゃるけど、人生100歳時代、四十、五十は洟垂れ小僧、六十、七十は働き盛り、九十になって迎えが来たら、百まで待てと追い返せ。」と渋沢栄一の言葉や「五十、六十は鼻たれ小僧 男盛りは八、九十」という安田善次郎の言葉もあるようにダンプテイも足老人足摺くさいのは止めて水前寺清子のような足踏みをお願いしたいは

人生はワンツーパンチ

腕を振って足を上げて

ワンツーワンツー

休まないであるこ!

なんて、ダンプテイには、絶対無理、治そうと思っても簡単に治るものじゃございません。

チイ:ダンプテイの足摺は、それこそ俊寛のように見るに堪えないというか、哀れな足取りは地面を這う蔦のように、じわじわ

歌舞伎で見る俊寛も、島に一人で置き去りにしてく舟を見つめて、この海はどこまでも続くのか、もう都に戻ることが出来にないと、涙しての足摺は、ダンプテイが、道に迷って足摺をしているようで哀れ、哀れ!

ハンプティ:太宰治パンドラの箱という小説にも「この路はどこに続いているのか」の問いに、「それは蔓に聞いて下さい、蔓は、応えるだろう、蔓の伸びていく方向は陽のあたる方向」と,書かれているわ、ダンプテイも自分の道は、自分で考えてお願いしますわ!

遊び三昧して、遊び放題して、今更、動けなくなったからと、言ってのお涙頂戴は,許せませんわ!

今、私は男捨離中ですから、御覚悟を!

ダンプティ:これは、これは,お蔦と清十郎の切っても切れない恋の物語でございますか!

ここわ、二場百合子風の声で、

月は晴れても心は闇夜 お蔦別れろ切れよは、芸者のことば、死んでくれとはなんでおっしゃってくれはんだ」

と、お蔦と清十郎のお蔦のように、ダンプテイとの間は、切るに切れない恋物語の調子でお願いしますよ

ハンプティ:その台詞、曾根崎心中風に言えば

この世の名残世の名残、死にゆく身をたとふればーーーと、いう感じ!

歌舞伎の一本刀土俵入りのお蔦や泉鏡花の女系図に登場するお蔦も哀れな女ですね!

ダンプティ:蔦も蓬も男と女の柵(しがらみ)として哀れの象徴ですから、蓬にについて一言

俳句の会に蓬山さんという俳号の友達がいて、「しがらみの仲ですが、一度お逢いしましょうか」と,メールしましたら!

蓬山さんから

なにしおば 逢坂山のさね蔓 人に知られで 来るよしもがな           三条右大臣

「恋しい人に逢えるという逢坂、一緒に一夜を過ごせる小寝葛 (さねかずら)の蔦をたぐり寄せるように、誰にも知られずに、あなたを連れ出す方法があればいいのに」と、百人一首の謎のメールが直ぐに飛び込んできた。

流石に逢山を俳号とされるだけあって、逢うに草冠をつければ蓬草、つまり「さしも草」だけのお方である。

そこで、

「かくとだに えやは伊吹の さしも草 さしも知らじな 燃ゆる想いを 藤原実方

と、誰にも知られないように、お伺い致たします」と、返事を差し上げました。

良寛が恋人の貞心に対しての愛のように燃えております。

そしたら、また、この恋文のお返しは、

心さえ 変はらざりせば 這(は)う蔦(つた)の
 絶えず向かはむ 千代も八千代も

何と、男同士で我ながら、厭らしいと、反省しつつ、

這う蔦や 女房如き したいけり

と、ハンプテイとの仲良し姿の写真を添付して、俳句を友人にお送りしたら、こんな女房への愛句に嫉妬してか、そのしたいけりは、死体蹴りであり、恨みの意味だと、指摘されてしまった。

這う蔦や 色恋う男 死体蹴り

ハンプティ:ハンプテイを死体蹴りなんて、なんということ、こんな男には、呪いを掛けて「がんじがらめ」の縄首にして今度こそ、タスマニアの森に捨ててあげるから

ダンプティ:タスマニア森など、地理感のないところは止めて下さい、三途の川も渡れません。

せめて、どこかの博物館にでも永久保存をお願いしますよ!

ハンプティ:そういえば、シチリア島パレルモの寺院の地下には、死体安置所があって、死体が永久保存されていたけど、気味が悪くて嫌だったわ、呪いの魂があるかと思うと安心して寝られやしない。

ダンプティ:レーニンもどこかで、死体で永久保存されているとか聞いているけど?

ハンプティ:毛沢東スターリンホーチミンも永久保存されているのは、共産党一党独裁のリーダーと決まっていますね!

チイ:いえいえ、アインシュタイン夏目漱石の脳も研究機関に保存されているそうよ!

ダンプティ:これらの脳保存は、偉人の脳組織を解明するためであり、国家統率の象徴という共産党国家とは、違います。

チイ:そういえば、ナポレオンの場合も英雄の男根を競売にかけようと密かに誰かが切り取ってホルマリン漬けにしてあったという。

ハンプティ:本人のものかどうかをどうやって鑑定するのかしら?

旦那のものを寸法まで、測定して他人のものと比較しているわけないし。

ダンプティ: そんな心配は余計のお世話よ、心配だったら、自分の亭主のものを鋳型でもとっておけば良いのよ、協力してあげるから!

ハンプティ:そんなことしたら、勃起してしまって、「亭主のものは、こんなにでかかったかしら」と、いうことになっちゃう。

身に入るや 亭主の形見 ずいきかな

ダンプティ:毎晩

わが芋茎のものを拝見していただいて、随喜の涙とは、これは有難い、お言葉に、墓場の中から感謝いたします。

ところで、アイスランドのもレイキャビックのペニス博物館には、自分のペニスの鋳型を寄贈してもらえるって話があるけど、こんど、旅行に行く機会があるから予約しておこうかしら!

2008年のオリンピックで銀メタルに輝いた選集全員がその「栄誉を称えてペニスの鋳型を陳列してあるとか、何とそのペニスは銀色に輝いているとか!

オリンピックの名誉はこんな形で永遠に陳列されるとは!

それにしても、鋳型は兎も角、ペニスや脳のアルコール漬けの保存などを見ると、薄気味が悪くて、西洋のレンガ作りの古い教会や洋風の病院の壁に蔦が這っているみたい。

こんな館に死体が保存されていて恐怖の館となっていたりしたら

 煉瓦作りの 脳病院

と、いう雰囲気

:それとも

壁に這う 枯れ蔦怪し 脳病院

ところで、友人に

這う蔦や 女房ごとく慕いけり  

と、俳句を送ってあげると、友人からは、これは願望なのですか!

なんて、冷たい反応、このままでは、「女房からこんなに慕われています」なんて、自惚れ丸出しの生意気な奴と思われ、俳句会から死体蹴りされ破門されそうなので

「そうですよ、願望に過ぎません」と、お答えしておきました。

チイ:ところで、カンボジアや台湾でもガジュマロの蔓の木が寺院や壁に覆い尽くしているのも、この蔦のイメージですね!

蔦枯れて意思のあうごと這うばかり  

の俳句 萌え萌え日記

チイ:蔦の絡まるチャペルに祈りを捧げた日

夢多かりしあの頃の思い出をたどれば-----

二番には、

讃美歌を歌いながら清い死を夢見た

何の装いもせず、口数も少なく--平岡精二 

とベギー葉山が歌う学生時代の悲しい歌もあるし、こんな俳句もありますね!

蔦枯るる チャペルの壁の 綾模様 西岡甲子

ダンプティ:ところで、この写真の蔦屋敷は、妖怪屋敷のような詫び住まいで、東京の街の真ん中にもこんな世界があるとは驚きで、別次元の世界感、さて、この蔦屋敷には

どんな人が住んでいるやら!

耐えつつも 色深みおり 蔦屋敷

枯れ蔦の絡まる蔦屋敷は、蛤という蔦の絡まる住吉の料理店、その異様さに惹かれて飲み喰いしたことがあるが、竜眼等めったに味わえない、怪しい滋養料理の店でしたね!

店頭には蛤塚まであって、怪しい雰囲気。

何をする 家とも知れず 壁に蔦

住吉の すみなす住家 蔦の家

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悉く 枯れたる暗さ 屋敷

主もなしや 香もなし

この蛤屋敷の側にもビルの前面が緑の蔦で覆われている洋館があって、その蔦の這う絵柄が現代美術のような絵柄で、稲妻が落ちた様は、美しいですね!

緑の蔦であれば、侘しい感じは、しないので

万緑のひとつのかたち 蔦屋敷 熊谷蓬山

チイ:蔦屋敷ではないけど、俳人の鷹羽狩行さんの名句は

摩天楼より新緑がパセリほど 

と、摩天楼からみたセントラルパークの公園がパセリのように見えたというけど、こちらの情感のほうが青春の息吹が感じられ明るい景色ですね

ダンプティ:そんなパセリのような青春を象徴する館なら、ケーキーと紅茶が似合うけど、

枯れ蔦の屋敷では、ケーキーと紅茶は、似つかない。

ハンプティ:ところで、枯れ蔦がビルの壁面を這う姿は、まさに雷ですね!

ダンプティ:雷といったら、千磐破 (ちはやぶるいかずち)ですが、

玉葛 実のならぬ樹には ちはやぶる 神とつくとふ ならぬ樹ごとに

と、万葉集に歌われているように、葛のように、蔓がどこまでも伸びて花が咲いても、実がならない木には、恐ろしい神が取り付いて、恋人の幸せを壊すとも言われていますね!
 恋が成就しない二人には、蔦のような実のならない樹のように、恋をしても神がとりついて実は成りませんと、雷に打たれたような悲しい恋の歌ですね!

ダンプティ:チハヤブルは、神の枕詞ですが、そう言えば、

ちはやぶる 神代もきかず 立田川 からくれないに 水くぐるとは

という有名な和歌がありましたね!

この歌は、在原業平が愛されている高子から屏風に、私達の仲を歌にして屏風絵に描いて下さいと言われて、歌ったとされる。

「神代の時代から、水を唐紅の色に染めるなんて聞いたことが有りません」と、切ない返事の歌ですね!

ハンプティ:この歌には、落語があるらしいけど!

ダンプティ:この歌の意味を聞かれた者が、これは立田川という相撲取りが千早という女郎に恋していたけれど振られてしまった。

更に、神代という女にも振られ、失望して相撲にも意欲を失い、相撲を止めて豆腐屋をしているときに、物もらいの女が「おからを恵んでほしい」と、店にやってきて、その顔を覗くと、何と、その女は、千早である。

立田川は、突然のことで驚いて突き飛ばしてしまったから千早は川に落ちて水に溺れてしまったという話ですね!

ハンプティ:従って、最近では、このような蔦屋敷も数少ないが、バンクーバーシドニーの街中では、高層ビルに、緑の館のようなものがあるのは、びっくりで、ジャックの豆の木のようでしたね!

チイ:そういえば、蔦が天まで上り、天界の悪魔と戦う物語で清十郎とお蔦のような不吉なイメージが多いですね!

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注:シドニーバンクーバーの蔦の建物

這う蔦や 寂莫として 古館

チイ:蔦は呪いの象徴で、人体に巻き付いて憎い者を呪い殺そうというイメージ、最後の審判のミケランジョロのミロノスだわ!

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ダンプティ:ミケランジョロが嫌っていた人物ミノスが最後の審判を受けて、蛇に巻きつかれ、おまけに、男のシンポルにまで噛(神)つかせて、蛇の生殺しで恨みを絵で表現したという、ここでは、蛇が蔦のイメ-ジ!

ハンプティ:蛇も蔦と同様に呪う者に巻きつく点では、共通のイメージですからね! 

ダンプティ:アダムとイブが禁断の実を食べたのは、林檎の木にトグロを撒いていた蛇に唆されてだったし、身に着けていたのは、無花果の葉だったし、

知らせばや 木の葉隠れの 埋もれもの 下に隠して 堪えぬ心を

ハンプティ: これって、どういう意味?

チイ::「私の大切なものは木の葉に隠れているの、木の葉に隠れた私の心は、誰にも見えないの

どんなに、貴殿に恋し、堪えてるかを見せてあげたいわ!

ハンプティ:無花果の葉は、恥を隠すための最初の衣装だったから、易々と見せるものでは、ありませんよ!

日本では、国技の相撲取りが一糸纏わず素っ裸で相撲をとったら、どんなことになるやら!

ダンプティ:「愛情の紐は、解け易くしておいて、この紐を解くか解かないか自由なのが良いのです」

とは、誰かの言葉?

褌は、蝶々結びなんかにしておけば、紐が解けやすく、逢うも別れるもシンプルなのが最高、それに、褌は、湿度の高い暑い夏を過ごすのには、風通しが良くて快適ですし!

ハンプティ;愛があれば下紐は、自然にほどけるというのが、古典の世界だそうだけど、

褌の紐は、直ぐにほどけて良いなんて、勃起力のない老いぼれ男がいう台詞かしら!

紐をしっかり締めて、ことに臨むのが男の嗜みではございませんか!

相撲取りの褌が土俵上で解けたらそれこそ、日本文化の恥ですわ!

ダンプティ:いえいえ、恋人が心を寄せれば、下紐が解けるというでしょ!

吾が妹子 我を思うらし 草枕

旅のまろ寝に下紐解けぬ

また、下衆なこと、言っちゃった。

主来る夜は 宵から知れる

締めたしごきが そら解ける

という、ジャレ歌もありますし、

ところで、褌や着物は、日本文化の雰囲気があるけど、ジッパーや釦では雰囲気がございませんね!

ハンプティ:ジッパーでは、色気が無くて、論外ですけど、小さい褌では、もっこりと、ふくらみが出て、隠しきれないところに色気がある。

チイ:どういうこと?

ハンプティ:褌の語源は、ここからはみ出るものを見立てて,「布毛出し]といっていた。

それが「穂出し」になって、褌となったとか、本当かどうか分かりませんが?

チイ:褌も「武士の恥を知れ」ですから、裸になったら、恥を心得て、必ずわき毛がみえないようにしっかりと褌を締めてほしいわ!

花見せて 根っこ見せるな 男伊達

男伊達とは男を立てて身を売るプライドがある男、こんな柳腰で公衆浴場の中で、根っこを一生懸命、隠している男は、性根が腐っている男としかみえませんが?

ダンプティ:公衆浴場で男を立てるなんて、とんでも御座いませんよ!

この花見せての俳句は、男たる者、成功したとしても華々しい活躍した果実の花を見せてもその成功に至らしめた根性たる根っこは、絶対に見せませんという意味なのですよ!

褌は、男の人生が詰まっているもの、そんなにやすやすと開くものじゃございませんよ

チイ:マー何たる見上げた根性ですこと

見上げたもんだよ 屋根屋の褌

と、いうところかしら?

それとも、「中身は、男の魂、貫く根性がありますから」と、いうことかしら!

去年今年 貫くパンのソーセージ 後藤貴子

ダンプティ:[根っこを見せるな]と、i言うことは、男は、成果を見せればいいので、「根性は他人に見せものではない」と、いうことですね!

花残し 根っこ見せるな 男伊達

チイ:でも隠す葉っぱは、どうして無花果なのかしら?

蓮の葉だと、もっと完全に隠せるのに?

ダンプティ:蓮の葉だったら蓮っ葉男では、ございませんか、蓮っ葉女は,知ってるけど、蓮っ葉男など知りませんよ!

無花果の実は、男性シンボルに、似ているでしょ

だから、隠すのは、同根の無花果の葉でないといけないんです。

いちじくの まだ青ければ 嬰のふぐり 澤本三乗

注:嬰とは幼児のこと

それに「、無花果の葉は、キリストの十字にみたてている」とする考えもあります。

だから、キリストを信仰する国では、前を隠すのは、無花果とアダムとイブの時代から決まっているわけですよ、

蓮にしたら、あそこが、穴の開いたレンコンとなって蜂の巣になってしまう!

オリンピックの祭典では、頭に被るのは、月桂樹、正月は、竹に松の飾りだとか、クリスマスは、ヒイラギとか、決まっているように男の「ふぐり」を隠すのは、無花果の葉に決まっています!

チイ:余談になるけど、隠した無花果の葉って重力で落っこちないか疑問がありますけど?

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ギャグ辞典 高新太郎ギャグ辞典 高新太郎

ダンプティ:アインシュは、こんなことを言っています。

「恋に落ちることは、人間の愚かな行為だけど、無花果の葉っぱが落ちるのは、ニュートンのせいだけど、恋に落ちることを重力のせいにすることはできないって!

万有引力あり 馬鈴薯に臍あり  (奥坂まや)

チイ:チイ流に句にすれば、

馬鈴薯 臍あり恋に 理屈なし

ダンプティ:馬鈴薯に臍があるのは、ニュウトンの法則のように理屈があるけど、「恋には、いかなる法則も理屈もありしゃしない」と、いうわけ!

ところで、聖書では、無花果の葉っぱは、複数形となっていて、腰紐にエプロンのようにぶら下げていて、西洋版の褌というのが正しいようですよ!

注:詳しくは、米原万里の「パンツの面目、褌の沽活

ハンプティ:無花果の葉っぱが衣服の最初ということね!

ダンプティ:褌は、我が国の農耕や宗教的儀礼としての相撲で力士が弥生時代から身に着けていたから長い歴史がありますが、ギリシアの相撲取りやレスラーは、皆な素っ裸でオチンチン丸出しのようでしたけど!

褌も なくてことすむ 案山子かな 子規 

ハンプティ: オリンピの競技は、参加者は、全て真っ裸だったのは、ギリシアの神々の裸姿に肖ってのこと、全ての競技が平等で、美しさを競い合っていたから裸である必要があったの!

特に、競技の前には、ゼウスの巨大な像を拝んで参加したとか

チイ:競技の間は、戦争が停止され、戦士が鍛えた体を素っ裸にして、戦争を忘れて力比べや肉体美を競いあったわけですね!

アイルランドスコットランドケルト人は、男でもチェック模様のスカートを履くのが伝統的、しかもパンツを履かないで、スッポンポンというのが正装で、これもシンプルイズベスト

ギリシア文化の流れなんでしょうか!

チイ;日本でも明治時代までは、着物の下は、スッポンポンで下着無しって、本当なの?

ダンプティ:男にそんな質問するのか!

でも、質問されたから、答えるけど、日本橋白木屋というデパートが火災になって、窓からの女性が避難するときに、下から覗いている人が多くて、外に出られず、多くの女性が亡くなった悲惨な事件があります。

と大勢がビルを見上げる窓から外に飛び出すことは、女の操が許せなかった時代

あなたのために守り続けた女の操

いまごろ人にささげられないわ

―――女だから

と、千家和也の涙の操のように、貞操を守って死んでいったとは、悲しい事件、これ以来、多くの女性が下着を身に着けるようになったという話があります。

再発防止キャンペンの俳句は

すわ火事だ むき身で逃げるな 白木屋

ハンプティ:ところで、処女という言葉は、今では、忘れものですね!

処女という 言葉懐かし 芽吹き時

というところでしょうか!

ダンプティ:これにつける句は

見合いずれして 頼むお替り 宇咲冬男

ところで、今昔物語には、子供連れで旅する女が二人連れの間男に襲われて、貞操を失われそうになって、今、お腹が痛くて用をなすからといって、子供を人質にして、逃走し、子供が殺されてしまったという話があって、貞操を守ことが子供の命より大切だという逸話がありましたけど!

ダンプティ:子供の命より貞操を守ることが大切だったとは、今の乙女共に聞かせてやりたいですね!

なにしろ、貞操を守れず、どこの誰だか分からない男との間で産んだ子供をゴミ箱に捨てるような女がおりますから!

ところで、芥川龍之介は、女が間男に対して、猫を助けることを引き換えに貞操を犠牲にしたという「お富の貞操」という小説がありましたね!

チイ:芥川は、文壇の登龍となった恩人夏目漱石に肖っての猫様々であったわけでもないでしょうに,貞操よりも猫が大切であったとは、

ダンプティ:そう言えば、沙石集という本に書かれていたけど、妻の浮気を気にする男、妻の玉門辺りに牛の絵を描いて旅に出ていって、戻って、妻の玉門を見ると、牛が描いてあるけど、寝ていた牛が立っていた。

これは、「証拠隠しに密通した後に牛を描き直したに違いない」と、妻に問い正したところ、

妻が言うには、

考えてもご覧なさいよ、亭主がいなければ、私の玉門も憂し(牛)とて、立ち上がりますわ!

チイ:この女房の言葉には、戻った旦那も愚の音が出ませんね!

これこそ、このような話を持ち出すダンプテイ親父

これこそ、酔狂な親父では、ございませんか

こんな助平親父は、近所でも噂話で持ち切りですわ!

酔狂なお方や 物好きや 

尾籠な話しも 下衆めいて

臍下三寸 噂も噂 

舌先三寸 乾く暇なし

ダンプティ:噂話も三が日、といいますから、御心配なく。

チイ:いえいえ、火のないところには煙も立ちませんわ

春はまだ 浅間の嶽の 薄霞 たえぬ煙と 立ち上るかな 大納言為家

ハンプティ:本当ですよ、ダンプテイのこの手の話は、

しだらない 情けないやら はしたない

さよなら三角 また来て四角

月は15で丸くはなるが

主の心は まだ、四角

それでは、私は、火事は嫌いですから、御先に失礼いたします。