ハンプティのブログ

ハンプティ・ダンプティのように、いつもずっこけぶりを発揮しています。

ダンプテイ親父の 表と裏

手の振りも 表と裏では 大違い

簪を  もつ手艶やしき 雪女郎

簪も  逆手に持てば 怖ろしき

と、古歌があるように、この世の中、裏と表が付きもの

平安時代の装束の裏表は、重視された

裏表の色あいは、そこに、美が表現されていた.。

生活に、季節の植物を取り入れた

桜がさねと、いえば、花の色を表に、裏を若葉の色

柳といえば、表は、白で裏は青

花橘は、表が黄色で、裏は、淡い赤

紅葉は、表が赤で、裏が淡い赤

12一重の色の重ねも、あれやこれや,決まりがある。

俳句で、いえば、良寛

前を向け 後ろを向けて 散る紅葉

風姿花伝によれば、芸とは、花であり、世阿弥は、「花とは、他の人には、無い珍らしさ、新しさ、自分だけが表現できる美であり、よくよく工夫すべき」と、言っている。

観客が、見て、ほっとするような珍しさがなければ、直ぐに人に飽きられてしまう。

そして、「花なるもの全てを見せず、秘すればこそ、花である」とし、裏の重要性を強調している。

歌の世界にも表と裏がある。

花を読み込んだ歌(長秋詠集)には

花の色の 飽かず見ゆれば 帰らめ

の宿に いざ暮らしてむ

花、が表にでているが、霞、柳、桜が歌に、隠くされている。

峯つづき 山辺離れず棲む鹿も 道たどるなり 秋の夕暮れ(長秋詠集)

の夕暮れと鹿が表に出ていて、月、すずむし、もみじが隠れている。

秋の葉の裏表の俳句と、いえば

こぼれ葉が 咲く利休忌の 裏表 小川恭生

利休の死後、茶の世界は、表千家裏千家

に、分かれたことを暗示させている。

現代になっても

こやつ孫 ちんぽこ直立 して春ぞ 捻典

「こやつ」と、いう呼びかけに、孫への愛情が裏に込められている。

チンポコも愛らしい、これがオチンチンじゃ様にならないし、直立もいい、勃起では、俳句にならない。

このように、俳句の言葉の一つ一つに、表の言葉に隠された裏の意味がある。

ヤヤコシヤ 野村萬斎

表がござれば 裏がござる

影がござれば 光がござる

ややこしや ややこしや

と、言うように、多くの芸術の境は、表と裏との関係が重要なのである。

レオナルドダビンチも手記の中で

「風が吹いて来るよりも、向かってゆくほうが、ずっと目には、鮮やかに写る。

風の走ってゆく方向に、木々がちょうど、裏返しになって、白い面を見せるからだ。」

と、言っている。

和歌では、裏を見るという意味で、恨むという言葉が草葉の裏に読み込まれる。

秋風の 吹きうら返す葛の葉の うらみてもなほ うらめしきかな 平貞文

人の心の裏を見てしまった、表の色とは、まったく異なる葉裏を見たという洒落の和歌になっている。

この和歌と同様に、平中物語で、手紙を出しての返事が来ない相手に出した恨みの和歌は、葛ではなくて屑と、して葛を重ね、

掃き捨つる 庭の屑とや 積もるらん

見る人もなき 我がことの葉は 平中物語

この平貞文の歌に対して、和泉式は、

秋風は すごく吹けども葛の葉のうらみ顔には見えじとぞ思ふ 和泉式部

と、恋多き和泉式部の和歌のテクニックは、世の男性を虜にしたに、違いない。

さて、葛のうらみは、俳句にも使われている。

葛を得て 清水に遠き うらみ哉 蕪村

葛の葉の うらみ顔なる 細雨かな 蕪村 

葛は、元は、大和の国吉野の葛と地域との結びつきが強い、国栖という土着民がいて、「尾がはえている」と、卑しまれていたとされ、謡曲の国栖という題目に登場する。

国栖は、壬申の乱における大友皇子と、大海皇子との争いの舞台になったところで、互いに恨みあい、勢力争いで戦った地がこの葛に込められている。

藤と葛の蔦が互いに絡み合って戦うイメージは、藤原氏と葛城氏との勢力争うであり、葛藤という言となって生きている。

このことから、葛や藤の蔓は、なんとなく、這う蔦の暗さや恨みが宿っている。

 ところで、葉裏を返すという言葉もあるが、人間も中々、裏も見せない秘密主義では、窮屈でいけません。

粋の良い人は、ジャケットの裏をちらっと見せて、自分の浦の世界をそれとなく、のぞかせる。

現代流に裏を返すと、言えば、羽織でも裏地のキンキラキンをさりげなく、ついでに胸毛もチラリと見せて、脱いで見せる仕草をいう。

外套の裏は 緋なりき 明治の雪 山口青邨

黒い外套に裏地は全面緋色で、雪の中を闊歩するという色の取り合わせは、明治時代の雰囲気を醸し出し、平成の時代では、ありえない。

金将軍やダンプテイのように、オープンオープンと、赤裸々に全部を見せては、いけません。

地味衣装 裏を返せば 一面火

:元句は、大榾(ぼた)を返せば裏は一面火 高野素十

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囲炉裏火にくべた太い木を裏返したら、火が燃え上がったときの驚きは、写生句でありながら、そこに、ハット驚く為五郎の面白味、頭の毛も、白黒

これは、黒いジャンバーを脱いだら、裏生地が、紅色の浮世絵、あった驚きである。

ダンプテイの考えた粋な裏地って、こんなもんだが、どうだね、粋だろ!

「今夜は、泊まっていくぜ!、和風にするか洋風にするか選んでくれたまえ」なんて、羽織の裏地を堂々と、見せてると、思いきや、ついでに胸毛やら、褌まで見せちゃ、裏を見せ過ぎては、嫌われます。

それにしてもこの太り様のダンプテイ親父

食い食いて 猿股の紐 夏太り

それにしても、裏地の絵をよく見ると、浮世絵のエロ本では、ございませんか、

「和風技でも洋風技でもサービス致します」なんて、贅沢なお遊びができるところは、平成の時代では、とんとみかけない。

わが身こそ、うらみられけれ唐衣 君が袂に なれずと思へば 源氏物語

それでは、御希望にそって、唐衣でと、思い気や、今夜は駄目よと、つれない返事、貴女と、遊べないなんて、残念、残念

「なんでしょうか、源氏物語の末摘花の下手な歌を持ち出したりして、この嫌われ姫の男バージョンですわ!」と、ハンプテイが申します。

さらに、光源氏も、ありふれた唐衣の歌を返されて、ウンザリされてますわ!

唐衣 また唐衣、唐衣 かえすがえすも 唐衣かな 源氏物語

「カカカカカ」、豚の豚肉みたいなダンプテイの不味そうな、そのお腹は何ですか?

光源氏の夜の帝王気取りかどうか、知らないけど、胸毛もあるけど、これ、見よ!、見よ!」 と、乳首なんぞ見せちゃって、男のプライドと、うものコレッポッチもありゃしない。

稀勢の里 なみの巨乳を 曝け出し

可このなみは、並ではなく波ですからあしからず、

それにしても、「可愛い女がいたら、直ぐに浴びせ倒しをしかねない嫌らしさ!」

と、ダンプテイに、ダンプテイ家族も「非難轟轟」

娘のチイも「本当にそうよ、このデブぶりは、稀勢の里

稀勢の里には、復活してほしいと、最後まで期待したけど、復帰すrかと土俵に登ったけど、下幕にも歯も立たず、足も立たず腰折れて、引退されちゃった。

はもたたず すぐに腰折れ 曼殊沙華

とまで、言うのも元横綱に失礼ですが、娘のチイからは、「なんですか、このダンプテイ、曼殊沙華が突然に」と、指摘されて、ダンプテイは、おろおろ

「はもたたずとは、歯と葉の掛詞、曼殊沙華は葉が少ないし、強い風に吹かれれば腰折れて葉も立たず がこの歌の趣向です」とご説明差し上げた。

後年の稀勢の里に譬えれば、饅頭がしゃげたように、直ぐに倒れこむ 饅頭しゃげ

「葉もない骨もない」こんな稀勢の里では、なかったがーー

久しぶりの日本人横砂の引退は残念残念

こんなことを申すダンプテイ親父も自転車から転げ落ちて曼殊沙華、骨を折ってのリハビリ中の情けない身であります。

「そろそろ復帰してほしいわね! と、家族から沽券にされている哀れな状態

ハンプテイからは、何度も「あれほど、自転車は、危ないと忠告さしあげたのに、ついにやってしまった、自業自得ですね」と、言われれば夫婦の間も冷たい冷戦状態

自業自得といわれるけど、ダンプテイは、何も得などいたしておりません。

ただ、保健に3つも入っていたので、治療に15万円要したが、45万円も懐に入り、ダンプテイの懐が温かくなったのが、得と言えば得、

こんなことなら、また、骨折したら、と、チイも申されるが、

骨折損の草臥れ儲けですから、もうこれだけは、ご勘弁

「それにしても骨を折って、骨の有難さが分かかりましたね、家族の有難さも分かったし」と、家族の前で申すは、表向き、ダンプテの裏のある手口は、家族にはばればれ

入院の時は、閑に任せて俳句を作り一つ、二つ

涅槃像 鯉のまな板 手術室

手術後の 身も夜もあらぬ 春疾風

手術台 骨身委ねて 涅槃像

よもすがら 身も世もあらず 手術後

閑に任せて、再び例の漫画を家族に披露すれば、チイの批評

それにしても、ダンプテイの裸、夢にも見たくない醜い姿

表より裏で、勝負、このマントの裏絵をご覧あれ!とは、厭らしい

褌や デブの御洒落は 裏世界

と、俳句も、まったくもっての愚作である。

褌は、和風、マントは洋風ですけど、この裸の中は、表には、出せない闇世界

永井荷風の裏の街に入っていく心地です。

奥の院 一段毎に 五月闇

創作の妙味は、芸者や新しい女給、私娼など乱れた裏寂しい私生活を題材にする永井荷風の裏世界、なにしろ、荷風は、フランスにも遊学したお方、フランスの昔の街並みを大切にしてるのに、日本はどんどんと壊していくのを悲しんで、日本の昔の文化を大切にし、裏町の景色や女郎の裏の世界を小説で表現している。

例えば、墨東の夜、女遊びをして、ほとぼり(女陰)が冷めないのに、昨夜の今夜、女遊びに惚けていたらしい。

江戸っ子の粋の良さを荷風流に、羽子板と俳句に、表現してみました。

羽子板の 裏絵寂しい 夜の梅

ハンプテイが この俳句に付けとやらなまいきなことをする

今日の打ち合い 裏も表も

この羽子板の絵のように、どうだ、俺様の背中を見てくれと、ばかりに派手に羽根を裏打ちするのは、裏を返すとは、言わないのよ!

と、夫婦の打ち合い喧嘩が始まる。

ハンプテイが申すには、チラリが情緒ある見せ方、別れ際に「ちょっとだけよ」と、目を流して秋波を送るのが粋らしい振舞いとか、恐れ入谷の鬼子母神

さらに、ハンプテイの指摘は厳しい。

秋の波 見てきて下駄を 脱ぎ散らし 安住敦

のような、ダンプテイの振舞いも江戸川ランボウでは、駄目なのよ!

娘のチイも輪をかけて、「そうよ、こんな浮世絵の刺青した背中を突然

見せたりして,嫌だわ」と、ダンプテイも散々

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さらに、チイからの懺悔は、とどまることなく続く

裏世界も見せて、禿も見せている!

秘すれば花、色気も秘すればこそが花

背中をみれば、その男の人生が分かるって、言うけど、ダンプテイの背中、色気と食い気ばっかりが覗いている。

「子供は、親の背中を見て育つ」と、いうじゃないですか、だからチイもこんな娘になっちゃった」とチイ姫は嘆く。

そうですか、ダンプテイは、「子供の夢を育ててきた」つもりだけど!と、言えば、

チイ、「そうね、こんな親父には、なりたくないという負の目標ね!、背中こそ、老いたる者のあらゆる過去の確執とか尊厳が残るものだけど、ダンプテイの背中は、惨めな生き様が暮れ残るばかり」と、秋の濡れ落ち葉か枯れ薄と申される。

秋並木 背中ばかりが 暮れ歩む

こんな家族の懺悔に、ダンウテイは、負けておられません、

このヘラクレスの背中をみてください、12の難行を実現した後の力強い背中

注:ファルネーゼヘラクレス像 ネルッツイス

背に残す 為した難行 生身魂

と、背中がケラクレスの人生を語っているじゃございませんか。

男は、裸百貫に 価値ありき

「この積み上げし、ダンプテイ様の苦労の跡を背中に見てください」と、申うせば、ハンプテイ、

貴方の過去など、知りたくないのーー

と、鼻唄の後の台詞が恐ろしい。

こんな歌の台詞があったけど、こんなオープンな親父では、粋も色気も消沈しちゃって、このまま闇に葬ってしまいたいわ!

この悪ふざけの行為、胸に手を当てて反省の祈りをしてほしい。

それでは、ダンプテイ、「シラザー言って聞かせましょう」

浜の白砂と髭親父 歌に残せし語り草

種は尽きない色懺悔 祈って実らぬ恋の仲

と、片足だけの四股を踏んでの、石川五右衛門の見栄を切れば、チイ

三重に巻いたあの帯も、二重に巻いても余るかな

こんなダンプテイのお祈りなんて、 それこそ、笑が飛び立ちます「ワハハ本舗

久本も柴田も笑わそうか(創価)の「わはは本舗」創価学会所属だとか

ダンプテイも「わはは本舗」に、いれてもらって、笑いを取って余生をすごしたらどうでしょう

それでは、只今、参上つかまりしは、弁天小僧五人組

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悪事はのぼる 椰子の上
佐賀大学の構内の、枕捜しも度重なって

悪事働くと札付きに、

追い出されて、橋の下
それから若衆、美人の局
ここやかしこの椰子の木で

小耳に聞いた 爺さんの
似ぬ声色で ゆすりたかり
名前は縁の弁天小僧

菊之助たぁ俺がこと

こんなダジャレ男の大学勤めも無事に卒業で、一段落

裸になって、酒を飲んで、たらふく食べて、愉快な話をして、あとは、ぐっすり眠れば良い、いつもよりもずっと、長くだ!

「わはは本舗」なんて、なにを今更、笑いが止まりませんわ

己が心のまま、裏も表も全部を洗い出し 自然のままサラけて、死んでいくのが男の粋ではございませんか

裏を見せ 表も見せて散る紅葉  良寛

これって、良寛が貞心尼を置いて死んでいくときに、歌った辞世の句ですよね!

青山墓地に、この俳句の碑が残っていますね!

なんてチイは、、なんでも知ってやがるから、面白くない。

「ソレジャ、ダンプテイ様、誇らしき出地を語りましょう」

出地は、エリザベス女王の妹の旦那で、そこに雇われていた日本から来ていた庭師の倅と、ダンプテイの法螺談義を始めるから、始末におけない親父

良寛は、74歳、34歳の貞心に、「表も裏も全てを見せてしもうたから安心して死んでいける」と、死にのぞんでのこの一句

残された貞心は、福島の堂に、こもり良寛との日々を想起しつつ静かに過ごし、良寛と、同じ歳でなくなった。

貞心の墓に刻まれた歌は

来るに似て 帰るに似たり 津波 立ち居は風の吹くにまかせて

人の運命は、寄せて来ると思えば、戻る波のようなものである。

「喜びがあれば憂いもあり、成功もすれば、失敗もする。だから、努力した結果は、幸も不幸も風の吹くまま運命にまかせよう」

良寛の死に際に、付きそう貞心尼が口にした。

生き死にの 界(さかい)はなれて住む身にも

避らぬ別れの あるぞ悲しき 貞心尼

愛する貞心の歌を聴いて、良寛

裏を見せ 表も見せて散る紅葉 

と、つぶやいたそうです。

良寛の生き方も、仏門という仏の「表街道もあったかもしれませんが、仏の道では許されぬ妻帯という裏街道があればこそ、良寛の人生だったわけである。

人生には、こんな裏街道が無くては、面白みがないと、ダンプテイの遊び人生を強調いたしました。

さらに、ダンプテイ談義は続く

この良寛の老いの身での貞心との恋を新川和江さんが詩に、していますから紹介します。

貞心尼 貞心

心の中にその名を呼べば

枯れ枝に花がひらく心地がする

ぽっかりと明かりがともる心地がする

逢えぬ日が幾日も続くと

若者のように苦しい 寂しい

我が庵への道を忘れてしもうたか

八重むぐら 草がはびこり

道をかくしてしもうたか

何となづけようぞ この心のトキメキ

老いらくの身におとづれた命の華やぎ

良寛が亡くなる1年前の歌で、

倒るれば、倒れるままの 庭の草

も無常観があって、素敵てすね!

ハンプテイがここで、口を挟む

これが枯れ芒親父であったら、

倒るれば、倒れるままの 枯れ

と、ダンプテイを死体放置するような俳句を披露なさる。

それではと、ダンプテイ

かかる間も 人は老いゆく 芒原 正岡子規

正岡子規は、若くて死んでいったけど、老いて行けば、刻一刻と倒れていくのが自然の習わし、少し早いけど、私もその境地です」と、子規が言ったかどうかしりませんが

正夫か子規の俳句でダンプテイの学のあるところを披露して差し上げた。

良寛の俳句を披露したところで、少し良寛様の逸話をご披露いたしましょうと、ダンプテイ

子供に愛された良寛さん、70歳にもなって30歳も年下の貞心という若い尼にも愛されて恋仲となって、同棲されていますが、こんな歳の差であって、良寛もウフアウフアだったのか、こんな歌のやり取りをしている。

君にかく 合い見ることの嬉しさも まだ冷めやまぬ 夢かとぞ思う

と、貞心の歌に対して良寛は、

またも来よ 柴の庵を いとはずば すすき尾花 おつゆを分け分け

と 貞心を歓迎している。

また、こんな恋歌も

夢の世に かつまどろみて 夢をまた 語るも夢も それがまにまに

年老いても恋がある良寛のこんな裏の世界があって素晴らしいとは思いませんか?

と、ハンプテイ反応を伺うが、どうやら、関心もないようで、ウフフフである。。

チイも中々良寛には詳しいようで、

良寛が病に伏せていたときに、貞心尼が訪問してくれたので、良寛が歌を詠んだ

いついつと 待ちにし人は来たり来たり

今は逢い見て 何か思わん

流石、我が娘、文学にお詳しい。

それでは、正岡子規に続いて良寛が登場されれば、忘れてはいけない俳諧師は、小林一茶

老いの身でありながら良寛と同様なエロスの世界を切り開いたのは、一休さん

70歳を超えてから、盲女の森と、恋に落ちて、こんな詩を

狂風偏界かって隠さず

吹き起こす狂雲 狂さらに狂

誰か知る雲収まり風定まるところ

海東の初日 扶桑(日本)に上がらず

「女犯が禁じられた仏教界にあって、新しい狂った風を俺こそが吹かせましょうぞ」と、良寛の意気込みが感じられますね!」、と、チイの批評もなかなかのもの

蕪村も65歳のおりしも、恋しき遊女を思い出してか、庭先を見て、こんな句を蕪村の裏の世界が垣間見えます。

妹が垣根 三味線草の 花咲きぬ

「どうやら、蕪村も近所を散歩して、ある御屋敷の垣根の外から、垣根越しに三味線を弾く、情婦を覗き見しているらしい」と、ダンプテイが俳句を批評すると

「ハンプテイ、一茶や良寛を持ち出したかと思いきや、またまた、蕪村様まで持ち出してダンプテの女癖を正当化する奴は、許されません。

こんな色世界に憧れるダンプテイには、裏世界から足を洗って頂くよう、女をしっかり踏み絵をして頂かねばばなりません」と、徳川将軍のキレイシタンン狩り

ダンプテイ、「そんな踏絵なら、もう既に踏んでおりますけど」と、足の裏を披露致せば、

ハンプテイ、「このダンプテイ親父、これまた、何を踏みしめて人生を歩いてこられたかと、思えば、飛んでも発奮、戯れが過ぎませんか!」 と、ハンプテイの怒り爆発

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そこで、ダンプテイ、その怒りを鎮めんと、

花も嵐も踏み越えて ゆくが男の生きる道

これが「ゆく」でなく「いく」であれば、とんだ狼男になってしまいますね!

なんですか、その「ゆく」と「いく」の違い?と、チイが聞く

男がいくと、いえば、男がおんなに愛の営みに力を注ぐときは「いくいく」と、雄たけび、普通の散歩は、道をゆく ではありませんか

紺吾話にチイが乗ってくれるから親孝行の娘、涙がこぼれます。

ところで、「いくいく」は、男の最後の一滴を注ぐ力が表現されているのね、

ダンプテイのその柔の体では、「サーこれから蛙泳ぎを披露するぞ」かしら?

蓮の上 四股を踏んでる 雨蛙

と、ダンプテイを馬鹿にするが、これが笑いを呼ぶから許される。

蛙は、いくら力んでも裏の世界の背泳ぎは,できませんからご安心ください!

これまでは、後ろ向きに頑張ったが、今後は、前向きに頑張る」

と、スホーツ庁長官鈴木大地さんも申されていたけど

ここまで話すと、ハンプテイの怒りは、増々

こんな足の裏を見たら印度の仏さんも、「ほっとけ仏」と、只では、済まされません。

奈落の底に落とされますよ!

そこで、ダンプテイ、一寸、度が過ぎて、失礼いたしました。

しかしながら、:印度では、御釈迦様の足の裏にある仏陀の足を大切に信じています。

釈迦は「わしの足の裏の印を見たものは、一切の邪悪から浄められるであろう、我が死後においても一切の邪見の悪行から救われる」と、おっしゃっている。

このような仏陀足は、回向院、浅草の伝法院等にもありますし、ここは、ダンプテイの帰るの四股ならぬ、雷電の横砂の四股踏みもありました。

その雷電様のあしの裏と、言い訳にもならない足の裏の説明

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注:東京回向院の仏陀の足

そこで、話題を変えて、今度は、純文学の谷崎純一郎のお話をと、ダンプテイ

「谷崎純一郎の刺青は、彫師である清吉の宿願は、光輝ある美女の肌を得て、それへ、己の魂を擦り込むことでしたが、ダンプテイの念願は、女性の姿を我が足の裏に彫り込むことでございます」とは、一寸、冗談に過ぎましたが

話題は、突如にして明治の日本から、シドニーの街

「オーストラリアでの旅では、歌舞伎町でも見られないものをシドニーの姿を街中で見てしまいました。」とすれば、ピンと察しが宜しいのは、一緒に旅た我が娘

「そういえば、確か、シドニーは、レインボーの日、所謂、性多様性を主張するレズやゲイがパレードする日だったわね」と、ダンプテイの話に乗ってくれるから有難い。

元気な老人が一人、若者のゲイパレードには、負けるまいと、街中にあった噴水に入ってフリチンを公開されている。

パンツ脱ぐ この噴水で 泳ぐのか

:パンツ脱ぐ遠き少年泳ぐのか 山口誓子

街歩く人は、これを見ぬふりして通り過ぎていく。

「こんなユーモアを社会が許すのもあっても良いかな」と、ダンプテイは思うが、

確かに、シドニーメルボルンは世界で住みやすい国の人るとされるが、多様性を理解する国あっては、紺吾助平親父も住みやすいに違い無い。

日本だったら、どこかの若者芸能人が公園で裸になって、警察に御用となって、テレビで報道されちゃれ、鯖落は、出入り禁止の処分となる国とは大違い。

それにそても、こんな裸親父の写真を堂々と、三脚迄もちだして、ダンプテイと娘の裏表まで撮影してるのだから日本観光客は、なんと不届きものと、思われても仕方がない。

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それこそ、この裸親父に、「おれのチンを只で映すな、ダチンをよこせ」と、請求されても文句もいえなかったわけである」と、反省いたしております。。

いずれにしろ、このシドニーの旅、

父子草 人生街道 表裏

と、いう裏と表の世界の旅人生でございました。

勿論、ダンプテイが裏街道、チイは表街道ですね!

チイは、こんな青い衣装をまとって、

冬の風 金請う女 裏街道

と、いう物乞い少女にならないようにご用心!

ハンプテイからは、木枯らしや 金請う女 青い服

の方がチイにぴったりかしら!とやっと、口を開いてくれた。

青い服と聞くと島倉千代子が蚊の鳴くような声で詠ったあの世の花の女のイメージ

この世に咲く花 青い花

この世に咲く花数数あれど

涙に濡れて蕾のままに

散るは乙女の初恋の花 西条八十

自然も豊かで、労働力が不足しているオーストラリアでも公園には、ホームレスのテントが一杯あるし、若者の物乞いが街に溢れている!

ところで、お金をせぶるのは、青い服だけでは、ありませんでした、

これは、ローマでのこと、黄色の服を纏ったお坊さんの微動だにしない「パフオーマンス」、これは、面白いと、ダンプテイが写真を撮ったら、横から帽子を手にもった男が飛び出して来て、お金をせびられちゃっいました。

Vサインをして、「たった2ドルだよ」と、言っているようだった。

仏の手 2ドルでいいと Vサイン

キリストの文化は、「何事も人の欲することは、人々にその通りにせよ」と、いうマタイの福音なの、孔子の教えは、「人の欲せざるところ人に施すことなかれ」だから、そこが仏教とキリスト文化の違うところ、日本では、親切と、思うことでも、海外では、お節介ということもある。

この西洋と日本文化の違いは、今、問題になっている難民救済にもありますね

日本では、とても何万人という難民を救済するというコンセンサスは、とても得られない。

ところで、聖書に出てくる言葉は

幸福なるかな 貧しき心を持てる者、天国は、その人のものなり

とも言っており、日本の「天は、助すくべきものを助すく」

の精神とは、随分違います。

助くべき者でない者は、助けなくて良いとするのが日本の精神だから、物乞いにも知らんぷり、生活保護者にも冷たい社会となっているのは、哀しい限り。

仏教では、前世で悪をなしたものは、現世では、救われないという宿業の考えと、結びついて、物を乞う人がいると、前世の報いだからとか、努力しなかったからだとか、と考えて、手を差し伸べない、つまり、人を表だけしかみないってわけ

ところで、「表だけで、裏の世界がない「面向不背の玉」と、いう世界ですね」と、いえば、 

チイ、何にその「面向不背の玉」って?と、質問

待ってましたと、ばかりにダンプテイ、得意な顔で語りだす

ダンプテイが高松の大学に勤務していたとき、医学部の官舎の近くに、志度湾があって、ここには、奈良時代に唐から送られた3つの宝の面向不背の玉の逸話があり、謡曲の海女の題材で、志度寺にその縁起が書いてありました。

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房前という志度湾の浜で、尼が唐から伝えられた三種の神器である「面向不背の玉」を海女がわが身を犠牲にして海から拾い出した恩によって海女の息子が世継ぎとなって藤原房前となったとの謂れで、龍が首飾りとして持つ如意宝珠で、願い事がなんでも自由自在となる玉、確か、竹取物語かぐや姫に命じられたのも龍の首の下に輝いていた如意宝珠でした、

自由自在に財を得ることができる宝ということで、首に宝石を吊るすのもここからの習慣と思われますが、いずれにしっても、裏心のない素直な心であると、皇室で大切に守られてきた玉、仏様がを手に持っている如意宝珠のようになんでも願い事が仏の力で授かることができると、いう玉である。

その玉は、2つは、興福寺に、残りの一つが竹生島法厳寺に面向不背の玉が残され、天然記念物となっているそうです。

志度の浦 面向不背の 竜の玉

人生には、表だけ見せ、裏を見せずに生きる「面向不背」の生き方もあるけど、何時、他人に裏を覗かれるかと、恐怖を感じながら生きなければならない。

だから、表も裏も、みんな見せてしまう生き方が、ダンプテには、あっていると「申せば、チイ、でも、ダンプテの場合は、どれが真実の表で、どれが虚の裏なのか、微妙にわからないのがダンプティの言動

「なるほどね、本当のようで、嘘で、嘘のようで、実は真実で」と、よく親父のことを観察するものと、チイを感心する。

これが、ダンプテイ流に言えば、虚実皮膜論なんですよ」と、言えば、チイ、なんですか、その虚実皮膜論って?」と質問が飛び出す。

虚実皮膜論とは、近松門左衛門が言う芸術論で、芸術というものは、その実と虚の微妙な境界にある」と、いう考えですよ!

草間弥生さんの芸術も「悪魔が根負けするまでは、私の仕事は続くのです、何故なら、悪魔とは、芸術の敵であり、それ以上に親友だから」と、芸術の悪魔を友人とされている。こんな草間さんだからこそ、あの絵が描けるのであろう。

ここまで、自分をカリスマにしてエネルギーをぶつけないと、本物の表現ができないのかもしれません。

ハンプテイ:「芸術は,パンではないが、ワインではあるという諺があるけど!

「パンを食べ過ぎて、お腹パンパンで、ノホホンのダンプテイには、芸術たる言葉は、似あわないわ」このダンプテイを見て世、と、醜い狸薔薇の写真まで公開されるから始末に置けない。

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ダンプテイ:そうおっしゃっても、孔子は、「道に志し、徳に依り、仁に依り、芸に遊ぶ」と、人生の在り方を述べているが、道、徳、仁に加えて、芸を入れていますから、芸の道にもと、思って、色々な教養を身に付け、趣味を楽しんでるつもりだけど!

漱石も「芸術は、自己の表現に始まって、自己の表現に終わる」と、言っているし!

ハンプテイ:この漱石の言葉は、不明瞭で曖昧だと、反論して高村光太郎は、「芸術は、表現に起こる」と、言っていますから、あまり堅苦しく考えることなく、表現して、いきましょうよ。

例えば、マルセル、デュシャンのトイレは、既製品を芸術としてしまったように、ドアのノブであろうと、そこらに生えている木の枝であろうと、形や色、その物が面白ければ、芸術となってしまう時代だから!

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マルセル・デュシャン「泉」(1917年)

ハンプテイも現代美術にお詳しい。「「これは、泉というタイトルで、お金を払えば出展できる条件であったにも関わらず、こんなにあり触れた便器なんて」と、出展を拒否された作品ですね」と、自慢げに話す

「無意味なもので、あっても、そこに敬意が払われるべきものが秘められていれば、芸術となる。これが、現代美術と、言えるのかもしれませんね!」とハンプテイ流の芸術論まで飛び出すから完全にダンプテイは、負けてます。

それにしても、こんな便器を見て面白がる輩が,欧州にいるんですね、美術というものが分からないけど、世間が、騒いでいるから、見ておかなくては、と殺到するから、欧州キリストケ文化の国の現代美術館は、大繁盛

欧米人は、こういう、刺激に飢えているんです。ハンプテイ:ジョンレノンの奥さんの小野洋子さんも現代美術では、相当に活躍していたとか、それに、:ニューヨークの美術館展賞を受賞しているとか、現代美術というものの虜になっている。

しかし、日本でこういう作品展示しても、誰も興味を持たないのは、不思議である。

:現代俳句だって、現代詩だって、同じ、そこに明確な意味や論理性が成立しなくしても

敬意が払われるべきものが、そこに、秘められていれば、芸術が成立する可能性があるから、ダンプテイの裏舞台の作品であっても、時間がたてば表舞台に立てる可能性がある。

そういえば、中国の現代美術化のWeiさんの展示会がメルボルンであったけど、この方も、世の中の批判にも負けず自由な表現をなさっているわ!」

自分の裸体だって美術品に、されちゃっている。と、チイ

ダンプテイ、確かにそうですよ、Weiさんの展覧会、現代美術館で見学したけど、雨合羽の穴からコンドームなんかを出している性の解放作品なんかもあって、「こんな自由な表現の芸術があるのだ」と、ダンプテイでも技術活動ができると、自信が持てましたよ

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ところで、このWeiさんの雨カッパだけど、西洋の鎧から発展した股袋のバージョンだと、思うけど、寒い季節での防寒服を脱がなくても良いなんて、ベリーグッズですね!

と、またまた、のハレンチギャグをダンプテイ

すると、チイ、何をまた申される、このダンプテイ

痴漢便利グッズを販売したりしたら、世界中の乙女を敵に回わすことになっちゃうわ!

こんなWeiさんの外套を着て、街を闊歩したら、何でも可愛い派の女の子ですら、猥な親父と、されちゃう。

かわいい娘 わいわい(Wei Wei)騒ぐ わい(猥)な服

ダンプテイ:でも、こういうパフォーマンスの展示だけの話なら、お笑いの表現として、展示を許してしまう、性に対しての解放的な欧米の国民性を、日本も見習う必要がありますね!

こんな絵画に刺激を受けて家に帰ってハッスルすれば、少しは、少子化問題も改善の方向に向かうのに、日本では、どうして、こういう類の展示は、御法度なんでしょうか?

とダンプテイが、問題提起、すると、チイ、ご婦人方の共感が得られないという社会の閉鎖性かしら?、それとも、こんな展示会での絵を開放したらセクハラだと、主催者が訴えられかねないからかしら?

ダンプテイもそれではと、「そんなに訴えに、びくびくしていたら、新しい芸術は生まれないですね!、伊藤整のエピソードに、

「あるパーテイの折「さぞお忙しいでしょう」と,誰かに挨拶されたら、「チャタレイ裁判のおかげですよ、文壇で生活する者は、ときには事件でもおこさないと、忘れさられてしまいますからね」、なんて返事をしたそうだけど、有名作家や芸術家として評価されるようになるには、こんあ度胸が必要だ」と、いうことですね!

Weiさんだって、「不安から解放され自由になり、人生に対しての情熱を燃やし続けることが大切なんだ」と、自らの裸になることも辞さないで、中国政府と闘かっておられた。

 

 ところで、この Weiさん、北京オリンピックの鳥の巣会場を作った、中国の新鋭芸術家で表現の自由を主張して、政府からも要注意人物としてパスポートも取り上げられ、こんな中国の中央政権に反発してか、我が性権を解放せよと、抵抗運動をされていたようですよ!

と、前もってしらべておいた、Weiさんの情報を披露すれば、チイ

Weiさんは、「中国現代アートの不良」と、中国政府から名指しされ、監視されつづけているが、世界で最も力のある芸術家として、中国が支配者の安泰を図る独裁であるのに対して個人こそ社会を変える原動力である、個人が行動をおこさないとこの中国は変えられないと、勇気ある行動を起こしている尊敬すべき芸術家で社会改革家といっていいんじゃないかしら!

と、お詳しい。

日本では、中国のような露骨な表現への取り締まりはないけど、行政や教育の場での特定な思想屁の関与に関しての自己制御が問題になるケースが多いようですね

例えば、

梅雨空に 9条守れ 女性デモ

と、いう俳句が、「公民館便りで、拒否された」という身近な話題もありましたけど、表現の自由と政治思想の利用とは難しい問題を含んでいます。

言論の自由を許すことの勇気、と政治問題介入との問題が絡んできて、勇気がないと、政治非難への萎縮という問題に関係もしてしまいますね!」と、一寸、難しい話題に入り込みそう。

そこで、話題をもう少しテレベにと、ダンプテイ

ところで、Weiさんの眼を開く得意のポーズは、世の中をしっかりみて俺は、改革していくという象徴であるとも思えます。

Weiさんの表現に肖って、しっかりと社会に目を見開いて自由な表現をダンプテイは、していきたいですね!

わしの、眼で 見開く世界 虹の空

「ダンプテイも分もWeiさんの真似をしてみました」とレベルの低いを申したが、チイは、またレベルの高いお話し

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このWeiさんも国の権力と自分の芸術との間での葛藤があったわけですね!

ダンプテイ:芸術家の多くは、自己の表現が他人からみたら、狂人かと、咎められ、苦しんで己の芸を磨いていった人が多いですね!

例えば、シーラーもそうですね!

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これまでタブーとされてきた、性を対象とした、自画像をも、新しい画風として独自の世界を確立し、世にでることとなった、

自分の作品が卑猥だと、取締りを受けたり、作品が燃やされたりしたとしても、赤裸々な裸体表現を追求してやまなかったそうよ、

そういえば、weiさんだって、自らの裸をさらけ出して紅海されている。

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表現の自由と権威との争いは、歴史の中でも大きなテーマだから、芸術家は、権威との争いでもあったわけで、日本でも、芥川龍之介地獄変には、芸術の表現と権威との間の葛藤があったそうです。

堀川の大殿と、この大殿から女が炙死にする屏風絵を依頼された絵描きの良秀の話ですが、良秀は、女の炙死の様子を描けないで苦しんでいた、一方、世の女を手籠めにしてきた大殿が良秀の娘を見初めたが良秀の許しを得られず手にいれられない。

大殿に良秀の娘を炙り刑にするから絵を描けと良秀に約束させる。

良秀は、炙り死に苦しむ愛娘の姿を見ながら輝きのある炙り死ぬ女の絵を見事に描いて、大殿から依頼された絵を完成させた。

大殿の残忍さ、好色な権力と絵描きとしての家族愛を犠牲にした芸術の至上主義者との対決であった。

芥川も家族の愛と、自分の表現との間での葛藤があったのかもしれません。

ここまで、放すと、ハンプテイ、「家族を犠牲にしても、芸術的な生き方を優先したわけですね!」、谷崎純一郎の刺青もそうですが、多くの芸術家は、家族の日常を赤裸々に語ったり、人絹を犯し、家族を犠牲にして、自らの表現を芸術を優先する芸術至上主義でなくては、表現が出来なかったから、家族は悲劇です。

「ダンプテイの表現も。家族を犠牲にしないかと、心配しておりますわ」と、まだダンプテイのことを心配してくれるから、家族は、いいもんだ。

これまでの社会は「~すべきであるけという節度に、価値感があった訳ですが、これからは、個人の「~したい」が価値感の基本である芸術的な生き方が幸せな人生となるのです。自由で、希望に満ち、自分を認める生き方が楽しい人生であると、ダンプテイは考えますね、なんて、申せば、ハンプテイ、「笑と美と喜びの価値感をダンプテイは、大切にし、これからも過ごしていきたい」、というわけね!

表街道だけでなく、裏街道の表現の世界にとの言葉と理解しました」と、欲理解して頂いて感謝感激、雨霰

そうです。音楽、俳句、踊り、絵や文章とレベルは、高くありませんが、ダンプテイは大好きだから!

家族からも勇気を「いただきましたので、これまでの迷いが消え、思いのままダンプテイを表現して人生を歩む覚悟が出来ました。

チイも後押しをするかのように、「いろんな経験を積むことによって、人間はランクアップされ、人間らしくなっていくと、ヤスパースは、言っているけど、その道をダンプテイは、目指しているというわけね!」

ダンプテイ、その通りですね、いろんなことを経験し、他人とも交わっていく中で、初めて自分という実在(自分とは、何んであるか)を知ることが出来るのです。

自分というものは、自分の行為や表現によって、初めて形となるのだから、関心のあることには、なんでも挑戦いたします。

必要なのは覚悟、一度覚悟を決めて踏み出せば全ては、動き始めるのです。

林先生の「今でしょではございません」が、葉隠の山本常朝の「今がその時その時が今」ですから

武士道や 今がその時 花が散る

林先生流を俳句にすれば

いつやるか はやしが肝心 今でしょ

そして、

決めた道なら、迷うなー男じゃないかー

と、いう大好きな片道切符の歌詞にもあるし。

チイが、こんなダンプテイの昔のことを覚えていてくれるなんて嬉しい限り

ダンプテイが占い師にみてもらったときの、「貴方は、表現で生きていきなさい」の胸キューンがダンプテイの人生を決めたということね!

最後に、良いお言葉を家族からいただけましたので、今日は、ぐっすり寝れそうです。それでは、表と裏の世界は奥深いもの、この話の続きは明日と、いたしましょう。