ハンプティのブログ

ハンプティ・ダンプティのように、いつもずっこけぶりを発揮しています。

ダンオプテイ親父の陽物比べ

ギリシアやローマの男裸像には、男根を露わにしたものが多いが、これは、男性こそが、生命を創造する源として認識されていたからで、日本でも男根像が彼方此方の神社に、置かれている理由も同じである。

f:id:ipapokada:20190408093135j:plain

惟、違うのは、西洋の男根は、身体に比べて男根は小さく、小さい程男らしいとされていたのに対して、日本の場合は、浮世絵がそうであるように、ことさら男根が大きく強調さていることが異なる。

男根そのものだけを切り出したような男根像も、愛知県の田県神社のように、神として崇められ、お祭りにも担ぎ挙げられている。

鎌倉時代古事談によれば、清少納言が尼になって住んでいた館が賊に襲われた時、自分は、女であることを知らしめるため、衣をかき上げてホトをさし示したと言うから、余程、平安の時代のほうが現在よりも、羞恥心たるものがかけていたと、言える。

昔は、男と女の間では、いろいろと規制が異なっていたから、女調べとか、男調べというのがあったようである。

男の場合には、股間を見せれば、良かったが、女の場合には、乳房調べであったらしい、たとえば、人形浄瑠璃の扇屋熊谷では、敦盛は、京都の扇屋で、女装して扇の折り手になって働いていた。

そこへ、平家落人の役人の調べが入り、乳房調べといって、着物の中に手を突っ込んでの取り調べがあったとか 

参考:性のタブーのない日本 橋本治

女性が乳房を露わに、するのを恥ずかしがるようになったのは、昭和の中頃までで、それまでは、平気で恥部さを晒して女性は、仕事に励でいたし、昭和の中頃でも、電車やバスの車中でも平気で、片肌脱いで、稚児に乳を飲ませていたことを記憶している。

昭和はになって 女性と靴下は強くなったといわれるが、あにいわんや、明治になって、与謝野晶子は、大胆に文芸の中で恥部を晒け出すようになった。

まさに、万葉の乙女や和泉式部等の平安の乙女が、赤裸々に性を語った時代の女の復活である。

晶子の歌を紹介すると、

春みじかし なんの不滅の命ぞと 力ある乳手に触らせる 

「春も短い季節、人の命も限りがあろう、この凛と、張りつめた私の乳を 愛する男に手で触らせよう」とも訳してみたが、それにしても、この男と、思われる与謝野鉄幹は、男冥利に尽きる幸せな男で、羨ましい限り。

きっと、夜の営みもこんな激しい晶子であれば、激しかったに違いない。

チイ;いやいや、ダンプテイは、文学通らしくしてるけど、何にもしらないのね、鉄幹は女学校教師、彼方此方で、女を犯して、何度も退学させらた、エッチ先生、晶子とも不倫で、できちゃった結婚だったみたい

才能ある晶子と結婚して、「妻をめとらば才長けてー」と歌の方では鉄幹も活躍したが、あちらの方の激しさは鉄幹も、晶子もどちしもどっち、あれが好きだったことには、変わりはないし、八人も子供を産んじゃっている。

だから、こんな俳句を作られた方がいる。

鉄幹の 絶倫ぶりに 笑う春 ナラのよしかぜ

鉄幹は 蟷螂の雄 雌晶子 ナラのよしかぜ

鉄幹に比べてはるかに才能が豊かな晶子と鉄幹の勝負は、晶子に軍配が上がり、鉄幹の鉾は、晶子に通じても、歌は、蟷螂の斧であったと、いえましょう。

更に、晶子は、鉄幹の益荒男ぶりに比べても、比較にならない大胆な歌詠みである。

乳ぶさ押さへ 神秘のとばり そとけりぬ ここなる花の 紅ぞ濃き

「乳房に手を当てながら、隠された神秘な場所を開けてみると、私のあそこは、花びらように女陰が興奮して紅潮しています」

表現のためには、恥も外聞もない、芸術至上主義の晶子である。

さて、時は、平安の時代、伊勢物語に登場する話では、

筒井つの 井筒にかけしまろが丈 過ぎにけらしな 妹が見ぬ間に

幼友達が井戸の周りで遊んでいたわね、私の麻呂(男根)の長さも妹を見ない間に、大きくなってしまいました。

と、ダンプテイなりに、エロっぽく訳してみました。

すると、その妹は、返歌に

比べこし 振り分け髪も 肩過ぎぬ

君ならずして 誰か上ぐべし

「丈比べしていた私の物も 随分立派になってよ、あなた以外の誰にも これを捧げませんから、貴方だけのものよ」

とうとう、この二人は、結ばれました。

暫くして、この男に新しい女が出来て、その女の処に出かけるときにも、妻は、何も言わないので「、これは、妻も浮気してるに違いない」と、疑って、出かけるふりをして、隠れていると、妻は、旦那がでかけたのを悲しんで

風吹けば 沖つ白波 立田山

夜半にや 君が一人 越ゆらん

と、歌を詠んだので、自分の非を藩亜英するとともに、妻を愛しくなり、それ以来、浮気をしなくなった」と、いう話し

これは、あの助平な在原業平と妻との出会いの話、謡曲「井筒」にも、この歌が登場します。

昔は、井戸は、身近な存在でしたから、子供が井戸の周りで遊ぶのが普通で、よく知られた歌があります。

ずいずいずころぼし ごまいしょずい 茶壷に追われて とっぴんしゃん

抜けたらどんどこしょ 俵の鼠が米食ってちゅ

おっとさんがよんでも おっかさんがよんでも いきいっこなーしよ

井戸の周りで お茶碗割いたの ダーレ

この新訳は、どんどん 危険(あぶない)ことして、いじりっこしましょ!

あんたに、追いかけられて、僕のチンコがあんたのあれに入っちゃった。

抜けたら、また大変、鼠(女)が粟を食ってチュンチュンしてる。

湧き水のところの膜、破っちゃったの誰れなの

現代風に訳せば、「誰だ、私のワギナを侵した奴は」であるが、昔は、性の交じあいも情緒が残されていた。

やってしまった後のじゃれ歌は、閑吟集の「こちゃ知らぬ」である。
ハァ、新茶の茶壷よのー
一夜馴れ馴れ この子が出来た
入れての後は、こちゃ知らぬ、こちゃ知らぬ

「新茶」は、若い女、特に生娘をいう。

いわゆる「バレ唄」の1つで、「こちゃ」は「古茶」の洒落に、なっている。

新茶が一夜を過ごして、古茶となった、子供ができちゃったけど、こちら様は、知らぬ存ぜぬこと、とは、何と無責任なヤリマン親父である。

現代俳句の巨匠 金子兜太さんの俳句

も面白い、ご高齢になられて、

男根は 落ち鮎のごと 垂れにけり

この俳句の感想を聞かれて、兜太爺さんの一言が、面白い。

男のものは、4種類に呼び分けられる。

幼年期は、珍子(チンコ)

少年期は、少し大きく成長して珍坊

青年期は、魔羅

老年期は、ぎゅうない

だそうで、「ぎゅうない」とは、ぎゅっと握ってみてもあるべきものがない状態だとか!

注:荒凡夫 一茶 金子兜太

それで、歳年老いた金子兜太さん、自分の物を握ってみると、「落鮎のような存在感は、未だあるぞ」という心持の俳句だそうである。

それにしても、助平な兜太さん、世の女を淘汰するとう名前であろうか、お元気な老獪俳諧師

女の頬にキスをしながら、膨張しつつある股間に手をあてて、辛い、辛い、我慢の限界、もうこのまま飛び込んじゃおうよ

〇子は、兜太のジッパーを下げるのを手伝ってあげると、押し入れに閉じ込められてた息子が飛び出した。

すごい、こんなドラ息子みたことないわ!

兜太さんも道鏡さんのようなものかしら

兜太さんの俳句を見ると、こんな助平親父を想像させてしまうから不思議なお方

さて、話の本題の陽物比較とは、根競べ ローマでは、教皇を選挙で選びをコンクラーベと、言い、選ばれるための根比べをしたとか、しなかったとか、こんなことは、どこの歴史書にも書いたてはない。

なにしろ、ギリシヤの文化では、どの男性彫刻の一物も小さく、小さい程、男は美しいと、されていたから、その文化を引きついたローマ、小さいほうが勝ちであったということもあり得る。

それでは、長さくらんべの詩をご披露致しましょう。

長さどれだけ 教えてよ

しゃくとり虫さん 教えてよ

キックシャク キックシャク尺とって

長さ長いは 20センチ

かった、かった僕かった

5センチも かっちゃった

ぼくのチンコロ かっちゃった

「下半身の物を露わにしたまま、剛腕夢想のヘラクレスもかくや」と、思わせる腕を腰にしての仁王立ち、股間は、風を呼び雲を呼び、女を呼び、一物は、天を指し、隆々と敬礼している。

これは、西洋の農業の神様、神農として豊穣を願う像であるが、ギリシアの裸像に比べて、何と、一物も成長したものである。

これぞ、ローマは一日にならず、成長著しい。

f:id:ipapokada:20190408093231j:plain

ところで、下半身に、話が集中しては、ダンプテイの頭も疑われるので、下半身から今度はお頭の話

ローマの神父さんのお頭は、テンツルの丸禿げ

頭のことをテンと、いうから、禿げ頭は、テンツル

テンツク テンツク テンテンツルルン

お前の親父は、禿げ頭とは、神父の息子が友達から、こう言って虐められたに違いない。

「それにしても、貴殿、渋皮剥けたたように垢抜けていらっしゃる」とは、活きな男への誉め言葉

男根の皮冠りも、そこに、垢が溜まれば、不衛生、ユダヤでは、かかる一皮を切り取る割礼の習わしがあったそうで、ユダヤ人かどうかの役人の確かめは、割礼をしてるかしてないかで、判断していたそうである。

股蔵に手を入れて、うん、」この男、割礼をしてる、お前は、ユダヤ人だ、処罰する。

それにしてもダンプテイ、先ほどから、ご婦人どもが聞いたら、顔を赤らめるような卑猥な話となって、もうしわけないがが、これも芸術至上主義を人生感とする者ゆえにお許しを頂いて、話を続けます。

さて、続きましては、江戸小話

いきなり大勢が もっこに、黄金を積んで 家に運び込んでいる。女房ビックリして、これは、何事と、問えば、「お宅の旦那様が陽物比べで、一等賞、褒美が出たわけですよ!」これを聞いて女房、「今度、女のお道具比べがあったら是非、声をかけてください。」なんと、孝謙女帝と道鏡坊主のような夫婦の小話である。

こんな小話をダンプテイが、家族に話せば、「このエロ親父」と、非難の矢を浴びることとなるが、「ダンプテイの欠陥を探り当てて、咎めるようなことなかれ」と、言おうものなら、「著しく過なき者の 股蔵に探り毛を吹き、傷をば求むべからず」という喩もあるけど、ダンプテイの発言は、もう著しく度を過ぎておりますわ」と非難轟轟

それにしても、こんな親父には、奥方から「マーなんとダンプテイの沽券(股間)に関ることのお戯れを」と、言われるに違いない。

嫌、嫌、もう少し女らしく申せば、「マー、あられもないこと、破廉恥なチンのお話ばかりでございます」。

さて、陽物比較ですから、珍の大きいものと小さいもののお話を忘れておりました。

これは、ダンプテイがオペラハウスが望めるシドニのボタニガーデンで、散歩していたら、こんなビッグな木の股を見てビックリ、その写真を奥方に見せたら、

f:id:ipapokada:20190408093301j:plain

「この木なんの木、気になる木」って、感じ!

何て、逞しいこと、こんなの見たことない!

と、男性遍歴が豊富なような口ぶり

のんのんと 馬の魔羅ふる 霧の中 加藤青頓

これぞ、「我が肉茎、ここにあ」りと、青筋立ててビクビクと己の珍棒を天に突き上げる馬魔羅

テンテンツクツクツク天を突く

奥方様に、こんな卑猥な写真を見せたりしたら「これって、セクハラじゃなくて、マタハラじゃないの]と、申される!

馬鹿言っては、いけません、マタハラとは、マタニテイハラスメントのこと!

それに自分の奥方には、もっと立派な魔羅をダンプテイ様が毎晩お見せしているが、セクハラとは、言いますまい。

ところで、マタハラとは、妊婦に辛くあたり、会社を辞めさせようとする嫌がらせです、奥方様は、もう、とっくに子育ても終了されておりますれば、もうマタハラ等は、到底ありえなお話しと、教示差し上げた。

ところで、シドニーの公園の中の木には、びっくり、こんな木陰で、男女がキスしあってるのも、こんな木に刺激されてのことかと、勘繰るほどで、股の周りには、毛のように木の葉がユラユラ揺れている。

驚き 物の怪 山椒の木 

これこそ天然の悪戯というか、神の仕業 神様も助平であられる。

新しき 褌欲しや 枯れ股木 である。

こんな刺激のある樹木を拝見したら、詩心が沸いてこない筈はない。

題:逞しき樹

二股に魔羅が立ち昇る 龍のごとくに

巨大なる陰嚢の先が 激しく震え立ち

眩しく輝いて、人を誘っている

サー、ここにおいで、この歓喜の叫びを

サーこの肉塊を抱きしめて、舐めに来い

この大樹の泉を 受け止めに来い

こんな逞しい大樹をみたら、ダンプテイの陰謀も震えます。

去年今年 天を突きぬく 男かな

と、俳句を口走る。

すると、娘のチイ、この俳句は、かの有名な、虚子の名句

去年今年 貫く棒の ごときもの

のパクリでは、ございませんか、この名句こそ、この大樹のよう堂々とした男の生き方を表現していますわ!と、生意気な口をきく。

「ダンプテイのような俳句のパクリ親父では、俳句仲間も逃げていきますわ」と、手厳しい。

確かに、確かに、ごもっと、弁理士たるダンプテイも 資格停止と金バッチうをはく奪されるところでした。

そういえば、虚子の娘の星野立子さん、

去年今年 友無き我れに 客もなし 星野立子

立子さんも父親である虚子先生の俳句をパクっておられるようで、それで、友もない、お客様もいなくなったと、チイが説教するような状態で、チイのお叱りを胸に刻むことといたしましょう。

それでは、ダンプテイも反省致して、自作の詩を披露いたします。

題:逞しき樹

貧弱な木は、一匹の鳥しか 養わない

貧弱な木には、二匹の鳥は住みにくい

この大樹は違う、逞しい、千匹の鳥を

この大樹よ 天にまで突き抜けよ

そして、我もまた、天まで 突き抜けよ

ところで、今年は、北朝鮮問題でテレビニュースは、明け暮れました。

これも元をただせば、北朝鮮の世継ぎ問題

息子の成日が世継ぎになるかどうか注目されていた頃に、

おお、我が息子 天に向かって、立ち上がれ!

と、言ったのは、金日正!

The son also rises  と、新聞で騒がれました。

現在は、金正恩の息子が、立ち上がっているが、砲弾で、これを見よと、ばかりに、砲弾自慢したり、引っ込めたりの巧みな砲弾戦術により世界が踊らされている。

まさに、金将軍様の宝弾の出し入れの如きである。

ところで、The sun also risesは,ヘミングウエーの「日はまた上がる」の洒落でもあったわけですが、さて、北朝鮮に、本当の日が上がるのか、上がらないのか、世界は注目しています。

北朝鮮将軍様の砲弾も威勢が宜しいが、威勢がいいのは、掛け声ばかり

実際は、こんな「へなちょこ将軍」の暴挙は、許されぬ」と、トランプのツイッタ発言も出てきそうな状況である。

そんなときには、こんなヘナチョコの股木を添付するよう、トランプ様に御進言申し上げましょう。

f:id:ipapokada:20190408082718j:plain

ほれ、将軍様は、ヘナチョコだという姿を示すには、最適な道具立て

こんな将軍様では、北朝鮮の国民も着いてきませんから、北朝鮮制裁には、もってこいの制裁グッズ!

直き木に 曲がれる枝も あるものの

嘆かわしくは その小ささよ

俳句だったら

秋風や わが朝マラの 頼りなさ 尾崎士郎

今はただ への字のヘノコ 冬ざさる

話は、変わって、昔 単身赴任で過ごした錦糸町の思い出話

スナックのママが申されるには、「どうして男の人って、大きさに拘るのかしら、前菜抜きでいきなり特大のソーセージが一本でてくるみたいで、こんなのゲーしちゃう」

そんなこと言いながら、こんなママ程、

「どう私の立派でしょ」と、言わんばかりに、「女の恋の物語」を伴奏にしてダンスに無理やり誘っておっぱいを押し付けてくる

満員電車の中で、でかい胸を押し付けられたみたいで、息苦しいったらありゃしない!

[ビール瓶は、長さ29.5で太さ7センチ]と,いうけど、男の者でデカイのは、これを上回るというらしいが、やっぱり、こんな巨根で、ごしごしやられたら、さぞ苦しいだろうと、一物がちっこいダンプテイは、世の女に同情しちゃいます。

こんなに、アレが太くて長かったら、僕のパンツなんか破れちゃいますね!

「ダンプテイのエロ話しが、そんなに長くては、チイの心も萎えてしまいますわ!」と、エロ親父に散々泣かされて育った娘も愚痴がでる。

やはり、男たるものスピードと、時間にも配慮すべきと心得ました。

しかし、これも代々親から引き継いだDNAの悪戯ですから、我慢して頂きたい、

と、言い訳がましい親父である。

それでは、柔らかい話の古典でまいります。

日本の古典とされる万葉集にも男根を賛歌すると、思われる文化がかいま見えます。

奥山の 岩影に生える 菅の根の ねもころ我も あいおもわずあれや 藤原朝臣久須麿

「ねもころ」とは、ねんごろで、「男根の交い」を示唆する、」それと」寝る頃でもあろうか.

藤原朝臣久須麿という偉い大臣が、大伴家持の娘を政略結婚でもらい受けるときの久須麿の歌とされるが、それにしても菅の根を自分の男根と、想像させるエロチィクな歌である。

さらに

あしびきの 山に生いたる 菅の根の

ねもころ みまく ほしき君かも

大伴の家持には、男色気があったと、思われ、「貴殿の陰嚢を見たいものよ」とも読める歌、なんとも、ストレートな言いようで、好感が持てる。

吾が背こは 玉にもがもな(玉のようにあってほしい)ほととぎす 声にあわせて 手に巻きてゆかん 大伴家持

「私の男友達も玉三郎におように美しくあってほしいわ、それこそ、誘いあって、ホトトギスのように、声を出し合って、一緒に歩きたい」と、これも、男同士のホモ友達の歌である。

更に、大伴家持藤原訓儒麻呂に対しての想いを綴った歌

春風の 音にし出なば ありさりて 今ならずとも君がまにまに 
「春風の音のような貴方が私にその気になって芽吹いてこられたら 貴殿の思うままに、どうぞお構いなく、自由にあなたの御気にめすままお遊びなさってください。

私は貴殿のおもうがままにいたします。

すると、娘のチイ

「お構いなくーー、めすまま」なんて、お釜言葉では、ございませんか!

と、チャチャが入る。

男同志の交わいをお釜というのは、禁欲している僧の間に女陰の代わりに釜の座が用いられたと、されていたからですよ!

また、一説によると、カーマは、梵語で愛を意味し、これに御をつけて「おかま」が男色を意味するように、なったとか」これは、ダンプテイの新設ですけど!

ところで、男談義は、これまでにして

「おい、チイよ、飯を食いに行こうじゃないか!」、立派な朝マラがピンと立つような」と、自分ながら、発言を取り消したいような失言、」政治家で有れば、とっくに、辞職もんだいに「発展するレベルである。

ビックリするようなダンプテイの申し出にチイ、豪華なレストランでのダンプティの「エロイ話」は、もう金輪際なしよ!

ダンプテイが、「エロイなんて」言うなよ、セクシーとか、色気とか、言って欲しいけど!

高度の文学論龍で申せば、村上春樹の「セクシーな語りは、それが人間の心のある種の領域を立ち上げていくからであって、物語を有効に軌道させていくものだ」と、いっているけどダンプテイの話も読者へのプレゼント程度のことですよ!

と、チイにもうせば、こんな高度な話にはついてこれる訳が無い。

チイは、それにも関わらず、「それにしてもギリシア神話とか、ダンスの歴史だとか、チイには、もっと、高級な話題での食事会にしてほしいわ!」なんて、時分の知能レベルで物を申して欲しいものである。

チイには、「ダンプテイ、かしこまって候: それては、学のある日本の古典の話題をと、お話を

平安の都の出来事、孝謙天皇、英国ダイアナ妃の名前のように女陰が大きくて、相手に出来る男がいなくて寂しい夜を過ごしていたところ、道鏡という巨根の坊主の出会いにより、孝謙天皇は初めて女の喜びを知ったとか?

道鏡は 座ると膝が 三つでき

道鏡に 根まで入れろと 詔(みことのり)

なんて、狂句まで登場されておりますから、道鏡は、相当なビックなお方だったわけ!

道鏡は 己がチンボで カクレンボ 高新太郎

と、いうような江戸川柳もあるし!

f:id:ipapokada:20190408082403j:plain

注:ギャグ辞典 高新太郎

天皇家と直接関係のない仏僧としての道鏡が女帝に対して陰嚢の一突きが明らかになるやいなや、天皇も、ただの女にとなり、皇室や仏教界の権威や政治的な関係が怪しくなったわけですよ!

チイも道鏡の話には感心があって、悪女論という田中貴子さんの著書を読んだけど、

道鏡孝謙天皇のような話は、後世になっての女性天皇の権威と、仏教精神との関係から孝謙天皇道鏡が悪者にするのが都合が良かったということらしいわ!

となまかじりのことを申す。

そこで、ダンプテイが学のあるお話おばと、

「ある孝謙天皇の女陰が大きくなったのは、経文に「所有三千界、男子諸煩悩、合集為一人、女人之業障」と、書かれていて、経典を焼き払ってしまったことから因果応答の罰とか、女人禁止の道鏡との交わりをしたという仏教界の戒めを破った天罰として陰嚢が大きくなってしまって後世に寓話化されたとか、仏教の説教や、皇族の女性世継ぎを禁止するのに利されたと、言われている。

チイ:天皇を貶める道鏡のような者は、政権を追留めるものとして道鏡が三大悪人の一人に祭り上げらけた訳ですね!

そうです、ダンプテも、その説には、賛成しますね道鏡以外にも平将門や足利尊も新政権の尊厳を守るために、歯向かった者、旧体制を貶めるために、悪人扱いされ、陰嚢が大きいとか、欠陥があるとか誹謗された。・

現政権や天皇制に刃向った陰棒者を不届き者として性的な不愚者扱いする訳ですね!

たとえば、

将門は ちんがふとくと 減らず口

と、いう川柳があるくらいですから

すると、「マー現政権への陰謀者だから陰棒だなんて,なんて、ダンプテイは乱暴なことを申される、チイも赤面ですわ!」

それも太い陰棒だなんて、神田明神の神様からの罰があたりましたわ!

と、駄目教師の過ちを細かく指摘する厭らしい生徒のようなチイの態度には木に触るが、マー此処は大人のダンプイェイ、我慢して話を続けることとした。

この狂句の将門のチン(朕)とは、天皇が自らをさす言葉で、もう一つのチンは、男の陰能のこと、自らの行いが天下を取ろうとするのは不徳であったと、陰嚢が太いと、陰嚢が太い不徳の僧侶の道鏡に擬えている面白い駄洒落句ですね!

そういえば、昔から、陰能が太い男は、不徳な男と、されていますね!

これも道鏡和尚の太チンの逸話の影響だと、思われます。

ダンプテイが子供の頃の喧嘩では、「ヤーイヤーイお前の父ちゃんオチンコデカイ」なんて、はやしていましたね!

f:id:ipapokada:20190408082543j:plain

ハンプテイは、「お前の父ちゃん出臍」って,覚えているけど!

出臍かチンコかのくだらない問答は、どうでもいいけど、古代の占いは、巫女が中心だったが、中世になると、占い師の多くが男に変わっていくのは、どうしてなのかしら?

ダンプテイには、:難しい質問ですねこれは、回答するのに困りますね

マー、よく分からないけど、中世以降になると、仏教の影響が強くなり、世界中の男性の煩悩を全て集めても、女の一人分の業障に過ぎない)」とか、「女人地獄使、能断仏種子、外面似菩薩、内面如夜叉(女性は地獄の使いで、人の持つ仏性の種を断ってしまうtと、女は悪人とされた。

女は、外面は菩薩のようでも、内面は、夜叉のように恐ろしい)」と、いったことが言われるようになり、女性差別的な傾向が強くなったとされますね

女性は男性とは違い修行ではなく苦難を経なければ、悟りを得ることはできないと、され、山岳宗教等、寺院の多くは女人立ち入り禁止とされました。

中世になると女性天皇が排除されていくのも、女性蔑視、の思想と、関係があると思われますね!

特に、孝謙上皇が不徳の道教と共に、悪者にされたのも、女性は、政治には向かないという考えを広めるための政治的な陰謀だったとも言われている。

ハンプテイ:マー陰棒だなんて、陰謀のことではないの、それとも淫棒かしら?

失礼、失礼、ダンプテイは間違いが多くて、陰謀でした、訂正いたします。

これら陰謀により道教の祟りによって道鏡は、失脚して下野の国に流されるが、その巨根であったために、道行きが難しく途中でその男根を切り落としたとか、それが、金精様として栃木県の幸乃湯温泉に奉る男根の道祖神だそうですね。

孝謙天皇の祟りも、道鏡と同じ用伝えられています。孝謙天皇の女陰が大きくて、道鏡の物でも満足できなかったから、山芋を使ってみたら、その山芋が女陰から抜けなくって、それで死んだという逸話がある。

ハンプテイ:まあ、こんなことすれば、天罰があたっても当然と、誰もが思うわよね!

ダンプテイ:このような女性天皇を悪者にする逸話が独り歩きして、男系天皇伝統が必要だとする現在の天皇規範の世継ぎ問題に関係している訳ですね!

女を天皇にするとはとんでもないことになるという儒教の教えの事例として祭り上げられてしまった、悲劇ともいえますね!

チイ: この孝謙女帝と中国バージョンなのが、唐の時代から周の時代に替わったときの則天武功という女帝の話にもありますが!!

ダンプテイ:この中国の女帝の則天武功no逸話と貢献天皇との逸話には、共通点が多いため、我が国の孝謙女帝の話は、どうも、則天武功の日本版として、でっちあげられたものとも言われていますね!

ハンプテイ:その則天武功の話とは、どんなことなのかしら?

ダンプテイ:則天武功は、太宗皇帝の後宮であったが、この皇帝が亡くなると、皇帝の息子である高宗皇帝の妻として後宮になるという、日本で言えば皇后様が皇太子の妻となるような前代未聞も婚姻をなし、高宗皇帝がひ弱であるために世継ぎとなった自分の子供の皇帝の地位を奪って女帝の地位を得て実質的な政治を支配したそうです。

その地位につくために、二人の世継ぎの息子まで殺したとされ、その他の政敵を次々と、殺害する恐怖政治を行ったことも有名ですね!

現在でも北朝鮮の世継ぎの問題で実兄が、シンガポールで,毒殺っされた問題等もありますね!

ダンプテイ:その問題に真相は明らかにされtいませんが、かなり怪しいようえすね

ところで、この則天武功の影の力となったのが、性欲旺盛な巨根の僧の薛 懐義で、道鏡と話が似ていますね

この僧は、則天武功は弥勒仏の地上に下りられたお方であり、帝位につけば、世の中は栄えるとお告げがあったと、述べ、帝位の地位を支えたとされる(英雄の世界史 井沢元彦)等多くの逸話は、極めて日本の孝謙女帝と類似しているのは、1000年程前の則天武功に関する逸話が女帝の孝謙天皇にも被せられているような気もしますね!

話が硬くなりましたから、江戸時代の浮世絵の話でもいたしましょう。

ダンプテイ、こんな富士の山の和歌を見つけました。

f:id:ipapokada:20190408093544j:plain

ふしの山 麓は暗き夕暮れの 空さりげなき 雪をみるかな 鈴木晴信 風流座敷百景

チイ:なんですか、このてんこ盛りかき氷みたいなの?

ダンプテイ:これは、富士じゃなくて「ふしの山」、

、お盆のようなものに布がかけてありますが、これが節の山(富士の山)の見立てで、要するに、男根ということですね!

瀬戸内寂聴さん、渡辺淳一さんとの対談で、

注:男の手打ち、女の胸の内 渡辺淳一

男のものがいいとか、悪いとかいうでしょ!

だけど、女はね、あんなもの問題じゃない、小さければ小さいように合わせられるんです。

口に入れたって、味わえないじゃない。

やっぱり、隙間がなくちゃ!だって、

尼さんが言えないようなこともおっしゃっても非難されないのは、源氏物語の翻訳書を書いた女流作家の大家が申されているから、誰も非難されない、ダンプテイがこんなこと申したらそれこそ、袋叩きになる。

ハンプテイ:マーそんなこと、いって、ダンプテイは、随分なこと、平気で言ったりして女の口解きもうまいんだから!

ダンプテイ:なにを申されますか、、渡辺純一さんや野坂昭如には、とても及びませんよ

どちらの方か忘れましたけど、「女の口も男にとって大切だけど、女にとって、最も大切なのは、口説だって」おっしゃってたけど、助平先生の言われることは、実体験が伴なっているから説得力がありますね、ダンプテイなんか想像だけで、話をしてますから、とても口解きなんかできる訳がありません。

でもダンプテイは、紐の口解きは得意でしたけど

チイ:なんですか、紐付きの女との縁切りで、ございましょうか

ダンプテイ:ご冗談が過ぎます、チイ様

蝶結びにした紐を口の中に入れて、舌箆で、紐を解くという技!

チイ:何の役にも立たないアンポンタンの芸とは、そんな紐技、馬鹿みたい!

ダンプテイ:アンポンタンの語源は、インポテンツで、フランス語の性的不能者である男にとって、最悪の貶なし言葉ですよ!

でも口で口解きが出来るくらいのテクニシャンだったら、インポテンツの男でも女に喜ばれるに違いなんて、馬鹿なこといっちゃった。

チイ:ダンプテイは、それこそ、ポコペンの御たんこ茄のアンポンタンの糞親父ということかしら!

ダンプテイ:なんですか、その「ポコペン」とやら

チイ:幼いころにした缶蹴り遊びのときの「誰々ちゃん見つけたポコペン」と、いう遊びをご存知ない。

駄目な奴ねという中国語で、日清戦争当時の中国を侮辱するのがポコペン、それに、馬鹿に対しては、おたんこなすで、短い茄に御をつけて、短いチンコという意味がおたんこなすね!

ダンプテイ:おたんちんも同じく、短いオチンコに御をつけたものだそうで

ナースナース ないないナース

御たんこナースの秋茄

お前の父ちゃん アンポンタンのでーべそ

馬鹿馬鹿ちんどん屋 お前のかーちゃんでべそ ついでにお前もでーべそ

と、いうのもあった。

ところで、幼い頃の思い出の話がでましたので、ダンプテイの思い出を一つ

夏になると、庭にタライを出して行水するのが習わしでね、

行水の 捨てどころなし 虫の声 上島鬼貫

と、いう俳句もありました。

裏庭にタライを出して行水する親父の陰能が大きかったね、風呂上がりの後には、座敷で褌を撒いただけで、団扇で仰いでいたりして!

f:id:ipapokada:20190408095635j:plain

褌から除いてるのが大きな親父の睾丸、白い毛もお湯に浮かんでた。

睾丸の 大きな親父 夏座敷

チイ:「マー、何と大きな睾丸だこと」それこそ、現代風に言えば、

パンツから 覗くふぐりや 大あくび

と、いうところかしら!

ダンプテイ:チイだって、一緒にお風呂に入って、オトンの一物を玩具みたいに「これなーに」、なんて小さな手で、触っちゃっありしてた。

めずらしや 湯殿の中の 初茄

チイ:自分の一物を茄だなんて、ダンプテイは、それこそオタンコナス

ダンプテイ:誕生した赤子は、眼に見えるものは.みんな、珍しがるもんで、珍しいのを手で触ったり、口に入れたりして勉強するわけですね!

学ぶとは 手で触ること 舐めること

チイ:ダンプテイの夜遊びを正当化するつもりかしら、厭らしい、まるで、平賀源内先生みたいじゃないの!

ダンプテイ:そういえば、源内先生、江戸後期の平賀元義と、いう歌人でもあり、

五番町 石橋の上にわが魔羅を 手草にとりし 吾妹あわれ

と、卑猥な歌を公開されている。

ハンプテイ:自分の魔羅を女に、もて遊ばせているなんて、源内先生こそ哀れ、せめてバリカンで自分の頭を刈り上げて身を慎んでいただかないと、

バリカンで 頭を刈って 四葩かな(夏)

助平は、死ななきゃ治らないといいますが、やっぱり、源内先生の最後は、殺害まで犯して、牢獄で、寂しく死んでいますから、ダンプテイも御用心

ダンプテイ:万葉の時代は、自分の一物を子供の玩具にして遊ばせて使った歌が既にあります。

みどり子の 乞ひ泣くごとに 取り与え

物しなければ の物をわき鋏持ち

玩具がないときには、「茄だ,茄だ」と、言って、自分の男根をはさみもって、稚児を泣きやませた」という愛らしい情景が目に浮かびます。

チイ:昔は玩具が無かったから、こんなことして子供をあやしていたなんて、優雅な時代、今だったら、それこそ悲しき玩具だけど

それにしても、茄子よ、茄子よ、大きくナーレなんて、玩具にしちゃって、自分も興奮しちゃって、一緒に遊んじゃってるわけじゃないでしょうね!

それこそ、具体的な性教育ということかしら?

ダンプテイ:小ぶりだけど硬くて甘い茄子と、いえば、山形の井出葉茄子、鶴岡の山形大学農学部に、訪れたとき、蕎麦屋に行く途中にあった奥の細道芭蕉の句碑に

めずらしや 山を井出羽の 初茄

と、いう句がありました。

芭蕉羽黒山から下りて来て、この地の長山家に宿泊したときに、御馳走になったのが、この長茄子で、その時の挨拶句らしい。

この井出羽茄子と、いうのは、出羽の国の小茄子の民田茄子という伝統野菜で、小さいけど、実が固くて締まっていて一夜漬にすると美味いとか!

チイ:マー一夜漬けが美味しいとは!

出羽の国 民田茄子 ウフフフフ

注:元句 三月の甘納豆のうふふふふふ

ハンプテイ:厭らしいことをチイは、想像してらっしゃる。

この「おたんこ茄子」親父にそっくりの助平娘!

ところで、ダンプテイ茄子大好きのお方に、自分の茄を茄撫で撫でされて、浮かれておられるとは厭らしい。

風呂親父 ふぐりも伸びて 夏日和

ダンプテイ:そういえば、助平は、あっちの物もでかいというらしいけど、我が親父のふぐりは、凄まじく立派だったね、それに陰毛は、銀白だった。

行水や 父の陰毛 花かつお

ハンプテイ:その親の血筋をひいていれば、ダンプティの物も立派なはずだけど、これ不思議!

ダンプテイ:後で、わかった話だけど、親父は、脱腸の手術をしたらしいから「ふぐり」が大きかった訳ですね

ハンプテイ:それにしても、この句、どうして、ここで「花かつお」が登場するのかしら?

ダンプテイ: 明治維新でこんな流行歌があったことをご存知ないの?

宮さん宮さん お馬の前に
ヒラヒラするのは 何じやいな
トコトンヤレ、トンヤレナ
あれは朝敵 征伐せよとの
錦の御旗じや 知らないか

と、ヒントを与えたから想像して下さい。

チイ:これって、西郷隆盛が朝敵として反乱を起こした西南戦争で官軍が攻め入るときの歌ですよね!

馬の前に、ヒラヒラするのは、錦の旗ですが?

ダンプテイ:馬の「あいつ」は、馬鹿みたいに立派というじゃないですか!

 それに、馬の血統が良ければ、その種は、何と、何億円にもなるという馬主にとっては、ウフアウフアの宝物だそうですよ!

チイ:そんな血統書付きのダンプテイだったら、今頃は、御殿が建ってウフアウフアじゃないですか

でも、枯れ薄みたいな親父だってこと、どうしてかしら!

ダンプテイのことを                 

 朧なる 父の陰毛 銀

でも、親父のオチンコの大きさだけはビックマックみたいで、助平親父だった。

ハンプテイ:そうだったの、そんな話し、初めて聞いたわ!

でも、御爺さんのこんな逸話も話を聞いておかないと、親の供養になったかどうかは,別として、忘れ去られてしまうからね!

ダンプテイ:我が親族の正の財産も負の財産もはっきりさせ、我がファミリーの教訓として明確に残しておかなければ!

チイ:こんなファミリーヒストリーを公開しちゃって大丈夫かしら?

ダンプテイ:財産なんて死んでしまえば、どこかに消えてしまう、公開した正の財産も負の財産も相殺されてしまって。ハイ終わりと相成りますから。

チイ:私が問題にするのは、正の財産ではなくて性の財産の公開の話よ!

こんな下衆な話しを公にするのは,我が一族にとっても不敬なことよ!

ダンプテイ:まあまあーそんな堅苦しいこと!

人生は旅鴉のようなもの「旅の恥は、掻き捨て」と、言うじゃございませんか!

それに、僕の親父さんは、浮気をして母が苦労して,稼いだ財産を一夜のうちに、浮気女にかすめ盗られて、途方に暮れて、自宅の前で家族に、ひれ伏して謝ったそうですから、こんな親父の話は水の泡と、流して頂ききましょう。

ハンプテイ:傾城の 恋は真の 恋ならで

金もってこいが 本音なりけり

と,いうことだったわけね!

意地も人情も 憂き世にゃ勝てぬ

みんなはかない 水の泡 

泣いちゃならぬと 言いつつ泣いて

月にくずれる 影法師

藤田まこと 人生劇場

ヒル:いえいえ、そう簡単には、許せません。

ドストエフスキーは、女は好きではないが、賭け事が大好き、奥さんが嫁入り道具を売り払って用意してくれたヨーロッパ旅行費用を一夜の博打で使い果たしてしまった罪深い男、まさにドストエフスキー罪と罰

男命を三筋の糸に かけて三七賽の目くずれ

注:藤田まさしの流転より

ダンプテイ:3×7=21の賽の目21と、洒落ましたわね!

ドストエフスキーは、スゲヘイなドスケベスケの罪と罰では、賭博で、お金を無くし、「もう博打は、しない、僕の涙にかけても誓うよ」と、ひれ伏して謝ったとか!

チイ: いずれにしても、ドスケベイがひれ伏したと聞いたら、ダンプテイ「の親父さんもそうみたいだけど、襟巻蜥蜴を想いだす。

臆病な 影を残して 蜥蜴逃げ 鷹羽狩行

ダンプテイの御爺さんもとんでもない過ちを犯して、浮気相手の娘と逃避行

お月さんさえ 夜遊びなさる

歳は若こうて 13、7

よしておくれや 雲隠れ

春の野に出て 七草摘めば

露は小股に 濡れかかる

よしておくれや 鬼あざみ

春の月隈 月影踏んで

開けを待つ間 木陰によれば

よしておくれや 棹しぶき 

大分 こつこつ節 一部改変

持ち金全部を女に持ち逃げされて、今更、家に戻る顔もなく、垣根の外でウロウロ

思えば思えばこの俺が 去年の秋の煩いに

いっそのこと、「死んでしもうたらこんな浮気はできないものを

と、今更、家族に見せる顔もなし

誰かきたそな 垣根の外に

啼いた鈴虫 音を止めた

なにをくよくよ川端蛍

どこのはずみで消えたやら 佐賀民謡

土下座して、「過ちは、再びおこしません」と、謝った親父さんの姿を想像しても可哀そう!

ダンプテイ:こんな台詞では、きっと母親は許さなかったでしょう。

ここは、中原中也でなくては

汚れっちまった 悲しさに

今日も小雪が 降りかかる

汚れっちまった 悲しみに

今日も風さえ 吹きすぎる

汚れっちまった 悲しみに

たとえば狐の 皮衣---------

ハンプテイ:汚れたとは、とんでもない浮気で、家族の心を汚してしまったことでしょうか

ダンプテイ:それ以来、親父が枕する唐枕の浮世絵のエロ絵が厭らしくなりました。

淫らなる 陶枕(トウチン)の絵や 父昼寝   

チイ:こんな助平父ちゃん、チンコをちょん切れば、それこそ「とうちん」ですね!

ダンプテイ:なんと残酷なことをチイは申される。

こんな親父でも子供には、優しい親父、お腹を出して寝ていれば、水あたりをしないかと、布団をかけてくれる優しさがありました。

ふっくら 腹に臍あり 雨蛙

春暁や  優しく膨る 稚児の腹

お袋からすれば、親父の振舞いには、腹もおさまらなかったでしょうが、長男が、「お母さん許してあげて、僕の父は、この父しかいませんから」と、言って、泣き狂ったことから母は, 許したとか!

チイ:こんな、取り返しのつかない家族への裏切りには、「ほっとけ仏」にすれば、よかったのに!

ダンプテイ:いやいや、兄のこの一言があったおかげで、恙なくこの浮気事件は、一件落着、恙なくと、なったのです。

こんなこと くらいで死ぬか 恙虫

同じ、男として親父に同情しての詩を一つ

浮名立てども 男は立たぬ

あんな女と 言われども

人の心は 合縁奇縁 

富士のお山の 白雪が

積もりはすれど 溶けやせぬ

鶯泣かせて みたいわな

ほんにおいらも 燃えしゃんす

留めて止まらぬ 色の道

とかく浮世は色と酒

それにしても親父は、子供達の前では、手品をしたり、皿回しを披露したりして、よく遊んでくれた。

老い父は、かくも寂しきか炬燵にて

皿回しをば試み始めき 俵万智

チイ:きっと、家族に対して悪いことをしたと、反省されているのよ

でも、ダンプティも御爺さんのDNAを継いでいるから、ダンプテイも危険なことにならないよう、お願いしたいわ!

蛙の子は蛙と,いうし

直ぐに手を出し、足を出したがる蛙の子ですから

やがてでる手足むずむす 蛙の子 渡部磐空

過ちは 繰り返します 秋の暮れ 三橋敏雄

ダンプテイ:この俳句、広島の平和公園の句碑では、ないですか!

でも、この過ちというのは、戦争に突き進むよう煽動したのは、政治家や軍人では,ないですか!

これを一般国民までが「過ちは起こしません」なんて、差出人も宛名も目的もない曖昧なフレーズを平和祈念像の前で,祈らせるのは、可笑しいと,思いませんか!

ハンプテイ:この「過ちは起こしません」の碑語は、GHQによる、日本に植え付けた自虐思想の象徴であると、小説家の百田直樹さんは、大放言と、いうエッセイで書いていますね!

「広島、長崎の原爆や日本国内での焼榴弾による無差別大量虐殺の非難を躱すために、すべて日本が悪かった」と、いう自虐の心を植え付けるための標語だと、百田さんは、語っているわ!

チイ:戦争による悲惨な思いは、戦争に突き進んだ神風精神が原因であるとして、これも米国主導で押し付けられたた憲法9条を神様みたいに信仰している人がいるのも批判していいんじゃないかしら

ハンプテイ:戦争は悪であると言っても、戦争は、相手があること、戦争を仕掛けられたら、戦争反対と言っていても、国民の命は救われず、国家さえ、滅びてしまうかもしれない!

チイ:戦争が起きたら、憲法9条維持派の人たちが、憲法9条のプラカードで、戦争を阻止できると思ってられるのかしら?

ダンプテイ:こんなことに備えて、自衛隊をどうするか、憲法をどうするのか、アメリカとの平和条約は安心なのか等、真剣に考える時期がきているのに、

戦争反対、平和憲法改正反対と、ありがたい呪文のように言い続けているのはどうかな!

ハンプテイ:日本は、平和条約の下で米国に守られているというけど、米国が世界で進めて来た、戦争への考え方や自国民優先の考え方をみれば、果たして、このまま頼っていて大丈夫かと心配になってきますね!

ダンプテイ:日本に原爆を落としたのは、これ以上、米国兵士を死に追いやりたくない」と、いう考えだし、北朝鮮への核の脅威も、米兵、国民が危機に陥る前に潰しておくべきだ」と、いう考えが強いから恐ろしいのです。

とんだ、真面目な話になりましたが、我が家の先祖が残した過ちは、繰り返しませんは、肝に銘じていますから、先祖のことを煩く言うのは、止めて頂きたいわ!

 たとえ、助平親父の魔羅が、悪戯したとしても、子供への愛は変わらなかったとおもいますし、

ハンプチ:先ほどから、ダンプテイったら魔羅、魔羅、と、余程魔羅にご感心があるようだけど!、

ダンプテイ:魔羅への関心は、小説家の登竜門である芥川賞のテーマでもありましてね、石原新太郎の「太陽の季節」もそうだし、「限りなく透明に近いブルー」の村上龍のデビー作品もそうだし

小説には、ペニスの大きさ比べなんかが出てくるポルノまがいの描写の多いのが小説ですよ!

太陽の季節におオチンコにようr障子破りの場面は、皆さんご存知でしょうから、限りなく透明なブルーの場面を少しだけ、紹介しましょう。

「特に上半身は、重い沼につかったような爛れ、口は誰かの器官を咥えたくて、体液を飲み込みたくてうずうずしている。――略―― 

ポブの巨大なペニスをケイは、喉の奥まで咥え込んだ。

誰の物が一番でかいか比べるわ」

チイ:止めて、止めて、何も言わないで!

楽しい食事の場でそんな如何わしい小説の中身を紹介しないで!

ダンプテイ:もう、これ以上、申しませんが、村上春樹さんの小説を絵で示せば、こんな感じかな!

チイ:嫌だわ!これって、ペニスグランプリをもらえそうな絵画だけど、これって、ビアズリーの挿絵じゃないかしら! 

f:id:ipapokada:20190408095251j:plain

ハンプテイ:チイが、こんな猥褻な絵画の趣味があるなんて、驚きですね!

ダンプテイ:俳句界で「ちんこ」の名句が多いのは、なんと言っても金子兜太さんですね、

こんなユーモラスな俳句がある。

おちんこも欣欣然(きんきんぜ=たいそう喜んで)と 裸かな                金子兜太

全くもって、天真爛漫、有名な俳人だと、厭らしさが全く感じられないのは,不思議ですね!

チイ:オチンコというのは、幼児のチンコだから、可愛いいんですよ、

オチンコの他にチンポコも幼児のものに使われていますね、こんな俳句もある。

春泥の 子等のちんぽこ 並びけり 川端茅舎

麦秋の 子がちんぽこを 可愛がる 森澄夫

ちんぽこを おまけに叩く 天瓜粉 菅谷 貞夫

ダンプテイ:「ちんぽこ」とは、珍鉾の訛だそうですね!

「形も似ているし、身を引き、争いを避けることを鉾を納める」と、いいますしね!

鉾をおさめて 日の丸上げて 胸をドンと打ちゃ 夜あけの風が そよろそよろと身に沁みわたる 

なんて、オペラ歌手の藤原義江が歌っていましたね!

ダンプテイ:藤原義江も随分と、あちらのほうは、盛んだったそうだったから、藤原義江の鉾(白毛の生えたチンポコ)をこの歌を聞くと想像しちゃいますね

ハンプテイ:そんな想像は、ダンプテイくらいですわ馬鹿も程々にして頂戴、

ダンプテイ:どうもダンプテイ、あれこれ想像力が豊というか、エロ親父というか、自分ながらあきれはてております。

坊主の袈裟も外から見れば、阿弥陀の仏で、光輝いていますが、内側には、隠れた男の刃がギラゴラしている。

ハンプテイ::身近なところでは、上野の弁天島の髭地蔵が有名ね、表から見ると髭を生やして杖なんかついた立派な御地蔵さんだけど、裏から見ると男根なのですが、これも仏教界と男根との不思議な関係がみえてきます。

この辺りのことは、ダンプテイの研究テーマですね!

ダンプテイ:この弁天島の男根と髭地蔵は、推察の域をでませんが、謡曲の葛城に関係している文武天皇の頃の奈良の金峯山、葛城あたりで修行して鬼を使って妖術を行う「役小角」であると、思われます。                        

 山に岩橋を掛けるよう葛城の女神に命じたところ「顔が見苦しいから夜しか出られない」と、いうことで、工事が遅れている。

怒った役小角が姫を縛って岩屋に閉じ込めて三熱の苦で苦しめた。.

f:id:ipapokada:20190408092916j:plain

注:上野の弁天島にある髭地蔵と男根                       

f:id:ipapokada:20190408092759j:plain                 

注:千葉・上総七福神の圓鏡寺の恵比寿神は頭部が男性器になっており、ヌード像や男女の性器石像の中に佇んでいるように、宗教界も斜陽産業の一途を辿り、観光産業への転換と、このような男根崇拝像が全国津々浦々大流行となっています。

この姫は山伏の祈祷で助けられて雪の中で舞を舞うというストーリーである。

地謡の部分は

高天原の岩戸の舞 高天原の岩戸の舞

天の香久山も向ひに見えたり

月白く雪白くいずれも白浜の景色なれども

なしおふ葛城の神の形の面なりや曲はゆや

恥ずかしきあさましや

余談になりますが、この岩橋と葛城の神に因んだ和歌を紹介しましょう。

岩崎の夜の契も絶えぬべし 明くる侘しさ 葛城の神 小大君

注:岩崎とは、岩先で男根をも象徴するする言葉

葛城の神は、見苦しかったので岩崎の橋を作るのに夜しか外に出なかった伝説を踏まえて

「私も葛城の神のように見苦しいため夜の契も絶えてしまいそうですから、夜が明けるのを寂しく致しております」

と、小大君の女が歌ったのに対して、

恋の相手である朝光は、この明けるに答えて、

秋(飽き)立てば見しやとおもふ葛城の神の夜にてやみぬべきかな

「もう飽きたから醜い顔をみたくない等と、お思いでしようか、飛んでもございませぬ。

悲しい貴方を見たいのであり、夜の契だけでのお話しではございませぬ」と、返し歌を歌っている。

チイ:男女の歌合せは、言葉に関する教養のガチンコ勝負だったわけね!

ハンプテイ:この時代の会話は、栞に、和歌をしたためての恋のやり取りで、清少納言は、こんな面倒な歌のやり取りに不満だったので、

「私を想う男は、歌なんかで伝えるなんて敵とも思いますよ、もうこれでお別れにしましょう」と、いうときに限って歌をしたためてほしいわ」

なんて不平をたらたらと申されています。

ダンプテイ:百人一首で有名な、道綱母(蜻蛉日記の作者)も

嘆きつつ 寝る夜の明ける間は 如何に久しき ものとかは知る 

と、貴方を夜が開けるまで待っているのは、どんなに長いものとは、ご存知ないでしょ?

と、今のメイル時代とは、違って、恋のやり取りのじれったい気持ちが分かります。

この恋心に対して、兼家からは

げにやげに 冬の夜ならぬ 真木の戸(木戸)も 遅く開くるは わびしかりけり

「ごもっとも、開ける日が長い冬の夜も辛いけど、木戸が中々開かないのも辛いものですよ!」

と、軽くいなされている。

一夫多妻の時代、女は、男が夜這いしてくるのを待つだけの弱い立場だったことが分かります。

ただただ、今夜こそ、あのお方が来て頂けるようにと、天狗のお鼻を摩って、祈るばかり!

チイ;嫌だわ、天狗の鼻だなんて!

ダンプテイ:天狗の鼻といえば、大峰山役小角を開祖とされる修験寺つまり山岳信仰の本山、金勢山や金精山と類似した名称の山で、山岳信仰の多くが男根を崇拝し、天狗の鼻が男根の象徴とも言われています。

詩人の草野心平さん、こんな詩を作っている。

おお火を祭れ 風を祭れ 水を祭れ 大地を祭れ

海亀とアシタベを祭れ

いきとしいけるものの いのちを祭れ

BebeとDankonを祭れ

空と天と星を祭れ

「:肝心な物だけを英語にしているのは、何のメッセージかしら?」と、チイが尋ねる。

ダンプテイ、そんなこと知るか、心平さんに聞いて下さいよ、

それでは、ダンプテイから天狗の鼻の小話を一つ

題:天狗の鼻

天狗和尚が花街にでかけた

女郎が和尚の鼻を手にとり、女郎に引き寄せる

違うよ、それは和尚の鼻だ、何をなさるか

和尚の物では物足りぬ、私はこの鼻が気に入った。

「そう言えば、天狗を奉る寺としては、神奈川県大山、の大雄山、東京都の高尾山、京都鞍馬山等、何れも山寺ですね!」と、ハンプテイが言えば、

ダンプテイ、そうです、山岳信仰は、天狗と男根をお祭りするところ、弁天島は、弁天様の芸術の女神を奉るところとされますが、日本は、アレコレの文化が入り混じっていますから、何でもあり、上野、猿沢の池の弁天島にも、弁天様の琵琶塚もあるし、山岳信仰の開祖の役小角と男根も奉ってありますし、

役小角は、山岳信仰の開祖で、役者(易者)ともいわれているから、俳優業の役者と占いの易者とは相通じるところがあるようです。

俳優は、自分とは違う世界の人を演じているから妖術の世界ということかも「しれません。そして妖術の関あといえば、易の世界でもある。

空想の世界も現実の反映であって、現実である人間の存在を前提としているから神の世界も芸術である訳ですよ!

チイ:弁天島は、裸の女神様が奉ってあり、天の岩戸に閉じこもった、天照が夜しか出てこない神話は、謡曲の葛城と一致しますね!

ハンプテイ:でも何故、女神の葛城の神を奉ってないかの疑問が残りますね!

ダンプテイ; 役小角は、日本の山岳信仰の開祖といわれているが、藤原不比等が実験をにぎると、天皇上皇に影響を与える者を恐れて、役小角は捕えられ大島に島流しされ、何時なくなったかも明らかでない (日本霊異記)から、これを弔っているものと思われます。

男根は、山岳信仰での信仰の対象で、天狗の鼻にもつながるものですから、ここで男根と共に役小角が祭られている謎が解明できると思います。

猿田彦を奉る神社も天照が降臨されたときに道案内として登場する神で、鼻が長く、顔は真っ赤であるといったことから天狗の伝説に繋がっている」と、いう説もある。

更に、「天照が天の岩戸にお隠れになって、真っ暗闇となったときには、女の神が素っ裸になって、岩戸の前で踊って、天照の気を魅かせて、岩戸から出させた」と、いう神話とも関係しています。

ハンプテイ:天狗の起源は、猿田彦にもありますね!

天照の高千穂での天降の際に道案内したとされ、その後に伊勢まで案内したとされる。鼻の先は七寸、眼は、鏡のように輝き、赤ほうずきのようであったと、された。

だから、伊勢には、猿田彦を祀ってあります。

ダンプテイ:ハンプテイ:凄い物知りですね、見直しました。

でも、こんなことを知っているだけで、

うららうらら うらうらで

うららうらら うらうらよ

うららうらら うらうらの

この世は 私のためにある 阿久悠

のような感じで天狗になっては、いけませんよ!

ハンプテイ:うらうらは、春の喜びの叫びですね!

うらうらに 照れる春日 にひばり上がり 心悲しもひとりし 思えば 大友家持

の歌が有名です。

チイ:益々、天狗になられて歌が飛び出す、自慢の鼻は伸びっぱなし

ダンプテイ:自慢なんて、言われれば、更に自慢したくなってしまうダンプテイ

春のうららかを愛でる歌

春はうらうらうらうら麗らかに

風も麗らかふわふわと

桜フララ フラフラ降り散って

水は讃良サラサラ流れ出て

蝶々ヒラヒラ舞い踊る

光キラキラ煌めいて

煌めく 心我が心 

心伸び伸び 鼻も伸び

チイ:花だけでなく、鼻もオチンコも伸ばしちゃって、同省もないこの親父!

ダンプテイ:西洋では、男根を奉るのは、豊穣を祈るもので、日本のみでなく、西洋にもある、所謂プリアポスと、言われる巨根の男の豊穣の神は、生殖力の神とされる。

 f:id:ipapokada:20190408095409j:plain 

なんというお姿、ピカピに輝いて、

なんという高貴な豚様

確かに,確,に偉いお方だ、男爵様か、子爵様か

ひょっとするともっと偉いお方か、股下をみてみろよ!

あそこが開いているぞ、中身が覗いているではないか!

見るだけは只だよ お代はいらない

触わってもいいですよ、舐めてもかまいません。

こんな、ことはないでしょうけど、果樹園の像としてシンポリックにこんな像が置かれている。

チイからみたら立派というより、怪物並みで役立たず!

ダンプテイ:いえいえ、この真っ赤な体で、どんと、坐しているお方は、アジアでは、豊穣の神様でございます。五穀を守る神農、寺院や農場に、飾られている。

稲穂をもっていたり、薬草を口に咥えたりして、髭をはやしているのが一般的で、ダンプテイのようにでっ腹で、いらっしゃって、牛神といって、口にお茶の葉をかみしめている場合もあり、薬の神様の牛神にもなられていますね 

ヨーロッパとは、違って、男の一物はちゃんと隠しているのが東洋の礼儀というもので、西洋の違いです。

それでは、今日は、このお薬の神様にお祈りして、我が一物も、いつまでも元気であることを願うことといたしましょう。

f:id:ipapokada:20190408082205j:plain 

注:台湾の神農大帝